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とにかく俺は帰りたい!  作者: やま
第2章
18/24

18.間者じゃない、かも。

私生活でてんやわんやしておりました。休職とか弁護士とか…

 お爺ちゃんと怖いちゃんねーの、奴隷施設案内ターイム!

 イェーイ!!


 …というわけで転校生よろしく施設案内をしていただいております。…なんか妙にサービスが行き届いている気がする。

 まず一番目立つ2つの大きな平屋。どちらも木造のようだ。入り口の引き戸を開けると、とにかくでかい部屋があるだけ。そんだけ。イメージで言えば「道場」見たいな感じ。履物を脱ぐ土間以外は、木の床があるだけ。そこに数人がマット的なものを敷いて寝転がっている。病人か?とも思ったが、実に気持ちよさそうに高いびきをかいているので、多分ヤツらは健康。他にも、こちらに気がついてあわてて腰を浮かしかけた男が数人いたが、アウガ爺さんが何か声をかけて落ち着かせていた。結果から言えば大きな平屋は男性寮と女性寮だった。もう片方の建物には女性しかおらず、俺もアウガ爺さんも土間にすら入れもらえず、中を少し覗いただけ。アウガ爺さんの残念そうな顔と、むしろ爺さんの方を警戒していたターラさんの態度が印象的だった。

 次に見せてもらったところは炊事場だった。昼ご飯の支度を始めるタイミングだったようで人が多く、俺はかなり悪い注目を集めてしまった。アウガ爺さんとターラさんが説明してなだめているが、小さな混乱が起きてしまった。2人が説明している間、俺はなるべく離れ炊事場の観察をしていた。なんだか最近、遠くのものがよく見えるの。森の生活で視力が上がったかな?

 炊事場は三方を土壁のような壁で囲んだ作りをしている。シャッターが開いたガレージみたい。屋根は木造で土壁とはわずかな隙間を開けて柱のみで接している。あの隙間はおそらく換気用だな。中はどでかい木製の流し場が中央にあり、右の壁際にこれまたどでかい大きなかまどが5個並んでいる。炭が敷き詰められたU字溝はもしかして炭火焼用?外にも作業台が置かれており大量の野菜と思しき食材と肉の塊がスタンバイされていた。

 なんとか食事係の人達に説明を終えた2人が、何やら喋りながら疲れた顔で俺の方へ歩いていた。俺は申し訳ない気持ちになり頭を下げた。2人は驚いた顔をして、アウガ爺さんは俺の肩に手を置き、ターラさんは腕を組みそっぽを向いてしまった。心なしか顔が赤い。ターラさんが腕を組むことで、胸の膨らみがものすごい強調され俺の元気は120%回復した。



 ついに連れていかれた「労働」の場。男女の寮とは違った2階建ての大きな建物の建設現場だ。柱と屋根は形になっており、いわゆる棟上げした状態だ。周りには同じようなサイズの建物がもう三棟ある。こちらは倉庫として農作物や作業のための道具をしまっておく建物らしい。俺の奴隷生活がここから始まるんだと、びしばし叩かれて大声で怒鳴られて…と恐怖に震えていると。シャツにベストを着た男が小走りに近づいてきた。あ…アレはおそらく最初の槍の人だ。



 タカタナという名前らしい。歳の頃は二十歳になったかどうかといったイケメン青年だった。肩をバシバシ叩かれたり、あの時の恐怖の表情からは想像できないような笑顔で話しかけられたりした。アウガ爺さんやターラさんにも明るい調子で何事か話しかけている。作業を続けている周りの奴隷達も、俺を見ても表情を崩していないように見える。タカタナくんと同じような服装をした男がほかに4人いるが、手元の板を見ながら奴隷達に指示を出したり作業を手伝ったりしている。もしかしてタカタナくんと4人の仲間達はここの現場監督みたいな立場なのかもしれない。しかもタカタナくんが総監督っぽい。奴隷やタカタナ君と服装の似た男達にも指示を出しているし。

 角材に鉋をかけている奴隷。鑿と玄翁でホゾ穴を掘る奴隷。2人掛かりで大きな丸太に鋸で切れ目を入れる奴隷。様々な作業の横を興味深く通った。俺はこういう「職人の道具」が大好きだ。何を隠そう、元の世界では俺も一角の職人として飯を食っていたのだ!ちなみに道具のほとんどは西洋のタイプだった。

 しばらくすると、角材が綺麗に揃えて積まれているところでタカタナくんの足が止まった。タカタナくんは近くで作業していた奴隷に声をかけ呼び寄せる。タカタナくんより頭一つ背の高い、俺の身長に近い190センチほどの身長の奴隷だ。奴隷はタカタナくんの話を頷きながら聞いている。アウガ爺さんは俺の方を見て何かを抱えるようなジェスチャーをして「バテトー」と言って先ほどの建設現場を指差した。


 何を言っているかはわからないが、多分角材の運搬が俺の仕事ということで間違いないだろう。運搬が遅かったり、角材を落としたりすれば、「今は」「まだ」笑顔のタカタナくんやほかの監督者達に折檻され、立場だけでなく肉体と精神をも「奴隷」のソレにされてしまうのだ…。ミスはできないぞ。呼ばれた奴隷と2人で角材の両端を抱える。そして力を入れて持ち上げる。そのまま建設中の建物の近く、タカタナくんが立つ枕木が置かれた地点まで運ぶ。

 軽い…そして、近い…

 角材は20本程しかなかったのに、僅か3本運んだら作業は切り上げだった。タカタナくんは実に満足げな表情で俺の方をバシバシ叩いた。失敗はしまいと緊張していたので全く拍子抜けだった。

 その後ももう2箇所ほど「お手伝い」をした。お昼ご飯も施設案内ツアーの時に3人でいただいた。一汁三菜、大変美味しゅうござました。



 もう何箇所目かわからなくなるほど案内され、次にたどり着いた場所は、トイレだった。異世界に飛ばされて以来「自然に返す」事しかしてこなかった俺にとって文明のトイレに触れられるという事は、「他人の作った食事」並みに心踊る事だった。ちなみに、なぜトイレへの案内だとわかったかと言うと、アウガ爺さんがターラさんに「立ち○ョン」のジェスチャーをした後、とある建物へ向かってややは足で歩き出したからだ。ちなみにちなみに、アウガ爺さんはやたら短い裾の筒型衣を着ており、ノーパンだ。俺に体を洗う事を教えてくれた時に、はみ出してんのが丸見えだったから知ってたけど…見間違えであって欲しかった。


 トイレは…

 T○T○だった。便座カバーと便座が自動で開いて、壁にはコントローラーまで付いていた。文字は読めないがビデとお尻のボタンもあるようだ…。


 は?


 アウガ爺さんの「生座り○ョン付き使い方実演」にも「は?(怒)」と思ったがそんなことはどうでもいい。

 何故、タンクレスシャワートイレが、異世界に…?しかもあのメーカーロゴは微妙にフォントが違うように見えるが、俺の世界の俺が知るあの大手メーカーのモノと酷似している。てか、音姫付いたんなら使えよ爺さん。いや、違う。そもそも実演はいらねぇだろ。ターラさんのビデ実演の方が必要だろ?




 そんなこんなで日没になり、施設案内は終わった。ターラさんは女子寮に帰り、アウガ爺さんと俺は男子寮へ。中には大勢の人がいることがわかる喧騒が聞こえてくる。

 途端に緊張が心臓から全身に広がっていく…。人見知りとかじゃない。俺は何故が怯えられ、敵視される存在だ。しかも奴隷の新入り。どんなひどい扱いを受けるのか全くわからない。これは緊張と言うより「恐怖」かも知れない。

 寮の引き戸をアウガ爺さんが開けると、さっきまで外にまで漏れていた話し声や人が活動する音が、全て消えた。そして大勢の男の視線が俺に集まった。

 床にあぐらをかいていた者の見上げる視線。仲間で話していたのだろう、ボディランゲージが残ったまま壁際で話していた者の視線。立ち上がるところだったのか座るところだったのか、中腰のまま固まった体から送られる視線。時が止まったかのように静まり返った広い室内に、背後から冷たい手で心臓をわしづかみにされたような恐ろしさを感じた。大勢の人、その訝しみ怖れる視線が俺を射抜いている…




「ヤ・ナ・ギ・サ・ワ!!!」

 突如アウガ爺さんの大声が室内に響いた。間近でその声を聞いた俺はあまりの驚きに飛び上がって「きゃっ」と声を上げてしまったほどだ。入り口近くの人たちも体を引いて驚いている。アウガ爺さんは室内を見渡し


「ヒ*#イ%スズヤナギサワ。=ウワバー%×ィーイイ」

 とよく通る落ち着いた声で言った。

 言葉もよく聞き取れないし、意味なんて全くわからないが、その言葉を聞いた奴隷たちの目つきが変わったのがわかった。訝しむような目が「ヒト」を見る目に変わったように感じた。そして雑談する声や人が生活する音が戻ってきた。


 アウガ爺さんはサンダルを脱ぎ室内に上がる。俺もスニーカーを脱いで室内に上がる。土間の横には靴棚があるが一足分が異様に細い。そこに奴隷たちが履くサンダルがギュムと詰め込まれている。当然俺のスニーカーは片方すら入らない。どうしよう。棚の上に置いておこうかな…。すると視界に横からにゅっと何かがフレームイン。アウガ爺さんがサンダルを差し出してきた。爺さんのサンダルをしまえってか?と思ったが、どうやら俺のためのサンダルを持ってきてくれたらしい。俺はありがたくそれを受け取って、細く、もはや溝と言った方が良い棚にサンダルを入れる。よく潰して、なるべくぺしゃんこにして差し込んだ。背中にはみんなの視線が刺さる。サンダルしまうことがそんなに珍しいのか?

 サンダルをしまい終えると、アウガ爺さんは俺をひとりの爺さんの前に連れて行った。爺さんから爺さんへ、爺さんの連鎖である。爺さんの周りには40歳か50歳かと言った男たちが7人固まって座っていた。俺の異世界転移はいつになったら女性とキャッキャウフフな展開にらなるのだろう…。

 第二の爺さんはナタマヤといった。俺はナタマヤ翁から、樹脂製に見えるカップを渡された。トイレに続き謎の技術力に驚いていると、周りにいた男の1人がすかさず渡されたカップに赤黒い液体を注いだ。色と香りからワインであることがわかる。俺は周りから注がれる視線に気がついた。「飲め」と言うことだろう。おそらく奴隷たちの新人歓迎の儀式といったところだろう。俺は、ナタマヤ翁とアウガ爺さんとワインを注いでくれたおっさんに笑顔で頭を下げ、ワインを一気に流し込んだ。今まさに口内のワインを、久しぶりの酒だぁぁぁぁぁぁぁあ!!を飲み込もうとした瞬間、



「「「「うおおおおおおおおおおおおお――」」」」


 俺たちの動向を伺っていた周りの奴隷たち全員がが、まるで爆発したかのような大音量の歓声を上げた。座ってこちらに視線を送っていた者は皆立ち上がり両手を上げ、元から立っていた者らは飛び上がって喜んでいる。何事かとびっくりして吐き出しそうになったワインをなんとか飲み込むと、寮の入口が開け放たれ、女達が大きな樽を次々と土間に運び入れ始めた。その樽を男達が奪い合うように室内に運んでいく。ある程度運び込まれた樽は、どこから取り出したのか木槌で次々と割開けられ、中に入っている大量のワインを直接カップに我先にとすくい、飲み始めた。

 つまりこれは…新人奴隷歓迎の宴の火蓋は、今切って落とされた!!と言うことかっ!?


 飲むわ飲むわの新人奴隷歓迎会。肝心の新人にはほとんど誰も興味は無いようで、皆酒を浴びるように飲んでいる。その中で俺に声をかけてくれたのは10人ほどだ。この扱いは、食事も次々運び込まれ宴会が加速した事が原因だと思いたい。ただ、俺の周りには誰もいない、なんてことはなく、樽に酒を取りに行っても誰も避けないし、食事を取りに行っても嫌な顔はされない。そんなに歓迎もしていないが、もう悪くも思ってないと言う感じ。それを感じて少し安心できた。


 ふと見ると男が窓の外に向かって何か話している。よく見れば外には女がいて、2人は1つのコップで酒を分け合い、食事は男が女に好みを聞いて取りに行っているようだ。ぐるりと室内を見渡すと、全ての窓にそんな光景が見えた。

 羨ましい…。


 そんなことを考えて酒のピッチを上げていると、爺さんズから名前を呼ばれ外に連れ出された。足のサイズが全然合わないサンダルを無理矢理履き(超小さい)爺さんズは愚か、玄関の周りで飲んでいた男達にも盛大に笑われた。これはこれで笑いが取れて良かったかも…。玄関の外では20人ほどの男女が地べたに座り酒盛りをしていた。羨ましい…。アウガ爺さんは尻をぽりぽり掻きながら、ナタマヤ翁は酒のせいか少しふらつきながら俺の前を行く。暗い夜道を行くが特に不安はない。ここで害される様なことは起きないはずだ。そう考えて付いて歩いた。


 あたりは真っ暗で、寮の窓から漏れる光もすぐに闇に飲まれた。しかし星明かりに目が慣れると足元に道が見え、その先には薄暗いがたしかに人工的な明かりを灯す建物が見える。そういえばなんで寮の中は明るかったんだろう?室内で火が焚かれていたわけでもないのに…。てか、あの建物は昼に案内されてないぞ?あ、なんか爽やかな匂い。湿った感じだけど…。

 とりとめのない考えに歩みを進めてついに到着。


 風呂だなこりゃ。なんだか風呂の香りがするもん。入口から覗く中には薄暗く明かりが灯っている。爺さんズは俺のことを番頭さんらしき人に説明しているが、どうやら番頭さんは奴隷ではないらしい。番頭はいかつい顔で俺の方を見やり、白い物を投げた。とっさに受け取ったそれは、丸められた手ぬぐい?タオル?だった。ごわごわしている。

 番頭さんの横を通り脱衣所?で服を脱ぐ。腰ほどの高さの台が部屋の壁に3段取り付けられており、そこに服を置く。全裸にサンダル姿とタオルを一丁といった具合でナタマヤ翁が奥の扉に手をかけた。扉は中腰にならないと通り抜けられないほど小さい。なぜあんな不便な入口なんだ?


 答えはすぐに判明した。

 ここは蒸し風呂だったのだ。


 むっとする室内、微動だにせずにひたすら座る。すぐに汗が吹き出てくる。その汗は肌を伝って次々滑り落ちていく。室内の熱気に呼吸が辛い。壁には窓が一切ない。蒸気や熱気をなるべく逃さないためだろう。出入り口が小さい理由も同様だ。中はぼんやり明るく蒸気が烟っている様子が見える。室内は学校の教室ぐらいのサイズ。意外とデカイ。しかし、部屋の四隅と真ん中に、脈動する様に赤黒く光る熱源、人の頭ほどもある不思議な岩石が積まれている。こいつらが場所取ってるせいで、また近づくとすげー熱いせいで、一度に10名程度しか入れなさそう。向こう側にも数人座ってじっとしている。顔が汗だくな様子がわかる。

 また、壁際には葉が付いたままの木の枝がたくさん置いてある。こいつがさわやかな香りの原因らしい。暑さに耐えかねたのか爺さんズは枝を持ち、お互いの体を葉で払う様に叩きあった。俺もそれに習い、枝を持ち体を払ってみる。あー…爽やかなかほりが…。しかし使いづらい。枝も長く葉もたくさん付いているので取り回しが悪い。そうこうしているとニコニコ顔の爺さんズが手伝ってくれた。


 しゃん。しゃんっ。しゃんっっ!


 枝葉が体に当たるたびに音がする。


 しゃぁんっ!しゃぁんっっ!じゃぁぁぁあんっっっ!!


 …ばっしばっし叩かれてるよ俺?

 じじい同士の微笑ましい枝の振り合いとは随分違うじゃないか。俺がノーリアクションなせいか、爺さんズはどんどん強く叩いてくる。その度に爽やかな香りに包まれる。片手持ちだった爺さんズは、両手持ちに持ち替えて渾身の力で叩いてくる。最終的には体全体で勢いをつけ始めた。叩かれる音も結構でかい。

 しかし、痛くない。まるで痛くないのだ。むしろきもちいい〜。マッサージ効果あるな、これ。


 爺さんズはのぼせた。



 のぼせたじじいを外に出していると、先に入っていた男の1人が、これまた樹脂製に見えるゆるく湾曲した平たい道具を持たせてくれた。これは多分、肌かき機というやつだ。ストリジルとか言った古代ローマの風呂で使われてた垢すりの道具だろう。肌かき機をくれた男は案の定、手足を擦り出して使い方をレクチャーしてくれた。


 …止まらない垢。いくら擦っても際限なく出てくる。そりゃそうだよな。3ヶ月もの間ジャングルで野人生活だったんだもの。垢が出ちゃう。だって野人だもん。それを見た男達は皆、ちょっと引いていた。だがまだまだ出る気がする。…ま、毎日コツコツ、すこしづつ垢すりしようっ!

 その後またいい匂いの出る枝で体を払ってもらって外に出た。

 そこには衝撃的な光景が広がっていた。



 じじい共煙草喫ってやがる―――



 もうやだ。なんなのここ。俺たち奴隷でしょ?どうなってんの!

 飯は一汁三菜だし、トイレはタンクレスシャワートイレ、酒は樽で出てくるし、風呂で体を清潔にできる。挙げ句の果てには煙草だと?

 鞭でしばかれたり足蹴にされたり血反吐吐くまでこき使われたりするんじゃないのかよ!!今日の労働=角材を2人で3本運ぶ。はぁ?一体どうなったんだ異世界!!

 とか考えながら3人で煙草吸った。


 体を拭いたごわごわタオルを3人分、くわえ煙草のナタマヤ翁が水を張った桶に入れて洗っている。俺のタオルはなんか黒ずんでいたからあの程度ではもうどうにもならない気がするが…。洗剤も何も入れてないし。

 しばらくじゃぶじゃぶもみ洗いし、ある程度汚れが落ちた。落ちたかな?落ちてないな…。桶の水には色々浮いていて水も少し濁っている様に見える。だいぶ汚くなった桶の水。ばっちい。タオルも、俺の汚れが2人のタオルに移ってしまったんじゃなかろうか…。

 するとナタマヤ翁は両手を、おっさんとじじい、計3人分のタオルの入った桶に向けた。さながら占い師が水晶に向けて未来を映せと言わんばかりに腕をゆらゆらとすると。


「アターラ」


 そう口にした。

 すると桶全体がぽわ〜ってな具合に少し明るく光った!?

 光が止むとそこには桶に入った澄んだ水と、真っ白になったタオルが3枚…。ナタマヤ翁は桶からタオルを取り出し、水気を絞り、番頭さんに返そうとして―――

 それを呆然と見つめていた俺は、はっとなり、とっさにタオルをナタマヤ翁から奪った。


 ありえない!

 足元の桶の水は飲めそうなぐらいの透明感で澄んでいるし、3枚のタオルは全て真っ白。俺の体を拭いて黒ずんだタオルがどれだったのかわからないぐらいだ…。ありえない…どうなったんだ?

 目の前の出来事に混乱していると、ナタマヤ翁は一枚のタオルで俺の体を擦り出した。そして未だに出てくる垢ごとタオルを桶に入れた。ナタマヤ翁はニヤリとして「アターラ」と桶に向けて唱えた。

 俺は床に這い蹲りその光景をしっかりと見た。汚れた水はみるみる澄んで行き、水面に浮いた垢は細かい光に包まれて消えていった。


 魔法に違いない。

 この異世界には魔法がある!

 照明がないにもかかわらず明るい室内、水とタオルの汚れがたちまち消えていく「アターラ」…。手品では説明がつかない。光りながら消えていく汚れ。これは物語によくある「生活魔法」に違いないっ!


 興奮する俺を爺さんズはドヤ顔で外へと連れ出し寮へ戻った。寮での宴会のボルテージは最高潮になっていた。俺は収まることを知らぬ興奮の波にざぶんと飲まれた。





 目が覚めた。いつのまにか寝ていたらしい。てか、昨日は盛りだくさん過ぎだよ。木の板で閉じられた窓から光が差し込んでいる。日の出とともに起きていた生活は、酒と言う魔物によっていとも容易く捻じ曲げられてしまった。ボヤッとする頭で周りを確認すると、とんでもない有様の部屋が目に映った。男達がそこかしこで折り重なるように眠っている。かと思えば、爺さま方は壁際で行儀正しく寝具を使って眠っている。昨晩の乱痴気騒ぎも年の功で引き際を見誤らなかったようだ。きっと、木の板を上げて部屋を明るくすれば、男どもの見たくない下半身がそこらじゅうでご開帳されているのだろう。奴隷はノーパン。それがここの文化らしい。目が薄暗さに慣れる前にトイレ行こーう。立ち上がると、先に起きていた数名の奴隷達も動き出した。酔いつぶれる男達を踏まないように、玄関まで移動する。

 外へ出ると目の前はトイレ。使用中のトイレは扉のところに赤い札が差し込んである。札は赤い面と緑の面があり、使うときには赤、使い終わったら緑の面を見えるようにするのだ。緑の札がかかっているトイレに入る。目の前の光景に改めて驚くが…新品かと思うほど綺麗なトイレだなぁ。用を足し外に出ると、一緒に外に出てきた男のうち2人がこちらをじっとりと見ていた。その視線はすぐに外されたがあのイヤな感じの視線は…?

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