表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/72

65話 もっと自由でいいと思うんだよ(視点:川瀬添)

 先生は一歩を踏み出した。

 優しかった面はそのままに、弱かった面を捨てて。


 私もそうなりたいと思った。先生に追いつきたいとか、そう言うんじゃなくて、ただあの屋上にいた先生のように、笑いたかった。


ーーーーーーー


 兄は変わらなかった。朝鉢合えば挨拶してくるし、普通に話も振ってくるし、冗談も言ってくる。

 そんな兄から私は距離を置いている。少なくとも今、まともに兄と話す事など出来そうにない。

 気持ちの整理もつかない状況で、兄と話したら、何が起きるのか……私自身怖かった。


 そんな中私は学校に通い続けた。花や戸塚たちと一緒に授業を受け、部活動に精を出す。

 先生は、良く部活に顔を出すようになった……さすがにいつもじゃないけど、でも前よりは良く来ている。

 それに先生は良く笑うようになった。些細な事でも頬を緩めるし、声を上げて笑う事もある。生徒の冗談に返す所も。

 そんな先生への評価は様々だ。前より親しみ安くなって良いという人もいれば、生真面目な性格が薄くなって嫌だって人もいる。

 私は、今の先生の方が好きだ。先生の笑顔が本心だと分かるしそれに……私自身無理しなくていいから。だから、先生が部活動に来てくれる日はホントに嬉しい。楽しいし、写真についても意見をくれるから。

 

 でも……やっぱり、そんな先生を見て少し眩しく感じる私がいる。私も先生のようになりたい。先生のように自分の気持ちに素直になりたい。でも、それが怖い私がいる。

 怖さを払拭するにはどうすればいいのか。それを知らなない私は日々を繰り返していく。

 そんな代わり映えのしない、とある日の放課後、廊下を歩いていた私は声をかけられた。


「おっ、川瀬くんの妹じゃん」


 振り返ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。背は私より少し大きく、キリとした目つきは戸塚を思い起こさせるけど、彼女ように棘さすような雰囲気じゃない。恐らく、クリーム色の癖っ毛と小顔が彼女の雰囲気を和らげていた。

 だからって訳じゃないけど、彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。


「……えっと、もしかして覚えてない?」

「えっ、あ、すみません。突然話しかけられたもので……どなた、でしたっけ?」

「四条結、といっても忘れても仕方がないか。妹さんと会ったの夏休み明けの時だし」

「夏休みが明けて……あ、陽先輩の友達の」

「そうそう、その陽の友達の、四条結」

「すみません、その、忘れてた訳じゃないんです。ただ最近色々あってゴタゴタしてて」

「いいよ、落ち着かない時は誰だってあるし」


 そういって、四条先輩は笑う。快活な、眩しい笑顔で。陽先輩が月だとしたら、四条先輩は太陽のような人だった。何となく、陽先輩が、四条先輩の事を好いていたのが理解できた。


「それで、先輩、私に声をかけてきたのは何でですか」


 陽先輩の姿を脳裏に思い出しながら、私は質問した。

 それに対し、目の前にいる四条先輩は、私の視点を現実へと引き戻す言葉を口にする。


「んーとねぇ、妹ちゃんと話したいなって思って」

「私と?」

「そっ、貴方と」


 そう言って、四条先輩を指差す。微笑を浮かべているのに、獲物を捉えたハンターのように、逃げ場を塞ぐ物言わぬ圧がそこにはあった。


「時間ある?」

「今日部活休みなんでありますけど……」

「じゃ、決まり」


 そう言って、四条先輩は私の手を取り、歩きだす。それがあまりにも自然にかつ強引だったもので、私は思わず声を上げた。


「ちょっ四条先輩」

「いいのいいの先輩に任せなさい」

「任せるって何を!?」


 脇目を振らず、進む四条先輩。そんな先輩を見て、何で陽先輩が彼女と友達でいられるのか、また分からなくなった。


ーーーーーーー


「うーん、美味しい〜」


 そう言って四条先輩は、目の前のテーブルにあるショートケーキを頬張った……ついでにモンブランも、あとマスカットのタルトも。あとは、バナナパフェに、シュークリームと……

 て、どれだけ食うつもりなんだろうこの人は。

 そんな考えが、顔に出ていたのか、四条先輩は、デザートを頬張る手を止め、口を開いた。


「妹ちゃん、嫌だった? ケーキバイキング」

「えっ、いや、嫌いでは無いですが……」


 何で私、ここにいるんだろうとは思うけど……。


 今私達は、ケーキバイキングのお店に来ていた。色とりどりのデザートに、木材を中心とした温かみのある内装は、女子に人気であり、うちの学校の生徒も良く来ているお店だ。


 そんなお店に来た理由は、ひとえに先輩に連れてこられたから。そう答えるのは簡単。


 でもそれは正解ではない気がどこかでした。

 ケーキバイキングのお店とかじゃなくて、自分の立ち位置というか、気持ちとか、そういった自分の場所が分からなくなる。

 でも、そんなこと四条先輩に言っても迷惑に違いない。だから、ここではひとまず思っていた疑問を口にする事にした。


「ただ、少し分からなくて」

「分からないって?」

「何で四条先輩は、私の事川瀬さんじゃなく、妹ちゃんって言うのかなって」

「あぁそのこと」


 そう言って四条先輩は、テーブルにあるコーラをストローを使うことなく一気飲みした。多分、口の中をスッキリさせたかったのだと思う。

 そんな先輩を見て、男らしいと思う反面、陽先輩と違い女子らしくはないなと、心の奥底で思った。


「理由は簡単だよ、ただ君のお兄さんを川瀬くんって読んでる以上、川瀬さんとは呼びづらいでしょ」

「そうですか? 先生方の多くはは、川瀬くん、さん呼びでわけていますよ」

「そうなの?……あぁでも私には無理かも。今度川瀬くん呼ぶとき、さん呼びしそうになると思うから」


 そう言って目の前にいる四条先輩は小さく笑った。そんな先輩は、何処か余裕があるような、大人な感じがした。

 1学年年上だから、て理由じゃなくて、何となく中身が私とは違う気がする

 そして私は、もう一つ先輩に対し、質問した。

 

「先輩は兄と仲がいいんですか?」

「ん、どうしてそう思う?」

「いや、なんとなく……ですけど」


 けど、仲がよくなければ、あんな穏やかに笑わないと思う。

 表の、私の言葉に、四条先輩は口を開いた。


「あぁ〜そうだね……」


 そう言いながら、四条先輩は、手に持っているフォークを指揮棒のように振る。

 そうして、しばらくした後、四条先輩は口を開いた。


「最初は嫌いだったけど、今は友達だよ」

「……嫌い?」


 直情的な性格だとは思ってたけど、嫌いという言葉に、思わず反応してしまう。

 オウム返しになってしまった私に対し、四条先輩は口を再度開いた。


「そっ、嫌い……意外だった? 私がそんなこと言うなんて」

「いや、それは別に……四条先輩って思ったこと直ぐ言うタイプですよね、多分」

「えぇ〜ひっどい。ま、自分でも自覚してるけどね。じゃあ、どうして驚いたような反応したの」


 それは……兄さんの事を貶されたから。とは、言えなかった。兄妹なら、怒るのが普通なのかな、でも今の私の気持ちが普通なのかどうかもう分からない。だから、今の私には話題を逸らす事しか出来なかった。


「いや、嫌いになる程四条先輩と、兄って関係性あるのかなって思って」

「う〜ん、まぁ間接的にね」

「間接的?」

「陽つながり。ほら、陽って貴方のお兄さんの事好いていたじゃない」


 あっさり言った四条先輩に私は面食らう。言うのかと、それを……いや、私が陽先輩の恋心を知っている前提で言っているんだ。情報の共有のように。それなら……分からなくもない。陽先輩は、分かりやすい面があるから。

 でも……陽先輩の事を聞くと少し、胸がざわめく。


「そうですけど……それが兄を嫌うことの理由になるんですか」

「だって、思わない? あんな美少女が好いているというのに、気持ちに答えないなんて。そんな彼女の側にいた身としては物申したくなるよ」

「……それが兄と関わるようになったきっかけですか」

「そっ、あんなに陽が好いている相手がどんな奴だと思って、それで話しかけたんだ」

「それで……うちの兄はどうでしたか」

「普通!」


 はっきりそう言い切ってしまう四条先輩に、私はなんとかつくり笑いをして、反応する。

 それに、恐らく気づいた上で、四条先輩は話を続けた。


「普通だよ、貴方のお兄さんは……喜び、怒り、楽しみ、そして……哀しむ。普通の人」

「……」


 場面が、思い浮かぶ。暗い部屋の中、思い悩む兄。そして、日が暮れた中、兄のあの言葉。

 脳裏に浮かぶ場面と重なるように、四条先輩が言葉を続ける。


「貴方のお兄さんを見て分かったんだよ。何て、私……私達は身勝手なんだろうって」

「身勝手……?」

「そう、身勝手」


 四条先輩は言葉を続ける。


「勝手に型を作って、人の思いをその型をにはめて……押し付けて……矯正して……ほんと、勝手」


 だんだんと声を弱めていく四条先輩。昔の私なら何を言っているのだろうと思っただろう。でも今は、意味が分かる。先輩が何を伝えたいのか。


「……それで、先輩はどうしたんですか。他人の気持ちを推し図らずして、どうやって兄と友達となったんですか」

「素直になったんだよ」

「素直?」

「そっ素直。自分の気持ちに素直に、偽らず、ありのままに行動する。それで、貴方のお兄さんも、陽とも仲良くなれた」

「……」

「納得出来ない?」

「いや……そんなこと……」

「いいよいいよ、これは私が出した結論だから」


 そう言ってカラカラと四条先輩は笑う。先輩のこと、太陽のような人だと思ったけど、それは、天然じゃなくて後天的なものだったかもしれない。

 でも……やっぱり何処か釈然としない。私は口を開いた。


「でも、それだと、迷惑になりませんか。全員が全員、思い思いに行動したら」

「そうだね、だから素直っていってもある程度はブレーキをかける必要はあると思う……けどね」


 そこで、四条先輩はひと呼吸おいた。


「私としてはもっと自由でいいと思うんだよ。傷つくかもしれないけど……それでも、自分が望むこと、したいこと。それを正直に表現してもいいと思うんだよ」

「……」


 思い出すのは、あの人の涙。


 私は傷つけた。間違いなく、先生の奥さんを傷つけた。

 ……けど、もしかしたら、道は続いていたかもしれない。傷つく人がいると分かった上で、進む道が……いや、あったとしても私はその時、その道を選択しなかった。

 なら次は? 同じ道が現れた時、私は……どうするの?


「まっ、つまり言いたいことは今の気持ちが大事ってこと。過去とか、周りのこととか関係なく、今の自分がどうしたいのか。それがきっと大事だと思うな」


 続いていく四条先輩の言葉。

 私はひとまず、今の思いを閉じ込める。じゃないと、口を開けそうになかった。


「……兄と仲良くなれたのも自分の気持ちに素直になれたから?」

「えーと、貴方のお兄さんに関しては実の所、少し違うけどね。でも、陽とはそうやって仲良くなれた」

「陽先輩ですか……?」


「うん、最初の時よりもずっと、仲良くなれた」


 四条先輩の言葉には実感がこもっていた。

 そんな彼女に対し、私は口を開く。


「陽先輩と何かあったんですか」

「何かあったって、陽から聞いてない?」

「聞いたって何をですか?」

「それは……あぁこれは本人から聞いた方がいいか」

「?」

「陽のお見舞いに行ってあげて。その方が彼女も喜ぶと思うから」

「……分かり、ました」


 何かを含んだ言い方。気になったけど、追求しても答えてはくれないような気がした。


 その後、四条先輩とデザートを挟みながら話した後、私達は別れた。

 結局、四条先輩がどうして私を誘ったのかは分からなかった。でも、多分、先輩の性格を思い起こしてみると、ただ私と話したかっただけのように思えた。友達の妹として、興味があった、だから私を誘った。


 川瀬広の妹。それが私。その型を外すことは出来ない。周りからもそう見られる、そう振る舞うように期待される。それを、裏切ることは出来ない。

 でも……


「もっと、自由で、素直で、正直に……か」


 一人になった後、私は独り言を、呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ