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麓の村


「準備はよいか?ホロ」


 馬に荷物を乗せて、忘れ物が無いか最終チェックをしていた父さんが聞いてきた。コロニーの情報収集の他にも仕事があるのだろう。魔主狩りの資料の他にもいくつか荷物を積み込んでいた。


「大丈夫だよ、父さん」


 一方、準備も何も基本的に俺が必要なものと言えばこの身一つ。忘れようもない。強いて言えば財布位か。我が愛馬であるバモスも早く歩き出したいのか、心なしかソワソワしている様に見えた。


「よしよしよしよし」


「ブルルル♪」


 バモスが顔をよせて甘えてきたので、わしゃわしゃと撫でてやる。何だか犬みたいだな、こいつは。


「うむ、ならば出発しようか。道は知っておるな?歩行かちでは無いからそんなに時間はかからんハズだ。馬に負担をかけない様に、ペースはある程度落としていくように」


「うん。何回も行ってる場所だし、勝手知ったる場所ですよ」


 適当に相槌を打ちつつ、馬に乗り込んで先頭を歩き出し、それに父さんが続いてきた。ふと後ろを見たら、リオさんとシャナさんがお辞儀をしていたので、それに軽く会釈をしてから振り落とされないように前をみる。


 家を出て、最初の5分程度は、ゆっくりと歩かせた。馬もウォーミングアップも無しにいきなり走らせたらしんどいだろうし、怪我をしてしまう恐れがあるからだ。そこから暖機運転が済んだら少しずつペースを上げて走り出す。パカラッパカラッと軽快な音を立てて、気持ちよさそうに疾走する我が愛馬。


「相変わらず楽しそうに走るね、お前は」


 当たり前だが、返事は無い。けれど、その走りっぷりが肯定のようなものだと物語っていた。内腿を締めて、しっかり手綱を握る。馬に乗るというのも案外いい運動だ。体幹を絞めなければ体がぶれて、走る衝撃に負けてしまうし。騎士を筆頭として、馬術を嗜む人は引き締まっている人が多いと思う。


「まぁ、あんまり乗る人が重いと馬も可哀想だしね」


 取り止めのないことを考えつつも、馬で走るという疾走感を楽しんでいたら、父さんが横に並んできた。


「ふむ、だいぶ馬術も上達してきたな。ホロ」


「まぁ走らせる位なら何とか」


 ある程度の謙遜を交えつつ、返答する。


「手綱から利き腕を離して片手で走れるか?」


 そう言って父さんが手綱を片手で持ち、器用にも馬を操って見せた。・・・まぁ騎士団出身のお父上ならばそんなこと造作もないのだろうが、その手綱捌きは見事なものだ。


「・・・やってみる」


「うむ、少しペースを落としてみなさい。体幹に力を入れて、落馬しない様にな」


 父さんのアドバイスに従って少しペースダウンをしつつ、手綱から利き腕を離して走ってみる。案外走行が安定しているので、離すこと自体は出来たが、まだおっかなびっくりなのでここから速度に緩急を入れたり、曲がったりするなんて、とてもとても。


「ふむ、初めてならばこんなものだろう。急ぐことも無いから、今日はこのペースで走ろうか。村に着くまで練習をしておくといい」


「わかった」


 片手で馬に乗るのは、騎士では必要不可欠な技術だ。何せ武器や防具を持って戦わなければならない。別段騎士を目指しているわけではないが、出来るに越したことはないし、10歳から行く学校では確か馬術は必修科目だったハズ。


 こうして時折父さんにアドバイスをもらいつつ走っていたら、村に着く頃には、片手でも危なげなく走れる程度には上達していた。


♢♢♢


「息災か?ラムダ」


「これはこれは領主様。ホロ坊ちゃんも。ご利用いただきありがとうございます」


「うむ、今日もウチの馬たちをよろしく頼むぞ」


「へぇ、お安い御用で。今日は役場で会議と伺っとりますが、3つ時(3時間)ほどでよろしいですかい?」


「いや、今日は会議以外にも用があるので、6つ時ほど頼む。延長する場合は追加で払うから」


「了解いたしました」


 村の入り口付近に到着したので、馬停所ばていじょと呼ばれる馬を預かってくれる場所を訪れた。馬で歩くには手狭な村にはこういった所がある。地域によっては無料だったり、月極契約を結ぶ場所もあるみたいだが、この麓の村では、今の所回数制のみだ。


「会議まではあと15分程か・・・ちょっと早いが役場に行くか、ホロ」


「うん。トイレにも行きたい。・・・じゃあラムダさん、バモスを頼みます」


「へい、おまかせ下さい。行ってらっしゃい」


 ラムダさんに愛馬を託して、馬停所を後にする。バモスのやつ、別れを惜しんでこちらにすり寄ってくる・・・かと思いきや、俺の手前にある干し草を食べることに夢中だ。・・・現金なヤツめ。


 麓の村は狭い村ながらになかなか賑わっていた。まず入り口からデカい一本道で商店が並ぶ。生活雑貨や肉屋、八百屋、果物屋・・・香辛料屋なんかもある。商店エリアを抜けると、村の中心地である大きな十字路があり、その中心には我がお父上の銅像がある。


「ホロよ、早くここを抜けるぞ」


「はーい」


 ちなみに父さんは自分の銅像が飾ってあるのが気恥ずかしいらしい。いつもここは顔を伏せて、足早に移動する。時々通りすがりの人に、あ、領主様だ!って気づかれると仕方なく、手を振る感じだ。・・・もう少し、領主っぽく堂々としておけばいいのに。・・・あ、銅像に鳥のフンがついてる。


 父さんが地味にショックを受ける前にココを通り過ぎようとしたら、━━ふと、違和感を感じた。


「そういえば父さん、あの西側に見える門から麓山に続いているんだよね?」


「そうだな。だから今は西門は騎士たちが警戒態勢に入っているハズだ。後で見にいってみるか」


「うん、それはいいんだけど・・・アレ」


 父さんが促されて、門の方を見た。そこには・・・・



 ギャアアアアアア!!! 


 劈くような不快な鳴き声。推定3メートルはありそうな体躯をした、狼の様な生き物が、2・・・いや3匹。警備をしていた騎士団と思われる人が魔物との戦闘に入っていた。


♢♢♢


「うわああ!魔物だ!!逃げろぉ!!!」


「警備の応援を誰か呼んでこい!!」


 魔物に気づいた通りすがりの人々が早々に逃げ惑う。大混乱の中、父さんは魔物を見据えて、戦闘中の騎士2人との戦力を分析していた。


「ふむ、報告にあった通り村にも下っ端の魔物がくるようになってきたようだな」


「・・・コロニー形成の第二段階ってヤツ?」


 無言で頷く父さん。俺の質問にも答えつつ、その目は常に魔物を捕らえて離さなかった。・・・なるほど、これが騎士モードの父さんの戦闘態勢か。


 コロニーには幾つか段階分けがある。魔物が群れを成し始めて、その近辺の魔力を大量に喰らい、生態系を崩していくのが、第一段階。その近辺の魔力をある程度蓄えて、群れの規模が多くなってきたら、群れの主が下っ端に周辺の調査を命じる。それが第二段階。その目的は・・・


「これからコロニーを拡大させるための下準備・・・か」


「ふむ、そういうことだな。ホロよ、コロニー潰しにおいて、あの下っ端は必ずと言っていいほど討伐しておかなければならない相手だ。なぜだかわかるか?」


「・・・住人に被害が及ぶから?」


「ならば追い払うだけでも問題あるまい」


 確かに。必ず倒さなきゃいけないとなると・・・


「あの者達もそれは分かっておるだろう。闘いぶりを見ながら考えておきなさい」



 ガキイインッ!!


 弾け飛ぶ閃光火花。片や職人に研ぎ澄まされた鋼の剣。片や天然でありながら、鉄の様な強度を誇る鋭い爪。━━━ぶつけ合い、両者共に必殺の武器に欠損が無いところを見ると、強度的にはほぼ互角か。


「おい!マトモに打ち合うな!!こいつらアイアンクルフは、爪と牙がやばい!!」


「分かっている!加えて、毛並みも鋼鉄並みときた!━━だが急所を狙えば問題ない!!」


 アイアンクルフは肉の臭みが独特で、食にはとても向かない。だが一方でその爪、牙、毛並みまで、冒険者や騎士達の武具防具の素材に使われる程の強度を持つ。一見攻略困難な敵だが、ただ一箇所だけ極端に脆い場所がある。それは━━


『ギャアアアアアグッ!!』


「左側の首筋だろう!!」


 突進してくる黒い巨獣に対し、四肢に魔力を込めて同時に突っ込む2人の騎士。1体ずつ確実に倒すつもりだろう。まず身軽そうな、先行する1人の騎士がアイアンクルフの眼前に躍り出る。無防備に体を差し出す姿に、ほくそ笑むように牙を立てるべく噛み付いた。


「ほいっと!!」


 噛みつかれる直前に軽業師の如く上空へと飛び上がる。獲物の手応えが感じられない黒い魔獣は一瞬戸惑うが、動体視力も並外れているのか空へと上がる獲物を追う。━━その視線を外した先には。己の四肢よりなお低く入ってきた死神がいることに気がつかずに。


「せいっ!!」


『グギャアアアアア!!!!』


 剣による白銀の一閃━━。アイアンクルフは周囲全てを不快にさせるような咆哮を響き渡らせ、ドシンッと自重を全て地面に預けた。そのまま魔物独特の、黒色に限りなく近い血をドクドクと流し、動かなくなる。


「さーて、あと1匹か」


 上空に囮役として跳んだ騎士が油断なく構えつつ呟く。見ればいつの間にか残っている魔物の退路を断つ様に山側へと回り込んでいた。


「おい、分かっていると思うが・・・」


「あぁ、逃さねーよ」


 魔物に止めを刺した騎士は村側へと。残った獲物を挟み撃ちにするべく、態勢を整える。・・・なるほど、勉強になる。先の攻防はただ仕留めるだけの動きではなかったのだ。仕留めたその先をさらに有利にするための一手。いい連携である。━━━ただ、あの位置取りだと・・・。


「ねぇ、父さん・・・もしかしてあの人達・・・」


「・・・ふむ、まだまだだな。あの2人も」


 ガサッ!


「「!!」」


『ガアアアアアアアアア!』


 草むらから疾風の如く走る黒い影。気配を絶っていたので2人は走り出すまで気がつかなかったのであろう。表に出ていた2匹を囮にして、残る1匹が村の方へと疾走する━!


「しまっ・・っ!」


 村側に立っていた騎士が後を追おうとするが、視線を切った瞬間、囲んでいた方の魔物が襲いかかる!!


『ガアアアアアアウッ!!!』


 牙をかわし急所目掛けて刃を振るう。だが魔物は深追いをする気は無いのか、トンっと軽い足取りでその一閃をバックステップで躱す。騎士の一撃は先と違い、村の方へと気が散っているのかキレがない。


「!くそっ、邪魔を・・・っ!!」


「落ち着け、このバカ!!村の方は避難も済んでるし、もう少しで応援が来る!!先ずはコイツを片付けるぞ!!」


 フォローに入る山側の騎士。折角作った陣形を崩すよりも、2対1で魔物を確実に打ち取り、改めて残りの1匹を追うつもりだろう。


「っ了解!!・・・・なっ!!?」


「どうし・・・!!人影!?逃げ遅れたのか!?」


 2人は驚愕の表情を浮かべて、走っている魔物へと・・・いや、その目標である俺達を見る。


 言うまでもなく、魔物は村の中心へと続く一本道のど真ん中に、呑気に突っ立っている俺達へとその牙を向けるべく襲いかかる算段だ。


「ホロ、、、下がっていろ」


「はいはい」


 側から見れば窮地に見えるこの状況下で、俺達親子は日常の様な気軽さで会話を交わす。言われた通り俺は3歩さがり、アイアンクルフとの距離を━━否。父親との距離をとった。


『ガアアアア!!』


「━━━。」


 魔物が己の牙を獲物に突き立てようとして、跳びかかる。その速度は正に四足獣にふさわしいほどの瞬足。

それに対して、父さんは左脇に拵えていた自分の剣を抜刀するわけでもなく、いつの間にか己の目の前に杖のようについていた。


 トンッ


 その剣で軽く一回地面をつく。その瞬間に━━━━勝敗は決した。


『ギャ・・?』


 ビチャッ!と音を立てて、その名の通り、鉄の強度を誇るアイアンクルフが、横に真っ二つにされた。そんな状況でもまだ意識はあるのだろう。アイアンクルフは痛みではなく、驚愕で。何がなんだかワカラナイまま絶命した。━━その牙が、永遠に獲物と突き立てる機会を失ったのだと理解する暇もなく。


 




 

お読みいただき、ありがとうございます。

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