2.遺跡に立ち込める霧
先日の幻覚に疑問を抱きながら暫くは狩りをしつつ、時々熊と戦って過ごしていた。その日はいつも狩りに行くときは空にしている袋に保存食を詰め込んでいた。
(さて、今日も出かけるとしよう。思えばこの島に住んで長くなるがまだ人と会っていない。が、いないだけで俺の知らないところに町が一つあるのかもしれない。そうだ、それを探しに行こう。人に会えばいずれ自分を知っている者にも会えるだろう。ちょうど食べるものも無くなってきたんだ、ここを離れるのも頃合いかもしれない。)
この日も男は洞穴を出て、近くの川の水を飲み、干し肉とナイフを腰に括り付けて山林へ出る。昨日の獣道を進み、この日は山頂を目指して歩みを進める。やがて上り坂が終わると切り開かれた痕跡を認めた。それだけではない。山から見下ろせる位置に不自然な岩場を発見した。よく眺めるうちにそれは発展した文明が生み出した街であることを認め、そこに人の気配を求めて男は駆け出して行った。しかし、そんな男の期待は街を探索するにつれて疑問へ変わることとなる。
(ううむ、これだけの建物があるなら既に人の一人は出会ってもおかしくないはず。それに考えてみろ、街といったらもう少し色鮮やかなはず。途中から解ってはいたはずだがここは街じゃない。しかし、いないだけで人はいたのだろう。食える実がまとまって生えているのを見つけただけでも収穫だ。考えても仕方がない。それにここで暮らすのも悪くはないだろう。そのうち人に会えるはずだ。)
しばらく休んでのち、男は支度を始めた。適当な民家を見繕い、そこに暮らすのである。
以来、男の生活において食が充実したのは間違いない。だが、それからも人に会うことは無かった。代わりに奇妙な感覚が違和感として男を襲うようになる。時々どこを探索したのかが分からなくなるのだ。こうして無人の街を彷徨い男がたどり着いたのは中央の大きな建物の入り口である。
(一目見て体がざわつくのはここが初めてだ。人こそいないが俺に関してこの街には何かがあるようだ、相変わらず正体はわからないが。確かここを覗いてからでないと入ってはいけない感じがある。誰もいない。ちくしょう、この調子は相変わらずだ。呼んでいるのか?ここを曲がって左側、この部屋そして机…手帳?これなのか?どうやら持ち主の日記のようだ。帰ってじっくり読もう。)
それから3日の間、男は日記を読みふけった。連日続く違和感に毒され、もはや読んだことのないはずの文字が読めることについてすら疑問に思うことはなかった。日記にはあの建物が研究施設であること、持ち主がそこで働いていること、さらには息子がいることが読み取れた。また、山奥に秘密を抱えている、とも。
(日記の目印通りならこの道で間違いないはず。人と会う手掛かり、もしくは街に起こった事の手がかりがそこにあるはずだ。しかしなぜだ?あの感覚が再び俺を襲ってくる。いや、これは知っているからかもしれない。だとすればまさか、俺の家が秘密なのか?ううむ、わからないな。こちらに遺した手掛かりといえば例のカメラの写真なのだが…写真…待て、あの街で感じた既視感、写真…となると日記に出てきた息子は!?)
男の頭にかかっていた靄の一部分が晴れた。それを確かめるため、男は・・・
next title>照らされた先(7/17)