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最終回 変わりゆくもの、変わらないもの(視点:川瀬広)

最終回です。

宜しくお願い致します。

 幼い皆が、公園で遊んでいる。キャッチボールだ。小さな手に不釣り合いなボールを握り、皆は遊んでいる。陽に、見治に……添。

 添がこっちに向かって何か叫んでいる。ジャンプして、大きな声で、手を振って……笑っている。


 妹に近づく。でも、そこで突然場面が切り替わる。花火が上がっている夜。近くには、両親と、そして、添がいる。妹は僕の裾を掴み、顔を見上げている。妹の目には、赤い閃光が瞬いていた。

 

 その閃光が突然消えた。

 目の前には、顔を真っ赤にし、唇を噛む添がいた。鋭く、僕を睨みつける妹。そんな彼女を前に、僕の中で、何か、物音がなった。


ーーーーーーー


「川瀬君、大丈夫?」


 呼びかけられ、僕の意識は現実へと舞い戻る。今、僕は山積みの本を抱え、本棚の前に突っ立っていた。


「えっ……は、はい。大丈夫です」

「本当? 何だか元気がないみたいだったけど」

「少し寝不足でして……」

「しっかり寝なきゃだめよ。じゃないと学業に影響するから」


 それを最後に、隣に立っていた、図書室の司書の人は、僕のもとを去っていく。

 僕は、一人になったの後、目の前にある本棚に目を移す。一般小説のコーナー。恋愛系統だと思われる背表紙が目についた。


ーーーーーーー


 外の暗闇が深くなっていく。それは、校舎内も同様で、廊下は緑色の避難灯が一人、寂しそうに、光っているだけだ。

 見治も、陽も、居ない。一人っきり。僕は廊下を歩く。


 ……二人は、選択し前へ進んだ。僕は……進んでいるのだろうか。待つ……聞こえはいいけど、それは結局の所、昔の僕と全く同じじゃないのか。

 進んでいない、止まっている状態。本当にあの時、陽に話した決意が正しいものだったのか、こうも長引いては自信が持てなくなる。

 そんな思いだったからこそ、それは僕の目を惹く。


 強く、離すことなんて出来ない。暗い廊下で、見づらかなった筈なのに……僕は、添の立ち姿に心をとらわれた。


「遅いよ、兄さん」


 ぶすっとした口調で、首元に幾重にも巻かれたマフラーから口を出し、妹はそう言うと、僕に近づいてくる。

 トコトコと、その歩幅は、普段より小さく思えた。


「添……どうして」

「どうしてって、兄さんの靴が下駄箱にあって、まだ帰ってないって分かったから」

「えっ、それって……僕を待ってたってこと?」

「悪い?」


 先程と同じように、ぶすっとした物言いの妹。でも、近いからか、そんな妹の顔が赤くなっているように、僕の目には見えた。


「悪くない……けど」

「なら一緒に帰ろう」

 

 そう言って、妹は回れ右すると、僕に先立って歩き出す。

 突然の妹の行動に、考えが纏まらない。でも、心は決まっていた。周囲の、秋の冷気とは裏腹に、僕の心は暑くなっていた。


ーーーーーーー


 太陽が地平線へと沈んでいく。

 辺りは夕焼けの赤色から、黒色へと移り変わり、それに伴って街灯の灯りが存在感を示し始める。

 そんな灯りに照らされつつ、僕らは自転車を押しながら家への帰り道を歩く。


 気まずくはなかった。無かった……けど、気持ちが落ち着かない。隣に妹がいる、その事がどうしようもなく、僕の心を動かす。


 妹は、通学に使う自転車を押しながら、片手で周囲の暗くなりつつある光景をカメラで撮っていた。父から貰ったカメラ。確か高校の入学祝いでプレゼントされたやつだ。

 その前は、家族兼用の、古いデジカメで撮っていた。

 思えば、妹が写真を取るようになったのは小学高学年の頃だったような気がする。それ以来、妹は事ある毎にカメラを持ち出し、写真を撮っている。

 ……家族の中で、そのような趣味を持つのは妹だけだ。その事がかねてより疑問だった。どうして妹は写真を撮るようになったのだろうと。


 その事が伝わったのか分からない。思わず見続けていたからか、妹がカメラから目を離さないまま口を開いた。


「気になる? 私が何で周りの光景を撮るようになったのか」

「……気に、なる」


 急に問われ、言葉が上手く出なかった。

 その間も妹は、写真を撮っていく。空に浮かぶ三日月を、街中を照らす街灯を、寂しく佇む街路樹を、人を待ち続ける自販機を。

 フラッシュをたかず、わずかな環境光を頼りに撮っていく。


「私……変わっていくのが嫌だったの」


 妹が写真を取りながら言葉を紡いでいく。


「変わって……元へと、戻ることができない変化を……それを認めたくはなかった。変わらなければいいのに……ずっとあの頃の……楽しかった日々で、私は過ごしたかった」

「……」

「だから、写真を撮るの。写真の中の世界は変わらずに、そのまま有り続ける。それが変わり続ける世界に対しての私の姿勢、私の答えだったの」

「……今は違うの?」

「今は……少し違う。変わらなければ、気づかなければ見られない世界があるって分かったから、だからこれは……最後の写真です」


 そう言って、妹は僕にカメラを向けると、フラッシュをたく。

 突然の眩しさに目を細める最中、僕は声を、聞いた。


「好きです」


 光が消える……元の景色へと、戻っていく……たった一つを除いて。

 妹は、先ほどとはうって変わり、顔を真っ赤にし、自転車を止め隣に立っていた。


「私……兄さんの事が、好きです」


 妹が、再度言葉を口にする。

 今度は、妹の顔を見ながら聞く事ができた。熱のある……瞳だった。


「……もう、今までのようにはいかないよ」


 妹が自転車を止め足を止めたのに合わせ、僕もまた、自転車を止めた。感疎な住宅街ということもあり、辺りに人はいない。

 妹が口を開いた。


「分かってる。でも、私は……兄さんと特別になりたいの」

「……」

「いや……?」


 不安な影が妹の瞳に走る。僕は妹の言葉に首を振った。


「嫌じゃないよ。告白したのは僕の方だから。ただ……思い出してたんだ」

「何を……ですか」

「誕生日の時のこと」


 変わったあの日、己の気持ちに気づいたあの日。

 そして、あの時から僕の時間は止まった。戻らず、進まず、変化のない日々が続いた。

 今の、僕となったきっかけ。だからこそ、今、僕は避けていたあの言葉を口にした。

 

「あの時、絵を下手だなんて言ってゴメン……本当は嬉しかった」

「……あんなに私があげた絵を貶したのに?」

「本当にごめん……あの時から……いやその時にはもう添の事が好きだったんだ。それで、恥ずかしくてつい、ひどい事を言ってしまった」


 僕の言葉に、妹は顔を伏せる。僕から見て、この時妹がどんな表情になっていたか分からない。ただ、顔を上げた時、妹は真顔に近い表情になっていた。


「……もう一度いって」

「えっ」

「もう一度」

「……本当にごめん」

「違う……それじゃない。もっと……大事なこと」

「……添の事が好きだったんだ」


「私もよ、兄さん」


 気づいた時、妹の閉じた目が、長いまつ毛が直ぐ目の前にあった。

 口元に、熱を感じる……すごく、幸せな……気分になった。


「……やっちゃった」


 互いの顔を離したのち、妹が笑みを顔に貼り付けたまま、そう口にする。

 僕は口元に手を当てた後、口を開いた。


「……恥ずい」

「フフッ、兄さん今顔真っ赤よ」

「悪かったな、初めてだったんだからしょうがないだろ」

「私もそうだよ。兄さんが初めて」


 恥ずげもなく、妹は口にする……いや、やっぱり恥ずかしいのか、頬に赤みがさしているのに、僕は気づいた。

 恥ずかしくて、じれったくて……正真正銘、変わった僕たち。だからこそ、僕は口を開いた。


「写真……取らないか」

「写真……?」

「うん、そう写真」


 躊躇うように、妹は首からぶら下げていたカメラを手て覆い隠す。

 そんな妹に、僕は口を開いた。


「写真の中の世界は確かに変わらない……変わる前の世界を大事にしたい……変わりたくないってのは普通の、おかしくない、当たり前の事だよ。けど……けどね、僕は思うんだ。変わるから、変わらない前の世界があるんだって」

「……」

「変わらない日々を惜しんで写真を撮るんじゃなくて、変わっていく日々を思って、写真を撮る。それじゃだめ……かな」

「……今の私の気持ちも変わっていくの?」

「多分、変わっていくと思う……どちらに転ぶかは分からないけど」

「変わらないものはないんですか」


 小さな声で呟かれた妹の言葉。その言葉を合図に、僕は妹と目を合わせた。


「僕はずっと添の側にいるよ……添が生まれた時からずっと、これからも側にいるよ。それは変わらない」

「……」

「それじゃあ、だめ……かな」


 腰を屈め、妹と視線を合わせる……顔が、近くなる……そして、もう一度、僕らは顔を合わせた。

 長く、長く、互いの熱を交換しあった後、僕らは離れた。


「私も、ずっと兄さんの側にいます」


 そういって彼女は笑った。今まで一番、どの人よりも、明るくて、輝いて、温かい笑顔だった。


 あの頃とは違う関係。普通とは違う関係。

 両想いとなった、僕らの関係はこれからも変わっていくと思う。そして、世界の普通もまたこれから変わっていくと思う。停滞という選択はない。もしそれを選んでも、それは一時的なもの。今を変える、何かを決める選択は必ず来る。

 その時、僕は、僕自身が望む選択を再び、行うことは出来るのだろうか。

 それは分からない。でも、今の僕は思う。愛する人の側にずっと居たい。その為の選択肢をこれからも選び続けると、側にいる妹の手を握って、カメラを前に、そう僕自身に誓った。

(川瀬広視点:完)


普通ではない恋心を抱いた彼、および彼らの話は今回で、最後となります。

普通ではない恋を主題に話を考えた際、一番初めから出ていたものが近親愛でした。近親愛は、同性愛とは違い今の世界にて未だ忌避されているものです。愛という括りでは同じはずなのに、同性愛と比べ近親愛の風当たりが厳しいのは何故だろう。そんな疑問が本物語を書くきっかけの一つでもありました。

本物語がそんな疑問の答えを提示出来ているとは思いませんが、見つめ直すきっかけを皆さんに与える事が出来たのなら幸いです。


彼は、近親愛を貫き通す選択肢を取りました。しかし、これは彼らが自覚している通り、茨の道です。二人は周囲から普通じゃないという理由で後ろ指刺されるでしょうし、両親は子供たちが普通じゃない関係性を築いたことで、傷つくことでしょう。

それが、今の、世界の普通です。

それに対し、彼らはどうするのか。耐え続けて、恋人よりさらに先の関係性へと変わっていくか。それとも現実に押しつぶされ、世間の言う普通の兄妹に戻るのか。

それは皆様のご想像におまかせいたします。


ただ、多くの登場人物が作中で触れていましたが、私達、人間は変化していく生き物だと思います。普通に含まれる内容も変わっていくし、人との関係性も変わっていく。戸塚のように変わらない選択肢を選び、決断するのも変化の一つだと思います。


幸福、願望、感情といった、利他ではなく利己心を指針に動いていく。愛とは本来そう言うものではないかと、私は思うのです。


長くなりましたが、ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。稚拙な文及び稚拙な構成だったとは思いますが、彼らを書いていたこの2年間は楽しいものでした。


ここまでお付き合いして下さり、ありがとうございました。また機会があればお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人が結ばれて、とても嬉しいです。 これから茨の道が待っているでしょうが、覚悟のうえ。自分たちなりの幸せを掴むことを祈っています。 [一言] 完結、おめでとうございます。 有り難うございま…
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