6話 普通って(視点:高城見治)
今回は、1~3話の主役であった川瀬広の幼馴染、高城見治視点となります。
時系列的には、4話と5話の間の話となります。
あの日の事を、きっと俺は忘れはしない。
俺の人生、運命が変わった日。あの暗闇の日々から俺は助けられた。そして、それ以降俺の日々は輝き続けている。
手にいれた輝きの日々、それを失わせはしない。
たとえ自分で自分を偽ったとしても。
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三人で出掛けたお祭りは本当に楽しかった。やっぱり、広や陽は俺にとってかけがえのない親友だ。
けど、だからといっていつまでもあの日の情景に浸っていていい筈がない。学校もいつも通りあるし、部活だってある。
だが、あのお祭りから数日経った今でも、俺はとある光景、考えに頭を捉えられていた。
広に浴衣を誉めてもらったとき、広に手を支えて貰ったとき、また広に自身の好物であった飲み物を買ってもらった時の陽の姿を。
薄々は感ずいていた、いや感ずいていたというよりもあまり考えたくはなかった、避けていた。
それでも久しぶりに3人で出掛けたあの日の、陽の反応を俺は無視する事ができない。
間違いない、陽は広の事が好きだ。それもおそらくずっと昔から。
そんな彼女は今、教室窓際の一番後ろにある自分の席で、カバーをつけた文庫本を読んでいた。
彼女は、休み時間をいつもそうやって過ごしている。それこそ、小学校、中学校、そして高校でも。クラスの連中とつるんだりとかはせず、一人で黙々と読書をするのだ。
そんな彼女の人付き合いの悪さは、普通なら人の輪に打ち解けてないとかで、欠点として見られるだろう。実際小学校の時はそうだった。
けど、俺達が成長した今、陽はそんな風にはもう見られたりしていない。陽のその孤独とも言える点が、今は孤高の存在という美点として見られるようになったのだ。
陽は成長し、綺麗になった。それもクラスの女子達には太刀打ちできないほどに。しかも彼女の手にいれた美しさは、モデルのような華々しいものではなく、どちらかと言うと気品、優雅さといった美しさだった。
そんな陽の美しさは、彼女自身の性格、雰囲気に合っている。
そうなれば、彼女の短所であった社交性のなさも、長所へと変わる。また、彼女と話してみると人当たりがよく優しい人だと分かる点もそれを後押しした。
彼女は意識して、孤高を貫いているのだとして。
実際のところは俺にも分からない。彼女が意識して、人を避けているのか、それとも本当にコミュ障であまり打ち解けられないのか。けど、いままでの彼女がそうであったように、今の彼女はそんな自身のスタイルを後悔していないように思えた。
それに、今の彼女は俺達以外にも友達がいる。同じ読書部の部員で、名前は確か四条という子だ。彼女の孤独を少し心配していた側としては、友達が出来たということは喜ばしいことではある。
けどそんな陽が広の事を好きだという憶測は、俺を不安にさせる。この考えが確信へと至った今となっては、それこそ満足に日常を遅れないほどに。
「おい、聞いているか高城」
そんな物思いに興じながら読書をしている陽を見ていた俺に、声をかけてきたのは近くの席に座る佐藤である。
しまった、見過ぎていた。あの噂が流れてから、なるべく怪しまれる行動は避けてきたのに。
立ち見姿の俺は陽から一旦視線を外すと、机に座っている佐藤と向き直った。
「悪い、聞いていなかった。何を話してたっけ」
「ゲームの話だろ。来週発売の奴買うかどうかって話してたじゃないか」
「そうだった、あのゲームね。で、どんなゲームだっけ」
「おいおい、最初っから聞いていなかったのかよ。一体何を見て………あぁそう言うことね」
ボロがでる。いくらあの頃から努力しても、機転の効かなさだけは変わらない。
佐藤はそんな俺から視点を外し、とある一点へと向く。そこは俺が先程まで俺が見ていた所だった。
「そう言うことって、どういうことだよ」
半ば察していても、声をかけるしかない。本当ならこんなやり取りなんてしたくはないけど、しなかったらしなかったで、より酷くなる。だからこそ、聞くしかない。
全く、ため息をつきたくなる。そんな俺の思いを知ってか知らずか佐藤は、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「お前、やっぱり愛梨と付き合っているだろ」
何回と聞いたであろう言葉。つきたくはなかったが、いざその時が来ると我慢が出来なかった。
俺は静かにため息を吐く。そして、これまで何回も言ってきた言葉を、嫌々ながら俺は吐いた。
「付き合ってないよ。これ前にも否定しただろ」
「けどよぉ、やっぱり怪しいってもんだぜ。相手なんて引く手数多のお前と愛梨が、恋人がいないってのはさ。それにお前らは幼馴染みでしょっちゅう一緒にいたりするじゃねぇか」
「だから、俺と陽が出来ていれば、その疑問は解決すると」
「そういうこと」
したり顔の佐藤。俺はちらりと陽の顔を盗み見る。確かに、そう思われても仕方がないかもしれない。噂があったのならなおさら。
でも、それだとしても俺としては否定せざるを得ない。依然としてこれは、俺にとって厄介すぎる話だ。
「その疑問を解決してやるよ。俺は陽とは付き合ってない。そしてそれは今後も変わらない」
「今後も?ということは全くの脈なしということか」
「全く持ってない。だから皆のその噂には答えられそうにない」
陽から視線を外した俺ははっきりと断言する。少なくともこれだけじゃ噂は消えないだろうけど、コイツにこの事を言われることはないだろう。
そんな俺の意思を認めたのか、佐藤は同じ教室内にいる陽の姿を見て、ため息をつく。
「けど、やっぱりおかしいぜ高城」
「おかしい?何が」
「何がって、愛梨に興味がない所だよ」
尚も佐藤は、本に目を向ける陽を見つめ続ける。
先程の俺のように。
「普通さ、気になるだろ。あんな可愛い子が近くに、それこそ幼馴染みとしてずっと近くにいれば」
「そうか?」
「そうさ誰だって、ここにいる男連中は皆お前と同じ境遇だったら、絶対好きになるぜ。あんなに超絶美少女に近寄れる機会があるならな」
「誰だって……か」
俺は佐藤と同じように陽を再び見た。
きっと、佐藤の言う通り、普通なら、彼女に好意を抱くのだろう。美人でおしとやかで気品があって、そして幼馴染である異性の彼女に。
だからこそ、皆言うのだ、お前可笑しいよと。
別に、そんなの言われる前から、俺自身分かっている。俺が普通でないことくらい。それこそ昔からずっと……。
けど、広はどうなのだろう。彼は皆の言う普通、なのだろうか。
俺は陽から視線を外し、教室のとある一点へと視線を向ける。そこには他の男子達と楽しげに会話をしている広の姿があった。
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その日の放課後、月曜日ということもあり、部活もない俺は広と一緒に自宅への道のりを歩いていた。
何て事はない、普通の帰り道。会話も今日の学校の事や漫画、ゲームなどそこいらの男子高校生と変わらない内容だ。
だからこそ、いつもと違う出来事が目立つ。
それは広の家がある住宅地へと入っている時だった。何気ない会話をしていた俺達の前方から、とある人達がこちらに向かって歩いてくる。
20代と思われる男女だ。彼らは仲睦まじく並んで歩いている。それこそ、本当に仲睦まじく近くに寄り添い互いに笑いあって。
また、男性の方はベビーカーを押していた。その中には赤ん坊、おそらく生まれて1歳も満たないであろう。
赤ん坊は起きており、仕切りとキャッキャと声を発している。その度にその男女は顔を見合わせ、笑い、そして赤ん坊と戯れてまた笑う。そこには幸せな、家庭の姿があった。
そんな、家族と通り過ぎる間、俺は無言だった。意識してそうしたんじゃない。広はどうか知らないが少なくとも俺は、その家族に見入っていた。
普通の人が思い描く、望む家族の姿。そんな方達の姿を。
俺たちが会話を再開したのは、そんな家族が通りすぎた後だった。
「仲よしだね、あの夫婦」
広が呟く。俺に向けたか、それか自分に向けたものなのか分からない言葉を。けど、少なくとも俺はその言葉に返事をするべきだと考えた。
「そうだな、子供もいて本当に幸せそうだ」
「うん、本当に幸せそう。それこそ本当に」
やけに広の、その言葉が思いがこもっているように、俺には聞こえる。
あぁやっぱりそうか。
そんな諦めにも似た思いを抱きつつ、俺は言葉を発していく。
「広はやっぱり……憧れるのか。そういうのに」
隣にいる広の顔を見ずに呟いた言葉。今の俺には広の表情を見る勇気がなかった。
心臓の音が聞こえる。広じゃない、俺のだ。俺は密かに拳を握る。それでどうにかなるわけではないけど、それでも、覚悟はできる。
彼の言葉、答えを聞く覚悟が。そして放たれた彼の言葉。それは……。
「それは憧れるよ。好きな人と一緒になれることは」
広の答えは普通で、そして声は、憧れに彩られていた。彼が正面を向いていて、良かった。きっと今の俺は酷い顔をしているに違いない。
それを悟られてはいけない。俺は意識を集中する。元の、今の俺へと戻す為に。
「そうだな……だったら尚更彼女と作らないのか。せっかくの青春の高校生活を送れているんだから」
「そんなこと、見治が言える立場かよ。女子達にあんなにモテテさ」
「俺はモテるからな、一人に選んだら他の人が可哀想になる」
「コイツ、よく言うよ」
俺のボケに広が突っかかる。
お陰で、少し真面目だった空気も弛緩する。
けど、空気は変わっても心の中までは変わらない。
ずっとあの家族と、広の言葉を引きずっている。そして思い出すあの単語、普通。
広は普通なのだ。それこそ、他の男子達と同じように、女子を好きになる普通の男子。
一方の俺はと言えば、普通ではない。それこそ、皆に本音を明けたら引かれるだろう。特に広に言ったら間違いなく今の関係は終わる。この輝かしい生活は終わる。
だから、俺は隠す。この思いを。
だから、肯定する。今の、この関係性を、日常を。
友達が好きという思いを隠し、俺は日々を過ごしていく。
次回は別人物の視点となります。