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魔主狩り5


「うわあああ!!」


 グレイアンケルベロスを西側に誘導していく最中、他の騎士団たちも合流し、戦闘に加わった。だが、上級クラスの魔物と戦うには皆体力が消耗しすぎていたのか次々と負傷者が増えていく。このままではいずれ死傷者が出るだろう。


「班を作ってフォローしつつ、負傷者は撤退を!!」


 誰も死なないように、誘導をすること。母さんと合流するまでの間俺たちがしなければならないことだ。


「Cクラス以下の騎士は下がりなさい!!邪魔よ!!」


 乱暴だが、的確な指示。姉さんもそれは理解しているのだろう。下手に負傷者が増えてそちらに人員が割かれるよりも、少数精鋭で怪我人をできるだけ抑えた方がいい。


「ホロも限界が来たら下がりなさいよ!?主と戦ってたあんたが一番━」


 負担が大きいんだから、と言おうとしたのだろう。だがケルベロスの鋭い爪に大きな魔力の匂いを感知した俺は、その言葉を聞き終える前に叫んだ。


「!!全員警戒!!大きいの来る!!」


 シュババババババッ!!!


 警告と同時に解き放たれる無数の爪。20を超える斬撃が縦横無尽に切れ渡る(・・・・)


「ぎゃああ!!」


 魔力感知能力の低い騎士たちが初見のトリッキーな攻撃を被弾する。20近くいた仲間たちはものの2分程度で一気に10人前後にまで・・・ッくそっ!!


「俺と姉さんとで西方向へ引きつける!!その間に動ける人は撤退して!!」


「ホロッ!!!」


「・・・え?」


 油断していたつもりはない。魔力感知を怠ったつもりもない。だが、指示を出している隙に、この化け物は俺の警戒網をスルリと掻い潜ってきた。絶対防御不可の圏内にケルベロスの尾が侵入していたのだ。・・・単純な話。この化け物、隠していた最大スピードが俺の想定より遥かに上だった。


 ━━あぁ。これ死んだか。


 その時俺は、目を瞑りながらその攻撃を受け入れた。つまり、生きることを━━諦めた。


 ドン!!!!!


 吹き飛ばされる体。なぜか考えているよりも衝撃は少なくて。あぁ、案外死ぬ時って痛くないんだなぁと。心地よさすら感じながら吹き飛んでいく。20メートルくらいかな。地面に転がり勢いが止まった時も不思議と痛みはほとんどなく、意識もあった。果たして開けれるのかな?なんて何処か他人事のように、自分の目を開けてみる。


 ━━するとそこには。ボロボロになりながらも、(オレ)を全身で庇い、守り通した姉の顔。・・・息が掛かるほど近くあったのに。その息が感じられない姉の顔があった。


「姉さん?」


 呼びかけてみる。現実であるはずがないと、事実を否定する。


「姉さん!!」


 返事は、ない。呼ばれた時は返事はしっかりしなきゃいけないのに。そうやって教えてくれたのは姉さんなのに。揺り動かしてみても返事はなかった。


「ルルル・・・」


「お逃げください!ホロ様!!」


 ゆっくりと近づいてくるナニカ。何か叫んでそのナニカに立ち向かうヒトタチ。・・・うるさいな。今はそれどころじゃないんだ。姉さんを起こさなきゃいけないんだ。俺を庇って死ぬなんてそんなこと・・・


「━許さない」


 こんな現実を作ったナニカも。姉に庇われてノウノウと生きている自分も。


「絶対に・・・許さない!!」


 ドンッ!!!


 ━━年齢にして、9歳と5ヶ月。蓋をしていた何かが体の奥から吹き出した━━。


♢♢♢


「あなた」


 オルドラが南下している時、不意に呼び止められる。その姿をみて、彼は驚愕した。


「フレイヤ・・・なぜ」


 ここにいるのだ。妻はいち早く、この異変に気づき先行していたハズだ。そんな疑問を追い抜くかのように、オルドラは前方の様子に違和感を感じた。


「これは・・・」


 抜刀し、前方の空間目掛けて斬りつけるオルドラ。しかし・・・


 ギイイイイイン!!!


 甲高い音と共に、オルドラの斬撃は何もないハズの空間に遮られ、弾かれた。


「結界・・・だと!?」


「ええ、それも魔物ではとても生成できないような、かなり複雑な術式よ。今解除しているけれど、あと2分程かかるわ」


「つまり何者かの妨害工作。グレイアンクルフの群れ呑みは偶発的ではなく、作為的なモノ・・・?」


 パキイイイン!!


 ガラスが砕けるような音と共に、目の前の空間が砕け散った。


「そう考えるのが妥当ね。━急ぎましょう。群れ呑みからもう10分は経っている。あの子たちが危ないわ」


 普段のぼんやりした姿が微塵も感じられない妻をみて、オルドラは改めて現在の状況が非常に悪いことを認識した。鞘を握りしめて、我が子たちも無事を祈り、全力で魔力の発生源へと向かう。



♢♢♢


「おや、あの術式がもう破られましたか。あの3人組に結界の維持を任せていたとは言え・・・さすがはフレイヤ様。・・・まぁ、いいでしょう。今はそれどころではない」


♢♢♢


 流れてくる。・・・いや、溢れてくる、といった方が正しいか。自分が得たことがない(ある)知識。自分が体感したことがない(ある)経験、自分がが知っているはずがある(ない)記憶、自分が、自分ががが自分とは自分は誰ジブンだジブンれブンだレレれれれれr・・・・・・!!!!!!


「うがああああああ!!!!!」


 覚醒する。俺の最奥にある黒い箱に閉じ込めていたモノが重い重い蓋をブチ開けて、今の記憶と以前の記憶が入り混じる。それはまるで水と油。決して混じり合うことのない二つを無理やりぐちゃぐちゃにかき混ぜて一つにするような、有り得ないハズの融合。


 見ればケルベロスも目の前の獲物が突然発狂して、戸惑っているのだろう。ご丁寧に獲物であるはずの俺から距離を置いて状況を見守っている。


「はーッハーっ・・・うぷッ!!げえええええええ!!!」


 割れそうな頭を抱えて、目から鼻から口から、体液を垂れ流し、昼に食べたものを全部ぶちまけて。


 俺は・・・・俺になった(・・・・・)


「ハッハッはーッ・・・ふぅ」


 ある程度落ち着いたので、体の様子を観察してみる。体は、動く。頭はまだ痛いものの、先ほどよりは激しくはない。俺はホロ=ウルフラル。そして・・・魔界領極東地区ヒコクの領主、上月狼牙。


「・・・これが━」


 ━転生。妙な気分だ。ホロとロウガという人格が二つあるわけではない。ホロではなく、ロウガでもないけれど、ホロであり、ロウガでもある。そんな矛盾。・・・けれど、それを自然と受け入れられる。・・・性格が変わった訳でもなく、性格が戻った訳でもない。・・・最初から、こういうものとして存在していたかのようだ。


「・・・・・」


 改めて姉さんを観察してみる。・・・・先ほどはテンパっていたけれど、よく見ると呼吸こそ止まっているものの・・・これは心臓が小刻みに震えていて正常に動いていない状態。なら・・・


 トンッ


 鳩尾から少し上あたり。心臓がある箇所に右掌に魔力を集中させて、電力に変換し、添える。そして、


 ドンッ


 電撃を衝撃に変えて、心臓を刺激する。簡易的な自動体外式除細動機(A・E・D)だ。反応は、無い。手を離しても魔力を残留させて、衝撃を重ねていく。


 ドンッドンッドンッドンッ


 ホロの時には無かった、知識と経験を総動員する。すると・・・


「ガフッ!!ゲホッゴホッ!!」


 咳き込む姉さん。よかった、心臓が正しく機能し、呼吸も再開したようだ。・・・とは言え重症には違いない。ここは安静にしていてもらった方がいいだろう。


「・・・ホロ?」


「うん、助けてくれてありがとう姉さん。・・・少しの間、休んでいて」


「ホロ、にげ・・・・」


 そういって、意識が朦朧としている姉さんの頭にできるだけ優しく手を当てて睡眠作用の魔術をかける。この手のものは得意ではないけれど、今の姉さんにはすぐに効いてくれたのか、すぐに穏やかな寝息をたて始めた。


「さて、と。やりますか」


 改めて、ケルベロスに向かいあう。ケルベロスも獲物が落ち着いたのが分かったのだろう。再び俺を殺すために品定めにかかっていた。


 ・・・正直にいって。転生を自覚したからといって、俺は魔力量が多くなった訳でも、力やスピードが大きくなった訳でもない。ただ、前世の記憶や経験則が戻っただけだ。


 そして戦力が特筆して変わっていないことはケルベロスも理解しているのだろう。


「・・・ルルル」


 すぐにでも俺を噛み殺すために、臨戦態勢に入っていく。


「・・・。圧倒的不利には変わりない、か。」


 ピイン、と空気が張り詰めていく。俺以外の残った騎士たちは・・・見たところ動けそうな人間はいなかった。ありがたいことに、先ほど庇ってくれたのだろう。・・・どうか死なないでほしい。


 ━そして。その空気を切り裂くかのように、初手を繰り出したのはケルベロスによる収束砲撃━を、打ち出そうとした直前に緩急をつけて相手の懐に飛び込んだ俺の体だった。


 「ッガ!」


 完全にタイミングを逃した形だったのだろう。少し戸惑いを見せるも、即座に狙いを修正して防御態勢に入っているあたり、その反応速度は流石に上級の魔物だ。では遠慮なく、1発叩きこむ・・・ことはせずに、俺はさらに加速して相手の股下を潜る。


「!!」


「やはり、進化しても腹にぶち込まれた記憶(いたみ)は健在なようだな」


 他の箇所よりも明らかに攻撃を受けることに過敏になっている。潜り、後ろを取った俺は相手が振り向くタイミングで上空へと思い切り跳んだ。その高さ、およそ30メートル。俺が魔力を込めてけ上がれる最高高度。


「ガルル・・」


 ケルベロスも俺を視認したのだろう。そして大層お怒りのようだ。からかうように立ち回ったのが、王としてのプライドに触ったらしい。俺をもはや捕食しようとは考えずに、骨すら残さぬ勢いで、三つの首が魔力を収束し始めた。


 ━山を吹き飛ばした収束砲撃の三門同時掃射。しかも今回は、俺が上空にいるため、たっぷりと時間をかけて魔力を練れる。その威力は先ほどの比ではないだろう。


「安心しろよ、山の王。逃げやしない」


 そう。逃げるハズもない。はらわたが煮えくりかえっているのはこちらも同じ。貴様は、真正面からぶちのめさないと気が済まない!


「━来い。姫月(ひめつき)


 魔力、膂力は今も変わらず。だがしかし、魔王の時代の記憶を辿(たど)る。


 俺が最も愛用していた月刀:姫月(げっとう:ひめつき)。魔界の月の石から造られし、我が愛刀。その切れ味は億千万の戦場にて、他の追随を決して許さず。彼女は常に魔界の月に眠り、焦がれるように己が役目を待っている。


 ━そして今、時を超え、次元超えて、世界を渡り。主の呼びかけに答えんとその美しき刀身を顕現する━!


♢♢


 ホロの更に上空の空間がグニャリと歪んだ。ホロはそれを見もせずに抜刀の態勢に入る。異世界だろうが、関係ない。喩え、ココが地獄の底であろうとも。己が愛刀は役目を果たしにやってくるという絶対的な信頼。体が落下し始めるもその格好は上段からの撃ち下ろし。


 対するは、その殺気に反応し、たっぷり練り上がった魔力弾を天まで貫けと言わんばかりに咆哮し、打ち上げ花火の如く己が上空へと解き放つグレイアンケルベロス。その威力は、一国の都市すら消しとばすほどのソレだ。


 ━仕留めた。という確かな手応え。この咆哮に耐えられるものなど、この世にいるはずがないと言う山の王の絶対的な自信、プライド。ましてや、相手は獲物すら持っていない人の子だ。殺せないハズがない。


 なのに、なんだコレはと、三つの頭が困惑する。思い出す。なぜかここまで至る様々な出来事を思い出すのだ。一介の魔物として生を受け、蠱毒の如く自分が強く生き残ってきた。傍らにいるのは仲間などではなく、己が首を常に狙う魔物たち。勝利の確信というにはあまりにも━━・・・。


 ━ふと、(ソラ)が光った。稲光というにはあまりにも綺麗で一途な光線。歪んでいた空間の狭間から一つの閃光がホロ目掛けて走ったのだ。


「おおおおおおおおおッ!!!」


 裂帛の気合とともに、自分が吐き出せる全ての魔力を乗せて、撃ち下ろす。その手には、やはり。切れぬもの無しと謳われた、月の姫君。ホロは姫月の落下スピードを見事に乗せて、光弾と共に三つの首を持つ魔物の王を真っ二つにした。

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