9.過去は示す
机に座り、膝に手をついて真顔でじっと見据える男の視線の先にあるのは電気銃である。顔を上げれば煙を上げて黒い点が壁に彫られていた。その銃は男が組み立てていた機械である。男が呆然としているのには訳がある。どれだけ頭の中を探してもこの銃のこの威力に心当たりはなかった。男の記憶ではせいぜい人を気絶させる勢いが関の山だったはずなのである。
(この街・・・いや、この島で何か大きな事件が起こったことには違いない。それも一つの街が壊滅するくらいにはな。この線で行くとはっきりしてる手掛かりは街を反対側に出るとあるはずの壁砦だ。動くとすれば次はそこに向かうか。さて、その前に今日は帰るか。思わぬことで時間を潰して腹が減った)
そうして施設を出ると、あたりは暗くなっていた。腹も減るわけだ、と苦笑しながら歩く男はふと立ち止まる。目を凝らすと大きな影が複数の小さな影に取り囲まれている。そっと近づくとそれは熊の親子であった。それも、親の方は多少見慣れぬ傷はあれど男が時々戦っていたあの熊のようである。奴も家族を持っていたのだな、と思わされた。電気銃を持ってはいたが、楽し気にじゃれあう熊の親子を撃とうという気にはなれなかった。元々その熊と戦っていた理由は食糧確保の一端に過ぎず、解決した今となってはこちらから攻めて倒す理由は無い。いや、しかし後から考えればその熊の方もいつも男との戦いを待っていたかに思える。この街に惹かれるきっかけとなったあの日も普通に狩りをするならば木を倒して虚を突くやり方も非効率的ではないのか。…考えてもきりがない、そして今はそのようなことばかり気にしている余裕もないのだ。何より彼らの邪魔をしてはいけない。そう考えた男は気付かれぬように気配と足音を殺し、彼らの横をすり抜けて自宅へと戻っていった。
ぼんやりとしたランプの明かりに照らされ、腹を満たし後処理まで終えた男は持ち帰ったものを整理する。電気銃はその機能を落として同時に持ち帰っていた入れ物に収め、片づけた。次に小型機械である。改めてそれを確認すると、記憶とは多少違えど青年期に見慣れた模様がはがれかけた塗装にあしらわれているのが見えた。それは島内保安員の持ち物を示すものであり、恐らくは戦闘系の支部に支給されていたものであることが予想できた。ボタンを押せば僅かな雑音がそこから聞こえてくる。窓を開けてもっとよく聞こうとする。しかし、はっきりとした言葉は聞こえず夜風が耳をこする音が加わっただけだった。月明りに照らされた通信機を色々試すうちにそれには音声データを記録しやり取りができること、鮮明ではないが一つの会話データが入っていることに気が付いた。内容は次のとおりである。
ガー、ザザザ。「こちらポー・・・・の状況は?」「・・・ードネメシ・・せず。・・・は期待でき・・・は届いて・・・」「安全な・・・うぞ。」「了解」プッ・・・
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