信之14歳 今気づいた事実
小夜子ちゃんは即断即決。動き出したら逆らえません。
「ただい……」
言い掛けた言葉が途切れた。
「お帰り~♪」
家の裏口。表の入り口は店なのでいつも裏から入るのだが、裏口を開けたら良希が居た。
(よ、良希がいるっ!!)
高校に入ってから時間が合わなくて会えなかったのに……。偶然を装って良希のクラスをうろうろして会えていた一年前と違って、高校に先に行ってしまった良希の日中に会う事も出来なくなり、朝と夕方は店の手伝いがあるから良希が店の前を通りかかるのをガラス越しに見ているしか出来なかったのに。
その良希がいる!!
「私が誘ったんだよ」
「えらいぞ小夜子!!」
えへんと胸を張る小夜子を褒めておく。
「で、何で良希が居るんだ?」
しかも父さんと話をしている。
(父さんがこの時間に店に居ないとなると母さんと尊が店番をしているんだな)
手伝いに行った方がいいと思うのだが、良希が居る事実が嬉しくてなかなか動けない。
父さんと話をしている様を奏子と風斗、雷斗は覗き込んでいて、話が終わるのを待っている。
きっと話が終われば良希に遊んでもらえると思っているのだろう。
店の仕事の手伝いで兄二人と姉が駆り出されているのを見ていて色々我慢をさせてしまう事があったのだが、そのガス抜きを良希たち東家の人がいつも担ってくれていたから三人は良希たちに懐いている。
「良希さんバイト探していたんだって」
「えッ!?」
初耳だ。
バイトをしたらますます会う機会がなくなってしまうではないか。
「家の近くのバイト先ないかなとフリーマガジンを見ていてね」
家の近く……ならお義兄さんのように夜遅くなって会えないという事はないか。
その噂されていた静夜が鳥肌を立てて寒気を感じていたりするが信之は当然知らない。
「で、お兄ちゃん今年受験生で勉強が忙しくなるからそれならうちにバイトしてほしいとお願いしたんだ」
いい考えでしょ。
「よくやった小夜子!! だが、兄ちゃんは店の手伝いを休むつもりはないぞ。まだまだ父さんほどじゃないが、店の出せるパンも作るし」
それに別に高校を行かないでそのままパン職人になるつもりだったし。
「――お兄ちゃん」
にっこり
小夜子は微笑む。
だが、知っている。
小夜子は怒っている時が一番綺麗な笑顔を浮かべるのだ。
「お兄ちゃんがどうしてもその道を進みたいからそのままパン職人になるのなら別に反対をしないけど、お兄ちゃんは学費とかもろもろの事を考えて元々パン職人になるしと言う考えのもとで言い出したのなら」
どどどどどどどどっ
微笑んでいるのにその効果音が似合うというのはどうだろうか。
「怒るよ」
もう怒ってますね。
そんな一言を言ったらおそらくその静かな微笑みでお説教が開始されるだろう。
良希と父さんの話が終わるのを待っていた奏子達は小夜子の怒ってますオーラに気付いて、巻き込まれないようにそっと逃げていく。
「お兄ちゃんはさ」
小夜子が溜息を吐いて、口を開く。
怒りながら微笑んでいたのが崩れて、呆れたように困ったような顔になって。
「下に私達が居るから下の子にいろいろ回る様にと考え過ぎてさ自分を我慢し過ぎ」
それで私達が嬉しいと思うの?
「小夜子……」
「お兄ちゃんはもっとしたい事を主張した方がいいのよ」
そっちの方が私達のためになるのよ。
「お兄ちゃんだって、高校行きたいでしょ」
「………………」
高校と言うか……良希と同じ校舎で過ごしたい。
高校では昼は弁当になるのだ。良希と一緒に昼を過ごせたら幸せだろう。そんな夢を見るのだ。
「と言う事で勉強頑張って」
「そこに戻るのか」
にっこり微笑んで告げられる。
「まあ、でも。パン職人になるのなら専門学校に通った方がいいでしょう。調理師免許も取れるし」
一昔前なら職人も下で修業した方が身についたとか言われたけど、今はそんな時代じゃないし。
「と言う事で勉強を頑張っているお兄ちゃんにご褒美という事で」
「そこに繋がるのか!!」
小夜子が計画通りと笑う。
我が家で最強は母さんだけど、その次に逆らってはいけないのは小夜子だと思い返した瞬間だった。
「――何騒いでいるの?」
呆れたように良希が目の前に現れる。
ああ、相変わらずいい匂いだな。
「話は終わったのか?」
匂いを堪能しながらそれを悟られない様に尋ねる。
「まあね。来週から夕方五時ごろに入れるようになったよ」
小夜子ちゃんありがとね。
「それは良かったです。土日はどうなりますか?」
「土日は朝から入って、夕方に終わるって、予定とかあるのなら融通を聞かせてくれると言うし、ここまで至れり尽くせりで逆に申し訳ない気がする」
バイトとして雇ってもらっているのにここまでしてもらっていいのかな。
「そ」
「そんな事ないぞ!!」
小夜子が言い掛けた言葉を遮る。
「ひっ!!」
良希が俺の声に驚いてびくっと肩が飛び跳ねる。
「土日は朝の方がお客さんが多いからな!! 入ってくれるととても助かるぞ」
お出掛けをする人たちがお弁当としてサンドイッチとか総菜パンを買いに来てくれるのだ。部活動に行く学生とかが来て大忙しだから父さんや母さんもその準備で朝ご飯を早めに食べて店を始めるのだ。
「そっ、そうなんだ……。ならいいけど」
まあ、予定もないけど。
「――うちの息子はこれだからな」
父さんがまだここに居たのに今更気付いた。
店に戻っていると思ったのに。
「良希くんも苦労するね」
うちの息子がすまないね。
「い、いえ……、信之らしいし」
俺もきっと同じようなものですから。
「?」
何を言っているんだろう。
「じゃあ、来週からお願いします」
「こちらこそお願いします」
話が終わったら遊んでもらおうと待ち構えていた奏子達はこの場にいないから足止めも出来ずに、良希はあっという間に去って行くのを慌ててお見送りをする。
お見送りと言っても斜め前の家だからすぐに家に入ってしまうが。
「これなのに気付かないとは」
「お兄ちゃんは鈍すぎ」
父さんと小夜子が呆れつつ、怒りつつ告げてくる。
「父さん? 小夜子?」
「予定があるのなら融通をきかせると言ったのにうちのバカ息子は婚約者を二人きりで出かけようと誘わないからな」
「デートくらい行きなよ。その間私と尊もは店に入るんだし。捨てられても知らないよ」
父さんと小夜子の言葉に。
「なッ!?」
いまさらその事実に気付いた。
倉田家
父 志信
母 名前を決めていない。
長男 信之
長女 小夜子
次男 尊
次女 奏子
三男 風斗
四男 雷斗
になっています。
小夜子の名前はナイチンゲール。
尊の名前の由来はヤマトタケルから。
風斗と雷斗は風神雷神から。
いずれもお母さんの趣味で付けた。
信之は父志信と同じ信と言う字を使いたかった。(ちなみにお父さんの兄弟は八犬伝でそれぞれ付けられている。当初お父さんの名前は信乃と付けられそうになった)
奏子の名前はお父さんの趣味。