60話 変われていない(視点:川瀬添)
今回の話は、前回の話から数日後の話となります。
変わりたいと思った、変わらなくちゃいけないと感じた。
でも、今の私はあの頃と変わっていない。あの……考えなしに行動して、他人を傷つけたあの頃とは、何も……変われてない。
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先生は部活にはまだ顔を出してこない。そして、顧問が部活に顔を出さなくなったら、弛むというもの。目に見えて……て程でもないけどそれでも、写真部の雰囲気が弛緩していくのが分かった。
そして、それが分かっているのに、私はまだ……教助先生を避けていた。
先生が、顔を出していたときと比べ、部活は早く終わるようになっていた。そして、今日もその例に漏れず、秋で日が短くなったというのに、私達は日が沈みきる前に、下校することとなった。
体育館横にある駐輪場に、私はいつも自転車を置いている。その駐輪場には、私以外の人も無論自転車を停めているのだから、大抵は人がいるのだけど、今回鉢合わせた人物は私にとって、予想外の人だった。
「兄さん……」
「添……」
その日、私は駐輪場にて、兄と鉢合わせした。
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気まずい……。
ここ最近避けていたというのもあるけど、それ以上に、学校で、鉢合わせるという状況が恥ずかしかった。それなのに、一緒に下校しようなんて。
体がムズムズする。顔を合わせられない。
自分でも分からなかった。何で兄の一緒に帰ろう、という提案を飲んだのか。
前の私なら絶対断ってたのに……。
今、私達は並んで登下校用の自転車を引きながら家までの道を歩いている。隣にいる兄が今、どんな表情をしているかは分からない。隣にいるのだから、覗きこめば直ぐに分かるのだろうけど……でも兄がどんな気持ちなのか、知るのが怖く感じた。
私は、それを誤魔化すかのように口を開いた。
「兄さん、今日は帰るのが遅いね」
「図書委員の当番があったからな。だからいつもより遅くなった」
「図書委員の当番……」
図書委員の当番……図書室の貸し出しの仕事は二人一組の筈。そして、兄の相手は……陽先輩。
最近の彼女の事を思うと気が沈んだ。特に……昨日の出来事を思い返すと……て、どうして私がこんな気分にならなきゃいけないのだろう。私は陽先輩に告白しろとふっかけたし、それに……私は兄さんの事何かどうでもいい筈だから……。
私がこんな思いをするのもあの発言があったからに違いない。
何よ、ありがとう……妹でいてくれて、って。そんな事、真面目に言われたら恥ずかしくて、顔を合わせづらくなるに決まってる。
そうよ、私がこんな気分になるのも、最近の兄の言動が可笑しかったから。父と母が私のせいで喧嘩した時といい、数日前の件といい、ここ最近の兄は変わった……どうして?
『特別扱いなら添ちゃんの方だよ』
唐突に浮かんだ陽先輩の言葉。私は頭を振り、浮かんだ言葉を掻き消す。そして、私は只の好奇心という建前のもと、避けていた言葉を吐いた。
「兄さん、この前の……その……陽先輩のやつ、どうしたの」
言葉がスムーズに出なかった。それと同時に、恥ずかしくなった私は、顔を隣にいる兄とは正反対の方へと、向けた。
そんな私の行動を、兄がどう思ったのか分からない。けど、兄が口を開いた。
「この前って?」
「だから、その……告白の件……だよ」
私は思い返す。
これまでの兄達の姿を。兄が陽先輩に見せる笑顔を。そして、陽先輩が見せる兄への眼差しも。これまで、近くでずっと見てきたから……十数年間ずっと……。
だからきっと、今抱いている思いは、二人の関係が変わるかもしれないという、変化故の思いに違いない……それが……怖いからに違いない。
だから……早く答えてよ。
兄は口を開いた。
「断った」
簡単に、シンプルに、5文字もない言葉を出す。
その言葉を受けて私は……嬉しかった。率直に、それこそ、よし、と小さく呟く程に。でも……そんな事、私自身望んでいない。
直ぐに冷静になる。そして、喜んだ自分自身が……気持ち悪く感じた。だから、私は声を出した。
「どうして断ったのよ」
「どうしてって」
「だって、陽先輩あんなに良い人じゃない。あんなに中身と外が両立出来てる人なんて存在しないよ。それこそ、普通兄さんじゃ釣り合わないぐらい高嶺の花だよ」
口うるさく、雪崩のように、言葉を私は紡ぐ。
考えなしの言葉。だから、伝わっているのかどうかそんな事は、思わなかった。
「そうだね、僕には勿体ない」
兄は、私の言葉にそう返した。けど、その言葉を紡いだ声は、とても平凡のように私には聞こえた。そう、他愛ない会話でなされるような、そんな声。
それを聞き、私の自転車を引く手に力が入る。それと共に声にも力が入った。
「じゃあ、どうして断ったの。受ければ良かったじゃない」
兄を見ずに言った言葉。兄が私の言葉をどう受け取ったかは分からない。でも、兄の足取りは以前変わらない。
兄の言葉が私の耳に入ってきた。
「好きな人がいたから」
兄の言葉……それと同時に音が消えた。
自転車を引く音が聞こえない……いや聞こえないんじゃなく、鳴ってないんだ。私は立ち止まっていた。自転車を引かず、足を動かさず、ただ、立っていた。
私の視界に映るのは自転車を引く兄の背中。でも、それも直ぐに終わる。
兄の背中は消え、兄の顔が視界に映る。この時、兄の顔が、昔のような生気あるものでもなければ、反対に中学の時のように生気が抜けたものでない。私の知らない、大人びた顔をしていることに、やけに心が捕らわれた。
そんな兄の顔の一部が動き出す。
「どうした」
短く兄は発言した。
それを受け、私はどんな表情をしたんだろう。分からないし……分かりたく無いとも思った。
「誰が……好きなの」
私は言葉を吐く。
そんな私の言葉を攫うように、自動車が私達の横を通り過ぎた。
風が私達を巻き込む。カーライトの光が今の私達を照らす。でも、長くはない。直ぐに消えてなくなる。
その間、そしてその後も兄は私を見つめ続けていた。ずっと、ずっと、黙ったまま、私を見つめ続ける。
そして、私はある事に気づく。私達の影が2方向に伸びていることに。それと共に、鈍い音が背後から近づいてくることにも気づいた。きっと先程と同じく、自動車だろう。
影の方向が変わっていく、音が大きくなっていく。私達の取り巻く環境が変わっていく。
そんな最中、兄が口を開き始める。そして、その動作は前にいる私には酷くゆっくりに……見えた。
「お前が好きだ」
自動車が通り過ぎる。風が私達を巻き込む。音が掻き消されていく……でも、それは……遅すぎた。
兄の言葉は消える前に、私の耳に入って……、私の体に染み渡って……そして……私は……。
自転車に乗って、その場から逃げ出した。
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風が、風景が流れていく。外灯の輝きも、建物の明かりも、車のランプも、尾を引く光となる。
光に、過去の光景が投影させる。兄に手を引っ張って貰った光景、陽先輩達と初めて遊んだ光景、小学校の入学式にて祝ってもらった光景、登下校の光景、誕生日の光景、変わっていく光景、誕生日プレゼントを喜んでもらった光景、そして……告白された光景。
嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘。
口の中で、反芻される言葉。その度にペダルを踏む。強く強く、もっと速く、速く……光がますます尾を引いていく。
でも、投影された光景は消えない。過去の、今に至る光景を私に見せつけてくる。
私は陽が落ち始めた街を駆け抜ける。昔から、そして今も、変わらず私は……変わっていく目の前の出来事から逃げ続ける。
次は別視点となります。




