実現の矛、絶縁の盾
レイ!やっと見つけた!
いい加減、時間作ってくれよ!
リタのヤツが言うんだよ……。突っ込むしか能がねぇ第一魔攻隊なんてどうせ肉体自慢の無骨な輩ばっかりだろうって。勢い任せの酒任せだろうって。
ちげぇよな!魔剣は馬鹿じゃ使えねぇし、俺の魔剣の角度と硬度には自信が…………ちげぇよ、短くねぇよっ、て何言わす!馬鹿!
……あ、サーセン、言葉が過ぎました。
とにかく、お前がちょっと顔出して、話してくれりゃ、イメージが変わるって!
……会議室じゃお堅い話でおわっちまうだろ。そこには酒がないとさ!
……だから、酒任せじゃねぇって!金は出すから、な?
……お前、ちょっとした有名人だし?
『実現の神』だって……ちが、俺が呼んでるわけじゃねぇって!魔力引っ込めろ!
……いやいや、魔攻開発部だって、魔攻隊と変わんねぇだろ!仲間だ、仲間!
とにかく!面子の問題でもある。お前の上司には明日必ず定時で出すよう、話を通しとくからな!逃げんなよ!
ノア!やっと見つけた!
いい加減、時間を作ってもらうわよ。
……ロイが煩いのよ。第一魔防隊なんて、黴でも生えそうなぐらい生真面目が過ぎるんじゃないかって。遊び心のひとつもない隙なし無駄なし色気なしだって!
ったく、嫌になるわよね。前後を気にせず攻められるのは、魔力を緻密に寄せて練り上げた魔盾があるからこそなのに…………って、私は分けて下げてるわけじゃないわよ!今すぐ人生にエンドマークを打ったろかァア゛ン!
……コホン。失礼。
とにかく。貴方は少し顔を出して、お話をしてくれればいいの。
……会議室じゃないわよ。遊び心がないって、生真面目だって言われてんのよ!酒席に決まってるでしょ!……ああ、仕方ないから、貴方からお金は取らないわよ。
貴方の二つ名はウチじゃ一番通りがいいし。『絶縁の神』さん、ふふ……やだ、怖い顔。
……そんなの些末なことじゃないの。魔防開発部も魔防隊と一蓮托生よ!
とにかく!このまま捨て置くことはできないわ。貴方の上司に話はつけといたから、明日は定時上がりよ。
――これは上官命令です!
おい、レイ!今日だぞ、八時に『星降亭』な!
……そうなんだよ、リタが予約したらしくて、支払いが怖ぇよ……って、それはいいんだよ!良くねぇけど!
それは置いといて、あの『絶縁の神』が来るってよ!
……そう、魔防術式第九位《岩乗層》を開発したヤツ。防具への付与も今んとこソイツしかできねぇらしいけど。何かやたら複雑らしくて、そんなもんを一瞬で展開してみせる百年に一人の天才は……名前なんてったっけ?
そうそう、ノア・バートランド!もしかして会ったことあんの?
……そりゃそうか。『魔防』と交流がねぇから、今夜みてぇな会に出されてるんだもんな、はっはっは!って、魔力引っ込めろォ!
……しっかし、お前、まさかその格好で来るんじゃねぇだろうな。
馬鹿野郎!その銀縁はともかく、第三ボタンまで外せ!お前の武器を熟れ腐らせるんじゃねぇ!
……あ、サーセン、訴えないでください。
……はぁ?お前、仮にも『魔攻』の名を掲げた部署に居るんだから、攻めなくてどうすんだ!第一印象からして負けは許されねぇ!
チッ、おい!手ェ空いてるヤツで会議だ!
ノア!例の件、今日の八時『星降亭』よ。時間厳守ね。ロイ・ディアスの名前で予約を取ってあるわ。
……ふふ。どうせなら、良い肉に良い酒を楽しみたいじゃない。
そうそう!あちらは『実現の神』が来るそうよ。ロイにしては珍しく面白い子引っ張りだしたわよね。
……あら、レイ・サザーピークと面識が?
……ないわよね。じゃなきゃ、今夜みたいな話にならないもの。そう、魔攻術式第九位《突込矛》の開発者。武器への付与は開発者本人しかできないらしいわ。貴方と似たような状況ね。ちょっとした有名人、ってところも。
武器さながらに硬度を上げた魔力を固定化して研磨するという概念とやってのける技術が人間業じゃないわよね。間違いなく奇才の類いだわ。
……って、ねぇ、ノア。もしかしてだけれども、貴方、その格好で来るんじゃないでしょうね!
馬鹿馬鹿ッ!『星降亭』にそんな格好で入れるわけないでしょうが!寮に寄ってシャツと革靴に替えてきなさいよ。
……式典用の白シャツぅ!?だッさ!給料たらふく貰ってんだるォが!この、磨かず光らずの万年原石がァ!
……コホン。昼休みに買って来なさい。ついでに、その長ったらしい前髪は上げて、靴下も履くのよ!……って、私はアンタのママか!
誰か、擬態工作員呼んで来てちょうだい!
レイ、急げ!そこ曲がると店だぞ。
……チッ、時間ギリギリになっちまった。
プッ、タダ酒もそうだが、『絶縁の神』に会うの、本当は楽しみにしてんだろ?じゃなきゃ、お前が身綺麗にして、本当に定時で上がるなんて思っちゃなかったよ。
……ちがっ、別にお前らをダシにリタと会うわけじゃねぇって!今夜は俺たちが良いダシに……っとそうじゃなくて。
――お前には『実現の神』の二つ名持ってる分、期待してんだぜ?多分、いい刺激になるんじゃねぇか。
……いいお友達?……それは俺にはまるでわからん!
おっと、ここだな。
ノア。あら、早かったのね。そう、個室が取れたのよ。今日は四人だけ。
……まぁ、事前準備も要るし。もう、終わったわ。
ふふ、『実現の神』に会えるのがそんなに楽しみだった?……やぁね、その顔。
……はぁ?私は、ここの酒と肉が大好きなの!ロイなんて、ついでよ、ついでッ。
……何よ、その目は。
ふぅ。貴方には『絶縁の神』の二つ名がついて――、期待してるのよ。『実現の神』に対となる存在が、同時代に並ぶなんて、運命と言ったら安っぽくなるけど……、今夜は面白い日になるんじゃないかしら。
――友達?……珍しいわね、貴方がそんなこと言うの。あら、来たかしら。
「レイ・サザーピーク、です」
「ノア・バートランドです……」
ロイ第一魔攻隊長!ノア・バートランドさんて、男性じゃないですか!
……だって、女性に多い名前で女神の二つ名だから、てっきり、女性かと……。
……はぁ?お友達?無理に決まってますよ……。
リタ第一魔防隊長!レイ・サザーピークさん、女性だったんですね……。男性に多い名前で男神の二つ名だから、てっきり男性かと思ってましたよ。
……いや、友達とか……無理じゃないですかね。はぁ。
――というか、ノア・バートランドさん、ヤバいわ。ヤバい。ヤバいしか出てこない我が語彙の貧弱さよ。
黒髪の緩い癖毛で金瞳の浅黒で無精髭でネクタイ緩めた水色シャツからの腕捲りとか、誰得神得私得でしかないのだけど、見合う徳をつんだ記憶がない。徳の後払いで許されるのかな。
お色気ザ・オスの仕事帰りとか定番商品だけれど、魔防開発部なのに本人は広義で攻と言ったら圧倒的攻。いや、要持ち帰り案件だわ。
魔盾の開発は魔力と持久力使うだろうから、無駄のない筋肉は当然として、肘下の前腕屈筋群は細めなのに、腕を捲ると顕れる上腕三頭筋の張りが最の高で、ギュッて、ギュッてしたい、スリスリしたい、やだ、指が、指伸筋腱の浮き方が――
「え、はい、肉は筋があるほうが好みです」
――アカン、アカンでこれは。レイ・サザーピークさん、アカンで。
銀縁メガネの何や、この背徳感は!いかにも童顔隠してますっていう、犯罪の呼び水か!そんで、銀髪のストレートが胸に落ちて、胸を見んのが無理やないかい!首元まで詰めた薄紫のフリル襟のノースリーブシャツとか狙い撃ちすぎるやろが。パンッパンに横筋張った脇から見える見えへんやっぱり見えへん、ボタンの脇から見える見えへんやっぱり見えへん……が凶悪すぎるやろが!ほんまに撃ち取りにきとんのか、魔攻部は!
「あ、はい、焼き加減はミディアムレアでお願いします」
「それじゃ、乾杯!」
……というわけで、一通り自己紹介も終わったところで!お前ら、酒の席でその固い呼び方、止めろよ。『さん』付けもなし!
……ククッ、そうそう。なんだ、空気が甘酸っぺぇな!
……うるせぇ!俺はまだピチピチしとるわ!
呼び捨てぐらい誰に聞かれても何の問題もないだろ。お前ら、功績だけじゃなくて年齢も同じなんだから。
っと、リタ、俺も同じの追加で。焼きは軽くで、ほぼ生な。
……ん?今、共有しただろうが。
まぁ、魔攻開発部と魔防開発部のエースが一緒の部屋とか……見ようによったらヤベエのかな。はっはっは!
お前ら自身も上から釘さされてるだろうが――内部であっても、優秀なヤツほど情報出せねぇんだわ。悪用は勿論、外部に引き抜かれるのはもってのほかだしな!お前らの個人情報なんて、今やいい金になるぜぇ。
ちなみにレイのサ……って冗談に決まってるだろうがよ!察しが早ぇ!魔力引っ込めろってェ!
の、飲めって、ほら。
……ったく、凶悪なのはそのぶら下がっ……痛ェよ!リタ!突っ込みが喰い気味ってか、俺の皿、喰ってるし!どうせ喰うなら……痛、痛ェよ!
……だからぁ、私は期待してんのよぉ。
『実現の神』と『絶縁の神』はそれぞれ魔攻術式と魔防術式の《第一位》を人に託したでしょお?それから、千年――
……ん?飲んでる?ささ、飲んで飲んで。
……貴方たち、それぞれ《第九位》の魔術式を開発したでしょう?
……あ、いいのいいの。最初から《防音魔術》を展開してるわよぅ。部屋の出入りも《魔力網》で識別してるからぁ。
……ふふ、これでも、第一魔防隊長を拝命してますからぁ。どなたかと違って色々できるんですぅ。
……で、どこまで話したっけぇ?あ、《第九位》ね、そうそう、それだけで二百年ぶりの快挙な訳だけれど……もし、《第十位》が拓かれたら、神々の力の封印が解かれるって伝説が、むがむが……
って、何よぅ、ロイ!別に差し支えないでしょうが!てか、アンタが反対の手で揉んでるとこは差し支えしかないわァ!
……はぁ?立派に存在を主張してるだろがァア゛ン!
大体!男神が封印された原因て、あちらこちらの女神にちょっかい出しすぎたからでしょうが!女神がその身を挺して『真理の源泉』から庇った結果――
……って、んん?やだ、こんなときに通信だわ。
……これ、ロイにも着信あるんじゃない?ごめんねぇ、貴方たち!ちょっと席外すわね。飲んで待ってて!もし、戻らなくても気にしないで。
……そう、気にせず!まったく気にせず!
請求書の送り先はもう店に伝えてあるから!行くわよ、ロイ!
……リタ第一魔防隊長、あれは絶対酔ってなかったですよね。私も弱くもないですが、強くもなく……。ノア、もですか。
……いや、弱くても酔えないですよね、さっきの面子。第一魔攻隊と第一魔防隊の隊長が並んでるって、どんな戦地だっていう。
……そうですね、忘却は得意です。
せっかくの奢りだし、飲みますか!
……乾杯!
グビグビ!
……ノアの食べたいものは何ですか?どんどん注文しましょう!……私は貴方をツマミに……ゲフンゲフン、いえ、お気になさらず。ガッツリ飲みたいときには、あまり食べないんですよ。
グビグビ!あぁ、いつぶりかなぁ。ちょっと開発が煮詰まってまして。ふぅ。
……ふふ、ノアも飲むしかないですね。
魔防開発部って、ウチと開発棟すら離れてるから入ったことなくて、興味あります。あ、勿論、話せる範囲で。
グビグビッ!おかわりください!
――そっか、魔攻開発部もそんな感じなんや。あ、ごめん、言葉がつい。
……んじゃ、お言葉に甘えるわ。ありがとな。
グビグビ。
……せやろ。個人研究室を貰ったんはえぇけど、他人の技術を見る機会もないから、まさか、他人が自分のできることができひんとか思わんやん?
大体、俺、中途採用やし。ようわからん間に持ち上げられててん。まぁ、それも上げられとるんか、下げられとるんか……。
あ、ごめん、愚痴っぽいな!
……あまりこういうこと言える相手もおらんし、思ったより弱ってたんかな、俺。
……ん、ご馳走さまって?もう食べへんの?……何で拝んどるんかな。
ハハッ。レイ、面白いな!《突込矛》とか、魔力固定化みたいな力業やし、厳つい男が来ると思っててん。そしたら、レイ、めっちゃ可愛いやん。目ぇ疑ったわ。いや、ほんまやって!
……どこ見たらええんか、いまだに目線が定まらんけど……ボタンが外れそうでドキがムネムネ……あ、ごめんやで、今のは独り言。
グビグビッ!おかわりください!
……ふうん。なるほどぉ。《岩乗層》は層理面に無属性を重ねてるのかぁ。ノアの指伸筋腱がいい働きをしてるはずだねぇ。繊細だぁ。その構成だと一層が歪むと全部連鎖してずれちゃうんじゃないのぉ?
グビグビ。
……うん?何となく想像つくだけだよぅ。私には出来ない芸当だぁ。
それに、その上腕三頭筋。一朝一夕にはその筋に至らないのは、わかるよぉ。――天才だからとか一言で片付けられたくないよねぇ。……努力してる人の腕だもんねぇ。
グビグビ。
……え?捲らなくてもわかるよぉ。ふふ。髪をかきあげたときの袖口から覗いてる筋から予測される絵面を見てるから……。
あぁ、嬉しいなぁ!
……だって!ノア、私に普通に……うん、誰から何言われたって、ノアへの風当たりの強さはヤッカミだね!わかる、わかる!……こんなに当たり前の話をしたのいつぶりかな……。
グビグビッ!あぁ、楽しぃい……。
……なるほどなぁ。《突込矛》は磨く手の魔力も固形化しとんのか。何種類も細かさと速度変えるとか、それ具現化に相当魔力使うやろ。
グビグビ。
……妄想力?あぁ、想像力か。聞き間違えてもうたわ。そんな細っこい腕で、って差別やないで!
え、身体強化掛けてんの!どんだけ魔力、無尽蔵やねん。そら妬み嫉みの対象になるわ。
でも、誰だって自分の持ちモンで勝負しとんねん。天賦の才を活かすことに何の問題があんねん。
グビグビ。
……ええんやで、お兄ちゃんに聞かせてみ。って、同い年やないかい!詐欺やわ、マジで詐欺やわ。上目遣いで何でも言うこときかす妹的魔術でも使っとるんか、自分。いや、妹じゃありえへん……。
グビグビ。あぁ、旨いわ、酒。
……でね!私さぁ、入隊時は童顔で散々馬鹿にされてさぁ!やたら胸は褒められるんだけど、重いんだよぉ、肩凝るし……。今回だってさぁ、『絶縁の神』に会うなら、出すべきだの出さないべきだの会議までされてさぁ……。
グビグビッ!
……ほんと、ほんと!無駄肉がどうこうとか言うときもあれば……ほんとにね……。牛はそんなこと言われず美味しく頂かれるのに、牛に嫉妬する……。
……。
……――実はさぁ、誰にも言ったことないんだけどぉ、内緒にしてくれる……?
うん、ノアになら言える。
グビグビグビグビーーーッ。
プハッ。
……あのね!この胸の唯一良いところ!
付与のとき、武器を、こう挟んで支えられるとこなの!だから、《第九位》の《突込矛》もこの胸あってなんだよ!
ぶ器をいためないし、両てはあくし、でもノアにはまねできないでしょ!ププー!
グビグビ!
……よっこらしょ。こじんきゅうけいしつで、きゅうけいちゅうはこうやってつくえにのせちゃったりしてさぁ……。はぁ、おちつくぅ。
……ふふっ!ささえてみるぅ?そのてなら、ごほうびでしかないよぉ。
ふぅ、プチプチ……。
……。
…………。
ん、俺、ちょっと飲み過ぎたかも知らんわ。
……とんでもない幻聴と幻覚が……。
グビグビグビグビ。
プハァ。
……んん、レイ、いつの間に俺の隣に来たん。
何やねん、何やねん、何や何や!何やぁ!
――……むがががが!くるひい!く、くるひ…………や、やわら、…………スヤァ…………――って、違う、違う!そうじゃ、そうじゃない!
レイ、飲み過ぎやな!いきなり酒量の許容量が超えるタイプか!
くっ、俺は今、世界一男として光栄で、世界一親に言われん理由で天界の門をくぐるとこやったぞ!
……くすぐったいって、そりゃ、お前、この視界の暴力を手で遠ざけな……って。
いや、――違うな。すまん、間違えたわ。
……――見た目で判断するヤツはどこにでもおるし……。
てか、ほんと、誰やろなぁ。他人に大層な肩書きつけるんは。まったく、吐き出せる相手がおらんように追い込んで何が面白いねん。
……よう、頑張ってるで。ええんやで。何も恥ずかしいことないって。うん、泣けるときに泣いたらええんちゃうかな。
……せやな。それは酒やな。
……せやな。なんで、立ったお前の胸を俺が下から支えてる体勢なんか、謎やな。
……うん、俺は今、立てん。いや、むしろ起……って、いや、独り言やから。
え、腕にしがみつくて……、えぇ、泣くなや。いや、泣けって言ったのは俺やけれども……。
……。
……ごめんねぇ、ノア。
急激に酔いが回って、急速に酔いが覚めた……。酒が目から流れたからかな。
……ううん、ノアの上腕三頭筋に私の胸が浄化されたんだねぇ。
……ふふ、うん。でも、ありがとね。
……うん、もうちょっとこのままでいて欲しいな。駄目?
……あのね、ノアの腕を胸に挟んでたら……何か掴めそうで……あ、違うよ、物理的なものじゃなくて、魔攻術式のほう。
『第十位』に押し上げるのに、煮詰まってた何か――
あっ、ヤダヤダ、まだ抜かないで!お願い!
抜いちゃ、ヤダぁッ……。うぅん……何か来そうだから……。もうちょっとだけ抜かないで――
……レイ!アカン、アカンて!確信犯か!確信犯やな!
……。
…………。
おま、思考の海から還ってこいやぁ、って無理やろな。はぁ。完全に同類やし。
……せっかくの据え膳も、色々聞いてもうて、狼にはなられへんわ……。
酒も空やけど、この胸をぶら下げとる腕じゃ店員さん、呼ばれへんし。
――すっかり忘れてたけど、隊長たちに今、踏み込まれたら、俺、捕縛されるやろな。
……まぁ、あの感じやと郊外に魔物が湧いた緊急召集やろな。今夜は帰って来んか……ってことは、このままか………………。
……爆発するかも知らんな、俺。
煩悩と煩悩と煩悩と理性の荒波に揉まれ、高反発と低反発に揉まれ、揉むとき、揉まれども。
――レイじゃないけど、何か、出そうやぁ……。うぅん。
……いや、何が出るって、も、もちろん魔防術式『第十位』の……、って、レイ!そこで還ってくんのかいな!
と、取りあえず、ボタンとめよか。
……はぁ!?三つ目は弾けてどっか行ったやて!?おま、どこまで俺を試すねや!俺のライフはもうゼロよ!?
……ん?弾く?試す……試す……。
――ドンドンドン!
「お客さま!お客さま!」
――まさか、上空をこれだけの魔鳥の群れが飛ぶとはね。そりゃ隊長たち帰って来ないわ。《遠視術》でここからも、黒雲みたいなのが見える。
……うん、完全に酔いも飛んだね……。
かなりの高度を飛ぶ魔鳥みたいで、魔攻隊の攻撃が届かずに手こずってるみたい。魔鳥のほうは滑空での体当たりで魔盾《第六位》まで割ったって。
……うん、通信傍受した。ここから、五キロ南下したとこで戦闘ってる。魔鳥は海抜6,000ってとこかな。
お店が南郊外の近くで良かった。こっちは建物が低くて視界開けてるし。
……開発部には出撃命令出てないけど、時間の問題よね、この状況……。いきなり実地は反省文じゃ済まないかもだけれど、大丈夫?
……ふふ、そうね、今さらか。
それじゃ、打ち合わせどおりに。
――行きます!
――レイの魔力はやっぱり底無しやな。魔術陣から光の束が次々伸びて、伸びて、伸びて、――千や万の桁やない。
ひとつひとつは細い光線群が天を突き刺した後、雲あたりまで到達したら、後は重力に身を任せるようにしなって――、弧を描いて地に戻ってくる。
――銀光の雨。なんて、綺麗な。
……さっきの、レイの泣き顔がチラつくわ。
あぁ、リタ隊長の言うたとおり、ってのは癪やけど――
――ノアの魔術の展開はやっぱり繊細で、丁寧だ。
完璧な魔力制御で、薄い魔盾が幾重にも重なり――、それが正しく同心円状に大きく、大きく広がっていく。
……ふふ、見た目だけなら、金色のお菓子を作っているよう。
――優しい色。ノアの瞳そのもの。
私の言葉を受け止めてくれて、ありがとう――
「魔攻術式第十位《神の祝福》!」
「魔防術式第十位《神の抱擁》!」
――ギィイイイイ!
――ギャ、ギャイアァアアアア!!
――――……
――――……お、反射角と放射角の計算はほぼ誤差なしだったみたいやな。
ヤバいな、第十位の威力。俺の魔力は空っぽや。
やっぱり現場は向いてないわぁ。
……でもこれで魔鳥はほぼ地上に落とせたみたいやから、後は何とかしてくれるやろ。
……うん、怒られるやろなぁ。はは。
しかし、上手く魔攻術式を魔防術式で受けきって返せて良かったわ。……レイ、光線の一本一本に引張力をいれたんやな。
……はぁ。筋も本望やろ。
……う、まぁな。なまじ『絶縁の神』なんて言われてたから、魔盾をいかに硬くするか攻撃を遮断するかしか頭がいかんかったなんて、この数年は一体……。
――……最初から色々出直さなアカンわ。
まずは、本部に報告行こか。そんで、そこで言うわ。
『レイと研究室一緒にしてくれ』って。
……うん。せやな。
――……う、うん。それはまた相談しよか。
あ、その前に。
お疲れさまのキスせえへん?
「やっぱり、あの子たちならヤれると思ったのよ」
「強引にせっついた甲斐はあったかな。
さて、――行くか。……まだその姿形でいるのか?」
「いけないかしら。身軽で気に入っているの」
「胸だけ、は戻して欲しいかなァ」
「そこは『どんな姿でも愛してる』っていうところでしょう」