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とにかく俺は帰りたい!  作者: やま
第1章
8/24

8.自然じゃない、かも。

 現金なもので体の調子が戻ったら腹が減ってきた。いくら食中毒で食べていなかったからといって、あのヴォリュームで腹の虫がなるなんてどんだけだよ、恥ずかしい。

 なねこは俺の腹の音を聞いて安心したのか、岩から水を飲むことをやめこちらにやってきた。俺は芝生に座り、なねこに礼を言って頭を撫でた。胡座をかく俺の右膝に体を軽く寄せながら、箱座りで気持ちよさそうに撫でられているなねこに癒される。命って素晴らしい。生きてる俺、万歳っ!


 命を繋いだ喜びの一方で、ここは一体なんなのだろうと考える。とてつもなく不思議な場所だが悪い感情はない。不気味、だとか、怖い、だとかは感じない。まあ、ここでなら死んでもいいかなと思っちゃうほどには素敵な場所だ。ジャングルと比べるとまるで別世界じゃん。北欧の静かな湖の様な風景をなねこの毛並みを楽しみながら眺めて、この世界の不思議についてしばらく考えていた。


 どれぐらいの時間が経っただろうか。なねこの身じろぎに意識を戻す。腹減りもいい加減やばいし、そろそろ魚掴みに行くか、と立ち上がった時だった。なねことは反対側から芝生を踏む音が聞こえた。はっとしてそちらに顔を向けると目の前に鹿がいた。

 手を伸ばせば触れられる距離で、お互いにびっくりした姿で固まったまま数秒見つめあった。こんな目の前まで近づいていたことに全く気がつかなかったなんて…。あまりの近距離に心臓止まるかと思うほどびっくりした。よく見ると鹿に似ているが鹿ではなさそうだ。というか実際は鹿の種類なんてよくわからん。ただ眉間にツノがある鹿似の動物を俺は寡聞にして知らない。鹿(仮)は俺の足元に視線を落とすとくるりと振り返り、10メートルは離れた森までたった一回の跳躍で消えていった。


 …初!森の動物との遭遇である。第一村人発見!!ただしなねこは猫だから除外する。猫はほら、空き地とかにいるじゃん?町にもいるじゃん?だからあの鹿がはじめての「森の生き物」。第一村人発見なわけよ。

 頭が混乱したので岩に抱きついて水浴びする。頭冷やさなきゃ…。


 さて、色々おかしいこの世界、またおかしなことが起きた。まとめると、水飲んだだけで食中毒が治る。実はなねこに引っ掻かれて血が出たはずの顔の傷もない。水面を鏡に見立てて自分の顔を見たが全く綺麗なものだった。ちなみに髭面になっていた。沙奈に「じょりじょりは嫌」と言われて以来常に綺麗に剃ってきたが台無しだ。閑話休題、あの水はやっぱりただの水ではないようだ。しかも、水を飲むと動物が出現する。あの鹿だけではない。キャンプ地へ戻る道中、うさぎのように跳ねるネズミみたいなヤツや、短い手足の生えた蛇、図鑑で見る翼竜を小さいサイズの鳥、遠くには山ほどの大きさに見える動く「何か」を見ることができた。音も賑やかだ。さまざまな動物たちが上げる鳴き声がそこかしこから聞こえてくる。やっと南国ジャングル感完成だ。静かな森も怖かったが、音や気配を感じる森もやはり怖い。肉食獣出てきたらどうしよう。ちなみに、現れたのは動物だけではないのだ。昆虫も出てきた。木に止まっているゴキブリみたいなやつや、とんぼの大きいやつが顔をかすめて行ったり、謎の昆虫の死骸に群がるアリのような虫もいた。この調子で美人アマゾネス出てこないかな?ちなみに動物や昆虫はなねこが適宜追い払ってくれた。

 キャンプへの帰り道で空腹に耐えかね、なねこと2人果実を見つけてはもぎ取り貪っていたのだが、なねこがあの「黄緑の果実の偽物」を食べ始めたのだ。色がちょっと薄くて匂いが違って、なねこが尻尾で弾き飛ばしたアレだ。なぜ今回は食べてるんだ?腹減りすぎて錯乱したか?とも思ったがどうも違うらしい。様子を見ていると、シャクシャクと心地いい咀嚼音が聞こえ甘い香りもしている。どうやらリンゴか梨的なモノのようだと感じた俺もおひとつ食べてみる。めっちゃ美味い。魂が震える旨さ。これまんまリンゴだ。もう2つもいで歩きながら食べた。1つはなねこにあげた。


 無事キャンプ地に到着した。

 でもキャンプ地は無事じゃなかった。

 焚き火の色が、変じゃない?キャンプ地には焚き火とスーツケースぐらいしかないからすぐ気がついた。なんだか焚き火の炎の中にガスコンロの火みたな青いところがまだらにあるんですけど…。不思議に思いながらも近づいてみると、火を食べる虫がいた。

 カブトムシほどの青い虫が火を食べていた。

 ムシャムシャと。

 へー。ここの虫って、火を食べるんだ〜。ふっしぎ〜。いがーい。


 じゃなくて!!

 火が小さくなっていくことを目撃した俺は、薪用の枯れ木を振り回して虫たちを弾き飛ばす。見事ヒットしたがめちゃ重い!?手が痺れる!!このカブトムシすんげー中身詰まってる!?枯れ木も2匹目を弾き飛ばそうとした時に折れた。その折れた枝が空中を華麗に回転して焚き火に突入し、薪が派手に散らばった。それに驚いたのか虫たちは羽ばたいて去っていった。と、飛べるんだあの重さで…。んなことはどうでもいいっ!焚き火に新しい薪をくべなくてはっ。


 あー疲れた。食中毒で死にそうになったり、復活したり、動物たちに怯えたり、虫がデカかったり、あの果物が実は美味しかったり…火を食べる虫ってなんだよ……。急にわかりやすいファンタジーぶち込んでくるんじゃねぇよ。俺病み上がりなんだからよ。とにかく新しい情報が多すぎる。

 腹の虫がハモった。なねこも俺も腹減りが限界だ。しかし、ここを魚を掴んでくる間に火を食べるカブトムシがまたこないとも限らない。対策としては、松明を魚掴みの度につくる。のは手間だが…これしかないのか?もっと手軽に火を携帯して、火種を絶やさないようにできないかな?そう悩んでいるとなねこが「んなっ」と鳴いて立ち上がり俺を一瞥。焚き火の周りを一周、二周、三周…と合計六周回って見せた。ドヤ顔してこちらを見ているのでとりあえず頭を撫でてやった。ドヤ顔かわいいなぁ。

 もうなねこはただの猫じゃないことはわかっている。そしてここはファンタジーが現実となった世界だ。きっとなねこはあのカブトムシが寄り付かない「何か」をしてくれたのだろう。不思議な相棒だが本当に頼りになる。これで安心して漁に出られるぜ!と、喜ぶ俺に、なねこは何故か少し寂しそうな顔をしてため息のようなものを吐いた。


 魚はまるで俺たちの空腹を知っていたかのように獲られてくれた。手の接近に気がついて軽く反応する魚がいたが、むんずと鷲掴みでとったどーしてやった。なねこは俺が両手に魚を掴んでみせると、ご主人様が帰ってきた飼い犬のように喜び、森と浜の境目でぐるぐる回っていた。荒い吐息も聞こえてくる。結局魚は7匹ほど獲った。なねこは我先にとキャンプ地へ駆けて行ったが、さすが猫脳。焼く時間のこと忘れてない?

 キャンプ地に戻ると、青色カブトムシが火に群がって食事をしていた。

 ちっくしよぉぁぉお!なんのドヤ顔だったんだよ、なね公!!




 18日目。

 奇跡的に命を繋いだあの日から俺の生活は変わった。

 遭難者の朝は早い。起きてすぐにストレッチを行う。これは、これから向かう水汲みのための準備運動だ。下半身と体幹を十分に目覚めさせた後は、焚き火からカブトムシを除去する。こいつらとの付き合い方ももう慣れたもんだ。細い枝を箸のように使い1匹づつ取り除いていく。こいつらは水に極端に弱いので、昨日汲んでおいた衣類圧縮袋の水をかけて殺す。このカブトムシはいくらでも火に群がってくるが、意外と食べる量が少なく、満腹になると数時間はじっとしているので、20匹ぐらいなら一晩放っておいても大丈夫な事がわかった。ちなみになねこのおまじないはその後散々行われたが全く効果がなかった。俺(私)は悪くないという顔をいつもしてくるのがムカつく。

 さて、可愛いトートバックに水汲み用品とレザーマンを入れて準備完了。おや?トートバックの中にパール下着が混入しているのが見える。ここ2日なねこはパール下着を突然気に入り、気がつくとメインで遊ぶおもちゃになっていた。遊びのなかでトートバックに入れたのだろうか?まあどうでもいいか。準備も済んだのでなねこに声をかけて出発だ。

 湖に初めて訪れた時には、意識が朦朧としていて道順なんてわからなかったが今は違う。獣道が湖に向かっていく筋も通っているのだ。あとは方角さえ分かれば一応俺1人でも水汲みに行けるって寸法だ。行かないけど。動物たちが出現するまでは絶対に無かったと断言できる獣道が、水を飲んだあの日突然、今までもありましたけど?みたいな顔して突然かつ自然に出現していたのだ。

 湖の岩にしがみつき顔を洗う。岩は流れる水で風化しているのかとてもツルツルなので、抱きつき顔を左右に振りながら擦り付けて洗うのだ。これがなぜか気持ちいい。ちなみに日が沈まないうちに体もこの方法で洗ってから就寝するのが俺の流行り。

 洗顔が終わり、歯を磨いたらいよいよ水の確保だ。ペットボトル3本分と衣類圧縮袋2枚分に水を汲む。昼も夜も同じ量を、都合日に3度汲んでいる。一回の水汲みにかかる時間はおよそ1時間40分。途中果物を狩ったり、動物を狩ったりする場合はその限りじゃない。

 …そう、ついに動物性たんぱく質、魚肉じゃないお肉が食卓に並んだのだ!

 今、先の獣道をターゲットが横切った。うさぎネズミと命名したうさぎのように跳ねて移動するネズミみたいなヤツだ。足が遅いのですぐに捕まえられるが食い出が少ない。まあ、食べられるだけましだ。なぜなら、なねこセンサーで「食べられる肉」と判断された動物は多くないからだ。俺は早速うさぎネズミの後を尾行した。木に隠れもせず、だがある程度の距離を開けて付いていくだけの尾行。楽すぎる…。この世界の食べられる生き物は、己らが食べると美味しいという事を理解していない。この森の、魚たちならあの海の、食物連鎖に組み込まれているだろうあいつらは俺には驚くほど無防備だ。

 結局小規模の群れにたどり着き、尾行は大成功。あんまり取りすぎると群れが崩壊しそうなので4匹だけ捕まえた。こいつらはレザーマンを駆使して食べられる「肉」に解体していく。血抜きで海に漬けたり、皮を剥いだり、干したりとやることが多い。焚き火の火で燻製にすれば保存も可能だ。いつかと準備していた沙奈とのキャンプのための勉強がだいぶ、かなり、超、役に立っている。でも海水と湖の水がなければ干物は作れなかったので本当にラッキーだ。

 そんな事を考えながらキャンプ地に向かって歩き続けていると、いつも先導してくれるなねこが前にいないことに気がついた。あれ?どこいった相棒よ?と思いあたりを見ると、数メートル後ろで何か遠くを見つめているなねこが目に入った。よかった。すぐ近くにいたようだ。

「何見てんのなねこさん?」

 声をかけながらなねこの元へ近づくと、真横を向いて何かに見入っていたなねこの首がギギギっとぎこちなく動いて俺を見た。不自然でぎこちない動きにプラスして、口も「あんぐり」という表現がぴったりな感じで開いている。

「えっ?…なねこ、どうしたの?」

 今までにないなねこのリアクションに変なものを感じ駆け寄ると、なねこは視線を先程まで見ていた方へ戻した。俺もつられてそちらを見る。

 森の木々のその奥、隆起した地形にポッカリ空いた暗い穴、洞窟とおぼしき暗い入り口がそこにはあった。

「ありゃあ洞窟か?」

 となねこに聞きつつ、俺は違和感を感じていた。何か変だ。だが何が変なのかわからなく気持ち悪い。その違和感を確かめようと洞窟に向かって歩く。獣道を外れ藪をかき分けて行く。洞窟に近づいて行くほど違和感は確信に変わる。俺は知らず早足になっていた。

 洞窟のすぐ近くで違和感の正体がわかった。洞窟の入り口を中心に半径数メートルの範囲に一切の樹木が生えていないのだ。まるでそこだけ切り取ったように草すらも生えておらず地面がむき出しになってさえいる。しかもその地面は人工的に整地されたような平滑なものだ。

 湖の周囲も植生がおかしなことになっていたが、ここは輪をかけて不自然だ。加えて、なねこが驚いているように見える事も気になる。ここは湖からの帰り道でキャンプ地からもそう遠くない。そんな場所に森をよく知っているあいつが固まるほど驚いた洞窟があるのだ。

 俺は確信めいたものを感じていた。この洞穴にもきっと何かがあると。

 そして思うのだ。もう勘弁してほしいと。

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