見えないものは。
前回と同じく短いですが、少しずつ進めていきます。
驚きに固まる私へ向けて、キュー、ともう一声。
犬にも似た顔立ちで、色も私のイメージする狐とは少し違った白い体毛であったが、その尻尾のフサフサ具合だけで、私はそれが狐であるということを疑いもしなかった。
さて。小さくて、モフモフで、とにかく愛くるしいそれは、どうも私の顔色を伺っているようだ。
「触っ…ちゃダメなんだっけか、狐って」
何やら妙な名前の寄生虫がいるとかなんとか聞いたことがある気がする。そもそも噛んだり引っ掻いたりされるだけでも比較的インドア派な私の柔肌は簡単に傷付くことだろう。盛大にモフってやりたいところだが、痛いのはもっと嫌なのである。残念。
「お母さーん!なんかこっちにちっちゃい狐がい…っひぃッ!?」
困ったときは両親に相談。そんなわけでとりあえず母を呼ぼうとしたその時、脚にフワフワとした何かが当たるのを感じた。
―――いや、まさかあちらからモフられに来ようとは思うまい。視線を外したタイミングで突然触れられれば変な声が出てしまうのも仕方ない。仕方ないよね?ビビりとか言わないでよ。絶対誰だってこうなるってば。ホントに。
「望実ー?呼んだー?」
想定外の触れ合いはあったものの、どうやら母への呼びかけはきちんと届いていたようで、ゆったりとではあるが私の元まで来てくれた。
「あの、この子、ドウシヨウ」
突然の出来事に、何故かカタコトで問う私。そんな私の脛にすりすりと頬を寄せる子狐。かわいい…じゃなくて。
「えっと…どの、子?」
きょとん、と首を傾げながら苦笑する母。我が母ながら今日も綺麗だなぁ、私もいつかこんなオトナの女性になれるかしら、などと考えはじめたところで。
―――これが、見えて、いないのだろうか。
実のところ、思い当たる節が無いでもなかった。音もなく民家に現れた子狐。親も兄弟も見当たらず、体毛も通常の色とは思えず、野生にしては整い過ぎた毛並み。たしかにこの子狐が実在すると言うには不自然な点が多かった。つまり可能性があるとすれば、この家か、或いはこの手鏡に由来するなにものか。
「あぁ、いや、この手鏡綺麗だな〜って、ほら。」
とっさに持っていた手鏡へと話を逸らす。目を泳がすまいと、必死に母を見つめるが、逆に怪しまれてはいないだろうかと不安になる。足元では依然、件のモフモフがフサフサしていて、ちょっとくすぐったい。
「あら、ほんと。あなたももう中学生だし、そのくらいの鏡はちょうど良いかもね。気に入ったなら貰っちゃいなさい。」
なんとか誤魔化し、母を帰せた。正直に話すべきかとも迷ったが、余計な心配をかける気にもなれない。なにより、この子狐がどうにも悪いものには思えなかったのだ。せっかく懐いてくれたのなら、もう少し交流してみたいという下心もある。この子が何らかの “見えないもの” である以上、野生動物を原因とする感染症に罹患するとも考え難い。ならばもう少し、そう。もう少しだけこのモフモフを堪能してもバチは当たるまい…
それからしばらく子狐と遊んだが、やはり一度帰りたいと言う、作業を終え疲れた顔の両親とともに帰宅することになった。
「ばいばい、また近いうちに来るからね」
両親に気付かれないようこっそりと手を振る。子狐は不思議そうに首を傾け、私を見つめていた。さてと、帰りますか。
後部座席に積まれた荷物へと寄りかかり、父の運転で帰路につく。楽しかったなアと、手鏡を眺めながらうとうとし始めたところで、私は見事睡魔に敗北し、その意識を途切れさせた。
――ちなみに、帰り際に心配になって調べてみたところ、狐によく寄生しているとされるエキノコックスは、日本では北海道のキタキツネが主な感染源だという。そこで父から屋敷の所在地が山梨県であることを聞いていた私は、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
次回もできれば、年内には投稿したい所存。




