4.誘うように現れた穴
翌日、男は街を後にすると中腹の拠点に戻るなり寝床に敷き詰めた枯れ草を捨てて底を調べ始めた。男は記憶を頼りに板を取り外すと長方形に近い形をした穴を見つけた。そこへ持ち込んだ金属塊を当てはめるとオブジェが音を立て始める。男が持ち帰った金属塊の正体は電池だ。復活した記憶によれば寝床にしていた円筒は『自分』を保管するための装置であり、過去とのつながりを持つ現状唯一の手段である。しかし、男は装置をすぐには起動しなかった。記憶が一部だけ戻ったことによって元来の目的を達成していいのか疑問が湧いたのである。
ネメシス計画とやらを使って、この自分を送ってまで知りたいことがあったのではないのか?果たしてその計画を行った彼らの目的は達成できたのか?そもそも戻ることなんて可能なのだろうか、と。
男は長い間考えた末に電池を抜き、すぐそばのトランクにそれをしまいかける。視線の先にあるのはトランクの中、古びた一冊のノート。茶色に変色しかけたそれにつづられていたのはある研究者の日誌であった。男はそれを手に取り、表紙をめくって読み始めた。
その者は大きな事業に携わっており、しかし充てられた役割は細々とした雑用が多かったとか。日々の食事は満足にとれており、大きな擦れ違いも無いようである。そんな境遇を「幸せな方」と表現し、大きな不安にさいなまれているのが文章から見て取れた。しかし、理由について語ろうとすることはなさそうである。
その者が携わった仕事は被験者を必要とした。だから、その内容を巡って島内で議論が起こり、反発が起こるのも珍しくはなかった。その者は決して深くに関わってはいなかったものの、その煽りを受けていたようだ。いつしか家族とは事実上の絶縁状態となっていったらしい。それでも、島民の幸せにいつかは繋がると信じて協力したそうだ。
しかし、そんなかすかな希望を打ち砕くように、そして島に訪れる不穏を象徴するかのようにその事業は、「ネメシス計画」は変わっていったという。それを示唆して日誌は最後のページを締めていた。
(ううむ、詳しいことはわからないけどこの日誌は端々に何かを思い起こさせる気がする。「ネメシス」という言い回しも馴染みはあったのかもしれない。第一最初の記憶も変だ。あれが本当だという前提だが、そうならどうしていきなり声をかけただけの見知らぬ男に疑いもせずについていった?日誌が本当ならそもそもあそこに関わらないよう教育させるはず…
そうだ、どうせあの機械が上手く動くかも分からない。それに動いたとして戻れる確証も無いのだ。ならば、全部解き明かしてやること決めてからでも遅くはあるまい。よし、例の廃墟街へ向かおう。俺は「ネメシス計画」とやらについて知っておかねばならないのだ。)
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