家族会議(長男を除く)からの自主練
「それでは、そろそろ家族会議を始めようか」
朝食後。家族が集まるダイニングテーブルにて、大黒柱の父さんが会議の口火を切った。
「そうねぇ。あ、リオ、紅茶をもう一杯いただけるかしら?」
「かしこまりました、奥様」
家族の団欒とした時間から真面目な話へと移行したにも関わらず、父のすぐ横にいる女性はどこか緊張感がなく、マイペースだ。ニコニコとお茶を頼む姿に父さんはため息を一つ・・・つくわけでもなく、これまたいつも通りの光景だと気にした様子もない。
・・・バロン閣下、相変わらず自分のカミさんには甘い。
「で、お父さん。今日の議題はなんなの?あたし何も聞いてないんだけれど」
姉さんもちゃっかり紅茶のお代わりをもらいつつ、話の続きを促した。その瞳はかったるそうで、早くおわんないかなーって顔をしていた。
・・・その気持ちはわかるけど、もうちょっと表情を隠そうよ。そう思っても口に出したらさっきのハリセンできっと間違いなくひっぱたかれるので黙っておく。
「ふむ。今回麓の山で、龍脈の乱れが発生したとの報告が入った。恐らく魔物が集団を形成して魔力を食い荒らしているのだろう。そこで━━━」
「魔主狩り!?行く!!メインはあたし!!」
ダァン!とテーブルをブっ叩き、椅子吹っ飛ばして立ち上がる我が姉上。あの気怠るそうだった姿が見る影もない。さながら新しいおもちゃを見つけたネコの如く、目がキラッキラである。
・・・こわっ。
━━魔物。動物、人、果てはその土地そのものの魔力をエネルギー源とする生き物をこの世界ではそう呼ぶ。基本的に魔物はあまり群れることを好まないが、ごく稀にコロニーを形成することがある。そして無差別に魔力をかっ喰らい、生態系を狂わせたり、土地を滅ぼしたりする。
そんなおっかない現象も親愛なる姉上様にとっては娯楽の対象でしか無いらしい。頼もしいことこの上ないが、年頃を迎える貴族令嬢としてはどうなんだろうか。・・・ぶっちゃけ嫁の貰い手がなさそう。
そんな取り留めのない感想を抱きつつ、いつもののようにサポーターに徹するつもりでブラックコーヒーを啜っていたが、
「いーえ、カグラちゃん。今回のメインはホロくんに担当して貰おうと思っているの」
ブーーーーッッ!?
母の一言により、盛大にコーヒーを吹き出した。・・・それを見てささっと布巾を取り出し、拭っていくメイドさんたち。
「えーなんでよー。ホロにメインなんて務まるの?」
「ホントだよ!?何考えているの!!魔主狩りのメインて言ったらコロニーのボス・・・一番強いヤツを倒さなきゃいけないんだよ!?そんな大役は大黒柱たる父さんか、闘いが好きな脳筋バカの姉さんにやらせておけばいいじゃん!」
スパアァァァァァァン!!
「誰が脳筋バカか。潰すわよ?」
「・・・スミマセン」
頭に盛大な一撃を喰らいながらも、トンデモナイ事を言い出した両親を涙目で睨みつける。だが2人はどこ吹く風といった感じで会議を続けた。
「落ち着きなさい。来年でホロも10才になるだろう?少々早い気はするが、、、まぁ大丈夫だ」
・・・まぁ大丈夫て。・・・なんて暢気な事を抜かすんだこの髭男爵は。
「・・・なんでそんな事がわかるのさ?」
「なぜなら今回の龍脈の乱れ方は比較的小さいのだ。あれならばコロニーを形成している魔物の主は低級か、、、強くても中級下位程度だろう」
低級か中級下位の魔物・・・。冒険者や騎士・・・闘いを日常にしている職業の人間ならば、キチンと対策をとれば例え1対1でもまず遅れは取らない程度のレベル。
それならば訓練の一環で、何回か相手にしたことがある。・・・単体を他の人間のサポート付きでという形でだけれど。
「そうそう。ホロくんのウデは私たちがよぅく知っているわ。長兄のルウくんが留守とは言え、私たちがサポーターに回れば、十分ホロくんの初陣は可能だと判断した訳」
「・・・ぐぬぬ」
・・・ちくしょう。確かにある程度理屈にはかなっている。ウチの両親はこの魔主狩りを経て貴族の地位へと上り詰めた成り上がりだ。狩りに関しては、親の欲目など抜きに客観的な意見や見解を持っているだろう。
いけそうではあるのかもしれない。だが気は進まない。単体の狩りと魔主狩りは違う。何せ、ただでさえ厄介な魔物が群れを成しているのだ。間違いなく命がけの仕事だ。・・・それを部屋に入ってきた虫を、いかに闘わずに追い出すにはどうしたらいいか考えるような、9才の子供にやらすとは。
あたりを見渡すと、周りのメイドたちも事の顛末を見守っている。・・・ちッ。やはり基本的に主の家族会議に口を出してくるようなメイドはいないか。メイド長たるリオさんなんか微笑を浮かべ、俺が困っているのをちょっと楽しそうにしていやがる。
まずいな・・・。これは形成が不利だ。頼みの綱は・・・狩りが大好きな姉さんが、メインをやりたいと言い張り、それに便乗することだが・・・。チラッと我が姉を見たら、こちらを丁度見ていたらしく、目が合う。そしてその綺麗な茶色の瞳を閉じて、ため息一つ。
「・・・はぁ。仕方ないわね。そういう事なら今回は譲るわよ、ホロ」
「ね、姉さん!?」
バカな・・・いっつも自分にとって美味しいとこばかりとっていくような理不尽女王様が、大好きな狩りを弟に譲るなんて!?
「低級とか中級下位の主なんて今更狩っても面白くないしねぇ」
なんてことだ・・・。サポーターに回りたい俺。メインをやりたい姉。互いの利害が一致していたことが両親の考えに反発する唯一の光だったのに・・・。
圧倒的な絶望に苛まれながらも一縷の望みを賭けて、全力で泣きそうな顔を試みるが・・・
「顔色を察するにまだ乗る気ではないようだが、、、ホロよ。ウルフラル家に生まれてきた以上は魔主狩りは避けて通る事はできぬ道だ。ある意味この充実したサポートが出来る状態で初陣を飾れる事を前向きに考えることだな」
付け焼き刃の嘘泣きなど、長年共に過ごしてきた家族に通じるはずもなく、父はにべにもなく、判決を言い渡した。
♢♢♢
ブンッ
本日も茹だるような暑さのお洗濯日和。日差しを避けるために木が生い茂る近くの河原で、マイ木剣を振るっていた。
ここならば、木陰がたくさんあるし、汗をかいたら川に入ってクールダウンも出来る。何より修行が終われば、大好きな釣りをして楽しむことができるお気に入りの修行場の一つだ。
ブンッッ
━━地面からもらった力を腕の先にある木剣に余すことなく伝えるために、足腰のバネを用いる。体幹は絞めて適度なしなりを持たせ、丹田・・・ヘソの下に力を込めて刹那で木剣を振るっていく。
「ふっ!!」
木剣を振るうたびに汗が飛び散るが、気にならないくらい己へと没頭する。体を一つの武器と化して、いかに効率よく相手を倒すかを想定し、足を運ぶ。ただ振るうだけで出なく、今まで相手にしてきた相手を仮想し、目の前に幻影を作り出すのだ。
「・・・ホロって変な所で真面目よねー。・・・あんなにメイン狩りを嫌がっていたのに自主練なんて」
姉さんが俺の釣竿を使って釣りをしながら、素振りを眺めつつ感心していた。
「・・・決まってしまった以上はいつまでもごねたって、時間の無駄だから。だったら少しでも万全を期して、楽に狩りたいじゃん」
「なるほどねー・・・あ、フィッシュ」
流石は姉さん。ぼーっと俺との会話をしながらも、ウキへの注意は怠らずにしっかりと釣果を上げていく。
「うん、今日はこんなもんかな」
大体十匹くらい釣り上げた所で竿の納めどきなのか、竿かけに竿を置いた。魚をビクに入れて川につけてから手頃な石で固定しているのが見てとれる。ああすればビクの中で魚は生きているから、新鮮なまま家に持ち帰ることができるのだ。
一通り釣り具の後片付けが終わると、姉さんは満足そうに1つ頷いて、こちらへと向かってきた。
「・・・姉さん?」
ふと剣を止めて姉を見た。・・・嫌な予感がする。姉さんは俺に近づいてくるに連れて、そのすらっとした体の周りに高密度の魔力を集めているのだ。何よりその邪悪な表情は今から悪戯を仕掛ける時のソレだ。
「可愛い弟がそれだけやる気を出しているんだもん。ここは姉としてその万全とやらに協力してあげないとねぇ?」
そうのたまった姉さんは無言で指を優雅に一振り。・・・すると魔力反応がある空間から、あちこちと複数の火の玉が形成されていく。そして衛星の様に体の周りを分裂、発生を繰り返しつつ旋回し始めた。
「━━っちょ、、っとま━━っ!!」
慌てて木剣に魔力を通す。・・・・とほぼ同時に火炎の弾丸が大粒の雨の様にこちらに叩き込まれた。
ガガガガガガガガッ!!
目線、殺気、魔力痕跡。あらゆる情報を駆使して射線を見切り、木剣と体捌きでなんとか凌いでいく。20ほどの火炎球を捌いた所で━━━ふと、弾丸が止んだ。
打ち止め・・・であればどんなに良かったか。気がつけば姉さんの周りを衛星の様に旋回していた無数の火の玉達が、今度は俺の周りをグルグルと回っている。その数およそ・・・・・・・わからん。
「わかっているだろうけど、主狩りはコロニーの中に突っ込んでいくの。当然標的の周りには他の魔物がわんさかいるわ」
その周りにわんさかいる魔物を想定しているのだろう。・・・姉さんは、まるで天使の様な素敵な笑顔を浮かべて、数が分からない程の弾丸に向かい━━
「さぁ、受け切ってみなさい!」
━━━実に楽しそうに。悪魔のような殺気を放って、俺に殺到するべく指揮棒を振った。
「・・・・・ッ!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!
先程の、正面だけの攻撃とは違い、四方八方から多角的に打ち込まれる炎の弾丸。込められている魔力の量、火力共に1・5倍強。ダメージ無しで捌き切るのは不可能だ。
━━ならばこのままこの立ち位置に居座る必要はない!
ドンッ!
魔力をできるだけ活性させて、姉がいる方向へ突っ込む。距離にして20M弱。迫り来る炎の嵐。致命傷になりそうな弾は避けるか、剣で弾き、どうしようもない弾は急所に当たらないように身を捩って、ダメージを最小限に。そして元凶に向かって一足飛びで接近する。
「!」
姉さんは狙いに気づいたのか、距離を空けようと試みる。だが、弾いた弾丸の一部が自分目掛けて降り注いでいるため、その対応に追われていた。
その隙に残すところ、間合いにして5M。ここから、体制をクモの様に低くして標的の足元目掛けて接近する。弾丸の嵐で上の方に気を取られていた姉さんは、俺の姿を一瞬見逃した。すぐさま魔力感知で察知されるが、それと同時に大股で踏み込み、一気に刃圏に入る。
視線が交差する中で、下から掬い上げるように脇腹を目掛けて、思い切り木剣を振り上げた。
━━━その刹那。姉さんの口が三日月型に開いた気がした。
「・・・うん、ここまで出来れば及第点てトコね」
ズドドドッ!
「イッテェ!!!」
背中に衝撃が走る。と同時にバランスを崩してそのままぶっ倒れた。・・・見れば土が掘り起こされていて、3つの穴が地面にぽっかりと空いていた。
「あんたを火炎球で取り囲んだ時に、保険で土中にも三つ程球を仕込んでおいたのよ。まぁたどり着く可能性はあんまり無いと思っていたけどね」
上機嫌で自分の戦術を語る姉さん。・・・なるほど。四方八方を警戒するだけじゃまだ足りなかった訳だ。360°全てを警戒しなければならないとは・・・なかなかハードルが高い。
うーんうーんと地面に突っ伏したまま先程の反省をしていると、姉さんが手を差し伸べてきた。・・・ひょっとして、泣いていると勘違いさせたかな?
「・・・まぁ。あれだけの動きができるならば、中級下位程度の主狩りなら問題無いと思うわよ?いつも狩ってる私が言うんだから間違いないわ」
そう言いつつ、屈託のない笑顔を向けてくる。・・・もしかして悪戯心はあれど、言っていた通り、姉さんなりに俺を励ますための攻防だったのかもしれない。軽くありがと、と礼を言って手を取った。
「かなぁ・・・。でも心配だよ」
「・・・あんたの心配性は筋金入りね。ま、とりあえずひと段落したことだし、屋敷に帰りましょ。魚捌いてよ」
「はいはい」
ため息一つついて、一緒に帰路に着く準備をする。━━━そうして。自分が本日一回も釣り糸を垂らしていないことに気がついたのは、姉さんが釣った魚を捌き始めた時だった。
読んでいただきありがとうございます。