魔主狩り6
♢♢
ヒュウゥウウ・・
「・・・さむっ」
「気がつかれましたか。カグラ様。今治癒魔術をかけているところです。どうか動かれぬよう」
一際寒い風が吹いて、このままじゃ風邪をひいてしまうと本能が意識を呼び起こした。どうやら、あたしは暖かい毛布に包まれて、医療班に治療を受けているらしい。
「・・・治療・・・ッて、ホロ!!」
覚醒した。完全に現状を把握して、体をガバッと跳ね起こす。治療騎士がなんか言っているが知ったことか。自分の呑気さにもう一度気絶してしまいたい。あの化け物に吹っ飛ばされて、ホロに睡眠魔術をかけられたんだ。あのあとどうなった!?
「ねえ!ホロは!!あのバカはどうなったの!?」
「何ー?」
医療班に迫ると、横から呑気な声が聞こえてきた。・・・ふと首を横にクニッと捻ってみるとそこには、同じく治療を受けている我が愚弟の姿が。コイツ、あたしの心配なんてなんのその、茶を啜って呑気に雑誌なんか読んでるし。
・・・そのあまりにもいつも通りの姿に。安堵と嬉しさを通り越して、なんか知らないけど怒りが湧いてくる。
「・・・オイ」
「・・・、は、はい?なんですかお姉様?」
少しドスを聞かせて声をかけてみると、最愛の姉の怒りに気がついたのだろう。背筋を伸ばして、こちらに向き直す、ホロ。うんうん、長年培ってきた舎弟関係は今も健在である。
「・・・ホロ、あれからどうなったか説明して」
「・・・・うい」
そうして、ホロは信じられないことに、あの上級の魔物をほぼ単独で仕留め、その後どうなったかという経緯を事細かに話し始めた。
♢♢
「ハァ・・・ハァ」
流石に二つに体を分けられても死なないタイプの魔物ではなかったのだろう。グレイアンケルベロスは己の魔力に焼かれるようにして、その身を灰と化していった。
「ふぅー・・・あぁ、本当に死ぬかと思った。━ありがとな、助かったよ」
記憶が蘇った事で呼び寄せた愛刀も役目を終えたら、また月へと還っていく。今後、このような事態が起こったら都度呼び出すことになるだろう。お礼をいっておいて損はない。
「驚きましたなぁ・・・。まさかこのような結末になるとは・・・。軽い実験のつもりでしたが、いやはや掘り出し物というのは何処に埋まっているか分からないものです」
クックと、ご機嫌に声をかけてくる此度の元凶。その声色や、足取りから察するに・・・
「まったく、その実験のお陰でコッチは散々だったよ。そろそろ父さん達も来る。みるもんみたんだから、早く消えろよ。━・・・どうせ、逃走経路もしっかり確保してるんだろう?」
「ほっほ、流石、ご慧眼でいらっしゃる」
一目見た時から感じていた。この手のタイプは何重にも、計画を練ってから動くタイプだ。満身創痍の今どんなに頑張ってもコイツをどうにかすることは出来ないだろう。・・・ならばとっとと消えてほしい。
「ウルフラル家の次男、ホロ=ウルフラル様・・・しかと覚えておきましょう」
「結構だよ。こちとらもう2度と出会いたくもないんだから」
ほっほと笑い、ラドルフと名乗った男は静かに森の中へと消えていった。あんな胡散臭い男にこちらの手の内を見られたのは正直イタイが、まぁ出し惜しみ出来る時でもなかったから仕方がない、か。
「それにしても・・・転生の制約で全力が出せないってあったのは━━こういうことか」
ざっと先程の戦闘を思い返してみても、明らかに魔力の量が制限されている感じ。つまり。ホロは生まれつき魔力が少なかったのではなく、魔王時代の100分の1程度の魔力量しか使えないようになっているのだ。
「まぁ、それもおいおい検証してかなきゃな」
今は現況を把握して、一刻も早く負傷者の手当をしていかな・・・
ドスンと、不意に尻もちをついた。
「・・・あれ?」
体が動かない。おまけに酷い眠気・・・
「これは・・・」
これは完全にガス欠である。度重なる無茶に体が意識を強制的にシャットダウンしようとしているらしい。今寝てしまうと完全に無防備だ。このままだと、危なくない、か?・・・いや、でも父さんたちがもう来るだろう・・・だい じょ ぶ か・・・
♢♢♢
「━て、訳で。そこから先は俺も気がついたら手当てを受けている時に目を覚ました感じ」
気がつくと、軽傷だった騎士達がせっせと事後処理に追われていた。テントを設営し、負傷者の応急手当、各グループの点呼、土地の浄化、など今も皆慌ただしく動いている。本来ならば、コレを指揮するのもメインの仕事の一つなのだけれど、申し訳ないが体が動かない・・・。
「・・・・」
「・・・姉さん?」
事の顛末を話していると、姉が・・・難しい顔をして俯いている。・・・え?なんで?俺、なんか変な事を話したかな・・・
「・・・ホロ」
「はい?」
ポン、と右手を肩に乗せてくる、姉さん。
「そうよね・・・アンタも、男の子で・・・もう10歳になるんだもんね」
「・・?う、うん。あと半年くらいで」
「少し、早い気がするけれど。アンタ、元々歳の割に大人びたトコがあったから、そういうことかもね」
「・・・え、まぁ確かに、転生を自覚するのは10歳って言われたけれど・・・ってか、なんで姉さん、神様との会話を知ってんの!?」
え、この人もしかして、天界の関係者だったり?驚愕で姉に目を合わせると。なんていうか・・・すごい生暖かい目を向けられている気がする・・・
「ホロ、いい?よく聞きなさい。お姉ちゃんからのアドバイスよ」
「う、うん」
かつてない姉の優しい声色に戸惑う。
「その、、、ね?そのことはあまり外では言わない方がいいよ。お姉ちゃんは、大丈夫だけど。学校とかでその話を自慢げにしたりしたら絶対ダメ。そんなことを口走って白い目で見られてる人を何人か私、見てるから・・・」
「え」
まぁ確かに軽々しく出す話題でもないから・・・てか転生者って他にも結構いるの?でも、白目で見られるってのは・・・
「ホロ、それはね、思春期の男の子に、稀に来る病気・・・なんだって」
「え、病気?」
「あ、勿論死ぬような病気じゃないよ?でもね、その・・・なんていうか心の病気・・・なのかな?なんか10代の男の子は、、、時期が来ると、第3の眼が、、、とか封印していた右腕が疼く・・・とか?そんなことを妄想して口走る事があるんだって」
「・・・・ちょっと待て」
この姉、俺がすごくイタイ人間になったって勘違いしてないか?
「いやいやいや、そんなんじゃないから!お、ホントに前世の記憶が戻って、主を倒したんだから!」
「・・・うん。知っている。わかってるよ、ホロ」
「いや、絶対分かってないでしょ!?なんでそんな優しいのさ!!?」
この後、なんとか説得を試みるも、姉さんは一向に理解してくれなかったので、この話題はあまり人に言わないことにした。報告の義務がある為、父さん達にも一応話してみたが、姉さんと同じように生暖かい目で皆から見られた。
どうやらグレイアンケルベロスは魔力過多による腐蝕と再生を繰り返していたことから、俺が気絶した後に強制的な覚醒によって自らの魔力に溺れて灰になった、という結論に達したらしい。
━まぁ。特にひけらかしたい訳でもなし。別にいいか・・・。
♢♢♢
「ラドルフ」
「おや、ご機嫌よう」
事が起こった、更に南南東の街。その広場にあるオープンカフェにて、此度の元凶は悠々とコーヒーを啜りながら、レポートをまとめていた。そこに同じようなタキシードにボロボロのマントを着ている奇妙な男がドカッと座る。
「此度の実験はどうだった?」
「えぇ、おおよそは予測通りでしたよ。あれを大量に生産できれば、即席の上級魔物軍団を作り上げる事ができます。更に言えば・・・」
「蠱毒の如く、そいつらを戦わせれば、人口で特上クラスの魔物を作る事もできる・・・か」
「えぇ、えぇ。あとは制御化におく術式ですなぁ。」
「そちらも順調だ。今は中級上位程度ならば、完全に制御下におけるところまでクリア済だ」
「それは、重畳。ちなみに今回フレイヤ様が催眠魔術を使用していたので、そちらの術式もまとめておきましょう」
「国家魔導師か。それはいい。是非そうしてくれ。まぁ、奴らの複雑怪奇な術式が解けるかは分からんが」
ラドルフは相手の顔も見ずに、レポートを書きつつ答える。その筆は側から見てもリズムがよく・・・
「・・・貴様がそこまで上機嫌なのも珍しい」
「おやおや、私、常に皆様とは機嫌よく接しているつもりですがね」
「・・・ふん、貴様が心の底から笑うことなど、見た事がないわ。いつも仮面を被ったような、作り笑顔であろうが」
指摘した途端、ピタッとラドルフの筆が止まり、暫し俯いたまま無言。後に・・・
「・・・?貴様、笑っておるのか?」
クックと俯いたまま不気味な笑い声をあげるラドルフ。長年の付き合いがあるその男でも見た事がないような地獄の底からの笑みだ。
「素敵が出会いがあったのですよ。素敵な・・・ね」
そう言ってラドルフは再びレポート作りに没頭していった。