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とにかく俺は帰りたい!  作者: やま
第1章
10/24

10.もう遭難じゃない、かも。

 いい加減にして欲しい。

 何かが起こるなら一個づつにして下さい。


 洞窟の入り口は、初めからそうであったように綺麗に(?)ゴツゴツした岩やら土やらが切り立っていて、長い時間の経過を感じさせる風合いすらしていた。俺は駆け寄り入り口のあったあたりを叩いた。みっちり土と石が詰まっている感触だ。今しがた土を盛ったのではこうはいかない。表面に見える土の感じも、見れば見るほど埋めたばかりには到底見えず、俺がバカなポーズをとっている間に早業で土石を放り込んだのではない事は確実。俺がヘタリ込んでいた地面は相変わらずの平滑さで変化は感じないが、なぜか洞窟の入り口だけが綺麗さっぱり消え去っていたという現状。

 しかも、だ。

 このナイフもやらかしてくれたらしい。なねこのご機嫌取りのために一振りしてみれば、森林伐採の環境破壊ときたもんだ。到底手が届く距離じゃないし、こんなサビの浮いたナイフで切り倒せるもんじゃない。大木と言っていい幹の太さはナイフの刃渡りの何倍もある。このナイフでは大木、それも3本もまとめて切り倒せる筈がない。それだけは確かだ。

 でも、実際切れた。少しの手応えも感じたのだ。


 なねこについても疑問が。なねこは素早く倒れた木々と俺の間に飛び込んで、俺を背中に守るような体制をとった。総毛立ったなねこは今にも飛び出しそうな構えをとって、倒れた木々の先を睨みつけている様だった。おそらく俺ではない何者かがタイミングよく木を切り倒したと思ったのだろう。なねこはナイフには目もくれなかったし。この予想が正しければ、なねこはそんなとんでもないことが出来る存在に心当たりがあるということの証左ではないだろうか…。こちらは考え過ぎであって欲しい。背中に冷たいものが滑り落ちていった。

 と、とにかく先ずは頭を冷やそうっ。


 なねこを抱きかかえ、猛ダッシュで湖へ行き岩清水で頭と体を冷やした俺は、さらに猛ダッシュでキャンプ地にまで戻ってきた。青いカブトムシを処理し、新たに薪をくべる。徐々に勢いを取り戻す炎を眺め頭を落ち着けながら、時折傍に置いたナイフを見やる。

 洞窟は影も形もなくなった。なくなったのだからどうして消えたのか考えてもしょうがない。だってもう洞窟はもう無いんだもん。考えるだけ無駄。しかしナイフは違う。現物が残っている。これ捨てたらバチ当たるよね〜…。あんな不思議な宗教施設の帰り道で拾ってるじゃん?それも俺が望んだと言うか、またまた偶然ラッキーで往路で見逃していたモノが復路で手に入ってという流れじゃん?まーあ、、、捨てられないよね。無理だよね。じゃあ、どうしようか。もともとポケットツールでは限界があったし、ありがたく使わせていただきましょう。ね。なねこはさっきからナイフをガン見しているけど、そして俺に「捨てろ」と目で訴えかけてくるけど、良いね?

 そうと決まれば諦めてナイフの性能を調べましょう。正直言ってマジ危険物だよな。まずは薪用の枝(太目)を左手に持ち、右手のナイフをそっと当てる。当たらない。切れちゃった。マジかよありえねぇ…。なねこが足元で「ま〜お」と剣呑な声を発した。

 キャンプ地から少し離れたところで、ナイフの刃渡りより幹の太い木を選ぶ。またそっと錆びた刃を当てる。なんの抵抗もなく進んでいき、刃は幹を抜けた。刃渡りの分しか切れ目は入っていないので木は倒れなかった。この結果は、一振りで3本まとめて両断した時とはナイフを振る勢いが違うからだろうか。ちなみに切れ目は刃の厚み分だ。どうなってんのやら…。なねこが俺の足首を噛んできた。

 では、岩いってみよう。百歩譲って「刃物ナイフだから木は切れて当然」と認めよう。その程度については目を瞑る。そこでこちら、岩や石はどうだろう。悪い予感がするが後には引けない。足元のそこらじゅうにある石・岩に片っ端からナイフを突き立てた。突き立っちゃった。木と同様まるで切ったという抵抗が手に感じられない。手応えがなさすぎる。こちらも切れ目は刃の断面の形でついている。みたくなかった結果に、俺は座り込んで頭を抱えた。なねこは俺の肩に乗り首や耳を噛んでくる。

 キャンプ地には到底人の手では動かせない大きな岩が埋まっている。別に俺の生活には支障がないのだか、この機会に実験相手となってもらおう。大木をまとめて切り倒した時のように振り抜いてやるぜ。手汗を拭い腰を落として居合抜きみたいな体勢になった。ポーズの理由はなんとなくだ。息をゆっくり深く吸い止める。裂帛の気合い(笑)とともにナイフを振り抜くっ!

 岩は見事両断され、何も変わらない姿でそこに佇んでいる。少し手応えを感じた。実験結果は、勢いが良すぎてだるま落としみたくなっちゃった…だった。あまりの性能に微妙な気持ちになりながら、ナイフの峰の厚み分背が低くなった岩の前に立つ。それでも俺の腰の高さほどある。地面に埋まっている分も考えると相当でかい岩だ。ふと思い立ち、ナイフの刃を立ててスクレイパーの様に使ってみた。まるで砂山を崩すかの様に岩が削れた。もうやだこのナイフ…。なねこは尻尾で俺のすねをたしたし叩いている。

 俺は精神的な疲れを感じ海に癒されにきた。海は良い…。優しい潮騒が俺のささくれ立った心を静かに包み込んでくれる…なねこの視線が背中に痛いけど。これで酒でもあれば最高なんだよなぁ。酒はないが魚でも掴んで飯にしよう。なねこの機嫌も傾いたままだし。

 早速全裸で海にざぶざぶ入る。最近魚達の様子がおかしいのだが今日もやはり変。俺を警戒している様な気がする。そろそろ俺は危険だと気がついたのか?まあ、それでも手掴みで漁が出来るのだから問題ないか。

 キャンプ地に戻り飯の支度をする。やばいナイフのおかげで、魚を刺す串が簡単に量産出来た。ほぼ抵抗なく刃が通るので思った通りの形が作れる。素早く魚の準備を終え、果物等を取りに行く。今までは高い位置の実は取れなかったが、最悪木を切り倒して取ることが可能となった。いや、そんな自然破壊しないけど。なぜなら倒木を梯子型に削り出せばそれに登って取れるんだしね。このナイフさえあれば便利なモノがなんでも作れると思うと、なんだか心が躍る。ナイフ1つで心が躁鬱状態だ。

 焼き魚、干し肉、山菜(?)、果物の食事が始まる。なねこはあいかわらずの大食漢なので干し肉がもう底をつきそう。清潔な密閉容器がないここではあまり保存も効かない。下手するとまた食中毒になるので、なねこと全て平らげてしまおう。焚き火の上で燻していた干し肉をなねこに追加する。ほんとーにいいの?と小首を傾げるなねこの綺麗な瞳にほっこりする。可愛い奴め。追加の肉に食らいついたなねこをうりうり撫でる。山菜はなねこが水汲みの道すがら食べていたものを学んで食事に取り入れた。直火で焼いたり、干し肉とともに燻したりして食べている。はっきり言って美味しくはない。灰汁が強いものもあり、水にさらしたぐらいじゃ俺は食べられなかった。煮炊きできる鍋が欲しいなぁ。



 後日、ナイフの性能について驚くべきことがわかった。この世界はやっぱりファンタジーが現実になったのだと思い知らされた。

 どうやら、このナイフは生き物を傷つけられないらしい。


 魚の一夜干しを作るため「開き」の作業に取り掛かろうとナイフを軽く滑らせた。が、全く刃が入らない。魚も気持ち「何が起きた?」という顔をしている様に見える。力を入れて切ろうと刃を動かしてもダメ。無理にナイフを突き立てたら魚がぐちゃっと潰れたのだ。切っ先が刺さってすらいない。不可解な事態に混乱しつつも、もう1匹手元に出して首を切り落とそうと勢いよくナイフを下ろすが、やはり魚は潰れてしまった。まるで切れ味のない棒で押しつぶした様な有様だ。食料をいたずらに傷つけてしまったことに申し訳ない気持ちになる。先程刃が突き立たなく潰れた魚をもう一度手元に置いて刃を滑らせると綺麗な切り口があらわになった。

 その後実験を繰り返し、その度になねこのおやつが生まれた。最後には自分の腕に刃を突き立ててみて確信を得た。

 生きているものは切れない。ただし植物は切り放題。

 サビだらけの刃で木や岩を軽く切り裂く性能もおかしいが、生きてる魚はダメで、魚が死んだらスパスパ切れる。とんでもないものを拾ってしまった。良いことといえば、間違って自分やなねこを傷つけてしまわないということかな。

 とにかく、だ。大変とんでもなくビビるやべーほどの便利ナイフを手に入れました!俺はこのナイフを駆使して沙奈の元へ帰るのだ!もうやけくそだ!細かいことは気にするなっ!!いいナイフgetでやったぜーーーっ!!はーっはっはっは。はぁ……。なんなんだよこの世界。



 それからの俺の生活は「ものづくり」生活と化した。

 まず、初日に漂着したところまで戻りスーツケースから手帳とペンを回収した。サバイバル生活には必要ないかと思ったが、ものづくりのためにメモなど取りたいなあと思い立ち回収した。ついでに日記も書きたいし。帰ったら出版してひと財産築こう。因みに手帳の中身は中国語?で読めなかった。

 最初に作ったものは「鍋」だ。もちろん鉄なんてないので大きな石から削り出した。なんかも失敗したせいで、手頃な石を探すことに多くの時間を割いてしまった。なにせ削ってみたら割れる割れる。さらに取っ手と言うか柄と言うかの部分も凝りだすとデザインがなかなか決まらない。納得のいくものができた頃にはもう夕方だった。これで念願のアク抜きができる!

 次に作ったものは壁と屋根だ。比較的まっすぐな倒木をナイフで製材して壁の材料とする。先端は槍のごとく尖らせて地面に打ち込んでいく。横方向にも木を渡し蔓で固定している。焚き火の周りにぐるっと半周ほど囲んでみた。屋根を木材で作るほど技術はないので、大きな葉っぱを生地に見立てて、蔓を糸の様に使って裁縫をし、大きな葉っぱの生地を作った。屋根を支える柱となる木材を数本打ち込み、葉っぱ生地を被せる。屋根の高さは自分の身長より低く設計したので、うまく屋根用葉っぱを被せることができた。室内では座ったり横になったりができればいいし、建築に詳しいわけではないからこんな設計が俺の限界だ。

 失敗もあった。なんとなく作ろうと思ったまな板だ。焚き火のほど近くになるべく似た様なサイズの石を敷き詰める。それをナイフの横一閃の一振りで平らに切る。それだけで、石のまな板完成。しかし隙間に魚や肉の破片が残り、わずか数時間で嫌な臭いがしてきたので撤去した。代わりに、ナイフの性能実験で切り飛ばしたあの大きな石の切断面をまな板として活用している。

 他にも楽しみ半分で木製の箸、皿、おわん、机、スコップ、石の棍棒、鏃、斧などなど思いつく限りを作った。また、これらの工作により環境が整い食生活も変わった。もう焼くだけじゃない!煮る、蒸すなどの調理もできるようになり食べられるものが増えて生活が豊かになった。なねこ先生様々である。





 俺は流れる汗も気にせず身体との対話を楽しんでいた。筋トレ用の石ダンベル・石ベンチ・石踏み台の調子も良い。規定の回数を終えた俺はペットボトルから水を飲み干し、もう一本分を頭から浴びた。あたりにはいい香りが漂っている。昼飯の魚や肉も焼き上がり、魚貝だしの効いた野菜スープにも火が通っただろう。俺は器の用意をしながら、木で作ったボールのおもちゃで1人遊ぶなねこに声をかけた。なねこは遊びを中断して座る俺の横にやってきた。なねこ皿に魚、肉、山菜、果物を乗せる。スープは冷めたら与えよう。

 あのナイフのお陰でここでの生活は少し安定し始めた。俺はそろそろ次の事を考え出していた。今は遭難45日目。俺がこの世界に来てからもう1ヶ月以上が経った。


 森と海岸の捜索を開始しよう。人里を探すんだ。

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