56話 教えてくれ(視点:高城見治)
久しぶりの見治視点です。
なお時系列は、55話の次の日となっております。
分からない。
もう……何を思ってたのか、何を……したら良いのか。
もう……何も考えたくなかった。
ーーーーーーー
歓声が聞こえる。
眼下に広がるは、学校のグランド。そこには大勢の人々がいた。トラックを走る人もいれば、ボールを追いかける人。各々声をあげ、グランドを駆け巡る。
そんな人々を俺は見下ろす。学校の屋上から、フェンスに腕をかけながら、パンを片手にして。
今屋上には、俺一人。他には誰もいない。晴天の青空の下、ここは別世界みたいに静かで……物寂しい。
だから、人が入って来たとき、俺は直ぐに気がついた。
「珍しいな、お前が来るなんて」
「それは、僕のセリフだよ」
屋上にやって来たのは広だった。
広は俺の言葉を返しつつ、近づいてくると、俺の隣へと陣取った。
「良いのか、ここは立入禁止だぞ」
「それを言うなら、見治の方だよ。優等生の癖してこんな所にいて良いのかよ」
「ハハッ、優等生……か」
自虐的な声を、俺は出す。そして、そんな俺の発言に、隣にいる広は目を細めた。
「違うの」
「違うさ。そうじゃなきゃここにいない」
俺は再度眼下にある、グランドに目をやる。そこには、陸上部に混じり、サッカー部が昼連をしている光景が広がっていた。
「部活をサボってる奴が優等生だなんて、笑わせる」
「……何かあったの見治。最近部活に顔を出してないみたいだし、それに、授業もなんだか上の空だしさ」
「それを言うなら、広もだろ。何で今更俺を気にしてんだ。ここ最近陽の事ばかり気にしてた癖に」
彼女の名を言った瞬間、口に苦味が広がる。
あの光景が……彼女の倒れた瞬間がフラッシュバックする。
「くそっ」
広に向けたものではない、言葉を吐き捨てた俺は、髪を掻きむしる。だが、そんなもんで消える訳ではない。
それが分かっていたのに……止められない。髪を掻きむしり続ける俺。そして、そんな俺を広は、心配そうに見つめていた。
「……本当に何かあったの見治。陽の見舞いにも行ってないそうだしさ」
「……広はあれからよく行っているのか」
「うん、毎日じゃないけど、陽の見舞いはよく行ってるよ。昨日だってお見舞いにいって、そこで見治の話が出てね」
「……そうか」
俺は髪を掻きむしる手を止める。
そして、俺は口を開くことなく、ただ眼下に広がる光景を目に入れ続けた。
隣にいる広も、俺を質問づけにするつもりはないのか、同じように眼下に広がるグランドをだまって見つめる。
二人して、黙ったまま立ち尽くす。けど、気まずくは無かった。ただ……この時の広の気持ちは、俺にはよく分からなかった。
だから、広が言った言葉が、俺には分からなかった。
「合ってたよ」
久しぶり、と感じる程長い沈黙の後、広が言葉を口にする。静かに、でも聞こえる声で。
そんな広の言葉に俺は言葉を返した。
「何が」
「前に見治が言っていたことだよ」
「だから何が」
少し苛立ちが入った言葉で俺は尋ね返す。
だが、そんな俺と比べ、広は何処までも……穏やかだった。
「陽に告白された」
質問に正確に答えているとは言えない言葉。
だが、それでも、その言葉の意味ぐらいは分かった。だからこそ、広の穏やかさが、より、目立った。
「告白……てっ、陽にか」
「うん、だからさ、見治の話は本当だったんだよ。ゴメンね、間違いとかいって」
穏やかに、笑う広。
だが、俺は穏やかではないられない。あのショッピングモールでの件を考えないようにしていたのに、それを蒸し返された上に、その先の話までされるだなんて。
動揺するな、なんて方が無理な話だ。それが、声に出た。
「そ、それで何て答えたんだよ。受け……たのか」
心はもう、動転しっぱなしだ。冷静ではいられない。
ここ最近考えない、無心でいようとしていた。だが、そんな仮初の、平静を奪うかのように、広の言葉は俺の心をかき乱す。
そんな中、思い浮かんだのは、かつての陽とのやり取り。
『私が広の事を好きって答えたら、どうするつもりだったの』
あの時の……彼女の言葉。
だから……広が、彼女の言葉をどう受け取ったか、気になった。
「断ったよ」
広はあっさりと言わないまでも、溜めることなく、俺の気にしていた答えを口にした。
そして、それを聞いて俺は……安堵した。溜まっていた息を吐いて、固まっていた顔を緩ませて、一人で安全圏に入って。
けど……そんな独りよがりな想いは許されなかった。
「好きな人がいるから」
……?
「何て……言ったんだ」
「? 何って、断ったって」
「その先」
「好きな人がいるから」
……?
やっぱり分からない。
「誰に好きな人がいるって?」
「僕に好きな人がいるって……て、そう言ってるだろ見治」
笑う広。
でも、俺は……笑えない。とても、笑う気分になんかじゃない。
ごちゃまぜだ。チャーハンみたいに、様々な想いが混ぜ合っている。
好きという想いも、隠さなければならないという想いも、幼馴染の存在も、男友達だという建前も、全てが混ぜ合っている。
ただ、下手に口を開けばボロが出ると、頭の片隅、理性の片隅で感じていた。
けど、それは理性の場合だ。感情からくる行動は異なっていた。
「誰を……好きなんだ」
俺は絞り出すように、声に出す。広の方を見ず、かと言って眼下のグランドを見る訳でもなく。ここではない、何処か遠くを見ながら俺は口にする。
ただ、俺の質問の後、広が身じろぎしたのが、フェンスの振動を通して……分かった。
「添」
彼は口にする。好きな相手を口にする。想定外の相手を口にする。
頭に浮かぶはとある女の子。あの元気で、でもどこか悩みがちで、奥手で、でも精一杯背伸びしようとしている彼女の姿。
でも……だけど……彼女は……。
「妹だぞ?」
俺は口にする。責め立てるような、否定するような声音で。
だが、そんな風に口をきくつもりは無かった。だから、彼が誤魔化すような笑い声をたてた時、思わず俺は隣にいる彼の顔を見た。
「そうだね、妹だ。僕が好きな相手は」
彼は笑いながら、そう言う。
そんな彼を見て、俺は自身のミスを自覚する。だが、弁解するより先に隣にいる彼はフェンスから体を離すと、口を開いた。
「そろそろ休み時間終わるし、先に教室に戻るよ。脱線しちゃったけど、僕が言いたかったのは、見治に陽のお見舞いに行って欲しいって事だけなんだ。じゃないときっと、後悔するから……だから行ってあげて」
そう言って彼は屋上を後にした。
残されたのは俺一人。
広が妹を……好き? 初耳だ……本当にそうなのか。いや……それよりも俺は何て……言った?
俺は……否定したのか? 広の想いを、彼の普通ではない考えを? 彼の事を好きな俺が?
いや、違う……否定されるべきだ。そんな……世間から外れた想いなんて。認められる筈がない……なら俺は? 俺は否定されるべきなのか。 俺の想いは出してはいけないのか。
そうだ、そうに決まってる。だから俺は隠してきた。秘密にしてきた。
…………本当にそれだけ?
『確かに失うものもあるかもしれない。けどね、素直にならないと手に入らないものもあるんだよ』
『何が手に入るんだよ』
『本当の幸せさ』
思い出すのはいつかのやり取り。
本当の幸せ。俺は……幸せと言えるのか。こんな苦しいのに、辛いのに。それなのに……このまま俺は否定し続けるのか。
『……苦しかったから』
『……』
『広のことを……好きな事が』
思い出すのはいつかのやり取り。
秘密を打ち明けた時の、あの痛みと苦しみ……それを広も味わっていたのではないのか。それを俺は……あぁなんて事を言ったんだろう。
走って、今すぐ謝罪すべきか、否定してごめんて。けど、それだと俺の気持ちはどうなる。肯定するのか、俺のこの気持ちも。広への気持ちも……
いや、それは駄目だ。拒絶される、今の広に対する俺のように。なら、謝らない? 広の気持ちを踏みにじり、そして……本当の幸せとやらを掴めぬまま? そもそも本当の幸せってなんだ、そこには何がある?
分からない。もう何もかも……。
俺は……何を……すればいい。何を……決意すればいい。
誰か………………………………教えてくれ。
その日、生まれて初めて俺は、授業をサボった。




