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64話 僕の言葉(視点:川瀬添・崎島教助)

前半は川瀬添視点、終盤は崎島教助視点となります。

宜しくお願い致します。

 分からない。

 どうしたいのか、どう思っているのか。

 分からなくて、逃げたくて、でも逃げられなくて。居場所なんかなくて。


 もう……ほんとうに、わからない。


ーーーーーーー


「なにしてるんだろ、私」


 一人、私はつぶやく。


 月曜日、部活動はお休み。それなのに、私は部室にいる。誰もいない部室は、ほんとうは広く見える筈なんだろうけど、今の私には、狭く思えた。


 窮屈で、暗くて、息が苦しくなる。


 私は椅子に座る。息を整える。大丈夫、吐き気はしない。休みの日よりも、まだ気分は良い。兄と一緒の時よりは……

 そう考えた瞬間、息がまた乱れ始めた。

 まただ、先週からずっとこの調子。兄の事を考えただけで、普通じゃいられない。


 息を吸いなんとか、落ち着こうとする。

 でも、狭く感じる部室では、そんな私の考えを後押ししてくれない。むしろ追い詰めてくる。

 どんどん、壁が私に迫ってくる。どんどん視界が暗くなる。

 不味いと、思った。でも、上手く呼吸が出来ない。

 

 狭く、暗くなっていく世界。助けて欲しかった。誰かに救ってほしかった。光ある所に導いて欲しかった。笑っていたかった。


 だから、一筋の光が、差し込んだとき、私はそれに手を伸ばした。

 

ーーーーーーー


 学校の屋上。髪が靡く程度の風の中、私は息を吸う。

 冷たい空気。でも、それが気持ちいい。夕焼けに照らされる人気のないグランドを見下ろしながらそう感じる。

 

 息を整えた私。そして私は隣にいる彼に顔を向けた。


「ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ、気分が良くなったのなら良かったです」


 そう言って、私を助けてくれた人、教助先生は微笑んだ。

 普通の笑顔、多分、他の生徒なら何も思わない。けど、私は、先生の笑顔の奥に、これまでの先生とは違ったものが見えた気がした。

 相手を包み込むような、柔和なものじゃなくて、硬い、形あるもの。

 口を開く前には、もう気づいていた。

 

「……決めたんですね」


 私の言葉に、先生は口を閉じる。そして小さく頷いた。


「妻とヨリを戻すよ。だから……川瀬さんの思いには答えられない」

 

 先生からの、別れの言葉。けど、それは思っていたよりも、ずっと静かで、波音なく私の心に届いた。


「そうですか……」


 私は一言そう口にし、先生から、顔を逸らす。視線の先には、夕焼けにより刻々と暗くなっていく街並みが広がっていた。


「……変わったんですね」


 今度の言葉は、響いた。私が出した言葉なのに。

 ……先生は直ぐには答えなかった。だけど、無視もまたしなかった。


「……変わってないですよ」


 答える先生。

 見てみると、先生も私と同じように、変わりゆく街並みを顔を向けていた。

 先生の眼鏡の奥にある、瞳が細まる。


「僕は……僕のままだ」


 先生の言葉、それを聞き終わった後、私は再度変わりゆく街並みを視界に入れた。


「変わってますよ。だって先生の一人称て、私じゃないですか。僕って、それじゃあまるでウチの兄さんみたい」


 童顔で、ぱっとしない兄……ついこの前までは。

 今は違う。変わった。大人びた、私の知らない兄さん。


 近くにある屋上を取り囲むフェンスに腕をのせる。

 今は気持ち悪くない。けど、何かにもたれ掛かっていないと、立っていられそうになかった。


 息を吸う。新鮮な空気が肺に、頭に充満する。その時、頭に浮かんだのは何も知らずに、新鮮な空気を吸っていた、あの頃の光景だった。


「一目ぼれだったんです……先生の事を好きになったのは」


 誰にも言ったことのない、胸の内にしまっていた言葉が出てくる。そして、それは止まりそうになかった。


「部活動紹介の時、写真部の顧問で出てきた先生を見て、心の奥底で思ったんです。私と同じだって」

「……同じ?」

「そうです」


 口をつぐむ。

 息を吐く。先程吸ったはずの冷たかった空気は、気持ちの悪い生暖かなものへと変わっていた。それを感じ、耐えながら私は後の言葉を吐いた。


「現実に向き合えなくて、でも背く事も出来なくて、立ち往生している。そんな中途半端な人間」

「それが自分だと……」


 先生の言葉に頷く。

 変わってほしくないのに、変わってしまう人々、世界。どうして、楽しかった日々のまま止まってくれないんだろう。どうして、みんなで笑い合い続ける事は出来ないんだろう。

 どうして……あの頃の笑顔を私に向けてくれないの?


 フェンスにのせている腕に顔を埋める。

 視界は赤から黒へ。光なんてない世界へと変わる。

 昔は良かった。何も考えずにいられて。明るくて、暖かかった。そんな過ぎさった幻想を今も、追いかける。手に入らないのに、傷を舐めあうかのように、私は、先生を求めた。でも、それは……きっと……


「私は、元気を貰いましたよ」


 先生の言葉に私は顔を上げる。そこにあるのは同じ夕焼けに照らされた世界。でも、前よりずっと明るく、暖かく感じた。


「私は、川瀬さんに会って元気を、そして前に踏み出す勇気も貰いました。だから……そんなに自身を蔑まなくてもいいんですよ」


 暖かい言葉。

 先生はいつもそうだ。いつも私の事を思ってくれる。元気をくれる。

 似ているから。先生に惚れたきっかけはそう。でも今は……。


 私は頭を振り、考えを追い出す。そして、口を開いた。


「そんな事言って、奥さんにまた嫌われますよ〜。先生ったら女ったらしなんですから」

「女ったらしって、私そんな性格してます?」

「冗談ですよ、冗談。そんな驚くような顔しなくていいですから」


 先生の顔が面白くてつい笑ってしまう。だって、見たことない顔だったから。そして、多分、今の私も先生に見せたことない顔をしていると思う。仮面のような、からかう笑顔じゃなく、本物の顔。

 だから……大丈夫。


「私も先生に元気を貰いましたよ、昔も、そして今も。だから、部室にまた来てください。見せたい写真もありますから」

「行きますよ、顧問ですから」

「最近顔を出さなかった癖にですか?」

「そう言われると、痛いですね……」


 苦笑いする先生。それにつられ私も、笑った。そうしないと、先生は安心して前へ進めないから。


 きっかけは、私と似ていたから。今も大部分はそう。でも……全部じゃない。新たに芽生えた想いも……確かにここにある。


 さよなら、私の恋。

 私は心の中で、呟いた。

 

▲ーーーーーーー▲


 他人に影響されるのも、他人を真似るのも、私がした選択だ。

 私は、私を知らなかった。だから……迷いながら、選択を、決断をしていった。

 でも、もう迷わない。私の中に、私がいると、知ったから。


 これからも、私は他人に影響されるだろうし、他人を真似る事だろう。でも、それでも……私は私だ。

 だからこそ、この言葉は、他の誰でもない……僕の言葉だ。


「愛してる」

(崎島教助視点:完)


自分という存在を持てず、愛の中で揺らいでいた彼の物語は今回で、最終回となります。


普通でない恋というテーマを扱う以上、俗にいうハーレムのような、複数の相手と関係を持つ人の話は本ストーリーに必要でした。

彼は最終的に、妻一人と関係を築く選択を取りましたが、それが道徳的に正しい、という結論にはならないと思います。一人だけと関係を築くのか、幸せになれるのならと複数の相手と関係を持つのか、どちらが正しいかなんて、本当の所誰も分からないかもしれません。


次は別視点となります。宜しくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 2人とも、一瞬お互いに依存しそうになりながら、結局別々の道へと。 続きを楽しみにしています。
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