表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とにかく俺は帰りたい!  作者: やま
第1章
9/24

9.鈍らじゃない、かも。

 明らかに異質。

 洞窟の中は何一つの光源もないのに、盛り場の路地裏ほどには明るかった。遠く道の先は見通せないが足元ははっきり見える。森の土で汚れた靴が踏みしめる足元は綺麗に均されていて、例え裸足だったとしても歩くに苦のない道だ。獣道とは明らかに違う。しかし天井や壁は洞窟と聞いてイメージするそのもの。触れば岩なのか土なのか、指には作り物ではない感触と付着する土やら何やらの粒子。歩く己が出す音以外には何も聞こえない静かな空間。道行きは申し訳程度にうねるぐらいでほとんど直線で少しづつ下っている。一本道しかないのこ洞窟は間違いなく、人工物だ。



 


 洞窟の入り口前の空間は「広場」と呼ぶにふさわしい、森のど真ん中には似つかわしくないものだった。それ故に踏み込む一歩がなかなか踏み出せないでいた。いつのまにか俺の足元まで追いついていたなねこも二の足を踏んでいる様だ。


 ここに足を踏み入れていいのか。

 判断に迷ってしまうほどには異常だ。


 湖で感じた神秘的な印象はない。ただただ不思議で、不気味。しかしこの洞窟に入らないという手はない。何か人里への手がかりがあるかもしれないからだ。俺の目的はあくまでも元の世界に帰ること。その目的のためには1人でジャングルに生き残ってもラチがあかない。人里への道を切り開かなくては先はない。はっきりいって洞窟の中に入るのは怖いが、いつまでもここで1人と1匹突っ立っているわけには行かない。うさぎネズミを放してやり、俺は洞窟のやけに整った入り口まで進んだ。入り口から先、見える範囲は入り口と同様整ったままの地面が続いている。これも十分不審だが、洞窟の奥が()()()事も気になる。不自然に明るい気がする。俺が入り口から洞窟の様子を見聞していると、遠くからなねこの「ま〜お」という鳴き声が聞こえてきた。あれ?なねこ遠くない?と思い振り返ると、森と広場の境目で鬼の様な形相でこちらを睨みつけていた。

「ま〜〜お…」

 猫が喧嘩するときに出す声だこれ。

 なねこはとても怒っている様子だ。多分行くなという事だろう。凄い目力でメンチ切っている。いくんじゃねぇよ、と目と鳴き声で知らせている様だ。尻尾もまるで一本しかないように見えるほど真っ直ぐ突き立っている。しかしなねこは声を上げるだけで、森との境目からこちらに来ようとはしない。あいつは浜辺にも近寄らないし以外と怖がりなのかも知れない。俺はなねこのところまで戻り頭を撫でた。しかしまだまおまお喧嘩腰の猫みたいな声を出して俺に抗議している。ならば頭から背中も撫でて、ノドのあたりもカリカリしてやる。すると徐々になねこのトーンが落ちてきた。ふふふ、お前さんの「いい」ポイントはもうバレているんだぜ。と攻めの撫で回しに移行すると、なねこは横になり「腹撫でれ」状態に。ピンと張りつめていた尻尾達も今ではだらんと地に落ちて、先っぽだけがゆらゆら揺れていた。ここまでくればもう勝ったも同然だ。

「心配してくれてありがとうなねこ。それでも行ってくるよ」

 と声をかけると。

「…んなっ」

 と渋々の返事が帰ってきた。尻尾はついに地面に伸びた。



 突入時のやり取りを思い出していると大きく開けた場所にたどり着いた。ここまで何事もなく到着したが、言い換えれば「期待外れにも何もなかった」だ。人里の手がかりも、人がいた形跡も。ただの通路という感じの道のりだ。

 少しの落胆を感じながら先の空間に集中する。そこは通路よりも薄暗く全体は見渡せない。相変わらず自分が出す音以外はないのだかじっと動かずよく耳をすませてあたりの音を確認した。…全く音がしないな。かなり不気味で怖いが、俺の他に誰も、何も居ないと思ってもいいだろう。下ってきたせいか少し涼しい。

 調査のため先ず、左側から壁に沿って歩いていく。地面は相変わらず綺麗で歩きやすいのだが、ここへきて壁も綺麗に均されており明らかに人の手が入っていることがわかる。しかし薄暗い。黒く濃い霧の中を歩いている様な感覚に、知らず腰が引けていた。正直言ってビビってる。壁に手を付き歩いていくと微妙にカーブしている。この壁はどうやら半円を描いているらしいことがわかった。かなり綺麗な形を描いている印象。程なくすると壁とは反対側に池が見えてきた。こういうのは地底湖と言うのだろうか?何か這い出てきそうな不気味な水面が見える。歩みを進めると壁と池が近づいていき、それ以上先には進めなくなった。見える先では壁と池が接して地面がなくなっている。池の形も壁と同様綺麗な円弧を描いているようだ。壁伝いに空間の入り口まで戻り、右側の壁も同様に調べてこの空間の形が判明した。この部屋は壁が作る大きな円形の空間の中に池の小さな円がある様だ。それら2つの円が俺が入ってきた広間の入り口の真反対側で接している様だ。とても正確に形作られていると感じた。ちなみに天井は暗すぎてよく見えないがドーム状に作られている様に見える。

 さて、いよいよこの空間の中心を調べるぞ。緊張の連続でノドの渇きを感じたので、ペットボトル1本分水を飲む。ゴキュゴキュ一気に飲み干し、頬を両手で2度叩いて気合を入れる。よし!と声を出し入り口から真っ直ぐに歩き出した。真ん中を歩いていると両端の壁は徐々に見えなくなっていく。振り返ると入り口も少しだけ暗く見える。俺の予想では、このまま歩いて池にたどり着いてもこの空間の中心よりは入り口側だろうと思う。入り口まで闇で見えなくなることはなさそうだ。池に到着次第、周囲をチェックして帰還だ。

 牛歩の様な歩みを進めると薄暗い前方に何かが見えてきた。前方右側に何か塔の様なものがある。それほど大きくはない。そちらに向かって進んでいくと左側にも塔が2本薄っすら見えてきた。右の塔より細く背も低い様に見える。先ずは右の大きな塔を調べよう。

 塔は地底湖の淵に立っていた。いくつもの石材を石垣の様に加工し組み合わせ、極端に細長い円錐を形成している。着色もされており気持ち赤いように見える。高さは俺の身長とほぼ同じなので2メートルほどだろう。とても精巧に作られており技術の高さが窺える。が、特に文字が書いてあるわけでもなく(書いてあっても読めるかどうか怪しいし)何のためのモノなのかはわからない。向こうの塔も調べてみよう。

 地底湖の淵を小さい党の方へ歩いていくと足元に何かがあることに気がついた。横長の楕円状に足元がへこんでおり、その中に加工されたと思しき石や朽ちた布、紐の様なものが入っていた。布や紐は風化したのかかなり崩れており、さわれば最後塵となって消えてしまいそうだ。しかしこれは発見だ。なんらかの装飾品か服かがこのくぼみに置かれていたという事だ。もちろん人がそれを作り、ここに来て置いたのだろうことは予想がつく。人里は以外と近いのかもしれないと喜びがふつふつと湧いてきた。しかしまだ決めつけるのは早計だ。期待しすぎると、そうじゃなかった時にダメージがでかい。平常心を忘れず見たものを冷静に記憶するだけに留めておこう。平常心、平常心。

 俺はスキップしながら先を急いだ。


 小さい2つの塔は高さ1.5メートルほどで右の塔より小さく細い。そのためかこちらの塔は一個の大きな石材を削り出して作られている様だ。また、色は白か灰色で着色はされていない。2つの塔は数十センチ開けて並んでいる。やはり文字等は書かれていないが、俺はピンときていた。

 左右に分かれた3本の塔が視界に入る位置を探した。するとまるで()()()の様に人の顔ほどもある卵型の丸い石が埋められていた。先程は右の塔に気を取られて気がつかなかったらしい。このバミリに立って3本の塔を視界に収める。そこで気がつく。

 ここさっきより明るくなってない?

 周りを見渡すと遠く離れた左右の壁も先程より良く見えるし、天井のアーチもはっきり確認できた。ここに立つことが何かしら「正解」だったのかもしれないない。光源がある様に見えないのに明るさが変わるとかどういう構造…?魔法とかそういうのがあるのか、調光機能のLEDでも使ってんのか?

 俺は不思議現象に怯えながらも3本の塔を改めて見る。そして自分の推測が正しいと確信した。


 ここはおそらく3つの月を崇める宗教施設だ。


 左側の小さな2つの塔は、遭難初日の夜に最初に見た2つ並んだ三日月だ。右の大きな塔は、少し離れたところに見えた赤く大きなあの三日月に違いない。そして左右の党の真ん中にある、朽ちた何かがあったくぼみは、神と見立てた月にお供え物を献上する場所なのだろう。

 完璧な推理。自分が怖いぜ☆


 そうと結論付けば今までの恐怖心もだいぶ薄れた。バミリの上に胡座をかいて座り改めてこの空間を眺める。ここは人が3つの月を崇めた宗教的な場所。朽ちた供物を見るとここは遺跡的なものだと思うが、人が昔ここにいたとがはっきりしたのでなんだか嬉しい。しかも技術力の高さは現代日本に引けを取らないかもしれない。俺は先の展望が明るい事ににやにやしていた。いかんいかん。ここは神聖な場所かもしれない。キリッとした態度で居らねば。あ、何かお供え物をして祈りでも捧げて行こうか。うん。それがいい。


 お供え物のくぼみまで静々と進み、何を供えようとと考える。今きている洋服は俺の垢や森で汚れて痛みが激しい。湖で汲んだ水なんて供えても、目の前には地底湖あるし要らないか。ペットボトルを供えたら、後世ここが再発見された時に、この世界の文化レベルによってはオーパーツ扱いとなってしまうかも。トートバッグは貴重な運搬手段だしと悩んでいると…


 パール下着が目に入った。




(月を崇めた人々の元へ、無事生きてたどり着けます様に)


 2礼2柏手1礼の完璧な作法でお願いした。さて帰るか。

 もともとお供えされていただろうモノも、石が付いて、何かしらの布地で、紐が通っていたのだろう事を加味すると、なるほどパール下着は悪くない供物だよね。石の代わりに真珠(真偽不明)がテグスに通ってキラキラな布地に縫い付けてあるんだもの。バッチリじゃん。そう自分に言い聞かせて俺は地上に向かって歩き出した。すると明るかさがワントーン落ちて元の薄暗さに戻った。マジでどうなってんだ。

 やはりこの辺の機能は魔法なのだろうか…。もしも魔法がある異世界なら俺も沙奈のラノベの様に、最強の魔法使い!みたいな感じでバンバン強力な魔法を放ちたいもんだぜ。まあ、そんなうまい話はないか…。ラノベ展開ならなねこはいつか美少女として俺の前に正体を現すだろうなぁ。そうなったらいいのになぁ〜。まあ、そんなイカれた話はないか…。神様にこの辺もお願いしておくべきだったなぁ。てか、沙奈の元へ帰れますようにが本当にお願いするべき内容だったなぁ。なんて。ていうかていうか、せめて刃物がなんとかならないかな〜。レザーマンのポケットツールじゃ刃渡りが短すぎていろいろ捌きづらい。切れ味のいいある程度大きな刃物が欲しいなぁ。

 などと安心感から気の抜けた感じでいろいろ妄想…考えているとそろそろ出口だ。外の明るい日差しが見え始めた。往路はおっかなびっくり進んできたので時間がかかったが、復路は希望に後押しされたのか緩い登りにもかかわらずサクサク帰ってきた。なねこは大人しく待っているだろうかと考えていると、少し先、出口の脇に外からの光を反射する何かが転がっている。俺は不思議に思うも小走りでそこまで向かう。

 ナイフが落ちていた。…都合よくナイフが落ちていた。えっ怖い。いや、洞窟に入っる時に見逃していたのか…?しかし都合の悪いこともあった。刃が錆びて茶色いのである。ナイフのグリップや峰のところは驚くほど綺麗なのになぜ刃がこんなにも錆びてんだ?これじゃあ刃を砥がないと使い物にならん。何も切れんっ。でも、まぁ、拾っていくけどね。ナイフは、アラビアンナイトに出てきそうなフォルムで、金色のグリップに眼が覚める様な青いラインが一筋入っている、なかなかカッコいいモノだ。いい拾い物をしたが砥石どうしようかな…。

 ナイフ右手に、トートバッグを左手に持って洞窟から出ると、なねこが胸に飛び込んできた。慌ててナイフとトートバッグを手放して受け止める。おいおい、愛い奴だなぁお前はなんて撫で回していると、胸に爪を立てやがった。慌ててなねこをひっぺがすが、なねこは心配そうな表情をしてんなんなんなと抗議の声を上げる。急に悪いことをした気分になってなねこを抱きしめ撫でくりまわした。ほら機嫌直してーん。すぐに胸元から「ま〜お」と不機嫌な声…あれ?機嫌悪化した?なねこさん、爪が痛い…。なねこをさっと下ろし誤魔化す様に先程拾ったナイフを見せる。

「どうだなねこ。いろいろあったがこのナイフが今回の戦利品だ。錆びてはいるが美しいだろう?」

 となねこの目の前で見せてから、ちょっとカッコつけてポーズをとりながらナイフを振り抜いた。


 太い樹木が3本、周りの木の枝をその重さでへし折りながら倒れていく。俺の手元から到底届かない距離の木々が、ナイフの刃渡りでは絶対に切り倒せない太さの大樹が轟音と共に倒れた。


 一瞬の出来事だった。何が起きたかわからず、ナイフを振り抜いたかっいいポーズで固まってしまった。なねこはいつのまにか、俺と倒れた木々の間に陣取り今にも飛びかかりそうな体制をしている。3本の木が倒れた大音量と振動が体をかけ抜けていき俺は尻餅をつく様にへたり込んだ。

「な…何が起こった。」

 小声しか出なかった。俺の声を聞いたなねこはこちらを一瞬振り返り、険しい顔をすぐ倒れた木の方に戻し…戻さないで2度見してきた。いや、俺の後ろを見ている。俺も恐々ゆっくり振り返ってみると


 洞窟が跡形もなくなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ