魔主狩り4
「・・・あんた、だれ?」
目の前の男は大きなシルクハットに、貴族がパーティに出るような高そうなスーツを着ている。ただし、男はそれを一度も手入れをしていないのか、ボロボロになるまで着込んでいた。クルリクルリとステッキを回して、意気揚々とグレイアンクルフに近づいていく。
戦場において、何処までも場違いなその男に警戒心を剥き出しにするのは当然だ。油断なく男を見据える。
「ふっふ、私はラドルフというものです。・・・しがない一商人ですとも、ええ」
「━━おい。俺の仕留めた獲物に気安く近づくな」
自己紹介をしつつも、金色の狼に近づいていくラドルフに牽制をかけた。本能があの男をグレイアンクルフに近づけるなと告げていたのだ。そんな俺をチラリと一瞥をして、ラドルフは嘲笑した。
「いやぁ、流石はウフルラル家の血統ですなぁ。危機察知能力がお高いお高い♪」
ネチャアという音が聞こえてきそう。これまで生きていて、ここまで粘着質な底意地の悪い笑顔を見たことがなかった。・・・すごい気持ち悪い。
「けれど、仕留めた・・・というには些か早計では?あなた程度の魔力量ですと、先ほどの連撃程度では・・・」
男はトンッと軽く狼の心臓あたりをステッキで叩いた。
「グルァアアウ!!」
「!?」
雄叫びとともに、金狼の先ほどまでは止まっていた鼓動がまた聞こえ始めた。そのまま放っておけば完全に息絶えていたモノに再び喝を入れたのだ。・・・コイツはこの狼を助けたかったのか?・・・けれど。
「・・・なんのつもりだ?そんなことをしても、悪戯に苦しませるだけだ」
そう、どのみち致命傷を負っているコイツはもう長くない。何より、国から討伐命令が出ている以上は仕留める以外の選択肢はないのだ。
「グルゥゥ・・」
弱々しく、現状把握に努めようとしているグレイアンクルフ。そしてそれを観察しているシルクハットの男。・・・ふとその手元を見てみると。男の手のひらには綺麗な群青色の石が見て取れた。
「ホロ様。ご心配なされぬよう。アタクシは特にこの狼を助けたいとは思っていません。ただ少し・・・実験をしたいだけですよ」
そう言って。男はその石をグレイアンクルフの口に投げ入れた。投げられたものを反射的にバクンッと音を立てて飲み込む群狼の長。回復するでもなく、死にゆく様子もない。その石は薬でも毒でもないようだ。一見して狼に特筆すべき変化は起きなかった。
「何を・・・」
与えたんだ・・・そう問いただそうとしたその瞬間。相変わらず、狼に変化はない。ただし、周囲の獣たちの魔力が大きく変動して、グレイアンクルフへと吸い込まれていく!
「これは・・!?」
「ふふ、いいですな、いいですな!集まってきましたぞ!!」
この森の。ありとあらゆる所から魔力がドンドンと収束していく。正確にはグレイアンクルフが眷属としていた魔物たちから根こそぎ魔力を奪っていくようだ。その様子はまるでブラックホール。全てを飲み込む勢いで、グレイアンクルフは魔力を飲み込んで・・・いや、無理矢理ぶち込まれていく。
「グルアアアア!!」
無理矢理魔力を詰め込まれて、苦悶の絶叫をあげるグレイアンクルフ。当然だ。あれははち切れんばかりの風船に空気を更に入れていくような行為。つまりは破裂。明らかな許容量オーバーだ。それでも魔力は遠慮なしに、かの狼に向かって吸い込まれていく。そして・・・
「ガアアアアアアアアアアッ!!!」
一際大きな悲鳴ののち、蓄積された魔力が破裂せんと、狼から溢れ出る。魔力光に包まれてソレは・・・・
産声を上げた。
♢♢♢
「これは・・・」
グレイアンクルフの眷属たちに牽制をかけていたオルドラはふと、その変化に気づいて太い眉毛をピクリと動かした。
微弱だが、魔力が漏れている。・・・騎士たちのモノ、ではない。痕跡を辿れば魔物たちから漏れ出ている。オルドラはこの現象には覚えがある。かつてAランク相当の魔主狩りをしていたときに起きた現象。
「まさか・・・」
そんな事が。そう思った刹那、コトが起こった。
「ギャアァァァァア!!」
微弱だった魔力の漏れが一気に加速して天へと・・・正確にはこの魔物たちの主へと向かって吸い込まれはじめた。たまらずに声をあげて絶叫する魔物たち。辺りは魔物たちの阿鼻叫喚が巻き起こり、たちまちカレらにとっての地獄絵図が描かれる。
「『群れ呑み』だと!?馬鹿な、中級クラスの主が出来る芸当じゃあない!!」
「む、群れ呑み!?なんですかソレは!?」
いきなりの事態に混乱する騎士たち。新米の騎士たちは驚きを隠せず、ベテランの騎士は一見落ち着いてはいるものの、動揺は隠せないのか表情が硬い。あるいはベテランだからこそ、この事態が動揺に足る珍事だと把握できた。━そして、それは。オルドラも同じだった。
「群れ呑みというのは、コロニー持ちの魔物が群れを拡大していくうち至る、最終到達点の事だ。魔主狩りを必ずしなければいけない最大の理由は実はそこにある」
オルドラは想定外の出来事だからこそ、注意深く観察し現状を把握していない騎士たちへと説明をする。
「最終、到達点?」
「そうだ。主はコロニーを拡大し続けてる一方で、己の中に魔力の器を作る。そして、時期が来たら群れの魔物全ての魔力を自分のモノへとするべく呑み込むのだ。それが『群れ呑み』」
全ての魔力を吸い尽くされて、絶命した魔物を観察しつつ、オルドラは続ける。
「その場合、群れこそなくなるものの、当然主の強さは一気に跳ね上がる」
「え・・・じゃあ、このコロニー主がそのとんでもないモノになろうとしているって事ですか!?」
部下の当然の結論に、検証が終わったのか男爵は立ち上がり、かぶりを振った。
「だが、有り得ぬ。群れ呑みは上級の主ですらごく限られたモノにしか至れぬのだ。まして中級のグレイアンクルフが至るなど聞いたこともない」
「ですが、オルドラ閣下。この現象は他に類を見ません。それは閣下が・・・」
そう。それはオルドラがこの場の誰よりも一番よくわかっている。魔主狩りのエキスパートとして男爵の地位を授けられたオルドラが。
「意識を切り替えねばならんな」
オルドラはつぶやいて、人差し指でトントンと額の中心を叩き先入観を捨てにかかる。事が起こり、ここまでおよそ120秒。
「先に行く。後から追ってこい」
そう言って、魔力を足へと集中させて走り出すオルドラ。珍しくその表情には焦りの色が浮かんでいた。
「か、閣下!?」
追走する部下たち。いや、熟練の騎士たちがいとも簡単に遅れている。それほどまでにオルドラの足は速い。
「これが群れ呑みと仮定すれば、殲滅は逆に簡単だ。今現在、コロニー主に魔力が集まっている以上はそれ1頭を叩けば問題ない。中級クラスの主がまだ完成に至っていないこの群れを強制的に飲み込んだとしても、せいぜい上級中位・・・特上までには至らないだろう。私ならば十分倒せるレベル」
1人つぶやくオルドラ。問題があるとすれば・・・
「現在は東にカインが応援に行っている為、戦力が薄い。━━ホロとカグラが、、、死ぬ」
『あなた。状況はおよそ把握した?私、あと5分程で南東の廃村にたどり着くわ。』
不意に頭に流れ込む妻からの念話。流石、理詰めのオルドラと違って、感覚派の彼女は一際早く向かっていたようだ。今まで念話を送ってこなかったのは、オルドラが今回のイレギュラーに更なる不確定要素が含まれないかを邪念なく観察、分析してもらう為。
『う。とりあ主を叩ば問題なう。私も今向かって。ロやカとの連絡は?』
『やはり、即席の回線は要領を得ないわね。ホロくんとカグラちゃんには連絡できていない。あちらの念話師がやられたか、ジャミングされているわ。とりあえず私が突っ込むから、何か更なるイレギュラーがあれば赤い空魔砲を上空に』
憶測を片手に正確な情報を届けるフレイヤ。オルドラは感心しつつも、視線を遥か先へ向ける。速く、速く!1秒でも早く、南東の廃村へ。オルドラは騎士として、領主として、何より2人の父親として。地面が砕けるほど強く脚を動かしていた。
♢♢♢
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
絶望の咆哮。金色の美しい毛並みは見る影もなく、毒々しい異物が混ざったような黒い姿。全身が己が魔力を抱えきれず、焼き爛れて、いたる所が朽ちていくが、その魔力でまた元の形に回復する地獄の永久機関。その頭は三つに割れていて、その全ての顔がこの世全てを恨むような憎悪を宿していた。姉さんの教本で見たことがある。あれは確か・・・
━━魔物階級上級中位:グレイアンケルベロス
「こんな・・・」
事ってあるか?・・・ふと手を見たらカタカタと震えている。無理もない。こんな怪物に進化するなんて聞いていない。どう足掻いても勝てる気がしないが、不思議と目は逸らさず、この地獄の番犬を観察していた。それが倒すべくなのか、はたまた自分を殺す相手がどんな奴なのか見ておきたかったのか、わからなかったけれど。
「ヒヒィ!素晴らしい!!とりあえず実験は成功です!!あとはどれ程個体が保つか・・・そして正規ルートで進化した個体と比べたらどれ程強いのか・・・」
隣で、不気味な男が何か言っているが、今は構っている暇などなかった。ゆっくりとこちらにケルベロスが向かってきている。確実に獲物を仕留めるべく決して逃さぬように注意深く。━━動けばやられる。そんな予感が脚を動かすことを許してくれなかった。
「術式展開。コード:ファイアランス」
ドン!ドドンドンドン!!!
ケルベロスの心臓を貫くべく、放たれた炎の槍5本。俺だけを見据えていたケルベロスは隙だらけのその体に側面から須く打ち込まれた。この攻撃、誰が行ったかは明白だ。
「ホロ!!」
更なる大掛かりな魔術を展開しつつ、俺とケルベロスの間に入る姉さん。側近2頭を仕留めてこちらに向かってきていたのだろう。その背中に頼もしさを覚えたのだが・・・
「姉さん!だめだ!!離脱して!!」
中級の魔物ならば5回殺してもお釣りが来るほどの先程の炎の槍も、この番犬には棘が多少刺さった程度なのだろう。多少痛がる素振りをしながらも、倒れる様子はない。そして何より。真ん中の頭が大きく口を開けて魔力を収束していた。
ドン!!
空気を伝う衝撃波と共に、打ち出される魔力の収束砲撃。紫色の光線が姉さんと俺を蹂躙するべく接近したが、かろうじて姉さんを抱きかかえて、射線から脱出することに成功する。その砲撃の行方を見送ると、20メートルはあるであろう岩山が消し飛んでいた。
「うわぁ」
反則もいいとこだ。姉さんのおかげで恐怖の金縛りからは脱出できたけれど、絶望は続く。こんなのどうやって倒せばいい・・?受け身を取りつつ距離をとってあらゆる手段を考えるが、倒す手段が全く思いつかない。
「ホロ!ありがと!!無事!?」
「うん。でもあんなのどうやって・・」
「とりあえず、連携して時間を稼ぐわよ!今皆がこちらに向かっているはず。戦力が整ったら全員で叩くわ!」
確かにこんなのは1人ではとてもじゃないけど太刀打ちできない。メインである俺が本来するべき仕事を他人に任せるのは気が引けるが、仕方がない、か。
「わかった。とりあえず2人バラバラに動いてこいつらの気を散らそう。カインさんと父さんは分析、考察をしてから現着するだろうから、多分感覚派の母さんが一番最初にたどり着く。━━西側に誘導して行く感じで」
「OK!さっきの収束砲クラスの攻撃はそうそう連発できないでしょうけど、注意ね!」
「うん。若干タメがあるから、対処はしやすいでしょ。念のため魔弾メインで距離をとって戦おう」
軽い作戦会議の後に、俺たちは地獄の化け物に向かって駆け出した。
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