11.肉食獣じゃない、かも
46日目。
まず、手帳に自分の位置・キャンプ地をメモする。次に漂着した場所だ。キャンプ地から南西に徒歩30分のところに俺は漂着していた。約2kmといったところだが、浜やら森やら歩いての30分なので信用度は低い。ちなみに方角も陽の光と適当な棒と影を使って確認したが、怪しい。もう一度調べてみて、その時間と距離と方角を調査の基準としよう。
3時間ほどかけて漂着地〜漁場〜キャンプ地〜湖〜洞窟跡地〜キャンプ地の順で再確認した。朝の日課の長めのバージョンだな。田舎を徒歩で、病院行ってスーパーで買い物して役所寄って近所の本屋ひやかして帰る。みたいな感じかな。なねこも遊び半分なのか大人しく付き合ってくれる。かわいい。
朝飯は野菜・山菜の魚介スープとヤシの実ジュースと果物を3〜4個をいただく。なねこは俺が日々試行錯誤して完成度を高めているスープのレシピが気に入ったようで、スープ皿顔を突っ込んで呼吸も忘れて食べてくれる。スープでびったびたになったなねこを水洗いしながら、昼のルートを考える。漂着地から南に少しなら、ほかの漂着者が居ないか探しながら歩いたことがある。しかし海岸線北方面にはまだ行ったことがない。…なねこを洗い終わったら北の海岸線を探索しよう。なねこを洗う手にじゃれつかれながら探索初日のルートが決定した。
ひたすら海岸線を北に進む。遠く北北東には山脈が見える。あれを越える事態は勘弁願いたいなぁ。そういえば初めて湖に行った帰りに見た山みたいな大きさの動く何かはあれ以来見ていないな。あんなヤバイもんとは対面したくない…。海岸線を歩く理由は、川が海に流れ込むポイントを探すためである。河口から登っていけば人里にたどり着くかもしれない。なにせ三大文明は全て川のほとりで生まれたのだからなっ。などといっても、森の中を闇雲に探すより「川」という起点から探した方がまだマシだからだ。森の中をさまようってそれもう遭難じゃん。いや、すでに遭難してたわ。
もう3時間ほど歩いた。収穫ゼロ。飯のこともあるし戻ることにする。来た道を戻るぐらいならちょっと森に入って海岸線と平行に歩いていこう。
復路も収穫ゼロ。今日はもう飯食って筋トレして寝よう。
海に向かって手製の釣り糸を垂らす。10本も足がある蜘蛛的な虫から強力な糸を拝借し、竹の様によくしなる木の竿にくくりつけて、針はブラのワイヤーをナイフで加工した。ブラジャーってホック以外に金属入ってんのね。初めて知った。
何故こんな事をしているかというと、ついに魚たちが野生の警戒心を取り戻したからだ。少し前から「警戒されてるかも?」という違和感があったのだが、遭難22日目ごろからはその警戒心がはっきりと見て取れた。もう今となっては地球と変わらないレベルだが、一点大きな違いがあった。それは俺を襲ってくる魚が何種類もいるとこだ。すげー体当たりでスネやらヒザをられた。とっても攻撃的。かなりのスピードで襲ってくるので、水中生物でない俺には避けきれない。尻を掘られる前に手掴み漁は店じまいとなった。それで仕方なく一本釣りに方法を変えた。ちなみに「釣り」に対する警戒心は低く、入れ食いだ。餌すら付けてねぇのに。
この、警戒心が徐々に高くなる傾向は森の動物や昆虫にも当てはまる。炎を食べるカブトムシも最近では、俺が所用からキャンプ地へ戻ると飛んで逃げる。ウサギネズミは単体では素早く逃げ、群れとの遭遇なら近づくと威嚇してくるし、それでも捕まえようとすると弾丸のごとく飛んで攻撃してくる。あんな武闘派だとは思わなかった。逃走や反撃があるのでなかなか捕まえるのが難しいが、いい運動になるんだよなぁ。
魚は10匹釣れた。釣りの方がなぜか手掴みより多く取ってしまう。俺釣り好きなのかな。なねこが手足の生えた蛇も2匹ゲットしたし、ヤシの実(仮)と果物をもぎ取り、山菜類も少し摘めた。手に入れたものは、アホほど大きな葉っぱをバックとして縫ったものを使って運んでいる。このバッグ、ちょっと耐久性が低いので作り置きがいくつもある。
夕餉も食べ終え筋トレも終えてあとは寝るだけ。夜空に浮かぶ3つの月を眺めて今日の無事を感謝し明日の安全を願う。なねこは先に寝床で丸まっている。しかし寝てはおらず、俺が来るのを待っているという良妻なねこ。俺も横になりなねこの腹に顔を埋める。複数のしっぽに叩かれながらもなねこの香りともふもふを堪能する。んー…さいこー。そういえば最初は硬かったなねこの毛並みが最近は柔らかい。というか徐々に柔らかくなった様な気がする。いいもん食わせてるからかなっ!なねことのスキンシップも堪能したので、今夜はおやすみ。
55日目。
目を覚ますとなねこはすでに起きていて、少し離れたところから俺の事をじっと、頭のてっぺんからつま先まで丹念に視線を送ってくる。なねこにおはようと声をかけ頭をひと撫でする。その間もなねこの視線は真剣に俺を見つめている。いつからだろう?こんななねこの朝の行動が目立つようになったのは。洞窟のしばらく後ぐらいかな?俺に惚れたかな。
この9日間探索は成果が全くない。日記に毎日「何もなかった」ということを書くのは辛い。だが、これはやらねばならない事だ。このまま魚が食べ続けられ、このままウサギネズミが捕まえられ、果物や野菜がいつまでも取れるわけではないだろう。もしかしたらこのジャングルに冬が来るかもしれないし。現状維持ではジリ貧なのははっきりしている。
今日も今日とて準備をして探索に向かう。森の遭難(捜索のこと)も慣れたもので、ナイフでつける派手な目印や太陽の位置から自分の進む方位を把握して、そこからさらに帰りの事も考えて進むことにも慣れた。人間、エロのためと生きるためにはあらゆるものの学習が早くなる。ランドマークとなる太い幹の大樹や大きな岩には四方八方から目印をつけ、その全てがキャンプ地を指し示す様にマーキングしている。ナイフの使い方もめっちゃ研究してだいぶ慣れた。
新しく捜索するポイントでマーキングをしているとなねこが一点を見つめていることに気がついた。しばらくするとこちらに一度視線をよこしさっと伏せた。俺も慌てて伏せをする。ヤバイ。肉食獣か!?
これはなねこが、何かやり過ごした方が良い事態が近づいた時に見せる合図だ。特に今回の様な一声もかからずなねこが伏せる場合は相当ヤバイ。ちなみにやばい段階は1.まお、2.ま〜お、3.まぁぁぁぁあお!!、4.無言、だ。3がうるさくて数度バレた。
遠く木々と茂みの向こうを歩く「そいつ」は4足歩行の動物だった。ここからでははっきり見えないが、特徴的なある部分が見て取れた。数度ニアミスした事があるあいつだな。トラやヒョウなどのネコ科の肉食獣を思わせるしなやかな肢体。サイズは大型犬ほど。そして森では異質なオレンジ地に黒の斑点を持ち腹部は緑色、というおよそ地球ではお目にかかれないイカれた色彩感覚の獣だ。愛称は「バカ犬」。前にニアミスした際には追いかけられたが、かなり視野が狭く頭が悪いので突然進路を変えて大木の陰に隠れたり、藪に飛び込んだりすると対象を見失いそのまま混乱して走り去っていく。この逃げ方もなねこを参考にしている。ちなみに不味くて食えたものではない。バカ犬は昼飯の帰りか口元が血で赤黒く汚れていた。このまま身を低くしてやり過ごす。もし、動物たちの警戒心の高まりに気がつかない時に肉食獣と対面していたらどうなっていたのだろうとふと思う。
なねこの喉をかりかりしながら数分間伏せ続け、あたりをもう一度警戒する。近くに危険な肉食獣はいないと判断して森の奥へと進んで行った。
59日目。
探索14日目にして新発見をした。あの湖がもう一つ現れたのだ。キャンプ地より東に5時間、ずっと真っ直ぐ歩いてきた。やっと探索の成果らしい成果を得たが、湖が見つかっただけで周辺に村や町はないし、人がいた形跡もない。落胆しつつも、やはり岩から溢れている水で乾いた喉を潤し、汗でベタつく体をリフレッシュした。サイズもいつもの湖と同じぐらい。植生も似た様なもん。岩から水があふれて湖を形成し、川なりになってどこへでも流れ出ている様子がない事もみんな同じ。もしかしてこの湖も人工物なのだろうか?
かなりの奥地まで来たせいか動物たちとの、特に肉食獣との遭遇が目立った。俺もだいぶ慣れたが、主にはなねこのお陰で危なげなくここまで来れた。東の奥地にあるこの第2湖周辺にもう一つキャンプ地を設ければ、その第2キャンプ地を経てさらに奥地を調査ができる。早速あたりに「良い所」がないか調査を始めた。
取り敢えず良さそうな場所は発見できたので、時間も時間だしキャンプ地へ戻ろう。湖まで戻り帰路につこうとしてなねこがいないことに気がついた。あれ?あいついつのまに自由行動してたんだ?周囲を確認すると森の藪をなねこ飛び越えてこちらへ走っって来た。
「なねこ、帰るぞー」
と声をかけるがなねこは変わらずこちらに走ってくる。返事ぐらいしろよ。なねこは俺の目をじっと見ながら走ってくる。何かおかしい気がする。なねこはその視線をふと俺の左に向け、そちらにカクンと進路変更して俺の横を走り抜けた。
流石に俺もなねことの付き合いでこの行動にピンと来た。これ、やばいやつだ。それも今までの比じゃないやつ。俺も慌てて猛ダッシュでなねこに続くっ。藪を走り幅跳びの要領で飛び越えて、身を低くしながらスピードを上げるとすぐになねこの背中が見えた。俺を待ちペースを下げていたらしい。流れる様に合流してなねこ先頭でキャンプ地方面に向かって走り出した。
俺は行く手を遮る障害物をナイフで乱暴に切り落としながら全力疾走を続けていた。かなり怖い。何が起きているのかわからないから余計に怖い。なねこはさすが森の四足歩行動物、俺なんかとは違い走る姿も余裕のようだ。後ろからは藪や倒木などをものともしない重い足音が響いている。そのスピードは俺たちと同じぐらいなのか全く距離を開けさせてくれない。俺はその足音と足の遅さに興味が出てしまった。怖いもの見たさ、だ。森の動物たち、特に中型から大型の者たちは足が速く、また臆病なほど静かに行動するだからだ。この俺たちを追い立てるヤツは今までのタイプと違いすぎる。なねこの反応を見てもそうだ。俺の興味はいよいよ抑えきれなくなってきた。
走りながら振り返る。見たい様な、見たくない様な…。
馬ほどの大きさで全身マットな鱗に覆われている爬虫類(?)が血走った眼で俺を凝視していた。口からはよだれを撒き散らし、俺の後ろをブルドーザーのごとく藪も倒木もなぎ倒しながら走ってくる。
あまりの現実味の無さと、圧倒的な現実に思考が止まった。俺は真っ白な頭で前を向き、スピードを上げて走り出した。
やばいやばいやばいっ!あれは絶対にやばいっ!!ジュラシックパークかよふざけんな!!あれはもう草食獣とか肉食獣とか言う話じゃない。
怪獣じゃねぇかっ!!!




