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とにかく俺は帰りたい!  作者: やま
第1章
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5.ねこじゃない、かも。

 黒い珍獣(黒子猫)はわかりやすかった。

 俺を射抜いたギラついた目はすぐに焼き魚へ固定された。俺が泡食って逃げ出した際に落とした焼き魚に。

 鋭い牙が見える口からは大量のよだれ。口元を見ているとまるで犬のように舌まで出てきたぞ。もう焼き魚が食べたくて仕方がない様子がありありと見て取れる。ねこにしては太目の四つ足でしっかりと踏ん張り、首を長く伸ばして魚に熱視線を送り続けている。しかし魚に飛びつこうとはしない…。なんだか「待て!」に待ちきれなくて、でも飛びつくわけにもいかなくて、という葛藤が見て取れる。かわいいかも。

 身の危険はなさそうだと感じて肩の力を少し抜く。その瞬間物欲しそうな2つの瞳がこちらを向いた。その目からは明らかに迫力がなくなっている。

 なんだか「食べ」の許可を待っているような気がするなぁ。期待の眼差してこちらを見つめている感じがあるし。こいつは犬みたいに躾けられた飼い猫なのか?あ!飼い猫ならそう遠くないところに人里がっ!?しかし首輪はないし…って飼い猫に首輪をつける文化がこの世界にあるかはわからないか。とりあえずねこが理解できるかわからないが食べていいと許可を出してみた。

 瞬間、顔から突っ込むようにして魚に食らいついた。いや「ようにして」ではない。顔を突っ込んでいる。前足を全く使ってない。手を使わない女豹のポーズみたいになってる。ねこらしさをかなぐり捨てて貪り食う姿を見せられて警戒心が吹き飛んだ。もぐもぐがかわいいのでその場に座って食事風景を眺める。

 しかしこの黒い毛玉は正確にはねこじゃなさそうだ。なにせ尾が複数に分かれている。うねうねと喜びを表すように複雑に動いているこの尻尾は地球上のネコ科の動物にはないものだ。でもどう見てもねこにしか見えないし、ねこって事にしようっ。そう自分を納得させつつ、ねこの醜態にほっこりしていたが…やっぱりここは地球とは別の星らしいと改めて実感した。

 

 ねこを観察していると程なくして食べ終わったようだ。すると遠火で焼いていた一番でかい魚をジッと見つめちらっと俺を見る、を繰り返してアピールしてくる。なんて愛らしい仕草…。ねこは焚き火の炎が怖いのか近付こうとはしないので、俺はよく焼けた一番大きい魚を恐る恐る差し出した。ねこの顔が期待に満ち溢れている。先程より態度に余裕があるのは腹が満たされたためだろうか。しかしまたよだれ出てる。それを横目に見ながら意地悪で一口食べてみる。美味い。猫の「驚く顔」って初めて見た。なんでお前が食ってんの!?って顔だ。しかしこの魚もうまい。小さめのかつおみたいな見た目で鮭みたいな味がする。よく噛んで味を堪能していると、下から痛いほどの視線を感じる。ねこの方をみるとこちらをジッと見つめぷるぷる小刻みに震えている。ねこにしては表情豊かな顔は今にも泣き出しそうだ。俺は猫をからかうのをやめ、持っていた焼き魚をねこの前に差し出した。

「全部食っていいぞ。またすぐ捕りに行けるしな。」

 ねこは今度は落ち着いているが、しかしかなりの勢いで食べている。今度は動物らしい食べ方だ。時折俺の顔を見るが何を思った表情かは分からなかった。落ち着いてもそもそ食べる仕草は猫っぽくてかわいい。それにしてもよく食べるな。もう自分の体と同じぐらいの分量食べてない?まあ、育ち盛りなんだろうな。とにかく可愛いからいいんだけど。ちょっと撫でてみたいなぁ。ちょっとぐらいいいよな。いいよね?

「し、しつれいしま〜す」

 とゆっくり手を伸ばして行く。ねこは顔を上げ近づいてくる俺の手を一瞥したが、すぐに食事に戻った。ドキッとしたが手を近づけるペースを変えないように、そろ〜っと撫でる。


 ……意外と硬い。


 もふもふを期待してたのになー。お前さんさすが野生のねこだよ。撫でられても気にしない感じがやっぱり可愛くてワシワシ撫でる。猫はなかなか力も強いのか、ワシワシ撫でても全くブレないし、気にすることなく食べ続けている。撫で続けると「んな〜」と抗議の声かもしれない鳴き声を上げたので手を離す。撫でたりないなぁ。そう思いながらも俺は胡座をかいてねこの食事を観察し続けた。

「変な鳴き声だな…やっぱりお前さんはねこじゃないのか?」

 返事はなかった。


 ねこは食べ終わると俺に体を寄せてきた。寄っかかるようにして背中を俺の足に預け、四つ足を投げ出して寝転がった。なにこれかわいい。複数ある尻尾は機嫌良さげに、たしーん…たしーんと左右に地面を叩いている。あまりの可愛さに感動しているとねこがちらりとこちらを見た。さらに背中を寄せてくる。も、もしかして撫でろってことですかー!なんておサセな子!大好き!!ワシワシはお気に召さないかもなので、ゆっくりと撫でる。何度も、静かに、尻尾の揺れに合わせて…。

しばらく撫でているとねこの尻尾の動きは止まり、あくびをして眠り出した。なんだか場違いにゆったりした雰囲気になった。今遭難してんだぞ、俺。


 ねこはすぐに起きた。それを見て俺は再び海へ漁をしに行った。晩飯をゲットせねばならない。ねこは後ろをトコトコトコとついてきた。ついてきてくれるんだ!

 

 俺は海で掴み放題をしていたが、ねこは砂浜が珍しいのか森との境目で遊んでいるようだった。ちょっと小さいねこだしまだ大人じゃないのかも。遊びたい年頃かな?育ち盛りな食べ方してたし。

 魚を10匹捕まえてキャンプ地まで戻る。ねこはお利口さんにも、俺の横をぴったり離れずついてくる。時折俺の足に体を寄せ付けて歩いてくれるのが最高。毛、硬いけど。


 もう日が傾き始めるので早速魚を焼く。今回は大きいものが多いので時間がかかりそうだ。でかいものはぶつ切りにして串に刺し、焚き火に薪をくべ火を強めてから、遠火の距離に刺していく。ねこは真剣な眼差しで俺の作業を観察し、しばらくすると安心したのか横になった。この焼いている待ち時間でスーツケースをとりにいこうと思いついた。ねこをみると目が合った。こちらを見ていたようだ。

「魚が焼けるまでちょっと散歩しようか」

 と言って立ち上がってみるとねこも体を起こした。なんとなくついてきてくれそうな気がする。このねこの眼差しには知性を感じる。行くよ、と声をかけ歩き始めると、トトトっと追いついてきて俺の横に並んでいっしょに歩き出した。

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