19.奴隷じゃない、かも。その1
奴隷生活2日目
いよいよ俺の労働が始まった。
老若男女入り乱れての朝飯の後(大変美味しゅうございました)連れていかれた場所は林の端っこ、開墾の現場だ。30人ほどの奴隷の中の1人として俺も参加することになった。爺さんズは別の仕事らしくここにはいない。言葉も全くわかんないし、良くしてくれた人から離れるってのは不安だ。
俺が立つこちら側は人里方面、向こう側は静謐な雰囲気を見せる林だ。この林を開墾してここに畑でも作るのだろうか?
すでに数人が作業している姿が見えた。その中には奴隷ではない作業着姿で汗水流す人たちも10名ほど見える。
もしかしなくとも俺ら、遅れて来ちゃった?
すわ折檻かと全身の血の気が引いたが、作業着の人たちはこちらに気がつくと笑顔で声をかけて来て、早速各人に指示を出し始めた。現場監督兼作業員といった感じなのか?タカタナ君みたいな?
奴隷が遅れて来ても怒られない。俺は昨日から続く違和感をここでも感じた。奴隷があまりにも好待遇すぎる。俺たちはもしかして本当は奴隷じゃないのではないだろうか…?
俺は新入りとして現場監督兼作業員の人たちに軽く紹介され(多分紹介されたのだと思う)現場で仕事を与えられた。言葉ではなくダイナミックなジェスチャーで教えてくれたのだが、全くわからない。結局仕事が本格的にスタートしてから何をするのかがわかった。
伐採した木の運搬だ。10人と牛の様な家畜が3匹で1チームとなって、開墾の現場から切り倒した樹木を運び出す。すでに細かい枝は取り払われて丸裸の木ではあるが、太く、長い。まあ、あのジャングルの木々には敵わないが。
家畜はパワータイプ丸出しの筋肉モリモリだが、こちらは俺以外は皆普通のおっさんだ。大丈夫かなー、ダメだろうなー、と不安が湧き上がるのも仕方がないだろう。奴隷なのに腹が出てるとかどういう生活させてもらってんだよ…。
丸太は現場に大量にある。林の木々は次々切り倒され、すぐさま控えていた奴隷たちに枝を払われた後、丸太として仮置き場に追加される。運び役の7人は、この重労働に顔を歪ませながら額に、また全身に汗を滲ませた。丸太の下にコロ材を敷く3人もすでに汗だくだ。鞭が振るわれる音と家畜の上げる苦悶の声が開墾地に響く。丸太に括り付けられた縄を引く手には無数のマメができて、それが遠くない未来に潰れるだろうことがわかる。その縄を背負う肩には木の葉を重ね、なんとか縄の食い込みと摩擦からくる痛みを軽減しようと足掻く。効果のほどは、気休め程度だ。朝から何度となく開墾地と町の製材所を行き来し、チームと3匹の家畜は疲弊しきっていた。
じっとしていれば過ごしやすいここの気候も、一度仕事を始めれば暑いぐらいに感じる。体は熱を持ち、喉は乾きに張り付き水分を求める。されども労働は体に汗を流させる。
ふと、1人の年若い奴隷が足を止めた。突然棒立ちになりボーッと中空を見ている。それに気がついたすぐ後ろの奴隷が声をかける。
「おい!何突っ立ってんだっ!」
大声で注意したつもりだったが、体の疲労からか思っていたほどの声量は出せなかった。しかし家畜が苦しみの声を上げる中でも、その声はチームの全員に聞こえた。不意に上がったイラだたしげな声を不思議に思った奴隷たちは声の方を振り向く。そこには棒立ちになり空中の一点を見つめるジョンソン(12)がいた。
「どうしたん…!?」
どうしたんだとベテラン奴隷のニクソン(42)が声を掛けた。いや、掛けようとした。その時ジョンソンの鼻から二筋の血が流れ出した。つうっと流れ出た鼻血は、顎の先まで行くとポタポタと落ちて貫頭衣の胸を汚していく。
「おい!ジョンソン!大丈夫か!?」
「まずい!監督を呼んできてくれっ!」
「ばか、町の方が近い!すぐに休ませるんだ!!」
騒然とする現場。ジョンソン(12)はまだ少年といっていい年齢で先週からこの仕事を始めたばかりだった。ベテランの奴隷たちは彼にこの仕事はまだ早かったかと後悔しながらも、この突然のアクシデントに対応しようとした。
皆の中には1つの思いが去来していた。
1人減っては、今日の仕事は簡単には終わらないだろうと…
でも…
でも、魔道具「スルット・ス・ベール」があればこんな辛い労働も大・丈・夫!!
長くて重〜い丸太も、キャタピラー付き台車×2に乗せれば家畜の力と魔法の不思議で製材所まで楽々運べマース♡
って、ふざけんなよぉぉぉおっ!!!!
なんなんだこの異世界は!なんなんだこの奴隷の好待遇は!
急にゴツイキャタピラー付きの、台車を持って来たことにも驚いたけど、なんでまったく重さを感じず、こんなにスムーズに丸太が運べんだよっ!!丸太の重さどこいったんだよ!誰か説明してくれぇぇぇぇえっ!!!!
言葉わかんないけどぉぉぉぉぉぉお!
あんまりにもあんまりな事態に変な妄想で現実逃避しちまったよ。もう……
早く言葉をなんとかしないと魔法やらの不思議関連の知識が推測でしか積み重なっていかない。魔法だと思っているが、単に超小型のスーパーモーターが付いているだけの可能性もあるのだ。全く、神の野郎も異世界なんだから「翻訳」ぐらい付けといてくれよな(怒
俺は、製材所で丸太を下ろし乗せるものがなくなった「スルット・ス・ベール(俺が勝手にそう名付けた)」を引きずりながら頭の中で愚痴った。
この運搬用の道具はおそらく魔道具らしく、クソ重い丸太を10人でなんとか乗せた後(ここは人力)、奴隷の1人が手をかざし何か唱えると淡く光ったのだ。ナタマヤ翁の洗濯魔法『アターラ』とおんなじように。その後は家畜3匹がメインで運び、奴隷は方向をちょっと調整するだけ。俺たちは丸太の上げ下ろしとステアリング操作役だったのだ。町に入ってからは方向の調整が増えかなり気を使ったが、町の人が道を開けてくれるなど協力的で危なげない運搬だったと思う。
「スルット・ス・ベール」の衝撃のおかげで、「初めての町」という一大イベントが台無しだ。
丸太を運び込む製材所がある町はいわゆる、よくある、テンプレートの、異世界っぽい、欧州中世の街並みそのまんま。ヨーロッパに残る観光地的な街並みのものとは違い、建物は雑多で、年月を経ているのか建物の色彩もくすんでいるし、痛みも見て取れる。土がむき出しの道はガタガタだ。お世辞にも綺麗とは言えない街並みだ。それになにやら独特な匂いもする…。ただ、人々には活気がある。すれ違う人の表情も明るいし、商店と思われる店先は賑わっている。
町を行く人々の服装は、タカタナ君に代表される「作業場の監督者」よりも質素なものだった。デザインは簡素でシルエットも悪い。つぎはぎなんて当たり前。子供たちはどこもかしこも、何度となく直しているような服で元気に走り回っている。タカタナ君たちがいかに上流なのかがわかった。さらに言えば、俺が丘の上の大木にくくりつけられていた時に来た、馬に乗った偉いさん方、あの人らはきっと日本で言えば知事とかそう言うレベルの地位者だったのではと思われた。この辺の領主かなんだろうか。
意外と言うかやはりと言うか、町の人は皆、俺たちを見ても蔑むような視線を送ってこなかった。運搬しやすいよう道を開けてくれたり、子供たちは俺たちの周りでくっついて遊んだりした程だ。中には微妙な、判断に迷う視線を送ってきた人がいたが、結局俺たち奴隷を非難したりすることはなかった。また、製材所では全員水を一杯飲ませてもらった。ここでも俺は新入りとして紹介されて、親方みたいな人に笑顔で背中をバシバシ叩かれた。タカタナ君にもやられたが「キミ、期待してるよ」ってことで良いのかな?
魔道具に気持ちをだいぶ持っていかれたが、町に入って気がついたことがある。それは、靴だ。
男も女も、老いも若きも、皆靴を履いていたのだ。
そして、奴隷は靴を履いてはならないのだろう。
だからサンダルだ。
逆に町人にサンダル姿は1人もいなかった。
この国は、服装と履物で身分を明確にする制度らしい。
魔道具を引いて帰る道中、前方に丸太を運ぶ一団が見えた。もう2チームのうちのどちらかだろうか。前を歩くチームメイトらは気にした様子もなく談笑しながらダラダラ歩いている。正直サボるための牛歩作戦だと思う。どうもこいつら奴隷たちはヌルい。かなりの好待遇に世の中舐めきっている。なんなら、街で見かけた痩せた子供達の方が、よほど大変な生活を送っていそうだった。奴隷と町人の逆転現象が起こっているように感じる。
考え事をしてながら歩いていると、馬の鳴き声が聞こえた。うまの鳴き声?牛じゃなくて?っと意外に思って、考え事で下がっていた視線をあげると、先ほど見えたチームがすぐ向こうに見えた。しかし、どうも様子がおかしい。目を凝らして見てみる。
全員、体のいたるところから、血を流しながら丸太を運んでいる光景が、見えた。
鞭が振るわれた。何かが飛び散った様に見えた。馬上の男が恐ろしい形相で何か怒鳴っている。鞭を振るわれた誰かは膝をつくように崩れた。また馬上の男が何か怒鳴ったようだ。彼は鞭を振り上げ、力任せにそれを振るった。誰かは鞭が打ち付けられた衝撃に仰け反り、遂にうつ伏せに倒れた。鞭を振るった男は忌々しげに唾を吐き、さらに何事かを吐き捨てるように言ったように見える。その眼はどこまでも冷え切っていて、とても「人」を見る様な感情を灯していなかった。モノを、取り扱いに困る「お荷物」を見る眼。あんな眼を、俺はいままで見たことがない。
俺はチームの仲間によって腕を引っ張られた。ハッと我に帰ると俺は立ち止まってしまっていらたらしい。身体中汗びっしょりだった。目の前の光景があまりにも衝撃的すぎた。気がつくと馬上の男が怒鳴る声や、チームのみんなが雑談する声、鳥の鳴き声、馬のいななきが聞こえてきた。音が戻ってきた。奴隷達の風貌と目の前で暴力が振るわれた現場を見て、そのあまりの恐ろしさに意識が飛びかけていたのか。
前方で丸太を運んでいた奴隷達は、一目見て「奴隷」だった。
痩せこけた顔、細く筋張った手足には痣や傷跡が見える。血と汚れがこびりついた衣服。虚ろで生気を感じない眼。半開きの唇。曲がった背中。ボロボロのサンダル。そこに彼らをいたぶる、馬に乗った身なりの良い男。
その全てが、彼らが「奴隷」であると圧倒的な負の雰囲気で世界に示していた。
俺は、怖かった。今見た暴力の現場も勿論だが、それを全く気にかけないで楽しげに話すチームのみんなも、怖かった。嫌な汗が体を伝っていく。
俺は手を引かれ歩かされた。どんどん「現場」に近づいて行ってしまう。鞭の男はまだ何か怒鳴っている。内容はわからないが、きっと理解できれば耳を塞ぎたくなる様な事を言っているのだろう。がなる表情は般若の様だ。俺の足取りは重いが、チームの歩みも元々遅く、遅れてしまうほどではない。近づくにつれ呼吸が深くできなくなる。俺の手を引く中年といって良い男は心配そうな顔を俺に向けている。
なぜその表情を彼らに向けられないんだ。今鞭で打ち据えられるその前から、暴力に晒されてきたであろう彼らに。
いよいよ遂にすれ違う段になって、チームの1人が馬上の男に声を掛けた。
俺は心臓を誰かに殴られた様な気がした。嫌な汗が一気に噴き出してきた。胸が苦しい。
やめろ。やめてくれ。ここは通り過ぎよう!!
俺はあんな風に鞭で叩きのめされたくない!怜悧な視線で刺されて、ゴミの様に扱われたくないっ!
自分は奴隷になったのだと、そう自覚していたが、あんな風に貶められたくない…。嫌だっ!俺は訳もわからずここに飛ばされて……ただ、帰りたいだけなんだっ!!
俺もどこかでナメていたんだろう。奴隷の好待遇が行き過ぎているから。でも、目の前には奴隷はかくあるべしという世界が広がっている。それを突きつけられた。唐突に。
頭の上から声が聞こえた。俺は手を強く握りしめ顔をしかめて地面を見た。馬上の男の顔が見れない…。体が震える。なぜかさっきから空気が薄い。視界の端で誰かが弱々しく起き上がろうとしていた。虚ろな目で、顔から血を流しながら。
音が、頭上の声が遠のいていく。
視界が急に狭くなって―――
いつのまにか地面がすぐそこに、目の前にあった。
気がつくと室内で横になっていた。
周りからは人の呼吸する音が聞こえる。視線の先は天井。急速に状況を理解する。俺は倒れたのだ。あの光景を目の当たりにして、平和な日本で画面越しの作り物の暴力しか見てこなかった俺にとって、あれは初めて触れる本物の暴力だった。あまりの生々しさと、それが自分に降りかかるかもしれない恐怖に気を失ってしまったのだろう…。とにかく深呼吸をしてみる。
深呼吸をしながら考える。俺は今何か敷いてある上に寝かされている。ここは…男性寮か?体を動かして見ても痛みはない。額に違和感があるが、倒れた時に打ったのだろう。体をゆっくり起こしてみる。やはり痛みはない。体をチェックしてみても鞭で殴られた様な傷はない。
「アリ&た%+€シサ」
声を掛けられて驚いて振り向くと、アウガ爺さんが気遣う様にこちらを見ていた。さらに二言三言と何か言われたが、俺を心配している風だった。俺はそれに答えられない。言葉が分かっていても答えられただろうか。目の当たりにした奴隷達の酷い扱い。かたや、その差を気にも留めない優遇される俺たち。
なんだか良くわからない感情が込み上げてきた。
アウガ爺さんは俺の体を隅々まで確認しながら心配してくれている。この心のモヤモヤはともかく、あまり人に心配させるもんじゃないとは思う。俺はアウガ爺さんに応えるべく立ち上がり、軽く跳ねた後少し考えて、「大丈夫だ」と言う意味を込めてフロント・ダブル・バイセップスを見せつけた。
アウガ爺さんがさらに心配そうな顔になった…。
2人、微妙な空気で見つめあっていると、開けっ放しの入り口から男の声が聞こえた。
振り返ると、馬上で鞭を振るったあの男がいた。
男は申し訳なさそうな顔で俺に謝ったのだろうか、頭を少し下げて何か言って、そのまま馬に跨り去っていった。その腰には鞭がまとめられていた。
俺は謝られている最中、また呼吸が浅くなって、音が遠くなる感覚に襲われた。体の震えもあった。それを見たのかアウガ爺さんは室内に俺を戻そうと腕を引いた。
俺はとっさに腕を振り払った。
このまま休んでいては役立たずだと思われてしまうかもしれない。俺たちとあの暴行を受けた奴隷達は、おそらく何か理由があって違う境遇にいる。しかしそれは今この時だけかも知れない。俺が満足に仕事もできない上に言葉も理解できないとすれば「使えないやつ」と判断され、あの奴隷達と同じ扱いを受ける様になることは想像に難くない。
彼らには悪いが、俺には何の力もない。物語の主人公の様にチートを授かったわけでもない。彼らを助け出せる訳ではない…
でも、申し訳ないが俺は、あんな扱いを受けたくない。
そう心が決まれば、やることは1つ。彼らを見て見ぬ振りをする罪悪感はあるが、俺には愛する妹の元へ帰らなきゃいけないという使命がある。必死に次々とポーズを決めアウガ爺さんにアピールする。俺は出来る!仕事に戻らせてくれ!!
俺の根気勝ちだろう。渾身のモスト・マスキュラーが決まった時、アウガ爺さんは疲れた表情で手を引いて、寮とは反対の方へ俺を連れていった。
連れていかれた場所は昨日の建設現場の横、すでに完成している倉庫だ。そこでは建物内の片付けをしている様だった。俺に与えられた仕事は重いものの運搬。大きな甕や何か入っているの木製の箱を、ペアになった男について行って移動させる。倉庫内は壊れた農具やら欠けた壺、引き出しの足りないタンスの様な収納器具が乱雑に置かれ、建物の広さを十分に使えていないようだ。
途中お昼ご飯(倉庫で食べた)を挟みながら倉庫内の片付けを続ける。俺はこの中で最もよく働いている自信がある。重いものを自慢の体格を活かして率先して動かし、背負子の様なものを使って、2階へ一気に大量のものを運んだ。それも何度となく、だ。仕事をしながら観察してわかったことだが、奴隷達は「整理整頓」と言う言葉を知らないのか、片付けはかなり雑。モノをはじっこに押し込んで、うず高く積み重ねて、スペースを作るということしかできない。そこで俺はティンと来た。ならばこの俺が!お片づけの真髄を見せつけてやろうっ!とな。
それからは怒涛のお片づけだった。
壺やら甕やら、種類が同じものをひとまとめに。タンスや木箱など収納家具は中に細かいものを、もちろんわかりやすい様種類別に分けて入れた。棒状のものは束ねて置いた。なんに使うのか長短様々、太さもバラバラな縄は8の字巻きで、後の使いやすさも考えてまとめた。さらには中のどこに何を置いたかも必死に記憶した。字を書いたメモを貼っておくなんてことができないから、この記憶はいつか役にたつだろう。他の人が移動しちゃったらわかんないけど…。
気がつくと日が傾いていた。一緒に倉庫整理をした奴隷達は、俺の仕事ぶりにいたく感心してくれた様で、皆笑顔で話しかけてくれる。1人は体についた埃を払ってくれたり、また別の人が水を持ってきてくれたりと大人気になった。
思えば、ここの奴隷達は仕事が遅くその質も低い。朝寝坊したり、くっちゃべりながらダラダラ歩いたり、片付けといえば高く積むか端に寄せる、だ。たった1日一緒にいただけでこれだけの体たらくを見せられた。きっと今までもこうだったんだろう。この環境で、日本人的な真面目さと几帳面さを発揮すれば「あの」奴隷達の様な扱いは受けないんじゃないか?しかも、今日みたいに仲間に喜んでもらえるし…。
これだ。これしかない。
俺は誰よりもよく働いて、奴隷の仲間達の中で信頼を勝ち取る。そしてタカタナ君達の様な町の身なりの良い人等に覚えをめでたくしてゆくのだっ。その間にも言葉の勉強は必須だ。ネイティブを目指すべきだ。信頼と言葉を勝ち取り、沙奈の元へ帰る手がかりを探すのだ。特に魔法関連、期待が持てる!今のところこれしか道はない。
晩御飯でも人気ぶりは続いた。ちなみに今朝は爺さんズと3人で飯を食べたが、今は10人以上で食卓を囲んでいる。爺さんズと倉庫掃除メンバーに加えて、丸太運びのメンバーも4人ほどいる。心配してくれていた様だ。
食卓は非常に賑やかだ。みんな笑顔で晩飯を頬張る。大声で話しながら、大げさな身振りで俺が倒れた様子を話しているっぽいヤツ。また別の奴隷達は、俺が大きな甕を持ち上げる様をモノマネしている。爺さんズの表情も柔らかい。
アウガ爺さんと目が合うと、爺さんは大きく胸を張って両腕の力こぶを強調するポーズを取った。フロント・ダブル・バイセップスだ。他のポーズも次々と決めていく。だいぶ間違っているが、俺の目を見ながら声もかけながらポーズを決めるので…
「え?やって見せろって?」
と聞いてみると、アウガ爺さんは頷いて手招きした。なんか言葉通じちゃったよ、と思いながらも俺は立ち上がった。貫頭衣を腰元に巻きつけて(お宝が見えない様に注意深く)、そして本当のフロント・ダブル・バイセップスを見せつけたっ。アウガ爺さんのとは違う、分厚い筋肉と深いカットが衆目を集めるっ。
とんでもなく盛り上がった。主に男衆に。
その後、みんなで風呂に入って、タバコを吸った。寮に戻れば酒樽が3つ置いてあった。歓迎会と比べてだいぶ少ないが、普段から酒が出ているらしい。今夜のワインは不純物が多いから歯でこしながらコップ一杯
をいただいて、早々に眠りについた。
「お兄ちゃんは、豚よ!」
沙奈が鞭を振るう。初心者にも扱いやすいバラ鞭だ。
「いいや、やっぱり猿よ!!女の人の薄着ばっかり見て鼻の下伸ばして!」
誤解だ。まだ1人しか見てない。
「言い訳しないのっ!」
鞭が振るわれるが俺には当たらない様床に打ち付けている。あと、心を読むのはやめて。
「まったく…私というものがありながらスケベなんだから…」
沙奈は満足したのか、女王さまスタイルから普段着に着替えながらぶつくさ愚痴っている。周りを見るとここは男性寮らしい。つまり夢か。久しぶりに見る沙奈の顔に俺は少しほっこりしつつ、一応着替えが誰かに見られないか心配になり声をかける。
「チャキチャキ着替えなよ」
「網タイツが脱ぎづらいよぉ…」
周りに人がいないことを確認したが、外から人の話し声が聞こえてきた。その声は複数人の話し声の様だ。子供っぽい甲高い声が数人分聞こえる――
目が覚めた。周りでは沢山の寝息やいびきが聞こえる。窓から日が入り込んではおらず、まだ起きるには早い時間だとうかがえる。しかし、外からは子供達が喋る様な声が聞こえてくる。
(こんな暗いうちに子供の声…?)
俺はその声が気になって窓際まで移動してみた。周りの人を起こさない様気をつけて、窓に取り付けられた日除けの板を跳ねあげた。
ゴトッと鈍い音がして甕が横倒しになった。窓を開けた先にいた子供が、運んでいたらしい甕を落とした様だ。俺にびっくりして…。俺のせいで落としたんですよね。わかります…。
甕からは液体がこぼれ、土に染み込んでいく。周りの子供達も驚いた表情でこちらを見ている。
完全に俺が悪い。もっとゆっくり開けたかったんだけど、意外と動きが渋くて…
「&¥ナ/:*€」
声がした方に視線を向けると、ターラさんが腕を組んでこちらを睨んでいた。
女性の奴隷たちは朝、水源から水を組んで調理場にある大甕に移している、という事らしい。発展途上国では学校が20km先で子供達は日の出前から出発する、みたいな世界がここにはあった。
20名ほどが作業に当たっていた。下は小学生ぐらいの少女から、上は二十歳前後のおねいさんまでが参加していた。皆小さな甕を抱えているが…これ何往復するつもりだ?こんな日の出前から…。
調理場の甕は馬鹿でかい。それに対して彼女らが持っている甕は小さい。そりゃそうだ。水をいっぱい入れた甕はクソ重たいもん。女性の細腕で持てる重さは相場が知れている。しかも多分、水源は近くない。少なくとも、初日のツアーで案内された範囲にはなかった。重いものを長時間運ぶなんて彼女達には重労働すぎる。いくら人数をかけて行っても、日が出る前から水汲みしないと朝ごはんの調理までに間に合わないという寸法だ。
俺は倒れて空になってしまった甕を持って考えた。ちなみに、驚かせてしまった子には土下座した。あの子、ターラさんの後ろで怯えてたなぁ…。
さて、俺の有用性を示す機会が早速やってきた。俺は昨日片付けた倉庫へと走った。後ろからターラさんの咎める様な声が聞こえたが、俺がすることを見てもらえればきっと見直してくれるはずだ。
倉庫では、太い棒、縄、大きな甕を2つゲット。棒の両端に縄で甕をくくりつけ、いざ出発。
この甕、意外と軽いなぁ。何で出来てんだ?
いざ「大量の水を一度に運んで頼れる男大作戦」の開始だ!
炊事場に向かうと女性たちにすごい怯えられたが、ターラさんは俺がどうしたいのかわかった様だ。腕を組んだまま顎をしゃくって「ついて来い」のジェスチャー。でも目は怒ったままだった。あの目は元からなのかな?
水源は寮から徒歩20分程だった。と、遠いい…。でも甕は2個も担いでいるのに軽々だった。もしやこれも魔道具か?
そこは林の中の獣道を歩いた先にあった。あの森の湖に似ているが神聖な雰囲気は無い。鬱蒼と茂った木々の間にありむしろ不気味だ。大勢で水汲みをしている理由は、本当は怖いからなんじゃなかろうかと疑ってしまうぐらいに。俺は持ってきた甕から縄を外し、小さい甕で水を汲んで行った。小さい子らは、道中で俺に慣れたのか手伝ってくれた。かわいい。
子供たちは皆、服装も髪型も一緒で性別がわかりづらいが、男女ともにいるらしい。ある一定の年齢になると男は男子寮に移されるという感じかも。
しかし、水が貯まらない。見かねたおねいさん方もついに手伝ってくれたが、腰が引けてるのはご愛嬌。
なんとも…埒があかない。水が全く貯まらない…。子供たちは水汲みに飽きた様だ。
よし、大きい甕を直接貯水池に入れよう。この甕軽いし、多分魔道具だしなんとかなるかも。
甕をザブンと池に入れる。水を3分の1ほど入れて引き上げてみる。おお、意外といけそうだ。ならば2分の1は…ちょっと重くなったがまだまだいけそう。みんなから歓声が上がる。では、満水まで入れて、引き上げ、げっげっげっ…
重い!
満水はまずかったか!?
しかし、ここでヘタレては女性陣に合わせる顔がないっ。気合い入れろ俺っ!でも腰には気をつけろっ!!
「っ…!っだあぁぁぁぁぁあ!!」
全身に力を入れて一気呵成に引き上げる!意外といけた!?
ズシンと地面に降ろすと、女性陣から感嘆の声が上がった。ふー、何とかなった。ふと、ターラさんが目を丸くした表情が目に入った。
甕2つを満水にし炊事場まで戻った。肩が痛いのなんの。担ぐいの棒がものすごい食い込み。なんとか炊事場の大甕に水を入れると、役3分の1ほど水が溜まった。あと2往復すれば仕事は完了というわけだ。
あと2往復かぁ…(泣)
甕を吊るす棒をもう一本増やし、両肩に荷重をかけられる様にしたところ、バランスが取りやすくなり移動速度も上がった。そのお陰か日が昇るだいぶ前に水汲みは終わった。
しかし1つ問題が。
水が汚い…。
運搬用の甕を洗わずに使ったせいか、中に溜まっていたホコリやらが水面に色々浮いている。やらかしてしまった。みんなの顔が微妙な表情になる。
俺は慌てた。やばい、このままではただぬか喜びさせたマッチョ認定されてしまう。どうすればいいっ!力自慢しにきただけのウザ男として、しばらくヒソヒソ話されちまうぞ。もう3往復する時間はない!考えろ、俺ー!
あっ!…ティンと来た。
「アターラ」だ!あの魔法なら汚れを光分解してくれるはずっ。誰かー!お客様の中で魔法使いの方はいらっしゃいますかー!具体的には「アターラ」使える人いませんかー!
周りを見渡しながら「アターラ。アターラ(小声)」と言っていると、ターラさんが歩み出てきた。
ぶすっとした表情で俺の顔を見た後、大甕に両手をかざすターラさん。
「アターラ…」
変化は劇的だった。大甕全体が淡く光り、枯葉や埃などの不純物が光の粒子となって空中に登って行く。風呂場でナタマヤ翁が見せてくれたモノとは規模が違うのか、調理場全体が優しい光で照らし出された。
目を閉じ、引き締まった表情で大甕に両手をかざすターラさんは、なんかこう…神秘的だった。もし、風呂場ではなくここで最初にターラさんの「アターラ」を見ていたら、もう一度!などと言わずに魔法であると認められただろう。それぐらい不思議と神秘に溢れた光景だった。
あと、呪文を唱えるターラさんの声はとても綺麗だった。
光が小さくなっていく。ターラさんは額に汗を滲ませていた。周りで見守っていた女性陣たちがターラさんに声をかけている。皆笑顔だった。ターラさんも。
調理場からの帰り道、子供達や女性陣におそらくお礼の言葉だろう「サラマータ」と何度も声をかけられた。笑顔とともに。
俺も良くわからないが「サラマータ!」と返してみるとみんなキョトンとした後クスクス笑っていた。決して悪い笑い方じゃなかった。
なんか、今までにない和やかな雰囲気だ…
こうして水汲みの仕事が俺の朝の日課となった。




