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良希16歳 崩れる音

優しい世界のままでいさせられないので。

 信之が高校生になった。


「祝いの言葉を掛けに行かないのかよ」

 教室の窓から正門で群がっている新入生を見ていたら声を掛けられる。新入生の中に見慣れた顔が二つありその二つ……いや、二人がいろんな人に声を掛けられている。


 信之と伊織だ。


 入学式という立て看板の前で一緒に写真を撮りたいという同級生に囲まれて順番待ちをされているのだ。


 伊織はいい加減開放しろと苛立っているけど、信之はお人よしだからホイホイ引き受けて伊織も渋々付き合っているという感じだ。


「瀬名」

「お前なら真っ先に声を掛けに行くと思ったけど、まだなんだろう」

 じゃなきゃ、こんなところに居ないだろうし。


「………あんなにたくさんの人に囲まれているのに幼馴染が出しゃばったら駄目でしょう」

 帰ってからも会えるし。


「そりゃ、普通の幼馴染ならそうだろうけど、お前たちは」

 言い掛けて止まる。


「…………何かあったのか?」

 勘が鋭いな。


「何もないよ」

 そう何もない。


「目を覚ましたんだよ」

 俺を好きだという思い込みから。


「思い込みって……お前……」

 違うだろうと言おうとしているのをそっと視線で封じる。


「――思い込みだよ」

 だって、俺はそんな誰かの”特別”になれない。


「東……」

「夢も醒めた事だし。これで俺も自由の身。かわいい女の子に声をかけて~。もしかしたらお付き合いとかできるんじゃないっ!!」

 楽しみだな~。


「――止めとけ」

 止める声。


「本意じゃねえだろうが」

 バレバレか。


「……………でも、現実を見ないと」

 もう子供のままではいられないんだから。


「お前のそれが間違っているだろう。第一」

 瀬名が窓の外を見る。


 窓の外にいる信之と伊織を。


「お前が無駄な悪足搔きしているようにしか思えない」

「………………無駄な悪足搔き。か」

 そうならいいのに。


 そうであってほしい。


「グダグダ考えないでさっさと下に行けばいいだろう」

「…………」

「倉田は気にしてないけど、平原が苛立っているだろう。さっさと助けに行ってやれ」

「だね………」

 限界まで来てるな。怒鳴りだすカウントダウンに入ってるなあれは。


「東……」

「うん………」

 そう思いつつも身体が動かない。


「………………今回だけだぞ」

 動く勇気が出ないのに気付いて、仕方ないと見逃してもらえる。


「ありがとね」

「借りはでっかいぞ。絶対返せよ」

 見逃してもらい、そっと裏門から出る。


「潮時か……」

 もう信之の真っ直ぐな眼差しも優しい音も手放さないといけない。


 だって、信之の音が戸惑い、緊張したものに変化していたのをはっきり気付いたのだから。


(俺を好きだと思っていた事に今更違和感を覚えて戸惑うなんてばれてないと思っているのかね)

 そこまで俺が鈍いと思われているとは心外だ。


「ただいま~」

 家に上がる。


「なんじゃ。早かったな」

 信之くんたちと遊んでくると思ったぞ。


「ん~。正門でいろんな奴に捕まって写真撮影していたから置いてきた」

 何でもないというようにそう軽い口調で告げて靴を脱いで上がる。


 その際、靴を綺麗に並べるのは当たり前になった習慣だ。以前幼馴染二人以外の家に遊びに行った時にその習慣であった靴並べをして感心された。

 当たり前でなかった事に驚かされたのだ。


 荷物を部屋に置いてから居間に戻る。


「爺ちゃん昼食べた~?」

 今に下げてある薬を入れる事の出来るカレンダーのチェックをして、昼食の分の薬がまだ入っているのに気付いて確認する。


「ああ、朝の残りをな」

「なら、薬も飲まないとだめだろう。はいっ」

 薬を渡す。


「薬が飲みにくいならゼリーを用意するよ」

 薬を包んで食べるという便利なゼリーがあるので用意しようかと確認する。


「あれはお前用に静夜が用意した物だろうが」

 まあ、確かに薬が苦いと騒いでたら乳児用のそれを買って渡したけどさ。


「爺ちゃんも使えばいいよ。子供用じゃないのもあるし」

 確か台所の棚に………。


 がさがさっ

 

 棚を開けて、どこにしまったかなと探っていたら。


 とくっ


 何か弱い音が爺ちゃんからした。

「爺ちゃん……」

 何かあった。


 呼びかけて振り向いた矢先だった。


 苦しげな顔をして、爺ちゃんが倒れるのが目に入った。


「爺ちゃん!!」

 手を伸ばして慌てて支える。


「爺ちゃん。しっかりして!!」

 呼び掛けるが爺ちゃんは答えない。


 弱く、荒い呼吸を繰り返すだけ。


「きゅっ、救急車……」

 震える手でスマホを取り出そうとするが上手くいかない。


 手から滑り落ちる。


「爺ちゃん……」

 駄目だ。落ち着け。


 片腕で支えたままスマホに手を伸ばす。


 いつもなら使い慣れているスマホがどうしてこんなに使いにくいんだろう。

 指が震えて上手く押せない。


『はい』

 やっと押してその声を聞いた時堪えていたそれが溢れてくる。


「たっ、助けて……」

 お願い。


「爺ちゃんが、爺ちゃんが……」

『落ち着いてください。お名前と住所を。お爺さまがどうなったんですか?』

「爺ちゃんが急に倒れて……。えっと、東剣道道場の東彦五郎(ひこごろう)です。住所は……」

 声が震えながらも必死に告げた。


「お願いです。爺ちゃんを、爺ちゃんを」

 助けて。

 俺から…俺たちから奪わないで。


『そうか。静夜と良希か』

 くしゃくしゃと撫でてくれた。

 優しい目で見つめてくれた。


 家族だと受け入れてくれた。


「爺ちゃんを助けて……」

 神様。

 

 




 そこからの記憶は曖昧だ。

 

 でも、気が付いたら病院の待合室に居て、静夜が青ざめた顔で駆け付けたのでどうやら連絡をしたんだなとどこか冷静な自分が居てそんな事を思った。




爺ちゃんの名前がポンと浮かびました。

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