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信之14歳 伊織14歳

女泣かせの男。

 朝来たら机の引き出しに手紙が入っていた。


『昼放課に裏庭に来てください』

 

 可愛らしいピンクの便箋に香水でも付けたんだろうか甘い香りがしている。ただ、匂いに敏感な信之からしたらきついものであったが。


(ああ、良希の匂いを嗅ぎたい)

 あの優しくて強くて、嗅いでいるだけで幸せになる匂いを嗅いでいたいのだが、良希はこの春高校に入学してしてしまい、離れ離れになってしまった。


「良希に会いたい………」

 机に伏せて呟くと。


「また言ってやがる」

 頭上から声を掛けられる。


「伊織……」

 親友の平原伊織(ひらはらいおり)が呆れたようにこっちを見ている。


「お前何かあるとすぐに”良希、良希”だよな。いい加減にしろよ」

 そう言いつつも、もう諦めの極致に達している伊織の言葉に困ったように笑う。


「良希が居ないのが悪い……。いや、良希の勉強を邪魔したいわけじゃないんだけど」

 どうして、同じ歳じゃないんだろう。


 どうして、自分は一年遅れて生まれてしまったんだろう。


「ったく。その手紙の主の目腐ってんな」

 こいつのどこを見て、出したんだ。


「? 伊織? この手紙がどうしたんだ?」

 見てないよな。


「普通分かんだろう!! それが恋文だってことくらい!!」

 恋文。


「なんでそう言い切れるんだ? ただの呼び出し文だぞ」

 果たし状かもしれないだろう。


「そこで果たし状が出てくるお前が不思議だよ。小夜子は少し好みとはずれるだろうけど、奏子はこの手の便箋好きだろう。果たし状に使用すると思えないだろうが」

 香水の臭いがくどいのはいただけないが。


「伊織でもくどいと思うか」

 この匂い。


「まあな。ばーさんがお香をたくのが好きだしな」

 伊織の家は代々続くお香の家元だ。

 その家で生まれて、顔立ちが母似の可愛らしいと言うので男の人に言い寄られて、男だと気付くと逆切れされるという悪循環で育ってすっかりガラが悪くなってしまったとの事だ。


 初めの出会いもそんな男の人に絡まれているのを当時は剣道をしていた良希と信之が助けたのがきっかけだった。

 

 で、その事件をきっかけに良希は祖父から学んでいた剣道を辞めると決めたのだが。


『この件で分かったよ。力がないと誰かを守れないけど、力を持つと気が大きくなって弱い人を傷つける人がいる。俺はそういうタイプだ。だから、俺は剣道を辞める』

 まあ、もともと弱いけどね。

 そうあっけらかんと告げた良希に静夜が、

『あいつは弱い人を傷つけるクズになると言ったが、誰かを傷つけたくないと思ったから剣の道に進まねえんだろう。そんな事を言って、誰かのために飛び出しそうだけどな』

 糞餓鬼が。

 舌打ちをして、その才を誰よりも惜しんだのを知っている。

 

 それでもその意思を尊重する静夜に格好いいと思ったので、

『おにいさん素敵です』

 と言ったら、

『お義兄さんと呼ぶんじゃねえ!!』

 とキレられたが。


「伊織の家の匂いは好きだぞ。心が落ち着く感じで」

 鼻が良い自分でも落ち着ける場所だ。


「俺はお前んちのパンの匂いも好きだけどな」

 家を褒められてまんざらでもないという感じで伊織が信之の家の匂いの話をする。


「信之のあったかい感じの家も好きだし、良希の厳格な感じだけど、冷たくない家も好きだな」

 伊織は時折、そんな抽象的な事を言うので良希は分からないと文句を言うが信之には何となく理解できる。

 

 倉田家は子沢山で家族全員で協力してパン屋をしているからいつでも家族団らんな感じで好きと良希が言うし。


 良希の家は剣道の道場でお弟子さんがよく出入りしていて、身が引き締まる感じがあるけど、ぎすぎすしていない。 


 そんな感じなのだ。 


「で、行くのか?」

 手紙を見て告げられる。


「当然だろう。待たせたら悪いからな」

 呼ばれたのなら行かないと。


「…………はぁ~」

「伊織?」

 何でため息を吐くんだ。


「お前ってさ、いつも思うけど」

「うん?」

「優しいよな」

 何を言い出すんだろう。


「そんな事ないぞ」

 優しいと言われたら嬉しいが、自分の事ばかりしているし。


「お前も良希もお人よし過ぎる。だけどな」

 お前の優しさは良希のそれと違って残酷な優しさだからな。

 

「なんだそれ?」

 まあ、良希が優しいのは当たり前だ。俺が一番よく知っているぞ。


「分かっているならあいつの優しさを見習え」

 そう言われたが、どう見習えばいいのか。まあ、良希のいいところを知っているから伊織の目は素晴らしいなと思うが。




「あっ……」

 その日の昼放課。

 早速その手紙で呼び出された場所に向かうと女の子が待っていた。


 顔が赤いけど熱中症ではないだろうか。


「えっと、君がこの手紙の……?」

 間違っていたら失礼かと思って確認。


「はッ、はいっ!! そうです!!」

 首が取れるんじゃないかと思えるくらい頷かれる。


「よかった。来てくれた……」

 ほっ

 嬉しそうに顔をほころばせる。


「で、用件は何?」

 俺を呼び出して。

 確認すると。


「あの……」

 もじもじ

 なんだろう。緊張しているようだが。


「あの、わたしっ」

 勢い込んで口を開く。


「私っ。あの、倉田くんの事が……」

 勇気が出ない感じなので頑張れと応援してしまう。


「倉田くんの事が、すっ、好きです……」

(伊織の言ったとおりだったな)

 まさか、本当に恋文だったとは。


 顔を赤らめて恥ずかしそうにしている女の子に、

「すまない!! 俺には婚約者がいる」

 だから君の気持に答えられないと返すと。


「……知ってます。で、でも……」

 もじもじ


「せめて思い出だけでも……。あの、ぎゅっと抱きしめてください」

 そうすれば諦められますので。


 そう言われてほっとする。

 思い出作りなら。


「俺でいいのなら」

 諦めれるならいいか。


 そっと抱きしめる。

 それをしたらその子は泣き出してしまったが、何か間違えただろうか……。


 ありがとうございますと晴れ晴れとした顔で去って行ったけど。




 伊織にお前の言うとおりだったぞと事の顛末を告げると。


「それを辞めろと言っているんだ!」

 と怒られた。









因みに小夜子ちゃんはこの光景を見ていたりする。

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