良希6歳 一つの事件
まだお子ちゃま
朝はいつも手を繋いで歩く。
これは初めて会った時……いや、ご近所で同じ幼稚園に通う事になった時からの習慣だ。
「コンヤクシャだから当然だっ!!」
信之がそう教えてくれて、
「そうなの?」
首を傾げて尋ねたが誰も否定せずに――その場に居たのはじいちゃんと小夜子ちゃん。信之のお母さんと抱っこされている尊くんだけだった――居たのでそう言うものだと納得して、
「じゃあ、つなご♪」
という流れになった。
因みに後日手を繋いで幼稚園に通っていると知った兄ちゃんは信之に散々何かを言っていたが結局兄ちゃんが根負けしたみたいだ。
そんなこんなで毎日毎日手を繋いでいたのだが、俺の方が一つ年上で――知らない人が見たら俺が年上なのに驚かれるが――幼稚園を卒業して、小学生になったのだ。
「じゃあ、俺こっちだから」
信之の通っている幼稚園と俺の通っている小学校との分かれ道。
「また、夕方ね」
そう告げて手を離そうとするが。
がしっ
「信之?」
「良希も一緒に幼稚園に行くんだ」
逃がさないとばかりに強く握ってくる。
「駄目だよ。俺は小学生だから」
ここでお別れね。終わったら遊びに行くよ。
「やだ」
「やだって……」
普段は頼れるお兄ちゃんとして評判なのにこういう時は一歩も引かない。
「良希も幼稚園に行くんだ!!」
うんと言うまで離さない。
「無理だよ。だって、俺は卒業しちゃったんだから」
一緒に行けないんだよ。
「なんでッ!?」
「なんでって……」
「一緒がいい」
ぷんぷん
そうわがままを言う信之にどうしようと思っていたら。
「良希が小学校なら俺も小学校がいい」
何で同じ所に行けないの。
「信之の方が年下だからしょうがないのよ」
おばさんはそう告げて、
「ほら、良希くんが困っているわよ。婚約者を困らせたらだめでしょう」
その言葉におばさんの方を見て、必死に我慢して我慢して手を渋々離してくれる。
「じゃあ、信之。ここで言うお言葉は?」
「…………いってらっしゃい」
おばさんに促されて告げる言葉。
「よしきくんいってらっちゃい」
「らっちゃい」
小夜子ちゃんと尊くんもお見送りしてくれる。
「行ってきます」
大きく手を振って小学校の方の道を歩く。
「だっせ」
その様子を見ていた同じクラスの子がこっちを見て嗤う。
…………悪い事を考えている音がする。
「ガキに付き合っておままごとですか~」
「仲いいでしゅね~」
何が言いたいんだろう。
「そう言えばさ。聞いた話によると男同士で婚約者だって言っている奴が居るんだって」
こちらを見てにやにやと悪意のある感情を向けてくる。
「婚約者って、男同士で結婚するんだ~」
「男同士なんて気持ち悪いな」
にやにやにやにや
「それともそいつって、女なのか?」
「そうじゃねえ?」
俺の方に近付いて、にやにやと笑ったままべたべたと触ってくる。
「止めろよっ!!」
気持ち悪いと手を振り払うと。
「俺に逆らうのかよ」
「確かめさせろよ」
と無理やり押さえつけて服を剥ぎ取ろうとする。
泣きながら必死に抵抗して暴れて、
「良希!!」
気付いた兄ちゃんがその二人を引き離してくれる。
ぎろっ
兄ちゃんに視線にそいつらは怯える。
「なっ、なんだよ……」
「ホントの事だろう!!」
そいつらは兄ちゃんに怯みながらもそう言い返す。
「男同士はホモなんだとよ!!」
「ほ~もほ~も」
早し立てる声。
それは騒ぎを聞きつけた教師が注意する事で収まった。
その騒ぎがきっかけでその日のある授業が行われた。
第二の性。
男と女という性別の他にαβΩという性別がある事。
αとΩは同じ性別でも子供ができる事。
………………αとΩはとても少ないという事。
「昔は男の人と女の人しか結婚も出来ず、子供も作れませんでした。ですが、少子化という子供が減っていくようになって人間が進化して同性同士でも結婚して子供ができるようになったのです」
先生は子供たちに分かりやすいように説明をしてくれる。
「だけど、αとΩが現れたのはここ最近。数の少ない事もあって、その存在を悪いものだと判断してしまう人も多くいますが、それを否定してはいけません」
先生の言葉に俺を揶揄っていた子供がばつの悪い顔をしている。
後で知った事だけど、この子達は親がそんな話をしているのを鵜呑みにしてはやし立てていたのだ。
人は自分の理解できないものを悪と判断して拒絶する。
兄ちゃんは知っていた。
俺と信之の婚約者という関係をよく思っていなかったのはこうなるのを理解していたから。
ちくん
それは小さな事件。
だけど、後々まで俺の中に棘のように挿さってしまう。
そんな事件だった。
オメガバースの世界観は人間の進化の一つという事にしてあります。
αとΩが表に出るようになったのはここ10年ほど。