ホロ=ウルフラル
━━━という、夢を見た。
朝、目が覚めたら、ほっぺたに冷たくて硬い床の感触。どうやら寝ぼけてベッドからずり落ちたみたい。
魔王が妹を助ける為にこの世界へ転生した?・・・うん、我ながら面白い夢を見たものだ。続きはどうなったのだろうと今見た夢の続きを見るべく、2度寝の体制を整えようとベッドへよじ登る。・・・ただそろそろ起きる準備をしないと・・・。
コン、コンッ
「ホロ様、起きてください。ホロ様」
ほら、雇い主の息子を起こすべく、メイドが起こしにやってきた。・・・嫌だ、今日は2度寝をして、惰眠を貪るのだ。決意を新たにたぬき寝入り。真面目に仕事をしているメイドさんには申し訳ないけれど、どうしても夢の続きが気にな━━・・・
「・・・お戻りになられたのですね。おはようございます、カグラ様」
「!!?」
そんな・・・早すぎる。アレは今頃、日課の早朝ランニングと稽古だ。まだ帰って来るような時間では・・・いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。早く支度をして、リビングに行かないとっ!!
仕方なくベッドから飛び起きた。支度と言っても、顔を洗うなどの身支度場所は1階リビングの隣にあるので、とりあえずはスリッパを履いて、2階にある自分の部屋から出るだけだ。
━━━私が日課から帰ってきても、まだリビングにもいないようなダメな弟には・・・。
・・・こわっ。
以前に昼前くらいまで寝ていたら、そのような脅しを受け、半殺しの目にあったので、必ずあのヤロ・・・親愛なる姉上様が戻る前にはリビングにて待機する日課ができてしまった。
トラウマに身震いしながら部屋を横断し、ドアを開けた。すると・・・
「おはようございます、ホロ様。本日も良い天気でございますね」
目の前には丁寧にお辞儀をし、主の息子を迎える栗色の髪をした20歳前後のメイドが1人。
・・・あれ?
「・・・・おはようございます、リオさん。・・・所で、姉さんは・・・」
「カグラ様でしたらば、あと20分程でお帰りになられるかと存じます」
・・・しれっと答えやがった。
「リオさん、そういう脅しは心臓に悪いから」
名一杯の抗議の視線をメイドさんに送る。だが、メイドさんは全く動じることなく粛々と一礼。
「申し訳ございません。わたくし、先日から少々喉の方を痛めておりまして。カグラ様が帰られた時の発声練習をさせていただきました」
「あのタイミングで!?」
「はい。どうやら扉の向こうの相手にも聞こえるくらいには、はっきり声が出ていた様なので安心致しました。━━それでは参りましょう、ホロ様」
「・・・・・」
すごく負けた気分になりつつも、1階へと向かう。━━目は、完璧に冴えていた。
♢♢♢
「・・・苦い」
身支度を整えた後に、リビングへ向かう。そこにはいつも通り、貴族屋敷の割には、小さなダイニングテーブルが部屋の真ん中にドカッと置いてあった。
小さくはあるが、決して安さを感じさせない洗練されたテーブル。その上座に当たる位置・・・一番奥側には、本を片手にコーヒーを啜り、すごく苦そうな顔をしている40代位の立派な髭を生やした男性がいた。
この館の主人である、オルドラ=ウルフラル。爵位は男爵。・・・ウチの父さんその人である。
「おはよう、父さん。今日もミルクは入れないんだね」
「ああ、ホロか。おはよう。うん、やはりコーヒーはブラックでなくてはな」
口の上にあるキレイに整えられた髭の端っこを、笑顔で釣り上げつつ優雅にカップを傾けて見せるバロン閣下。・・・ただし、その苦さに、その眉毛は立派なへの字を描いていた。
・・・そんなに苦いの苦手なら大人しくミルクとかお砂糖を入れて飲めばいいのになぁ。
そう思いつつ自分がいつも座っている定位置の椅子を引いた。
「リオさん、俺もコーヒーを頼める?」
「かしこまりました。いつも通り、ミルクとお砂糖は入れずにお持ちしてよろしいですか?」
「うん、それで」
「・・・・っ。なぜいつも9歳にして、このにがい飲み物を普通に飲めるのだ、ソナタは」
何やら父さんが、ブツブツと呟いている。少し離れて座っている為よく聞こえなかったが、こちらに話しかけている感じではない為、放っておく。
リオさんが淹れてくれたコーヒーの香りを楽しみつつ、コクリと一口。・・・うん、美味い。今日の豆は外国から輸入された物かな?いつものコーヒーと比べると、幾分か飲みやすくて口当たりが良い。
「母さんと、姉さんはまだ朝稽古?」
「ああ、もうすぐ帰る頃だと思う。ホロ、昨日も話したと思うが、今日の朝食後に家族会議をする。・・・大切な話だ。いつもの様に食べ終えたからといって、さっさと部屋へ籠らないように」
「・・・分かってるよ。魔主狩りの件でしょ?」
「ふむ。近頃麓山の地脈の巡りが悪い。恐らくは━━」
ガチャ。
ふと、会話が止まる。廊下へと続く扉が開く音。リビングの窓は開けている為、1方向しか逃げ場が無かった空気が心地よい風へと変わり、ここぞとばかりに循環速度を高めていく。
「!!」
その風を追い越すが如く、1人の侵入者がこちらへと迫ってきていた。あからさまな魔力反応と鋭利な刃物のような殺気。━━咄嗟に自分の身を椅子から飛び退かせるには十分だ。
「せいっ!」
楽しそうな一声の刹那、その椅子に向かって一筋の閃光が走る。およそ1m近い白い棒状のものが稲妻のように疾く、激しく、綺麗に唐竹割りの要領で振り下ろされた。
「このっ!」
理不尽な攻撃にイラっとしつつも、5m程右側に飛び退いた先で、侵入者を睨むべく身を捻って着地をした。・・・瞬間、一瞥をくれる前に更なる殺気を身に纏い、不届き者が目の前へと迫っていた。
追撃の二手目。侵入者は逃走経路を読んでいたのだろう。俺の着地点目掛けて、体を独楽のように回転させ、遠心力で得物の威力を高めつつ、横薙ぎの一撃を放ってきた。着地の体制が若干悪い。しかも後方には壁がある。更に相手との距離を離すことは不可能だ。
━━━猫科の動物は獲物を狩る際に、全身のバネを利用するために体を地面へと屈めてから、矢の如く疾走する・・・そんなことをイメージしつつ身を地面に密着するぐらい下げ、横薙ぎの一撃を躱すと同時に、そのまま侵入者へと自分の掌底を突き上げた。
スパアァァァアァァン!!
激しい快音を立てて激突する、自分の掌底と侵入者の白い閃光。攻防一体の俺の一撃はどうやら読まれていたらしく、侵入者はわざと逃げ道を残すように横薙ぎの一撃を放って、更なる速度でトドメの三手目を振り下ろしたらしい。
「いったあぁぁぁぁ!」
「ふむふむ。今のは引き分けってとこね。けれど、ホロの友達が作ってくれたこの『ハリセン』、、、だっけ?なかなかクセになる、いい音出すわねー。次は頭にぶち当ててみたいわ」
貴重な朝のコーヒーブレイクをぶち壊しにしやがった、炎を連想させるような紅色の髪を持つ侵入者は、満足げに頷きつつ、自分の得物をポンポンとたたく。
いやいやいやっ!!
「それ持ち出す為にわざわざ自分の部屋に戻ってから、ここにきたの?姉さん!?」
「?当然でしょ。稽古にこんなの持っていくわけないじゃない」
赤くジンジンする掌をフーフーして冷ませつつ、殺気まじりで文句を放ってみるが、それがどうしたと言わんばかりに受け答えをする齢13才の理不尽女王さま。
そのやり取りを見ていた父はもはや見飽きたと言わんばかりに読書を続けた。そして扉の前で控えていた、俺を起こしに来てくれたメイドが一礼をして一言。
「お戻りになられたのですね。おはようございます、カグラ様」
「・・・・」
宣言通り、俺を起こした時と全く同じセリフと声量だった。
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