魔主狩り3
実に楽しそうに、迷いなく主たる金狼に突っ込んでいく姉さん。その速度はまるで風。多くの魔物が反応もできない中で、王への狼藉を阻むべく側近格の魔物2頭が行手を遮り、臨戦態勢に入った。
「フンッ!」
姉が裂帛の気合いを発して振り下ろした剣がガキィン!と甲高い音を発する。剣が側近1頭の鋭い爪と交差したのだ。姉さんは押し合いをしつつ、突っ込む際に体の後ろで生成しておいた火の弾およそ10発弱をその側近目掛けて・・・ではなく、後ろの主目掛けて、ぶっ放した。
ドドドドッ!!
しかし、その弾は主人に当たる事はなかった。鋼鉄のような硬い皮膚に覆われたもう1頭の魔物に全弾防がれたのだ。
「なかなか堅いわね!」
鍔迫り合いをしていた魔物が牙で姉さんを仕留めるべく噛みつきにいくが、それを読んでいた姉さんは、押し合いをやめてスルリと後ろに後退し、間合いから外れた。
そしてクルリと体を回して、自分の頭の上目掛けて炎が乗った自分の剣を真っ直ぐに突き出した。
ブシュッ!!
「グエェ!!!」
「まずは1匹!!」
上空からカラス程の大きさの鳥が姉さんに嘴を突き刺すべく突っ込んできていたのだ。魔力を纏いつつ落下スピードをプラスした突撃は、ライフル以上の破壊力を持つ。
けれどその威力故に。的確に出された剣の切先に、カウンターで突っ込んでしまった魔物はなす術もなく、串刺しとなってその生涯を終えてしまった。
「クォンッ」
その様子を見ていた金色の狼は、先程姉さんの攻撃を防いだ2匹の側近に相手をさせる。ここにいる誰よりも危険なのはあの人間。そう思わせるには十分な攻防だったのだろう。
「とりあえず、この一番厄介そうな2匹は引っ張ってくわ!!他の魔物たちは各隊連携をとって主人から引き剥がしなさい!!」
「「「はっ!」」」
答えつつ、各隊魔物たちに突っ込んでいく。それに呼応して、後方に控えていた魔物達もありったけの雄叫びを上げて、騎士団に突っ込んできた。
この状況下、いまだにその場から動いていないのは俺とグレイアンクルフだけ。周囲が死闘を繰り広げる中で、俺たちだけがお互いを静かに測っていた。
こちら側が魔物の主が誰だかわかっていたように、あちらの大将もこちらの司令塔が誰なのか把握していたようだ。
「・・・ふぃ」
俺はため息一つついて、脱力。買い物に行くような自然な動作で間合いを詰め始めた。下手に力が入れば、即座に見切られて噛み殺されるだけ。それに目的が討伐である以上、こちらの格を威嚇で見せつけて逃げられては本末転倒だ。
テクテクテク・・・
この紛れもない死地の中、抜刀もせずに歩いていく。
━瞬間、右の首筋に風・・・
「!!」
バヒュウ!!
目で見るよりも早く、魔力で感じるよりも、なお鋭く。生存本能が体を左斜め前方へと逃していた。あと目算にして8歩あった王との距離は瞬く間に潰れて、俺の首があった場所には奴の爪による魔力痕。コンマ1秒動くのが遅ければ、俺の首は消し飛んでいただろう。
・・・ぁぶなっ!
互いが通り過ぎた必殺の間合いに、振り向きざま再び両者が踏み入れる。遠心力と鞘滑りを利用して抜刀される白銀の片刃剣。巨体から繰り出される鞭のようにしならせた金色の尾。
ガキィィン!!
剣と尻尾のぶつかり合いとは思えない金属音を叩き出した後に、宙を舞ったのは白銀剣。金色の尻尾は威力こそ落ちたものの、そのまま俺の体を後方へとぶっ飛ばした。
「・・・っぐあっ!」
痛くて思わず苦悶の表情を浮かべてしまう。吹っ飛びつつも受け身をとり、致命傷を避けていくが・・・
「ウオウッ!!」
その隙を、見逃すほどこの相手は甘くはない。俺の体に追撃をかけるべく、こちらが吹き飛んでいるスピードより遥かに疾く駆けてくる金色の悪魔。一足飛びで俺の頭を噛み砕くべく牙を剥き出しにした。
━━詰んだ。受け身によって、迎撃をする間もない。それほどの絶望的な第2撃。その余りの恐怖に、感覚が研ぎ澄まされて、走馬灯が見える程に。
・・・そう、詰んだのだ。もしもここが。待ち構えていた場所ではなく立ち向かった場所だったならば。
ドドドドドッ!!
「ギャンッ!?」
地中から飛び出してくる、50を超える何の脚色もされていない弾、弾、弾。グレイアンウルフが魔力耐性が低いのは斥候が確認済だ。なれば魔力に属性を追加するよりも、隠密性、そして射出速度に設定を全振りして叩きつけてくれよう。
「姉さん得意の土中トラップだ。無警戒なところに、鋼毛皮の薄い腹へのカウンターはなかなか効くだろう?」
恐らくは一期一会のチャンスに畳みかける。ここでもたつくと何が起こるか分からない。先程俺の剣が簡単に弾き飛ばされたのは、剣に魔力を集中させていたのではなく・・・
「知ってたか?金色の狼。鞘で叩かれるのも結構痛いんだ」
剣をギリギリまで抜かなかったのは、魔力探知で剣ではなく鞘に魔力を集中させていたのを隠す為。
ドグシャッ!!
急所の一つである、脳天にたっぷりの魔力が乗った一撃を横薙ぎでぶち込んだ。今度は悲鳴をあげる間もなく、金色の巨体がふき飛ばされていく。グレイアンクルフは10メートルほど転がり続けた後、ゴロンと横たわって静止した。土煙が晴れると共にその姿をはっきり目視できたが、ピクリとも動かない。
・・・無理もない。腹部と脳天、二つの急所への連撃。明らかに致命傷だ。王の名誉の為に言っておくと、この聡明な狼は追撃の際、魔力がまだ俺の鞘に残っていたのは知覚していた。現に仕留めにくる際にも鞘を最大限に警戒していたのが見てとれたのだ。・・・だがその素晴らしい警戒心が。結果としてカレの視野を狭くし、土中トラップに気づくことが出来なかった。
ドッという音と共に、不意に視線が下に落ちた。・・・緊張の糸が切れて俺の膝が地面についたのだ。見れば両手も震えていて持っている鞘も落としそうだった。
「怖かった・・・ホント紙一重だった」
俺は今紛れもなく、死線を潜ったのだ。今更ながらに体が疲れと恐怖を体現しているのだろう。勝った達成感、安堵感、疲労感、膝から崩れ落ちた情けなさ、一つの生命を終わらせた切なさ、、、色々な感情が渦巻いて胸の鼓動を早めている。
「ふへへっ」
それでも笑ってしまうのは・・・やはり戦士の子供に生まれた血筋故か。
「さてと、次はみんなの加勢か」
この戦いが殲滅である以上、まだ狩りは終わっていない。そばに落ちていた剣を拾い、この情けない膝に喝を入れて残党を狩ろうとした時・・・
「おやおや、まさかグレイアンクルフをお一人で倒してしまわれるとは・・・流石ウルフラル家の血統ですなぁ」
・・・およそこの戦場に似つかわしくない格好の、異様な男が森の入り口に立っていた。
♢♢♢
「燃え盛れ!!」
裂帛の気合とともに、打ち出される火炎が金色の狼の直属兵に踊りかかる。カグラは中堅騎士が10人がかりで戦う規模の相手二頭を相手取ってなお、戦いに余裕があった。
「ギャルルル!!」
1頭は打撃、斬撃、魔術攻撃に高い耐性を誇る鋼鉄の鎧アルマジルラ。中級下位に属する魔物で、非常に倒し辛い魔物だ。
「カロロロッ」
もう1頭は機動力、感知能力、多用な攻撃性を持つ、3つ首の混成獣アシュライドラ。同じく中級下位の魔物で毎年多数の死者を出す獰猛な魔物だ。
1頭ずつでは地力でこそ負けるものの、この2頭が連携してかかれば、条件付きではあるがグレイアンクルフすら超える程の実力を持つ。
そんなある意味、グレイアンクルフより厄介な相手たちを前にして、カグラは頭の中で何通りかの倒し方を思考する。
「ン〜、どうしよっかな。それぞれの弱点をつく方法はもうやり尽くしてるのよねぇ」
効率を考えれば、アルマジルラの機動性、アシュライドラの魔力耐性の低さを利用して戦いを構築していくのがセオリーだ。順当に戦えば、10分とかかるまい。だがこの戦術を彼女はニコリと笑って切って捨てる。
「うん、決めた!アレでやってみよっかな」
カグラは2頭の攻撃を避けつつ、小さな攻撃を要所要所で確実に急所に当てていく。弱っては来ているがまだ足周りが鈍くなる程ではないか、と冷静にダメージの蓄積を計算して・・・ふと、目まぐるしく動かしていた、自分の足を止めた。
その場所は2頭の間合い、必殺の圏内だ。自分たちの攻撃がまだ1度も当たっていない苛立ちからの、このあからさまな挑発行為。2頭が激怒するのは当然だった。・・・あるいは、彼らの王が居れば諌めることも出来たのだが。
一撃で葬ってくれると言わんばかりの全力攻撃。カグラは敢えて魔力を抑えて、大袈裟に避けることはせずに、トンッと体を空中に舞わせる。繰り出される彼らの攻撃を力点として、その風圧で体をさらに空へと舞い躍らせた。
2頭は追撃をかけるべく空へと続こうとするが、ズプッと大地が沈む感触に驚愕した。
「足場を崩すのは地形戦の基礎よねぇ。・・・さらに」
カグラは普段あまり使わない氷の魔術を2頭の周囲に展開し、足止めに追い討ちをかけた。その間に距離ををとって着地する場所およそ150メートル。
魔力を土に含ませて粘着性を持たせ、更に氷で動きを固める二重の足止め。並の魔物ならば脱出することすら困難だが、この2頭にとってこの程度、動きを封じれる時間など精々30秒弱。脱出次第、ヤツの頭蓋を砕きにかかろう。
そう考えた2頭は。そのあまりにも愚かな思考に、死にたくなった。
「術式展開、コード:エンテイ」
灼熱へと変換された魔力が放出され、吸い上げられ、収束して、練り上げられていく。カグラの頭上で展開するは、炎帝の名にふさわしい即席の太陽だ。周囲を炭と化し、それすらも貪欲に吸収し、なお大きくなっていく。
基本的に魔術は縛りが強く複雑なほど、強力になっていく。詠唱時間、術への反動、構築場所、時間など。━━綿密に組み立てれば立てるほど、大きな魔術行使が可能となる。
カグラは今回、術式展開法という、魔力を予め引いておいた式に当てはめて、より高みへと威力をぶち上げる方法をとった。
「さて、耐えられるかしら!?」
かつてない程吸い上げられる魔力量に恐れと、それ以上の喜びを感じながら生成した太陽を2頭の頭上へと落とした。
生成した段階で、逃げることもできず、熱で喉が焼けて呼吸すらままならなかった2頭は言うまでもなく、なす術もなく。・・・・その生涯を炭と化したのだった。
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