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魔主狩り1


 「うわあぁあ!!」


 「たす、助け・・っっ!!」


 「痛い痛い痛い痛い痛いイタい いいいい!!」


 ぐちゃぐちゃッ グチュ、ボキッ ごきんっ バキッ


 森に立ち入ることを禁ずる。そう領主からの通達が来て、7日が経過していた。まだ解除される気配は一向にない。・・・猟師たちは憤慨する。いつまで待たせるつもりだ。こちらにも生活がかかってるんだ。あんな微々たる補助金で家族を養えるか。


 人が立ち入ることを禁じられた森は獣たちの警戒心がなくなり、狩りがうんとしやすくなる。


 バレなければ大丈夫だと言って、猟師仲間を唆した1人の男は、話に乗った数名を引き連れて立ち入りを禁じられた森の中へと入っていく。


 ━━幸先はよかった。人里からすぐ近くのところで、野うさぎが3匹、鹿が2匹。さらに奥にいけば、今日は大物が仕留められる予感がする。猟師たちはウキウキして、更なる奥地へ足を運び入れたのだが。


 ━━率直に言って。そこは地獄だった。


 5メートルを超す巨体の熊。鞭の様に枝をしならせて、獲物を叩き殺す植物。口から燃え盛る火炎を吐く巨大トカゲ。毒の鱗粉を常に撒き散らす3メートル程の巨大な蛾。他にもお伽噺に出てくる様な常識の埒外の獣が数多(あまた)。そしてその全てを統べる金色の狼。そんな連中が極度の飢餓状態に陥っていた。その中に普通の生き物(ニンゲン)が放り込まれたならば。


 ━━原型をとどめる事など10秒たりとも許しはすまい。


♢♢♢


 ここ最近、数がめっきり少なくなった獲物が森に迷い込んできた。それを我先にと喰らうケダモノ、その数およそ85。血肉、骨身だけでは飽き足らず、魔力の髄まで貪り尽くす。


 ━━他の動植物はすでに(むくろ)と化した地獄のビオトープにその群れはあった。もはやこの場所だけでは飽き足らない。このままでは群れの中での喰らい合いが始まるであろう。


 ・・・それはそれで構わない。大きくなった群れを飲み込んで一つの大きな生命体と成る。この群れの主にとって、元よりそれが最終目的だ。その訪れたる日を妄想して、主は口元を歪ます。それはまるで劣悪非道の権化たるヒトの様。・・・だが。


 群れの主は末端に、群れの規模を拡大するための調査を命じた。足りない。こんなものではまだ到底。今この群れ全てを飲み込んだとて、すぐに狩られるのは自分の方だと本能が告げていた。もっと群れを広げなくてはいけない。飲み込むものを大きくしなければならない。


 もっともっともっともっともっともっと。


 穴の空いた袋に水を入れていく様に、カレのその欲求には果てがない。なので北、南、西、東。四方三里に駒を放った。・・・けれど、帰ってきたのは南の東より辺りのみ。


 カレは思案する。その方角は生態反応が最も弱い地区のため、出来ればそちらには歩を進めたくはなかった。だが他の斥候が帰ってこれずに、討伐されるほどならば仕方がない。まずは群れを大きくすることが最優先。この苛立ちはこれから向かう地区で晴らすとしよう。


 そう思い立ち、群れに伝令を送る。━━━さあ、皆の者。蹂躙の時間だ。


♢♢♢


「キバよりタカへ。東口第1小隊配置完了です」


「タカ了解した。他の部隊はどうだ?」


「こちら、ハネ。西口には第2部隊が、あと2分程で目標地点に現着するわー」


「こちら、カギツメ。目標地点手前にて、昨日の雨による土砂にて多少足止めを食らっています。第3小隊は北口に後5分程で現着する予定」


「タカ了解した。作戦に遅れが出るレベルではない為、予定時刻で作戦決行とする。何かあれば迅速に報告されたし。以上」  


 かつては多くの小麦が取れたこの土地は、収穫前になると辺り一面黄金色に輝くことから黄金美村(こがねみむら)と呼ばれていたらしい。しかし近くの火山が噴火して以来、生態系が崩れて衰退の一途を辿り、今では小麦など見る影もない。


 そんな荒れ果てた、誰も寄らぬような場所も、今日ばかりは多くのニンゲンで賑わいを見せる。最も、かつての平和な人々の憩いの場ではなく、血で血を洗う決戦場ではあるんだけど。


 ・・・なんて。客部隊の配置状況を念話師から聞きながらも、これから起こる現実に目を背けるために、土地の歴史に思いを馳せていると・・・


「ていッ」


 ドスっ


「グアアあああ!?」


 な、なんかお尻に刺さった!ドスっていった!!見ればうちの理不尽女王(ねえさん)がいつの間にかすぐ近くにきて、ニヤニヤしながら剣の鞘を俺の方に向けていた。


「な、何すんの!?いきなり」


「いや、緊張してるのかなーって思って。ホロ、なんかボーッと草原を眺めているし」


「緊張くらいするってか、緊張を解すならもう少しマシな解し方をしてよ!」


「あはは、いいじゃない。それくらい元気があった方が丁度いいわよ」


 無邪気に笑い、魔法瓶に入れていた紅茶を一口優雅に啜る姉上。むぅ。この人今からここが戦場になるっていうのに、微塵も緊張していない。流石、エルドリア学校第108期生総合成績10位取得者。この程度の修羅場はもう潜り慣れてるのだろう。


 ━━では一つ。姉さんにも絶望をプレゼントしてやろうか。


「そういえば姉さんが学校に戻るのって、8月末だっけ?」


「ん?そうそう。そしてあんたが入学するのが10月初め。準備はしときなさいよ?買う物でわからない物があれば、付き合ってあげるし」


 気を紛らわせる為の雑談だと思っているのか、多少強引な話のすり替えにも答えてくれる我が姉。カップには紅茶がなくなったのか、また新しくもう一杯。


「うん、そこら辺は大丈夫。・・・ところで姉さん一つ聞いていい?」


「うん、何?」


「算学の問題集どのくらい終わったの?」


 ブーーーーッ!!


 おお、紅茶が綺麗な放物線を描いている!!虹が見えそうだ。


 姉さんは文武両道を地でいく完璧超人を学校では装っているみたいだが、唯一算学が苦手という弱点を持つ。それさえなければ総合成績も五指には入るであろうというのは父さんの談。


「あ、あんたね、人がせっかく・・・」


「うん、剣の鞘で緊張を解してくれてありがとう。お礼によかったら手伝おうか?分からないところを教えるくらいだけど。・・・安心してよ。分からなくても剣の鞘では突かないから」


「・・・・。頼むわ。算学、得意だものね、ホロは」


 得意って程ではないけれど、、、どうやら姉さんには俺の教え方が分かりやすいみたいで、よく問題に行き詰まると聞いてくる。苦手を克服するためには、例え弟にでもプライドを切って捨てて頭を下げられるのは、姉さんの長所だと思う。もし下に弟でもできたら俺も見習おう。


 そんな姉弟のやりとりを見ていた見習い騎士たちは、この状況下で普段と同じような会話ができるのが頼もしいと思ったのか、はたまた緊張感に欠けると呆れたのか・・・俺たちに何か声をかけようとした時に・・・


 ズズンッ!


 ━━突然に。衝撃が伝わり大地が揺れ動いた。


♢♢♢


「なんだこの衝撃は!?まだ、炙り出しの開始時刻には早いはず!!何が起きた!?」


「分かりません!今情報を集めて確認しています!!こちらタカ!カギツメ、何があった!?応答せよ!!」


 慌ただしく、カイン騎士団長がタカと呼ばれる念話士に問いかける。だが、客部隊いずれも原因が特定できずに混乱していた。


 突然の轟音とともに、大地が揺れ、少しした後に黒い煙が北の方からモクモクと立ち昇ったのだ。俺は不安な気持ちを押し殺し、平静な表情で姉さんに問いかけた。


「姉さんあれって」


「ええ、明らかに爆発の魔術ね。煙の方角からして、北のあたりから立ち昇っているけれど、あそこは念話士によると、土砂が原因でまだ第3部隊が到着してなかったハズ」


 姉さんに先程の算学の話をしていた時の年相応の表情はもはや無い。そこにいるのは紛れもない1人の魔導師の姿だ。この切り替えの速さが父さんに少し似ているなぁ、と場違いな感想を抱く。


「となると、考えられるのはざっと三つね。一つ。群れからはぐれた、ないし関係ない魔物がたまたま部隊とはちあって、報告する暇もなく戦闘に入った」


「・・・。でも、それだと爆発の魔術を使う?普通はもっと隠密に処理するんじゃない?」


「咄嗟に使っちゃったのかもよ。とは言え、まぁ可能性は低いか。んじゃ二つ目。第3部隊の誰かが功績を立てようと先走って、単身群れに突っ込んだ」


「いや、このタイミングで?完全に評価落とすでしょソレ。逆効果だよ」


「そうよねぇ・・・もっと可能性低いか。そしたら最後の三つ目は・・・」


「ほ、報告いたします!現在群れの魔物が暴走中!!北、西、南、東へと散開しています!!第1、第2、第3部隊、それぞれ殲滅するべく戦闘に入った模様!!」


「!?くそ、やはりか・・・!トラブルにしてもタイミングが悪すぎだ!これだと炙り出しの働きが不十分になる!最悪山から魔物が漏れるぞ!!」


 カイン騎士団長が思わずゴチている。しかし無理もない。不意打ちを仕掛けるつもりが、完全にこちらが不意をつかれた形となった。


 俺たちが考えている残る三つ目の一番考えられる要因。ソレは第三者(どっかの誰か)がこの狩りを邪魔をしているということ。・・・そう思わせる程のタイミングで起きた爆発だった。


 炙り出しにて魔物たちを誘導させるには、必須条件として不意をつくというところにある。タイミングを見計らって、各場所から同時に攻撃を行い、魔物たちに逃げるという選択肢しか与えないことが大切なのだ。そして逃げた先であるこの場所(逃し口)で一網打尽にする。


 ・・・けれど。もしもこの不意をつくという条件がなくなると・・・


「群れに討伐者へ立ち向かうという選択肢が生まれてくる。統率の乱れた群れを殲滅するほど難しいことはない・・ってわけか」


「てなると、最悪討ち損じた魔物が村や町に散ってしまうわね?ホロ」


「うん。でも多分北や西は問題ないと思うよ。父さんと母さんが配置についているし・・・」


 炙り出し部隊は本陣に戦力を固めるため、基本的にそこまで人数を多く取らない。今回で言うと、本陣から遠い北に1割、やや遠い西に2割。本陣に近い東に3割そして本陣の南に4割。だが、例え北や西の人数が少なくとも父さんと母さんがいれば、十分に対応は可能だろう。問題は・・・


「そうね。東側はどうする?ホロ。そちらに多く魔物が流れたら対処し切れるか分からないわよ」


「・・・考えている暇はないでしょ。本陣(ここ)から人手を派遣するしかないよ。最悪漏れるのはココだよ。一番土地の被害が少なくて済むし」


 そういうと、姉さんはニコリと相槌を一つ。どうやら同意見らしい。


「カイン騎士団長!早急に部下を何人かピックアップして東へ移動し、フォローを!こちらは領主の長女たる私が責任を持って残った騎士たちの指揮を取り、主を補佐している魔物を迎え討ちます!!」 


「・・・しかし、それは」


 不安な様子でこちらを盗み見るカイン騎士団長。


 そう、それは。俺が単身でグレイアンクルフを討伐しなければならないということ。当初の作戦ではここ本陣の騎士たちが、ボスを守る側近たちを倒し、俺が姉さんのサポート付きで、主を迎え撃つ作戦だった。


 だが、ここで戦力が半減になったら、姉さんも取り巻きの相手をしなければならない。そうなってくると、実質グレイアンクルフは俺が1人で相手にすることになるだろう。


「俺は大丈夫です。領主の次男、そしてこの狩りのメインとしても命じます。東側のフォローをお願いします。騎士団長」


 いや、すごい怖いけれど。それはもう姉さんや、カインさんに代わって貰いたいくらいだけど!


「・・・・御意。ならば精鋭を連れて一気に東側を叩き潰し、本陣へと合流してご覧にいれます。そうすれば東と南の騎士で群れを叩けます。」


「それは頼もしい。是非早急にお願いいたします」


「はッ!!」


 俺の勝手に震える手を見てカイン騎士団長は何を思ったのか。騎士団長は幾千言いたいことがある表情を浮かべたが、一度目を閉じて全てを飲み込み、俺の意思を汲んでくれた。



お読みいただきありがとうございます。

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