3.プロローグその3
火起こしは2種類に分かれる。
辛い火起こしと楽しい火起こしだ。
俺はまず浜辺に穴を掘った。シャベルはないから愛刀ならぬ愛木?「木っ殺」でほじくり返すように掘る。これは火を起こすときの風除けのためで、ちょっとデカイ石などあればそれで火種を囲むようにするのだが石を探すのも手間なので穴で代用。あまり深いと燃焼のための酸素が送りづらいのでほどほどにっと。トートバッグに入らない特に大きな枯枝は石の代わりに周りに置いておこう。続いて集めた燃料を小さいものから順に、上に行くほど大きい・長いものになるように積んでいく。長いものはVの字に、空気の通りを考えて重なり過ぎないよう積むと良い。「木っ殺」も燃料にしてしまおう。これで火起こしの準備が完成だぜ。日差しが強くなっており意識が戻った時より暑い。シャツを脱いで上半身裸になる。汗もかいている。ただ日差しが強いことは火起こし時に関しては良い助けになる。
いよいよ火を起こす。楽しい火起こしの始まりだ。
ちなみに辛い火起こしはきりもみ式などに代表される摩擦で火を起こす方法だ。これから俺が行おうとしている方法は…太陽光方式だっ!
まず、黒い紙を用意します。先にスーツケースより回収していた薬の箱。の中に入っていた説明書が使えそうだ。白い紙に黒いインクで薬の効能や使用上の注意が印刷されているが、メーカーロゴに、いい感じで黒で塗りつぶされている部分がある。この部分に光を集めて発火させる。
次に用意するのは水の入ったペットボトルだ。こいつが重要だ。ボトルのキャップより少し下側、丸くなった肩の部分は、中の水との働きによってレンズの役割するのだ。最近の子供は虫眼鏡で紙に火をつけて遊んだりするのだろうか。などと考えながら俺はペットボトルを逆さに持ち、太陽光が最も集中する角度を探り説明書の黒いロゴ部分に光を当てた。これをミスったらきりもみ式で手のひらの皮や体力をすり減らす羽目になると思うと緊張ががが…。
黒いロゴに集めた光は、日差しの強さも手伝ってあっという間に煙を噴き出し、紙に穴を開けた。穴はじりじりと広がっていく。すかさず大きな枯葉を数枚重ねて、風を送る代わりに紙と枯葉の束を左右にゆったりと振る。煙の量が多く、勢いよくなってきた。もう少し早く振る。しばらく振ると説明書と枯葉の束から火が上がった。
「よしキタっ!ナイス俺っ!」
と思わず1人声を上げてしまう。誰にもこの喜びを伝えられないので、せめて自分だけで盛り上がっておこうっ。
結構デカイ火になったがこのままではすぐに燃え尽きてしまう。先程組んだ枯枝達の下に火種を差し込む。枯葉を適宜焚べながら火が回るのを待つ。薬の箱も焚べてしまえ!トートバッグを団扇がわりに風を優しく送る。ふにゃふにゃで扇ぎづらいので、中に長めの枯枝を入れ、団扇の骨がわりにする。
枯葉から細い枝へ。細い枝からより太い枯枝へと火が燃え広がっていく。OKここまで順調だ。いつか妹をキャンプに連れていってやろうと1人で練習した甲斐があったってもんだ。これほどまでに完璧に火のないところから火起こしできたなら、沙奈からの兄ラブも間違いないだろう。カモン!「お兄ちゃん大好き!」
そんな妄想をしていると、大きな枝にも火が回ってきた。「木っ殺」も今や立派な薪として赤々と火を噴いている。火が落ち着いたので追加の薪を捜索。
やばいことに気がついた。
薪を集めてホクホク顔でキャンプファイヤーまで戻ると、はっと気がついた。
この火、どうやってキャンプ地まで持って帰るの?
あれ?やばい。どうしよう…。
手じゃ運べないし、大きな葉っぱに包んでもすぐ焼けて底が抜けるだろう。3つのスーツケースのうち1つは金属製だったからそれを持ってきて…ってその間に火が消えたらおしまいだっ。
考えろ俺!
ここから火をキャンプ地に運ぶにしても、そこまでの間に火が消えたらやはり終わりだ。枝を箸のように使い、熾火になった薪を1つづつ運ぶか…?って、何往復必要だよそれ…火を保ったままの薪の移動…他に方法はないか?火を保ったまま、持ったままの移動?
…松明だ!インディージョーンズでよく見る!
松明を作ろう!!
早速集めてきた枯枝達を束にする。大きな枝を束にして持ってきた要領で、その辺の蔓をナイフで切って使う。紐なんて気のきいたものはない!先端には枯葉や細い枝を挟み込んでおく。棒状の薪の束を作るのだ。
作業はほどなくして完成した。焚き火に松明を焼べて火を移す。しばらく放置すると火が移ったようだ。なるべく縦に持って貴重な火種が落ちないように、慎重かつ早く森を進む。たまに木に立て掛け、トートバッグで扇いで火の勢いを保つ。徐々に焼けて、急ごしらえの松明がばらけてきた。やばいやばい!揺らさないように速やかに走れ!
なんとか火を絶やさないまま無事キャンプ地にまで戻ってきた。
整地した時にどかした石をサークル状に並べ直し松明を横たえた。新たに燃料を集める。なんとかなったぜ。そうこうしていると日もだいぶ傾いてきた。これは今日の食材探しは時間がないな…。貴重なスナック菓子や日本土産と思しき饅頭など少しだけ食べよう。
すっかり日も落ち、木々の間から見える空には月も出ていた。細く綺麗な三日月だった。森の夜は、樹々の葉がまだらに空を覆い隠し月明かりもあまり届かない。焚き火の炎が照らすほんの少しの範囲より外は真っ暗で、暗闇に対する原始的な恐怖が心を犯していく。周りの茂みの向こうは闇が様々な濃淡で折り重なって容易には窺い知れない。そのさらに奥はまるで壁のように闇が黒一色であたりを取り囲んでいる。
腹は空いているし、水分は各ペットボトルに少量残るだけで、不安な気持ちが腹の底から湧いてくる。とても眠る気にはならない。実際眠気もないし、寝たら2度と目覚めないかもなんて考えている自分がいる。
俺は大きな木を背に、座り焚き火の炎をじっと見た。パチパチと炭が出す音以外には、湿度をはらんだ微風にざわめく木の葉の音が響く。
何かが、おかしい…?
俺はしばらく森の音に耳を傾けた。
今更気がついたが静かすぎる。森の夜がこんなにも静かなはずがない。虫の声ひとつ聞こえてこない。
そういえば昼間も鳥一匹見なかったし、木を登るトカゲや地を這う蛇も見かけていない。
ゴリラや狼や熊などの会いたくない動物にも運良く出会わなかった…。虫すら見ていない。
一日中大自然で行動して、ここまで生き物を見ないなんてことがあるだろうか。いくら生き残るために必死に準備を進めていたとはいえ「いた」なら気がつかないはずはない。不自然だ。
不穏な考えに気味の悪いものを感じながらふと空を見上げると、空を切り取った木の葉の間から三日月が見える。
2つの三日月が見えた。
「なん…なんだこれは…」
月が確かに2つある。信じがたい出来事に目を擦りながら立ち上がった。その時一際強い風が吹いて一瞬空が大きく開けた。
赤っぽく光る細い筋が見えた。
結局月は2つだけじゃなかった。
空には3つの三日月が浮かんだいる。
3つ目に見つけた三日月は、先の2つより離れたところにあった。気味が悪いことにその月は赤く、他の二つよりも倍は大きい。
心臓の音が大きく、早く聞こえている。体はこの事態に直面して震えが出てきた、汗も額から次々垂れてくる。何度瞬きしてみても目を擦ってみても、月は確かに3つある。地球上で月サイズの衛星が3つ見えるなんてことはあり得ない。
ここは、地球じゃない星なのか…?