6.蜃気楼に囲まれて
辺りは暗くなったのに、月はまるで昼のように輝いている。これまでの疑問を整理し、帰路に就く男を明るく手を振って呼ぶ声が聞こえる。答えるように手を振り、麦わら帽子をかぶり直すとその影を追って走り出す。なかなか追いつけずに少年はたまらず声をかけた
「待ってよ、‥‥!」「ウィルが遅いんだよ。お前、このくらいならついてこれただろ?」
流石に配慮したのか、先を走る友人が走る速度を緩めて自分と並走する。友人が向こうを指して、興奮気味に話しかける。
「あったぜ、あれだよ!思った通りだぜ、この山にあるという何かの正体!」
「お前、それ大分あいまいだな!噂にでも聞いたことあるのかよ」
「ないね。ヤマカンってやつだ。」「くぅぅ、かっけぇ!」
洞穴を見つけると入り口でイエーイ、とハイタッチする。二人してワクワクしながら洞窟に入る。理由も知らぬ高揚感に包まれながら入った洞窟は思っていたより深くはなく、それでも部屋一つ作るには十分といえる広さだった。そこに生活感は欠片もなくあたりのオブジェは今にも光りだして何かを起こしそうな意匠であり、どこか見覚えを感じさせた。と、部屋を探索していた友人が突然叫びだす。
「う、うわぁぁぁぁ!」「なんだよ、お前。びっくりさせんなよ」
「ひ…人がいた…あそこ…」「じ、冗談はよせよお前。第一ここに来たのは俺たちが最初…だろ?」
そういっておびえた顔をして腰を抜かす友人が指し示したのはひときわ大きな円筒だった。恐る恐る近付き、乗る物が無いのでうんと背伸びをして中を覗くと、確かにそこに険しい顔つきの男がいた。何かを待つように、静かに目を閉じてそこに男が眠っていた。ハッとした目をこすって確かめると、そこに男の姿はなく代わりに干し草が敷き詰められていた。足元で揺れる合成樹脂のトランクから降りて友人に駆け寄ると、友人は真剣な顔をして洞窟の外へ歩き出した。恐る恐る横へ並び,洞窟が見えなくなるまで二人して無言で歩き出した。暫くして洞窟を振り返ると、顔を見合わせてお互いに噴き出す。
「フハハハハ、おっかしいの!あれを初めてみた時は相当ビビってたぜ」「あぁ、ビビった。結局あの後ウィル共々こってり絞られて、おまけに厳重警備が敷かれてガキのうちに見れたのはあの一回きりだもんな。あれきり二人で行ったことがないし。」「まぁな。守衛のおっさんが優秀すぎるんだよ、あの門は」
「そうそう。何よりバカ高い壁を頑張って上った先の威圧感ある笑顔ばぜってぇ忘れねぇ。」「ありゃクソキツかったっけな。」
「まぁ今では悪かったって思えるよ。色々大変な思いをした上にあれこれ企む悪ガキ、しかも二人もだろ?」
「ハ、違いねぇな!しかも数年後に違う意味で世話になるとありゃあな。懐かしいよ。あぁ、俺たちはあの頃は間違いなく純粋だったんだ。悪ガキだったあの頃はさ、カッコイイって価値観だけで生きてられて。‥‥に憧れてあんなことやこんなことが起こったら今度は俺達がかっこ良く解決するんだー、なんて。ハハ、つまらない人間になったもんだよ、二人して願いは叶ったってのに今じゃあやることもない状況に安心する…」
いきなり友の声が途切れる。確かに友人と並んで歩いていたはずが、横を見ても誰もいなかった。見渡してもいるのは自分ひとり、辺りは草木がざわめくばかりの暗闇の森林が広がるだけである
いや、冷静になれ。現実を見ろ。それは当たり前のことなんだ。ここは無人島、今まで人に会ったことは一回もないではないか。試しに見に行くか?浜辺へ行くか?そこに行ったって誰もいないさ。ほうら、予想通りだ、人っ子一人いない。あるのは消えた焚火の跡とぐっすり寝ている熊、そして葉っぱを敷いて寝ている自分だけさ…
ふと目が覚める。どうやら一晩寝ていたらしい。目の前には真っ黒な炭、その奥に見慣れた毛皮があった。男は大きく伸びをして体を起こすと海水を汲み、炭束にかける。しぶきが飛んだだろうか、喉を鳴らして熊がのそりのそりと起き上がった。そして腕に乗せていた食べかけの焼き魚に一気に食らいつくと、棒を吐き捨てて森へと帰っていった。どうやら昨日焼いた魚は熊に取られたらしい。
男は昨晩取った魚を見分したのち、それを背負って拠点へと帰っていった。昨日の昼ぶりに飯を済ませると男は改めて支度をし、再びあの廃墟街へと向かっていった。
next title>7.照らし合わせれば見えてくる(9/11)