海辺のおはなし
私は晴れた日が好きだ。私の好きな少女は、晴れの日に散歩の道中でここを通るからだ。今日もとてもよく晴れている。私の大好きな「晴れ」である。暑すぎず、寒すぎもしないこのポカポカとした天気は、私に眠気を誘う。だが、その眠気を必死に殺して、私は彼女を見逃さないために浜辺に目を凝らす。
少しすると彼女が歩いてきた。白いワンピースを着ていて、白いヒールを手に持って裸足で浜辺を歩いている。
とても綺麗な女性なのだ。
彼女は綺麗な景色を堪能したりして、本当にこの浜辺を楽しんでいる様子だった。
彼女がくる時間は朝方が多いが、夕方、地平線に浮かぶ赤い夕日を見ながら散歩をする日もあれば、夏の夜に潮風を浴びながらここを散歩するときもあるのだ。
私はこの地を好いてくれている彼女がとても好きだ。彼女は天使のような笑顔で、この景色を楽しんでくれる。とても優しい笑顔で鳥や貝や流木など、あらゆる生き物に語りかけることがあるのだ。彼女は本当に優しい子だと思った。だから私は彼女に恋をしたのだろう。
だが、彼女に私の気持ちが伝わることはない。
とても辛いことだが、私はそれでもいい。彼女を毎日見つめられるだけで。それだけで満足だ。
私は冬が嫌いだ。彼女があまりここに来なくなるからだ。寒い冬には、彼女の身体は保たないのかもしれない。
それでも、ここに来てくれることは幾つかある。その時の私の嬉しさと言ったら言葉にできない。
季節は過ぎる。何年も何年もするうちに、彼女は少女から女性になった。彼女は昔より綺麗になったと思う。爽やかな笑顔で、この景色を楽しんでくれる。
ある日、彼女がいつものようにやってきた。彼女の笑顔はいつも通り素敵だったが、その中に何故か寂しさを感じた。秋の風は、どこからか私へも寂しさを運んできた。
それから彼女が海辺に来る日が少しずつ少なくなっていった。
冬になった。元々彼女はこの季節にここを訪れることな少ないが、いつまで待ってもこなかった。とても悲しく、辛く、そして寂しかった。
もうこの景色を好きでなくなったのだろうか。
私はそう思った。
何日、何週間、何ヶ月待っても彼女が来ないまま、ついに春が来てしまった。
まだ朝晩は冷えるが、昼には少し暖かくなる日だった。
待ち望んでいた彼女がきた。
でも、様子がおかしい。
彼女は車椅子に乗っていた。後ろにいた中年の女性が車椅子を押している。
彼女は昔の姿を見る影もなく、やせ細っていた。見ただけで体力が衰えているのがわかる。残り少ない体力を使って、全力でこの景色を楽しもうとしている様子だった。彼女の笑顔を見て嬉しいはずなのに、私は寂しくなった。
彼女はこの景色を見納めるかのように、力いっぱいこの景色を楽しんだ。ついには車椅子から降りて、自分の足で歩き始めた。
私は、彼女にこの気持ちを届けたいと思った。
私は必死に手を伸ばして、彼女に綺麗な貝殻を届けた。
彼女は嬉しそうに足元に流れてきた貝殻を拾って、満足気に再び車椅子に座った。中年の女性はまた彼女の車椅子を押して、海辺から去っていく。
私は、その後ろ姿をただ眺めているだけで満足だった。
あれから彼女は来ない。
数十年経った今日も、
私は変わらず優しい波音を立てる。