表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とにかく俺は帰りたい!  作者: やま
第1章
12/24

12.俺はエサじゃない、かも。

誰も待ってないかもしれないけど、おまたせ

 全力以上で走る。

 いや、逃げるっ!!

 なんなんだありゃ!?今まで見た動植物も地球では見たことがないような奴らばっかりだったけど、これは無いだろうっ。馬がそのままのフォルムで爬虫類に転職した様なこの怪物は雰囲気が禍々しすぎるっ。悪魔の使いみたいな感じだ。俺をロックオンする目は黄色く濁っているがその熱視線は俺を食料と認識している目だ。口からはかつてのなねこを彷彿とさせる様なよだれが。今までの動物たちが雑魚・モブならこいつは「ボスキャラ」に違いないと言う圧倒的な存在を感じる。鳥肌がおさまらねぇっ!!けど、この爬虫類の野郎は俺と似たような足の速さだ。土を掘り返し、倒木を蹴り飛ばして道の障害物をわざわざ吹き飛ばして走っているからだろうか。しかし、このペースは体力的に長くは続かないぞっ。向こうの方がデカイし体力がありそうだからなんとかしなければ。俺は「こんな時」の恒例のアレをするために、前を走るなねこに声をかける。

「なねこっ!アレやるぞっ!!」

 声をかけると同時に俺は左に90度進路を変えた。予定通りならなねこはそのまま直進している。つまり二手に別れたのだ。一瞬だけ後ろを振り返り爬虫類野郎の進路を確認。ちくしょう俺の方を追ってきやがったっ。毎度毎度なぜか俺が囮役じゃないか!どうなってんだここの生き物は!両腕を力強く振ってなんとかスピードを落とさないよう走る、走る、走るっ。頼むなねこ速くヤってくれ!俺は酸素を求め喘ぐ肺と乳酸に強張る両足からの苦しみを全部無視してさらに駆けた。 直後、俺のすぐ後ろからずどんと大きな鈍い音が響いた。例えるなら乗用車で雄鹿を轢くような音。低い音が俺の体の芯に響く。すぐに音のした真後ろを振り返る。爬虫類野郎は5メートルほど吹っ飛ばされていた。

 あれっ!?大概の肉食獣を森の彼方へ吹っ飛ばしているこの攻撃が決まっていない!?しかも爬虫類野郎は上手く転がったのか、首はすでに起きていて体も今にも立ち上がり走り出せそうな体勢だ。

「なねこ逃げるぞっ!」

 俺は必勝の攻撃の失敗に慌ててそう叫んで走り出した。なるべく藪や樹々の生い茂る方へ。


 なねことのフォーメーションが一応決まり爬虫類野郎との距離が作れた。引き続き猛ダッシュで逃げる。この囮作戦、合図と同時に二手に分かれて、追われてない方が横から対象を攻撃し、ダメージを与えてすぐに逃走というものだ。100%俺が囮になるという事も含めて、今までしくじったことがない完璧な作戦だった。ちなみになねこが数々の相手をどうやって森の彼方へ吹き飛ばしているのか俺は知らない。見たことがないのだ。見ようとタイミングを合わせるとなねこは対象を吹っ飛ばさないのだ。俺に見せたくない事情があるのだろうか…?

 突然森におぞましい叫び声が響き渡った。一瞬体が竦んて強張ったが、あの爬虫類野郎の怒りの雄叫びだと察して慌てて走るスピードを戻した。この熱帯の暑さの中、首筋に寒気をゾミゾミ感じる。なねこの攻撃で決まらなかったのならば今度は俺が()()()()使()()()()()をやらねばならないかも。そう考えて走りながら「良いポイント」を探す。しかしポイントを探すのか、逃げ切ってこの事態をやり過ごすのか少し迷う。あんな化け物に、この作戦が果たして通用するのだろうか。もしも()()()()()()()怪我をすれば、それが医者に見せるべき重症だったら…。そこまでじゃなくても噛み付かれて毒とかあったら…俺は簡単に死ぬ。食中毒の時より簡単に。その後あの爬虫類野郎の餌となるのだろう。体と肝を冷やす寒気が恐怖によって悪寒に変わっていく。背中を流れる汗も冷たい。やはり逃げられるなら逃げるべきか?するとなねこが右脇の藪から飛び出して俺の進行方向へと合流した。

「おお!なねこお疲れ様!しかし今回は残念!決まらなかったなっ!」

 と恐怖を誤魔化すためにからかい混じりの声をかけると、走りながら後ろ足で土を飛ばしてきやがった。あいつこの程度の軽口で怒ったな?今後、非常時ジョークを教えてやらなければな。ひひひ。

 爬虫類野郎は雄叫びの後すぐさま追ってはこなかったようで、いろんなものをなぎ倒しながら森を走る音が遠くに聞こえ始めた。後ろを振り返ってもその姿は見えないが、色々騒がしい音は聞こえてくる。俺は少し冷静になって辺りを見回しながら走った。自分でつけた「印」を探さなくては。もうこのまま逃げよう。ヤツを巻いてキャンプ地に戻るのだ。キョロキョロし出した俺になねこが気が付いたのか進路を変えて走り出した。なねことは長くは無いが濃い付き合いだ。俺は信じてついていくだけだ。

 あえて遠回りをし、途中沼の泥を臭い消しのため浴びるなど工作をし、キャンプ地に戻ったのは深夜と呼んで良い時間になってからだった。月明かりとなねこに導かれての生還。どんどん遠くになる爬虫類野郎の破壊音を確認しながらの移動は少し心の余裕を作ってくれた。心の余裕は頭を回転させてくれる。そしてキャンプ地に戻る頃には一つの真実と向き合っていた。

 ――爬虫類野郎から逃げているだけじゃあ森の奥には進めない

 それだけじゃない。森の奥ほど動物たちは大きく獰猛になっていくようだ。爬虫類野郎はボスキャラなどではなくまだまだ序の口の中ボスかもしれない。ヤツが中ボスなら、俺はこんなところで躓いてはいられない。目的は森の奥なのだ。人里なのだ。爬虫類野郎は倒さねばならない。

 とは言え、月明かりしか光源がない夜の森を動き回るのは得策じゃない。なので、飯を食って明日のリベンジを誓って横になった。なねこは俺の顔に背中をつけて横になった。俺は()()()()()()()()()()とナイフを手に握り目を瞑った。




 なねこが俺の鼻先で身じろぎをしている。もそもそと寝姿勢が落ち着かないのか動いているようだ。…俺の鼻をかするように動くもんで鼻が痒くなってムズムズする。いい加減くすぐったいので鼻を手で覆ってむず痒い刺激を遮断。その時、俺の後ろ、手製の木の壁の遠く向こう側で足音らしきものが聞こえた。枯葉、枯れ枝、土を踏むこの音は……動物たちの忍び足のようには聞こえなかった。

 一瞬で全身に鳥肌が立つ。体全体が固まった。まさか…と耳に全神経を集中させる。目は当然見開いているのだが、視覚自体はまるで働いてないようにその情報を脳が右から左に流してしまっている。目よりも耳が優先されている。足音、特に隠す気の無い足音を俺は聞いたかどかない。この辺りの動物達はもっと臆病に行動している。これはもしかしなくとも爬虫類野郎だ。ここまで来やがったのかちくしょう!?

 俺はゆっくり音を出さないように時計を見る。日の出までもうすぐだ。爬虫類野郎はキャンプ地の東南側、ちょうど焚き火を囲む様に立てた壁の向こう側を移動しているらしい。まだ距離はある。…行動するな今だ。いつのまにか起きていたなねこと目が合った。目だけでお互いに通じ合った。そう、行動開始だ!

 今こそ爬虫類野郎を倒す。そうしなければ俺はここで何も出来ずに死んでいく様な気がする…!

 俺は一気に起き上がり猛ダッシュで北側に走った。後ろからは爬虫類野郎の獲物を見つけた雄叫びと、障害物をなぎ倒しながら追ってくる音が重なった。キャンプ地は踏み荒らされて、もう使い物にならないだろう。

 爬虫類野郎を倒せそうな方法に当てはあるが、それには距離をもっと広げたい。落ち着いて臨みたいし、何より怖いからだ。俺は走りながら、木を自分の後方に倒れるようにナイフで切る。爬虫類野郎が走り出した音はまだ聞こえない。今のうちに距離を開けて「良いポイント」を確保しに行きたい。

 湖の方へ走りつつ後ろを警戒。爬虫類野郎も動き出したようでいろんな破壊音が聞こえてくる。比較的走りやすい獣道を優先して駆け抜ける。俺の体力は昨日の追いかけっこで消耗してしまった。相手の回復力はわからないが俺は十分な回復をできていない。湖までの近道になるところはショートカットして進もう。湖までこの距離を保てば俺の勝ちは確実なはずだ。あそこなら場所としては打って付けだ。

 次に足を置くところを一瞬のうちに把握しながらあたりの様子も確認して走る。トレイルランニングなんてやったことはないがこの遭難生活でだいぶ慣れた。お互いのペースは昨日の追いかけっこで分かっている。五分五分だ。ならば俺はなるべく楽に走れるよう、かつ爬虫類野郎の足を止めれるよう障害物をこしらえながら走る。もうそろそろ湖のはずだ。まだあたりが薄暗くて、いつもの湖までの道のりがまるで違って見えてゴールまでの距離がわかりづらい。あそこでなら()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考うながら獣道のカーブをショートカットしようと藪を飛び越えた。

 着地する足に妙な感触。そしてあたりから聞こえる威嚇の鳴き声。ウサギのように飛んで移動するネズミみたいな美味しいあいつら…やばいっ!ウサギネズミの群れに飛び込んじまった。

 ウサギネズミは一斉に俺に向かってぶっ飛んできた。俺は走りながらやり過ごそうとするが、頭を横から殴られたような衝撃によろめき、みぞおちにも激痛が走り息がごっそり吐き出された。右肩から地面に転び、受け身も取れず倒れてしまった。うずくまった体勢から慌てて起き上がろうとするも、みぞおちを激しく打たれた影響で息が出来ない。さらに右手は脱臼してしまったのか動かない上に無理に力を入れると激痛が走る。持っていたナイフが見当たらない。ウサギネズミの群れに埋もれてしまったのかっ?彼らの大半は俺に敵意を向け今にも飛びかかってきそうだ。かなりの数がいるように見える。頭からやけに流れてくる汗で視界が悪い。

 ナイフがないとまずい。どうにもならないぞっ!?どうすんだっ!?

 無事な左手で汗を拭うと、手は紅い血でベットリだった。一瞬でピンチに陥ってしまったと確信した。くそっ、ウサギネズミの攻撃がかなり効いている。不覚だった!とにかくナイフを見つけて一刻も早く移動しなくては爬虫類野郎に殺される。俺は痛みに苦しみながらも、なんとか吸えるだけの息をする。自分の体の様子は把握したが、頭の方がどうも朦朧とする。

 不意にウサギネズミたちが散り散りに走り出した。爬虫類野郎が近づいてきた大きな音がそうさせたのだろう。重い足音が近くに聞こえる。ウサギネズミが散ったおかげで埋もれていたナイフが発見できた。急いで取りに行くが体中が痛い。息も満足にできない。なんとか左手でナイフを掴んですぐさま走り出す…。走り出したいが体が言うことを聞かない。1秒でも早くこ湖へ行かなくてはならないのにっ。もう体の感覚がぐちゃぐちゃだ。キャンプ地から走ってここまで来て息が上がって苦しい時に、頭と腹にきつい一発をもらってしまった。意識は朦朧、肺は横隔膜が固まって、ただでさえ走ってきたせいで酸素が欲しいのに息を吸おうにも喘ぐことも困難。右手はぶら下がっているだけで身体中を苛む痛みを発生する装置に成り下がり使い物にならない。そして目の前には爬虫類の化け物。


 追い付かれた――



 よろよろしながらも湖の方へ向かって一歩足を動かす。これが限界だった。すぐ後ろから獲物をなじる様な笑い声にも似た息遣いが聞こえた。…殺される。もう一歩足を動かす。足に力入らずそのままよろめいて膝をついてしまった。

 俺の頭上で何かが空を切る音が聞こえた。首だけで振り向くと、どうやら爬虫類野郎のとどめの一撃を偶然躱したらしい。漫画かよ…と思うと同時に体に強い衝撃が――



 背中が砕ける音を聞いた。音だけだった。あまりの衝撃と痛みだったのか、脳がそれら痛みの情報をシャットアウトした様だ。霞んで狭い視野に映る景色は生い茂るジャングルの中から一変し、北欧にある湖のほとりの様だ。これが死後の世界の光景じゃ無いなら、俺はどう言うわけか爬虫類野郎に吹き飛ばされ湖の岩に背中から叩きつけられたと言うことになる。ありえない吹き飛ばされ方だ。だが、()()()()だ。岩の水が体を徐々に濡らしていくのがわかる。これでいい…。

 体に濡れる以外の感覚が走った。岩に寄り掛かる様にしている俺の体をなねこが登っていっている様だ。今までどこにいたのだろうか…。キャンプ地を飛び出して以来見ていなかったがこいつのことだ、ちゃっかり無事だと思っていたよ。なねこは岩清水を浴びてぐっしょりしちょっと細くなりながら俺の顔面を経由して頭に登った。顔を登ったのはわざとだな。通り過ぎる尻尾から水が滴っているのが見えた。流れる岩清水を浴びながら、なねこはびしょ濡れの尻尾の一本を俺の口に乱暴に突っ込んだ。

 一口、二口、三口と岩から溢れる水をなねこの尻尾経由で飲み下す。俺は吹っ飛ばされてなお、左手にナイフを握っている自分を褒めてやった。

 これで爬虫類野郎に勝ったも同然だ。



 湖を作り出している岩から溢れる水。以前俺を食中毒から救った水だ。もちろんただの水では無いのだ。この水はあの時()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまりこの水は体の不調や傷を回復させる効果があるという事になる。俺は魚たちに攻撃されて出来た痣や日々の細かい擦過傷や切り傷の回復も確認していた。森の動物たちには悪いが生体実験もさせてもらって、この浴びて良し飲んで良しの最強の水の効果を確認していたのだ。こんな重症も水さえ飲めればあっという間に綺麗さっぱり。つまり今の俺は、気力以外完全回復だ。大怪我はしたが()()で本当によかった。俺は力強く立ち上がり走り出した。


 俺は爬虫類野郎を迎え撃つため森との境目に立ってナイフを構えている。幹が太い、まさに大樹と呼んでいい木に半身を隠して森の様子を伺う。あたりは樹齢が高そうな太い針葉樹が生えている。その向こうにはジャングルが見える。爬虫類野郎はジャングルから堂々とした足取りで静かにやってきた。もう障害を踏破して進む必要はないと判断したのだろう。

 俺は爬虫類野郎においと声を掛けた。

 ヤツはこちらを見て足を止めた。予想外に俺が元気そうだからだろうか、少し驚いた様に見えた。しばらく見つめあったが爬虫類野郎は醜悪な笑みに似た表情をし、ぐっと体を丸め前傾姿勢をとった。後ろ足で土を蹴り上げ突進のためのグリップを確認している。俺を睨みつける目が愉悦を表し、よだれが溢れる口元は未来の食事の味を夢見ているらしい。俺が大樹に半身を隠していることなど全く気にもとめていないようだ。ヤツにはきっと自信があるのだ。この障害を排して俺を狩り殺す自信が。

 しかし俺はもう勝利を確信していた。ヤツがタメの姿勢を見せるなら安心して行動できる。脱臼か骨折からか回復した右手のナイフを裂帛の気合いとともに横一文字に振り抜いた。アイツの突進を見物してやる気はない。


 次の瞬間、爬虫類野郎が倒れていく。ヤツは上下に真っ二つになって、やけに赤黒い血液をその身体から噴き出させながら、笑った顔のままに崩れ落ちていった。地面には血液や臓器がぶちまけられた音が気持ち悪く響く。俺が半身を隠していた木も同様に倒れていく。さらに爬虫類野郎の真後ろにあった大樹も同様に倒れていくところだ。俺は急いで後ろに下がり、その光景をじっと見た。森に轟音が響く。倒れ伏す爬虫類野郎に向けてナイフを振る。その身体にナイフによる傷が入った。完全に殺した事を確認した。




 このナイフは、遠くのものや刃渡りより太いものを切る際に不可視の、しかし実態のある何らかの刃が出現している。その刃の通り道に生き物を配置すればもろとも両断できるとこを発見していた。条件はいくつかあるが難しものでは無い。

1.切りたい生き物を挟む様に、木など「ナイフで切れるもの」を配置すること。

2.切りたい生き物と一緒に切る「ナイフで切れるもの」は、切りたい生き物と同じか、より大きい・より太い物でなくてはならない。

 と言う2点をクリアすればいい。今回で言えば爬虫類野郎は馬みたいなフォルムだったので、一緒に切り飛ばす木はかなり太いものが必要だった。湖周辺なら、何挺バイオリンが作れるんだと言う太さの木々が林立しているので、ここにさえ誘い込めれば勝利は確実だったと言う寸法だ。


 俺は芝に寝転がった。太陽の光が木々の間から新しい朝を伝えてくれる。西の空に沈む月がかすかに見えた。俺は寝転がったまま大きく伸びをして勝鬨をあげた。


「勝ったぞぉぉぉぉぉお!!」


 爬虫類野郎!喰ってやる!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ