57話 笑ってたい 〃
今回の話は56話の放課後の話となります。
答えが欲しかった。何をするべきか、何を決断するべきか。誰かに教えて欲しかった。
だから、彼女の元へ来たのは、謝罪の為でも無ければ、心配しての事でも無かった。
ただ……俺は彼女に、答えを教えて欲しかった。
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街の中央に立つ病院。学校からさほど遠くない場所に彼女はいた。久しぶりにあった彼女は、俺が想像したよりもずっと、明るかった。
だが……それとは違う理由で、俺は彼女を見て何処か言葉にできない違和感を、感じた。
「あっ、見治久しぶり。来てくれたんだ」
入院着姿で、ベットに一人佇む彼女。そんな彼女は病室に入った俺を見て、元気な声を出し手を振ってきた。
そんな彼女を前に、俺は抱いていた違和感を胸に押し込む。そして、手を振り返し彼女のもとへと足を進めた。
「久しぶり、陽。思ってたより元気じゃないか」
「元気って何よ、一ヶ月以上来なかった癖に」
「それは悪かった。少し忙しくてな」
ベットにいる彼女のもとへ来た後、立ったまま俺は嘘をついた。本当は来たくなかっただけだ。
そんな俺の言葉に彼女は口を開いた。
「そう、それは仕方がないね」
彼女はたった一言、そう言った。そして、その一言は俺には……痛いほど効いた。でも……撤回する言葉を、俺は吐けなかった。
「そう……なんだよ」
あぁ嫌になる……本当に。
自分がいかに小さな人間か、実感する。変わってない……あの頃から。広に引っ張ってもらったあの頃から何も。
そんな俺の姿は、きっと怪しく見えるのだろう。ベットにいる陽は訝しみ、口を開いた。
「……ねぇ見治」
「な、何」
少し声が上擦る。胸に芽生えた一抹の不安。
そして、それを成長させるかのように陽が口を開いた。
「私のこと……広に聞いた?」
「聞いたって……何を」
「私の体のこと」
体? 思っていたのとは別の話題だ。
考えて見たけど思い至らない。聞いたのは……
「広に告白したってのは聞いたけど」
言った瞬間、己の過ちに気づく。けど、無かったことにするには時間がなさすぎた。
「そっか、それは聞いてたか」
そう言って彼女は笑う。儚くも、どこか余裕があるかのような微笑で。
けど、俺はそんな気分にはなれなかった。この時の俺は必死の思いだった。
「違う、そうじゃなくて。告白したってのは、そう、昔の話、昔の俺の話で……」
誤魔化したい思いで、俺は脈絡のない言葉を口にする。けど、そんなの無意味な事ぐらい、俺も、そして彼女も分かっていた。
「違わないよ。実際私が振られたのは事実だし」
そう言って彼女は笑った。今度の笑みは、先程より大きな……自然な笑みだった。
そして、ようやく俺は、彼女を見たとき抱いた違和感の正体が分かった。
彼女のこめかみ。そこにある筈の、髪留めが消えていた。広から貰った髪留め。それをつけていないのだ。入院中だからという理由があるのかもしれない、でもそうではないと、直感で思った。
だからこそ、俺は……今の彼女の気持ちが分からない。
そんな中、彼女が口を開いた。
「じゃあさ、結局聞いてないの、私の体のこと」
「……聞いた覚えはない」
「そっか……聞いてないか」
そう言って彼女は、運動前の準備体操みたいに、腕を真っ直ぐに伸ばす。けど、その仕草が酷くわざとらしく俺には思えた。
そして、彼女は口を開いた。
「私死ぬの」
……?
「何て言ったんだ陽」
「ん、死ぬって言ったの」
「誰が」
「私が」
「いつ」
「多分来年中に」
悲しそうな素振りを見せずに、何でもないように話す彼女。
けど俺は……。
「……はっ?」
理解出来る筈がない。
「死ぬ? 陽が」
「うん、私が」
「はっ?、いや……ん? 死ぬって陽が?」
「うん、私がっ……て、何回答えればいいの」
冗談のように彼女は笑う。けど、彼女のそばにいる俺は笑えない。笑えるはずがない。
いや……理解出来ていないといったほうが正しい。
もう、俺の頭はここ最近の出来事でパンク寸前だった。
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「……で、陽は幼いころから、自身の命が短い事を知っていて、それを今まで押し隠していたと……そういう事か」
「うん、それでそのことを知ってるのは、結と広と、見治の三人だけ。詳しく言うなら教助先生を含めた学校の関係者も知ってるけどね」
彼女が補足する。
結局俺が彼女の現状を理解できたのは、説明を受けてから30分ほど経った頃だった。
説明を聞く間、俺は椅子に座りながら彼女の話を聞いていた。
彼女は、暗い顔一つせず、説明し続け、そしてそれは説明し終わった後も変わらない。
そして、それと同じように……事実も変わらない。俺には……言わなければならない言葉があった。
「……ごめん」
「何で、見治が謝るのよ」
「いや……そんな君に動揺させてしまうような言葉を言ってしまったから」
思い出すのは一ヶ月前の、あの出来事。俺の言葉の後、陽は倒れた。
口に出た謝罪。それに彼女は返した。
「動揺……あぁそのこと」
彼女は否定するかのように手を振った。
「見治は悪くないよ。それに……私は感謝してるんだから」
「感謝……?」
「そっ、感謝」
彼女は俺に目を合わせる。彼女の瞳は、病人のようにくすんではいなかった。
「見治が、私の中にあった想いに気付かさせてくれたから……だから、広に告白出来た……本当に感謝してるんだよ」
彼女は笑った。
今日の彼女は良く笑う。病人なのに、学校のときよりもずっと、元気な笑顔で。だからこそ、余計に、俺には、彼女が遠く感じられた。
「もう……分からないんだ」
気づけば、俺は彼女の明るげな言葉に対し、暗い……言葉を吐いていた。そして、その事を取り消す気にもならなかった。
そんな俺を、そばにいる陽が心配そうな顔持ちで見つめていたのに、気づく。
「分からないって……何が」
心配そうな声を彼女は出す。一方の俺はと言えば、彼女から隠れるように両の掌で、顔を覆った。
「何もかも……自分の事も……君の事も」
「私?」
「なんで……君はそんなに元気なんだ。もうすぐ死ぬって言うのに……振られたって言うのに……何で……何でそんなに平気なんだ」
歯噛みしながら、俺は喋る。
もう、世間体だのなんだのを、気にする余力すら残ってない。ただ……心に浮かんだ言葉を俺は口にする。
彼女の顔を見てないから、だからこの時彼女がどんな表情をしていたかは分からない。ただ、優しい声だったなと、後から思った。
「平気……多分、それは私が受け入れているからだよ」
「受け入れてる……?」
「そっ、受け入れてる」
間を一旦空けた後、彼女は言葉を吐いた。
「最善じゃないよ。私だって死にたくないし、それに……広と付き合ってみたかった、両思いになりたかった、でもね……それはあくまで最善であって、現実は違う。私は死ぬし、広に振られたりもした」
「……辛くないのか」
「辛かったよ。それこそ昨日はいっぱい泣いちゃったし。でも……だからって、幸せがなくなったわけじゃないの」
「……幸せ?」
「うん、広も添ちゃんも結も、そして見治も。私にはみんながいるから……それに、こうして見治と今、腹を割って話せるしね」
……多分、彼女は笑ってるんだろう。死ぬ運命を、振られた現実を受け入れて、彼女は笑う。今ある幸せを享受する。
俺は……笑えるんだろうか。これから先、彼の前で笑顔を見せられるんだろうか。
分からない……ただ、彼女のように笑っていたいとは、思った。




