14.森の管理者その1
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その森はただ「森」とだけ呼ばれる。
世界にはエルフが住まうボナールエの森や、ラタン帝国の北にある迷宮の森に代表される様な、名の通った森が数多くある。それらを差し置いて「森」と言えば世界中の老いも若きも誰もが一番に思い浮かべる森がある。
しかし世界は広い。日常生活の中で森といえば村のほど近くにある里山を指すだろう。行商人は今まさに通過しているその山を森と言うだろう。「森」だけでは呼称する不便が起こるので、その森はとある伝承から一般に「新しい森」とも呼ばれている。この名称もまた紛らわしいことこの上ないのだが。
「新しい森」が真に新しかった頃、森には管理者と位置付けられた意識体が設けられた。管理者は森を与えられ、その維持と管理を運命づけられた。産まれながらにしてその方法を理解しており、自分に与えられたテリトリーとその中のすべての要素を掌握していた。
管理者には物事を改善していく性質が与えられていた。管理をスタートして先ず、自分のテリトリーをより良いものとするべく、自分のテリトリーではない森をよく観察することから着手した。植物の分布、昆虫の役割、肉食獣の狩の方法…そして観察した結果を自分の森のそれと比較した。最も長寿な植物が2度芽を出しては枯れ落ちるまで観察・比較を続けた事でわかったことがある。
1.どこの森も全く同じであるということ。
分布地によっては気候の差があり植生や生き物の種類に差があるがそれた当たり前のこと。どこの森も自分のテリトリーと比べて「根本」から全て、何も違わなかった。
2.管理者は自分のみだということ。
管理者が設けられた時、そこにはすでにテリトリーとなる「森」があった。テリトリーの外にも広大な森が山々を超えどこまでも続いていた。しかしほかの森に管理者はいなかったし、とある範囲がテリトリーとして区切られている様なこともなかった。
管理者は疑問に思った。なぜここは維持と管理の必要があるのか。なぜ与えられたここだけがその対象なのか。他の森と比べてみても果たして自身の役割は必要なのか疑問だ。放って置いても「森」は森として働き続ける。森の中の生き物は、そうあるように生きて死ぬ。この疑問は管理者の改善を推し進める性質と結びつき、さらには自我と個性の発露につながっていった。
管理者は自分の「森」を他に類を見ない森に調整することを決意した。何処にも似ていない、まさに管理された「森」にするのだと。これが全ての森を代表する「森」の誕生につながっていった。
全ての生き物は「赦し」を与えられ、その生も死も次の生も永遠に約束された。森の中の別の種族への転生すら可能にした。森の内部は平等に造られ一定の距離に水場や大樹が配置された。地形の隆起や土壌の違いもすべてのモノに平等に与えられた。「森」とは環境の違う北方の地域の植物が生存できるように調整をした。一目でわかる差は「森」をより特別にした。そうして全ての要素を調整していった。「根本」から覆していったのだ。
「森」が手狭になれば隣接する敷地を取り込みテリトリーは拡大して行った。世界に二つと無い大きな湖を作るために、元々のテリトリーより数倍大きな敷地を取り込んだ。山頂が下界からは見えないような山脈を作るためにも広大な敷地を取り込み、それを隆起させた。雨季には増水、氾濫しあたり一面を水底に沈めるつづら折れする大河を、まるで地図に落書きでもするかのように創造していった。
「森」は豊かすぎるほど多様性に富み、また極めて平等に管理された。すべての生き物にはチャンスがあった。植物や昆虫に転生することも出来たし、植物達もまた生き物になれた。肉食獣の獲物になることもあるが、森の中でも一際目立つ巨木にもなれた。すべてのモノに意識がありそれらは魂で繋がり合っていた。そして己の生と死を謳歌していた。
どれぐらいの時が経ったのだろう。管理者は自身の森に一定の充足感を覚えていた。誰も彼もがその生命の巡りを楽しんでいることがわかったからだ。しかし管理者は十分だと思いこそすれ完璧だとは決して思っていなかった。そこで再びテリトリーの外に眼を向けた。あれから一体どのぐらいの時が経っているのかは興味がなかったが、多少の変化はあるだろうと期待して管理者は意識をテリトリーの外へ向けた。
残念ながら世界は全く変わっていなかった。「根本」は以前のままだし自身以外の管理者も未だに居なかった。しかし収穫はあった。以前には居なかった二足歩行の知的生命体が発現していたのだ。彼らは鳴き声を多様に使い分け、魂ではなく音で意思の疎通を図っていた。またその知的生命体の一部には、管理者権限の一部を掠め取り、物理的に不可能な事象を再現している者もいた。魂でのつながりの代わりに知能の獲得を優先したかのようなその生き物は、その後瞬く間に爆発的に増えて行った。その一方で、彼らは定期的にあい争い数を減らしていた。
再び世界中を見て回った管理者は新しく得た知見を早速自身のテリトリーに反映させる作業に没頭した。
悠久の時が流れて後、管理者は初めて他の管理者と出会った。それは「海」の管理者であった。
テリトリーの拡大はますます進み、その一端はついに海岸線へとたどり着いた。管理者は知識として海自体は知っていたが見ることも触れる事も初めてだった。とても想像力を掻き立てられ、自分のテリトリーである「森」がますます多様性に富んだ繁栄を歩むだろう未来が見えた。しかし森の管理者にはこの海をどのように作り変えれば、自分の森と同様に素晴らしい楽園にできるのか、その道筋が広大すぎてがわからなかった。手始めに川底に生える水草をこの大きな海に植えてみようと管理の手を伸ばした。
「異なる管理区画に侵入するのは何者か」
と誰何する声。水草を植えようと管理の手を伸ばした浜辺の先、波打ち際から1匹の魚が顔を出していた。その魚は体の右半分を透けるほどの白、体の左半分を光を潰すほどの黒であった。森の管理者は生まれてこのかた初めて他の管理者を感じた。
「この森の管理・維持を司る者だ」
「去ね。ここは海。貴様が触れていい場所ではない」
海の管理者は敵意とともにそう伝えた。音ではない意思の伝達だった。森の管理者は何故自分が敵意を向けられいるのかがわからなかった。
「海の管理者よ、私は私の森をより素晴らしいものにし続けなくてはならない。そのためには森であるだけでは不十分なのだ」
「貴様のくだらない考えの為にこの海を侵させはしない」
海の管理者はより強い敵意と強固な拒絶を伝えてきた。森の管理者は困惑した。何故こんなにも素晴らしいことを海の管理者は理解しないのかと。
「くだらなくはない。皆、素晴らしい生と死を謳歌している。全てが与えられ、また全てを欲することができる私の森は他のどの森よりも優れている。これを広く伝えていくにはさらなる進歩が必要なのだ。海を渡してはもらえまいか。」
帰ってきた返答は怒りだった。
「愚か者よ去れ。定められた『根本』に手を加えた愚を恥じよ。ことのついでに貴様が作った川なる出来損ないと海の接続も断ち切ろう。私はそんなものの流入を許した覚えはない」
そうして最初で最後の管理者同士の邂逅は終わりを迎え「森」の範囲は海に付属する浜との境界までと定められた。
森の管理者はなにが海の管理者を怒らせたのか理解できなかった。何故自身の森の素晴らしさを理解できないのかもわからなかった。そこで森の管理者は、海の管理者が己のテリトリーの中の生き物に扮して現れたことに着目した。この度の邂逅で得た物は森の管理者からすればそれぐらいだった。そして自身も森の生き物を模して、自分の森で過ごしてみることに決めた。
はじめに四足歩行の肉食獣の一生を体験した。あまりに短く一瞬の出来事だったが、今までにない様々な思考をし得た。次には昆虫として生きた。鳥に食べられて終わってしまったが、生きている間の全ての時間か敵との戦いだったような刺激的な生だった。また植物にもなった。陽の光や風の囁きを全神経で感じ、動物や昆虫達の営みがとても繊細にしかも間近で感じることができ、脳ある生き物とはまた違った時間を過ごすことができた。永い時間を使い、自身の森に住む全てに成り代わって体験した生と死によって、森の管理者はまた新しい視座を得た。その間に海とは違う森の外との接触もあった。
森の管理者のテリトリーではない他所の森から昆虫が侵入してきた。彼はすぐに死んでしまったが「森」の昆虫にはない毒を持っていた。「森」にはより強力な毒を持った動物・昆虫・植物が存在していたが「弱い毒」はなかった。何故こんな弱い毒を頼みにしているのか森の管理者は疑問に思った。生き物達の弱肉強食の世界というものが「森」にも当然あったが、それぞれが持つ生存戦略の武器となるものはどれも最上級のものばかりだった。平等な「森」は最弱の生き物でも条件さえ整えば最強に勝ち得るチャンスがあったのだ。森の管理者は「弱い毒」に次なる可能性を感じていた。
それからは他所にる「森」にはない生き物や植物を積極的に取り込んで行った。大きな山脈を動かし他所の森のと接触面を、生き物が行き来しやすいように変化させさえした。「森」にはいない弱い生き物達。しかし「森」の強い生き物にただただ捕食されるだけではない。偶然をチャンスに変え生き残り、順応する種も多数出現した。彼らは「森」で死ねば「根本」に帰りそれで終わるだけだが「森」の動植物は彼らの生と死もまた新しく享受した。管理者がテリトリーを特別なものに作り変え続けたが故、時間の流れに沿って自然と進化してきたものが真新しく見えたのだ。
同時期に初めて二足歩行の知的生命体・人間種が「森」に到達した。
彼らは同種・近似種での殺し合いの歴史に没頭していたが、殺した数に倍する子供もまた産んでいた。繁殖力が高く知能も伸び続けたため、多くの平野部に広がっていった。彼らは好奇心が旺盛で、ありとあらゆる場所を調査したがった。それは洞窟の中であったり、山の頂だったり、海の向こうだったり、森の奥だったりした。知能の高い彼らは、まるで恐るように未知を既知へと塗り替えていった。森の管理者からそれは世界を暴く行為にみえたが、自身との共通点とも感じていた。
好奇心旺盛な彼らの中でも特に才能を持った一団がわざわざ高い山脈を越えやってきた。たどり着いた彼らはこの「森」が今まで見てきた森とは全く違うモノであることに気がついた。彼らが「魔力」と呼ぶ力の密度が黒いほどに濃く、下生えの一本からすら人1人分以上の魔力を感じたからだ。そしてこの森に畏怖の念を抱いた。彼らはこの時代における勇者一行。世界の端のひとつとも言えるこの「森」に最初に到達した人類種であった。彼らはその責務ゆえ「森」には深く入らず、生きて戻りこの「森」を世界へ報告することを選んだ。
「新しい森」の名称はこの時付けられた。何か名前を冠するに当たって、この恐ろしくも尊い森に、発見者の名前だとか、勇者を擁するパーティーの名称を安易に付けることが憚られたからだ。
森の管理者は久しぶりに見る二足歩行の知的生命体に目を剥いた。彼らは管理者権限を巧く掠め取ったり借りたりして世界に対する独自の抵抗を皆が身につけていたからだ。そこで初めて森の管理者は彼らに興味を持ち改めて観察した。その結果人間種をこう理解した。
彼らは知的生命体・人間種、魂でのつながりを捨て替わりに知能を得、その知能で「根本」に抵抗しようとする者達。
彼らは「森」と森の間にいる。「根本を外れた者」と「根本の中の者」との間にいる種族。または「森」と海の間にいる種族。「根本」を恐れながらも敬い覆そうとする者。
それから森の管理者はその意識を分割して、より多くの人間を観察することに終始していくようになった。その中で、人間種が管理者権限を利用する技術は、管理者の力の下位部位のみに属する技術体系だと判明した。その技術を人間種は魔法や魔術と呼んでいた。人間種からすれば管理者は魔法的な存在にあたり、その一挙手一投足全てが高度に組み込まれた人智を超えた魔法だと捉えられるようだ。
森の管理者は、人間種的な言い方をすれば魔法によって「森」を作ってきたが、作られた者達は魔法を使えない。森の管理者はすぐに人間の技術を取り入れ、魔術を操る動物、人間種に「怪物」や「モンスター」と呼ばれる生命体を生み出していった。
人間種には時折平均を大きく逸脱した個体が現れた。森の管理者はそれを珍しく思い、居ると知れば観察した。それらは産まれ出る事がほとんどだが、突然現れる事もあった。偶然その出現を観測する機会があったが、管理者を超える権限を持つ何かの介在を確認する事となった。森の管理者は「何か」を、我々管理者を配置したより上位の存在だと推測するとともに、いつか自身の「森」の邪魔にならないだろうかと心配した。
人間種の逸脱者は特に高い知能を持ち、国一つをその智謀で滅ぼしたり、世の中を一変させるような技術を発案したり、魔術の新しい利用法を確立するなどその影響力は計り知れなかった。森の管理者は逸脱者の動向に注意していたが「森」にやってくるような者はいなかった。
森の管理者は安心しきっていたが、そのイレギュラーとも言える逸脱者が、まさか自分の「森」に直接現れるなどとは考えてもいなかった。




