61話 重ねて(視点:崎島教助)
今回は前回の話の直後となります。
スマホを意味もなく開く。
メールも、ラインも、通知あり。でも、肝心の人からの通知はない。
見飽きた展開。でも、確認しないと落ち着かない。自然と気が付けば、スマホを開く。そして、消沈する。
私は彼女からの連絡が欲しかった。だが、私は彼女に何と言って欲しいのだろうか。何を望んでいるのだろうか。
それが、未だ分からなかった。
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今日、何度目か分からないスマホを確認する。肝心の彼女からの通知はなし。
ため息をつくことなく、スマホをポケットにしまうと、同じポケットから車のキーを取り出し、私はボタンを押した。
明日の授業の準備が終わり、この時の私は学校の駐車場にいた。時刻は夕刻。夜では無いが、それでも陽は地平線に姿を隠し、それこそあと数分もしたら星が見れる時間帯だった。
だからこそ、あたりは薄暗く、注意していなかったら人がいる事すら気づかない。
実際、この時の私がそうだった。
車の鍵が開いた印に、ライトが点滅する。僅かな時間。それこそ、1秒か2秒ほど。だが、それで十分だった。人がいると気づくには。
一人の女子高生が、ライトに照らされ立っていた。
そして、ライトが消えた後も、彼女は立ち尽くす。息を吐く音を伴いながら、顔を紅く染めて、私を見つめていた。
「川瀬……さん?」
私は彼女の名を口にする。口に出した、彼女の名前はひどく新鮮に感じられた。そして、同時に思い至る、彼女と話したのは、いつぶりだろうかと。
だが、そんな思いはすぐに消えてなくなった。
彼女が、私の胸に顔を、体を押し当ててきたのだから。
「ちょっ」
思わず、声が口から漏れる。
強い力だった。それこそ、彼女の華奢な体つきが分かるほどに、彼女は体を押し当てきた。
教師と生徒という立場柄、こういった場面を目撃されたら不味い事になる。それぐらい分かっていた。分かるだけで、さしたる行動を私に想起させなかった。
様子が変だと、この時の私は思った。
「どうしたんですか、川瀬さん」
彼女を引き剥がすわけでも抵抗するわけでも無く、少しばかり冷静さを欠いた声で、私は彼女に話しかける。
私の言葉に彼女は言葉を返さなかった。ただ、少し私の体に押し当てる力が強くなったのは分かった。
「何か言ってくれないと力になれません」
再度私は彼女に言葉をかける。今度は、先程より冷静な声で。
言葉通り、そのままの意味で、私は、彼女の事が心配だった。
そんな私の思いが通じたのか、彼女はようやく、私の体に押し当てた顔を上げた。
……彼女の目元が腫れている事にこの時、私は気づいた。
「好きじゃ駄目なんですか」
彼女の出した言葉。彼女の声は震えていた。だが、そんな彼女を目にして、私の頭は聡明にはいられなかった。
「好きっていうのは……どういった意味で」
たどたどしく、私は言葉を発する。そんな私の態度を吹き飛ばすかの如く、彼女は大きな声を発した。
「先生が好きってことですよ!」
空間など、もう殆どないにも関わらず彼女の足が前に出る。それに伴い、彼女の体がますます、私の体へと密着する。熱が……伝わる。
反射的に私は足を退いた。出来た空間。だが、彼女はそれを許さない。彼女が再度足を踏み出す。それに伴い、彼女の体が私の胸に再度当たった。
「こんなに好きなんですよ! 先生を愛してるんですよ! それっていけない事ですか! 許されない事ですか! 私には、先生しかいないんですよ!」
紡がれる言葉。いや……それは言葉というよりも叫びに近かった。
彼女は顔を上げ、私の顔を見つめ続けていた。車のライトに照らされた時よりも、更に頬を紅くし、息を荒らずんで。彼女の瞳には、熱があった。けど、それは太陽のような単純明快な暖かみというよりも、火が巻き起こす混沌の様相を成していた。
そんな彼女の瞳の中に、人が映り込む。雑種な人達を混ぜ合わせ、平均化して出来上がった人物の姿がそこにはいた。
そんな人物を、瞳に宿す彼女を見て、私は……行動せずにはいられなかった。
彼女の両肩に手を置くと、そのまま彼女を引き剥がした。そんな私の突然の行動に、彼女は当然反抗した。それこそ、足を踏み出し、距離を詰めようとする。だが、それを私は許す事は出来なかった。
「待って下さい、少し落ち着いて」
「落ち着いてって、何で!」
「頼むから!」
思わず、語尾を強めてしまう。そんな私らしからぬ言葉に、彼女の動きが止まった。
だが、変わらず、彼女は熱を秘めた瞳で私を真っ直ぐに見つめくる。そしてその瞳には、頬に赤みがさした男の姿が映っていた。
「頼むから、落ち着いてくれ」
「先生……」
彼女はこれまで私に向けていた視線を外すと、頭を地面に向け下げた。そして、そのまま肩においていた私の手を叩く。弱々しい力だった。
叩かれた合図をもとに私は、彼女から手を離した
「もう……大丈夫です。落ち着き……ましたから」
嘘だ、そう感じた。
外に出す激情こそ消えたが、内は違う。顔を見ずとも、仕草や声で分かる。
私は口を開いた。
「何かあったのですか」
「……いや、それは……」
彼女は言葉を濁す。
彼女が意思をはっきりさせないのは珍しかった。それこそ、私の記憶にある彼女はいつだって元気で、輝いていた。だからこそ……重なる。
今の彼女を見ていると、まるで鏡を見ているかのような錯覚に陥った。
「……ゆっくりしたら、どうですか」
気づいたら、私はそんな言葉を口にしていた。
そして、そんな私の言葉に彼女は反応した。
「ゆっくり……ですか」
彼女は顔を上げる。表面上は彼女は落ち着いていた。だが、まだ瞳には熱こそ無いが、渦を巻いているかのような混沌が垣間見えた。
そして、その混沌に巻き込まれるかのように、意識していない言葉が私の口から出てきた。
「そうです……少し自分を見直したら、分かることもあるのではないですか」
私は何を言っているんだろう。頭の片隅で思う。だが、その疑問が肥大化する前に、彼女が口を開いた。
「わか……リました……そう、してみます」
彼女は瞳を細めると、私から顔を逸らす。そして、彼女は足を下げ、私から距離をとる。
彼女はそこで一礼した。だが、その仕草は行儀の良さを思わせるものではなく、私から見れば他人行儀のように感じられた。
そして、その後顔を上げた彼女は、そのまま何も言わず、私に背を向けるとこの場から立ち去った。
徐々に小さくなっていく彼女の背中。そこで、私は陽がもう沈みきっていることに今更ながら気づいた。夕闇の中、彼女を見失うのはそう時間はかからない。
一人残された私。
足元に落ちていた車のキーを拾う。近くには私の車。だが、私は車には乗らなかった。暫くの間、私は彼女が去っていった方角を見つめ続けた。
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彼女に言った言葉。あれは真実ではなかった。あれは……私が私自身に向けて言った言葉だ。
分からない自分、曖昧な自分、迷っている自分。
……分かってる。そこから抜け出すのは覚悟するしかないと、決めるしかないと分かってはいる。でも、それでも、私は……私が何者か知りたかった。




