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62.5話 夢(視点:川瀬広)

今回の話は、62話で教助先生と別れた後、陽の見舞いにいった広たちの話となります。

その為、時系列としては、63話より前、62話と同日の話となります。

 何か変わるんだと思ってた。

 妹に告白したあの時から、取り返しのつかない変化が起こるものだと思った。

 でも現実は……僕の予想とは違ったように動くらしい。


 後悔はしていない。重荷が降りた感じもした。でも……別の、何かがあの時から、僕の心に住み着いた。


ーーーーーーー


 目の前にスクリーンがある。視界いっぱいに広がる、端が分からないほど、大きい物。

 そこに映像が映し出される。病院の一室、ベットに佇む少女と、その友達なのか、二人の制服姿の男女が会話している場面。それを僕は椅子に座りながら見ている。

 青春ものかは分からない。ただ、病室でありながら暗い雰囲気ではなかった。だから、見ている側は心を傷めずにすむ。

 仲睦まじい光景。このままずっと観客として、見ていたかった。


 そんな折、変化が起こる。映像の中の人物がこちらに視線を向けてきた。カメラ目線、最初は一人だった。次にもう一人、そして最後は三人ともこちら側を見ていた。

 何事か、そう思っていた矢先、映像の唯一の男性である人物が口を開いた。


「広……広っ」


 自身の名を呼ばれ、僕はようやく目を覚ます。

 そこは、一方向だけのスクリーンではない、360°の全方位スクリーンでもない。紛れもない現実の世界だった。

 映像の中の人物たちは作り物ではなく、僕の友人達。

 四条さんと見治、三人で陽の見舞いに来ていたことを僕は思い出した。


「ごめん、ちょっと気、抜けてた」


 病室内にあった丸椅子に座っていた僕は、開口一番に謝る。

 けど、それで素直にはい、そうですかと済むはずがない。先程の映像より、解像度が増したかのように見える世界で、クリーム色の癖っ毛をぴょこぴょこと揺らしながら四条さんが、口を開いた。


「気い抜けてたって、そんな風に見えなかったけど」

「そう?」

「そうそう……やっぱりさっきの件、引きずっているんじゃないの」

「さっきのって?」


 そう言って、ベット上に佇む陽が尋ねてくる。心なしか、あの夜の時よりも顔色が良く見えた。


「さっきのって、教助先生のか」


 続くのは僕の目を覚ましてくれてた見治。こうして、三人が全員、僕の事を心配し始めた。


「そうそう、教助先生。あんなこと言ったらそりゃ気にしちゃうよ」

「あんな事って?」

「『妹さんの調子はどうですか』ですって。全く先生がそれ言いますかってところよ」

「教助先生は添ちゃんの所属する写真部の顧問だろ。気にするのは当たり前じゃないのか」


 首を傾げる見治。そんな彼に四条さんは、口を大きく開いた。


「だって、先生は添ちゃんの事が好きっ……あぁ! 違う違う、そうじゃなくて先生は添ちゃんの事が好きじゃなくて……」


 口が滑った……というのだろうか。

 四条さんは不味い事を言ってしまったかのように、首や手を振り、否定し始める。そんな彼女に対し、見治は何事も無かったように、口を開いた。


「へぇ先生、意外と添ちゃんの事気にしてたんだな」

「気にしてたって、高城君知ってたの? 教助先生が添ちゃんの事好きって事」

「添ちゃんが教助先生の事を好きだと言うことは知ってた。先生もまた添ちゃんの事を気にしてたとは知らなかったけど」

「あの……実は私も知ってた」

「陽も!?」


 声を上げる四条さん。そして、彼女は大きなため息をついた。


「何だ……てっきり皆知ってないって思ってた」

「多分気づいているのは私達だけだと思うけどね」

 

 苦笑いする陽。そんな彼女に対し、四条さんは口を開いた。


「まぁ、そうじゃなきゃ噂になってるよね……でも、私が見る限り教助先生は相当川瀬さんに入れこんでいると思うよ」

「どうしてそう思うの?」

「だって、さっきの教助先生、何か様子が可笑しくなかった? 何かよそよそしいって言うかなんて言うか」

「確かに、言葉を選んでいる感じはしたな」

「そうそう、何か気をつけて話しているみたいだった。絶対先生、川瀬さんに何かしたんだよ。それで、本人と会いづらくなってお兄さんの川瀬くんに聞いたんだよ」

「いや、それは違うと思うよ」


 そこで三人の会話を眺めていた僕は、ようやく口を挟んだ。当事者とも言える僕の発言に当然ながら三人は、僕に視線を向けてきた……特に四条さんの食いつきは凄った。


「違うって、どうして? だって川瀬くんだって教助先生が川瀬さんの事好きだって知ってるでしょ。いわば恋のライバルなんだよ」

「恋のライバルって……そんな恋とかはっきり言うキャラだっけ四条さん」


 この前の、意趣返しとなる僕の言葉。でも、四条さんは気にせず言葉を続ける。


「良いの、これが今の私なんだから。というかいいの、このままだと取られちゃうかもよ」

「取られちゃうか……やるべきことはやったんだ。それも……仕方がないさ」

「やるべきことって……?」

「告白したよ、妹に」


 意識して、僕は自然に聞こえるよう打ち明ける。そして、それを聞いて四条さんは、口が半開きとなった。


「え、え、嘘嘘嘘嘘、え、本当?」

「本当だよ。てか、四条さんには言ったつもりだったけど、告白するって」

「いや……そうだけど、え、本当に、うそ」


 そう言って、一人四条さんはテンパっていた。

 そんな彼女からは嫌味といったものは感じられない。ただ単に驚きを隠せないでいるようだった。

 本当に彼女は変わった。いや……彼女自身が変わったというより、僕との関係が変わったと言うべきなのだろう。

 そんな彼女を見て、内心ほくそ笑んでた僕は、見治に話しかけられた。


「で、どうだったんだ返事は」


 彼は平静だった。見治なりに心の整理をしたんだと思う。そんな所が彼らしくもあり、同時に尊敬出来る箇所でもあった。


「いや、それが貰ってない」

「? 貰ってないってどういう事だ」


 首を傾げる見治。そんな彼の疑問に答える為、僕は口を開いた。


「逃げられた。告白して直ぐに。それ以来無視され続けてる。だから添の様子が可笑しいのは教助先生じゃなくて僕のせいなんだ……まぁもっともその後で、添と先生との間で何かあったかもしれないけど」

「……そうだったんだな」


 見治が返事をする。また、いつの間にか落ち着いたのか、四条さんは彼の隣で、腕を組み、うんうんと頷いていた。

 そして、残る彼女、彼らの奥にいる陽は……真顔のまま僕に顔を合わせていた。


「ねぇ広……広は今どんな気持ち?」

「どんなって……」


 唐突な彼女の問いかけ。そんな彼女の言葉に僕は思い出さずにはいられない。彼女の告白を返さず、逃げ出したあの時の事を。

 それが、分かったのだろうか。彼女は僕の言葉を聞かずに首を振った。


「ううん、私の事は忘れて。ただ、少し気になったから」

「気になるって、何を?」

「広の、今の気持ち」


 彼女の言葉。それに僕はすぐには答えなかった。

 息を吐く。短く、肺の空気を半分ほど残して。僕は陽から視線を下げた。


「どう……だろ。分からない、自分のことなのに」

「……」

「でも、きっと不安……を感じてるんだと思う。じゃなければきっと教助先生の言葉に動揺する筈ないから」


 だからこそ、現実に目を向けられない。だからこそ、現実をフィクションのように感じてしまう。夢見心地になってしまった。

 それが僕のの言葉を聞き、陽が口を開いた。


「それで、広はどうしたいの。これから」

「待つよ」


 彼女の問いかけに僕は、即答した。


「僕が言ったんだから今度は添が答える番だとかそういう意味じゃなくて……ただ何となくだけど……待たなきゃだめな気がするんだ……ほんとに何となくだけどね」


 人は、人の思いをいつでも受け止めきれる訳じゃない。受け止めきれず相手を非難する時もあるし、逃げ出してしまう時もある。その事を僕は知っている。

 そんな僕だからこそ、妹を待たなければならない気がした。

 僕の言葉を聞き、陽は口を開いた。


「それがいいと思う。添ちゃんの事を待ってあげて。彼女は彼女なりに考えている筈だから。だから……その時が来たら彼女の答えを聞いてあげて」

「うん、そうするよ」


 僕は陽に顔を合わせ、そして微笑んだ。

 そんな折、しばらくの間、口を挟んでこなかった四条さんが口を開いた。


「陽って、何だかお母さんみたい」

「えぇ〜、年増ぽいってこと?」

「それっぽい」

「俺もそう思っていた」

「僕も」

「二人とも私をそんな目で見てたの!?」


 大声を上げる陽。この時、彼女は笑っていた。そして、僕たちも彼女につられて笑い合う。


 少し前までは、想像つかなかった光景。こうして、何の裏表もなく、まだ何の悩みもなかったあの頃のように……いや、それ以上に笑い合える日が来る何て思ってもみなかった。

 そして、これは夢でもなければ、スクリーンの中でもない現実の世界。少し前までの、あの閉じこもっていた日々とは違う。これは現実、数年間の暗闇の後、僕はここにたどり着く事ができた。


 笑い合っている、陽と見治と四条さん。仲睦まじく、完成されているかに見える光景、願っていた現実。

 でも、そんな現実に一人の人物が紛れ込む。童顔の、目がくっきりとした少女。彼女もまた笑いながら三人の輪に加わっていく。

 現実が、再び夢へと、スクリーンの中へと変わっていく。

 ……分かっている、頭は、先程と違い冴えている。でも、現実ではないと気づいていながら、僕はその夢から、目覚めたくはなかった。

次は別視点となります。

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