58話 気づいた気持ち(視点:高城見治・四条結)
57話の翌日の話となります。
前半が見治視点。後半が結視点となります。
晴天だ。
何もない……まっさらな青空。そして、その陽射しの元、生徒たちは体を動かす。今日もサッカー部は、昼連で歓声を上げていた。
そして、当のサッカー部の俺は学校屋上から、フェンスに腕をかけ、彼らを見下ろす。
変わらない光景だ。それこそ昨日も見たのと全く同じ光景。
俺はどうなるのだろう……。俺は……どうすれば彼らのように笑えるのだろうか。未だ答えは見つからない。
ただこのままだと笑えそうにない事だけは分かった。
「ハァ」
溜息が出た。一人だと思ったから。
だから、返事が返ってきた時は、少なからず驚いた。
「何溜息ついてるのよ」
「うぉ、驚いた。いたのか」
「いたも何も、さっき来たばっかりだよ。で、何で溜息ついてるの高城君」
そう言って現れた彼女、四条さんが僕の隣に陣取った。最も背が低いからか、俺や広のように腕を屋上のフェンスにかけれず、フェンスを掴むような格好となっている。
「溜息ぐらいつくさ……で、何のようで来たんだ、四条さん」
「いや、昨日高城君が陽の見舞いに来たって聞いてさ。珍しいなって思ってね」
なんの憂いもなく、彼女は言う。本当にただ気になったから、話しかけてきたんだろう。
最も、そう言う所が、彼女らしいとは思った。
「珍しい……ね」
グランドに向けていた体を反転させ、背中をフェンスに預ける。
目に入るのは、喧騒から静寂の、青々とした空だった。
「何か含んでる言い方ね」
「いや……珍しいって何だろうなって」
「何、哲学の問題?」
「いや……そんな難しい問題じゃなくてさ」
つらつらと、俺は思いついた単語を口にした。
「他人と違うから、だから人は秘密を持つ。けど、人と同じか一般的なものだったら、それは秘密じゃなくなる。さらけ出してもいいものとなる……結局秘密ってのは社会に基づいた定義に過ぎないのかもしれない」
「……そうだとしても、高城君が一ヶ月以上も、お見舞いに来なかったという事実は変わらないけどね」
「それもそうだ」
俺は笑う。自虐として。そして、そんな俺の姿を横目で四条さんは見ていた。
「でも……まぁ、高城君の言いたいことも分かるけどね」
「そうなの?」
「皆と違うから、だから苦悩する……けど、環境が違えば苦悩なんて生まれなかった筈なんだよ。重婚なんて、良い例。日本じゃ無理で、不埒とか思われるけど、外国ではおかしく思われない所だってある」
「それって、嫌なら日本から出ていけとか、そう言う論調?」
「それもあり、だとは思うけどね。でも、私たちの多くは環境を変えられない。だから……苦しむ。悩む……でもね。それでいいって私は思うな」
四条さんは、俺と同じく背をフェンスに預ける。それに伴いフェンスが僅かに揺れた。
「いいって……どういうこと」
俺は青空から、隣にいる四条さんに目を移す。一方四条さんは、俺ではなく、食い入るように青空を目に入れていた。
「だって、苦しんだり、悩んだりするのって、持ってるってことだから。それ自体とても大切な事だと……私は思うな」
「持ってる……て何を」
「例えば、恋……とか」
彼女は空を見つめ続ける。脇目を振らず、ずっと……遠くを見続ける。
「いけない恋、許されない恋、普通じゃない恋……でもね、それは恋にかわりないんだよ。そして、それはきっと、とても大切な物……無かった事にするには勿体無いよ」
「……恋か……」
俺は、彼女と同じく空を見上げた。先程と見た青空。でも、今は前と違い、何もないとは思えなかった。
太陽があって、光があって、空気があって、風があって、そして……俺達がいる。
そっか……そういう事か。
「分かった」
俺は呟く。
口から出た言葉、きっとこれも消えない。宙に漂った後、届いたり、別のものに変わっていく。
でも、消えない事にかわりない。残っていく、ずっと。
隣にいた彼女が口を開いた。
「ねぇ、高城君。一つ聞いてもいい」
「いいよ」
「好きな人がいるの」
「いる」
俺は答えた。迷いなく、簡潔に。そんな俺の答えに、彼女は口を開いた。
「そっか」
小さな声。でも、その言葉は重く……俺には感じられた。
暫く無言のまま時が過ぎていく。けど、気持ちの悪いものではなかった。一人でいた時よりもずっと、心地よいものだった。
最初に動いたのは彼女だった。四条さんは、よっ、と小さな声を発し、フェンスから離れる。そしてくるりと体を回転させると、俺と向き合うように立った。
そして、からかうような笑みを携えつつ、彼女は口を開いた。
「恋してる、なんてお見通しよ。だって、高城君分かりやすいから」
「そうだな、分かりやすい人間だ、俺は」
「……ちょっと本気で受け取らないでよ。本気で言った訳じゃないんだから」
「まぁ四条さんは、ショッピングモールでの言葉を返しただけだもんな」
「分かってたなら、つっこんでくれたっていいじゃない」
「お互い分かりやすいって事でいいじゃないか」
俺も同じく、フェンスにあずけていた体を起こす。そして、俺達は向き合った。
「……ありがとう話を聞いてくれて」
「こちらこそ、陽の見舞いに来てくれてありがと。けどね、もっとちょくちょく顔を出しなさいよ。陽を寂しがらせたら私が許さないんだから」
「分かった」
「あと……」
溜めた後彼女は口を開いた。
「頑張りなさいよ」
向けられた言葉。
その言葉に、俺は口を開くことなく、頷いた。
△ーーーーーーー△
漸く分かった。
何で彼女に惹かれたか。
私は……私が持っていないものを持っている彼女の事が、羨ましかったんだ。
漸く分かった。
何で彼女の事を応援したか。
私は……私が持っていないものが、成就せず朽ちるのを見たくなかったんだ。
漸く分かった。
何で彼の事を拒絶したのか。
私は……私が持っていないものが、歪なものだと認めたく無かったんだ。
漸く分かった。
何で彼の事を軽蔑しなくなったのか。
私は……私が持っていないものが、どのような想いで生まれるのか知ったから。
漸く……分かった。
彼女たちと一緒にいて、過ごして……私が欲しかったものが何なのか。
そうきっとそれは……。
「恋……したいなぁ」
私は呟く。本心から出た言葉を、以前の私には無かった感情を、漸く気づけた言葉を、ずっと……口にはしなかった言葉を呟いた。
でも……その呟きは、消えることなく、周りの人達の耳へと入った。
「えっ、なになにあんた好きな人が出来たの!」
「結姉ちゃん、ホントに!? 良いよ〜彼氏は」
「彼氏だ、彼氏!」
「あら、じゃあお祝いでもしましょうか」
「ほんとにな母さん。明日は赤飯だ」
そう言って、私の家族は騒ぎはじめた。思いやりなんてない家族固有の遠慮のない言葉を、みんな吐いていく。
私は頭を抱えた。家族揃っての食事の場で呟いてしまった事を。
その後は、家族を落ち着かせるのに手一杯だった。それこそ、落ち着かせた後も、ずっと質問攻め。気持ちを整理する暇もない。
きっと、これからも、からかわれ続けるんだろう。大人になっても、ずっと……。
……まぁいっか、それでも。だって、今の、この想いは本物だから。だから……私は……。
恋がしたい。
(四条結視点:完)
恋を知らなかった彼女、四条結の話は今回で最終回となります。
「世間に受けいれられない恋」を主題とした話の都合上、彼女のような一般の感性を待つ人物の存在は必要不可欠でした。
彼女の物語は今回で終わりですが、陽と同様、別視点から今後も登場いたしますので、ご期待下さい。




