七話 大人のいざこざ
四月二十五日土曜日。
あれから一週間後には両足も完治し、車イスも必要なくなったところで退院した。
それからはもう学校にも通えているが、勉強は一週間弱の遅れを取ってしまったため、しっかりとその分を取り戻さなければならない。
まあ、とはいってもやる気が起きないのが現状であるが。
月乃先輩にそれを話すと天才美少女に『勉強を教えてあげる』とドヤ顔で言われたので、来週の放課後、月乃先輩の家に行って勉強をすることになった。
そして今日は日菜ちゃんの家へ訪問しに行く日だ。
初対面のお母さんに過去の母の話を聞きに行くとなると色々と緊張もするが、日菜ちゃん曰くお母さんは七斗が来ることを快く受け入れてくれているらしいので、これは聞きに行くしかない。
七斗は日菜の家の近くの待ち合わせ場所のコンビニで日菜が来るのを待った。
「お…おまたせしました…」
そう言って現れたのは私服姿の加藤日菜だった。
薄い桃色のワンピースに上からは白のカーディガンを羽織っている。
「七斗さん…?」
「お、おぉ…ひなちゃんか。なんか前の制服姿と違う感じがするからびっくりしたよ」
この前の制服とは全く違ったお嬢様らしい服装に見惚れてしまっていたのに気づき、慌てながら言葉を返した。
「こっちです」
歩き始めたので、追いかけるように歩き始めた。
ここからは遠くはないらしく、五分ほどで着くらしい。待ち合わせ場所のコンビニも七斗の家からは約二十分ほど歩いたところにあり、意外と近かったことに驚いた。
朝なので人や車の通りは多く、学校に向かっている部活生もちらほらと見かける。
車を見ると明るいところでもトラウマになり、恐怖で少し嗚咽しそうになる。
広い道路から狭い道に入った。
「ここです」
日菜は突然足を止めると指を差したのは少しボロくなったアパートだった。
外壁は所々が黒ずんでいて新しくはないだろうと予想できる。
「ボロい…ですよね…。父とは数年前に離婚していてお母さん一人で、あまり裕福ではないので…」
思いもしなかった日菜の言葉になんと返したらいいか、言葉が出てこない。
初めて人と関わってこなかったことを少し後悔した。
階段を上ると鍵を開けて、ドアを開いた。
「日菜おかえりなさい」
奥から現れたのはお母さんと思われる女性だった。
「ただいまー…」
「あ!君が七斗君?」
こちらを見て訪ねてきた。
「奈々扇七斗です」
一礼した。
「七斗さん、こちらが母の真由美です…」
日菜は手のひらで差しながら説明した。
顔は写真で見た母に各パーツは似ていて、高校生の娘を持っているとは思わせないほどの美人で、年齢は想像もできないが見た感じだと二十代と言われてもおかしくはない。
まあそうなると十歳も満たないうちに日菜ちゃんを産んだことになるのだが。
ダボつきのあるパジャマのような服装からは胸が強調されて、より一層色気を増している。
髪はボサボサで、ついさっき起きましたよと言わんばかりの姿だ。
きちんとすれば綺麗なんだろうな、と少しもったいなく感じた。
「これが七斗君かぁー。思ってたよりイケメンじゃないの、日菜、結婚申し込んじゃいなよ」
「お、お、お母さん…!?」
まさかの発言に日菜は顔を真っ赤にして慌ただしく言った。
真由美さんは、内気な娘の日菜とは真逆な性格で、明るく話しやすそうではあると思ったが、少し面倒くさそうだ。
七斗はあははーと苦笑いしながら流した。
「上がっていいですよ」
日菜がそういうと、七斗は「お邪魔します」と言いながら玄関で靴を脱ぎ、靴二足を揃えると部屋に上がった。
廊下を歩くと右手側に一部屋ドアが見え、その先へ進むとリビングの部屋へ出た。
部屋は一LDKで、一部屋は日菜の部屋のようだ。
にしてもリビングはとてもと言い切れないほど汚い。
床に転がったカップラーメンの容器、洗濯物の山やキッチンには洗っていないお皿があった。
「お母さん、私はバイトで忙しいから家事くらいしてって言ってるのに…」
真由美に向かって言うと、七斗の方を向いて、ぺこりと頭を下げた。
「すみません汚くて…」
「いやいや大丈夫だよ、気にしてないから」
こんなに酷いとは思ってもいなかった。
どうすればこんな良い娘が生まれてくるのか、逆に教えて欲しいくらいだ。
本当に母の姉妹なのか、心配になってくる。
でもどんな事情はわからないが日菜は苦労しているんだろうということだけはわかった。
「ここ座ってー」
七斗は失礼しますと言うとクッションの置かれた床に座った。
それを見て日菜と真由美も机を間に、向かい側に座った。
「いやぁでも、流石お姉ちゃんの息子だなぁー。礼儀正しいし意外とイケメンだし」
あぐらをかきながら顔を近づけるなり、ジロジロと顔を見て言った。
「意外とってなんですか…」
少し失礼とは思いながらも相手が相手であるため、これくらいならいいか、と突っ込んだ。
「なんか私がダメな娘みたいじゃん…」
ゆるい表情で悲しげに言った。
ちょっと待ってて、と言うと真由美はキッチンへ向かった。
「お母さん明るい人なんだね」
この前のように下を向いてもじもじしている日菜に話しかける。
「そ、そうなんです。私とは違いますよね」
目線は合わせず、下を向きながら言った。
「ひなちゃんはひなちゃんだよ。人それぞれだよ」
「ありがとうございます」と言うとさらに下を向いた。日菜の表情からは少し照れているような感じがなんとなく読み取れた。
「おまたせー、真由ちゃん特製アップルパイです」
どん、と机に置かれたのは、大きく程良い焼き目のついたアップルパイだった。
リンゴとシナモンの香ばしい香りで、匂いだけでも美味しいと言えるような香りだ。
真由美はナイフで八当分に切ると、二枚の小皿に一つずつ分けて乗せた。
小皿とコーヒーの入ったカップを七斗と日菜の方へ寄せた。
「どうぞ召し上がれー」
真由美の声に続けて手を合わせると、「いただきます」と言ってフォークでアップルパイを一口分に切り、口へ運んだ。
「どう?」
真由美はニコニコしながら七斗を眺めている。
その味は『です』を付け忘れ、自然に「美味しい」と言葉を漏らすほどに美味だった。
続けてもう一口分切って口に入れると、次はコーヒーで流した。
そのままも美味しいが、コーヒーを口に含むと鼻から息をしたときの風味が口内を幸せに包んだ。
「美味しいです」
真由美の方へ顔を向けると、敬語に言い直して言った。
「ほんとーー?よかったぁー。アップルパイは自信があるのよねー!」
ニコニコと嬉しそうに言った。
「お母さん、昔から作ってくれてたもんね…」
日菜も美味しそうに上品に食べていた。
そろそろ本題に入ろうと、七斗は気持ちを切り替えた。
「で、母のことなんですけど…知りたいんです。何かご存知ですか?自殺した理由…とか」
真由美は先程とは一変、真面目な眼差しを向けてくる。
「お姉ちゃんのことね。知らないわけではないの…」
先程より一つトーンが下がった。
「……」
「まあ、大人のいざこざって言うのかな。せっかく来てくれたのに言うのは申し訳ないけど高校生にはまだ少し早い話だと思う」
「お母さん…」
「七斗君だって色んな思いでここに来てくれたんだろうし、それに答えてあげなきゃいけないってのはわかってるつもりだよ…」
掠れるような声で言うと、鼻をすすりながら瞳からは涙を流し始めた。
きっと昔の頃を思い出して辛くなってしまったのだろう、と思った。
「なんかすみません…」
「七斗君のせいじゃないよ…」
涙交じりの声で言った。
結局その後、これ以上聞き出すのは悪いだろうと思い、情報は何もないまま家に帰った。
母親のことを何か一つでも知りたかったが、アップルパイが食べられたので良しと前向きに気持ちを抑えた。
七話をご覧いただきありがとうございます!
最近も書くのがとても楽しいです。
もちろん文章力の方は上達しないのですか(笑)
そろそろブックマークとか欲しいなぁって思いますので、お気に入ってもらえるように日々精進していきたい所存です!
次も見てくださいね!
ねこ永ねこ太でしたー




