55話 最後のときまで(視点:愛梨陽)
ベットの上から、窓を通して見る景色は、私にとって輝いて見えた。
無機質なコンクリート住宅も、不揃いな電線も、点在するスーパーも、人生残り少ない私にとっては、どれも貴重に見える。
だから、音がなって人が入った時は、少なからず私は驚いた。
「結……」
私は名前を口にする。
病室の入り口には、結がいた。
けど、彼女が喋らず、その場に立ち続ける事に、少なからず、私は疑問に感じた。
「……どうしたの結、こんな時間に珍しい」
からかうように私は話す。
それがきっかけとなったのかは分からない。でも、私の言葉の後、結は口を開いた。
「いや……なんか元気だなって、そう思っただけ」
「思ったって……もしかして」
「うん……川瀬君にさっき会った」
目を逸し、遠慮がちに彼女は言う。
そんな彼女の言葉に私は、小さくため息をついた。
「そっか……広にあったのね」
「陽……」
「うん、楽しかったよ」
私は明るい声を出した。そして、そんな私の返答が意外だったのか、結は目をパチクリさせた。
「えっ……楽しかった?」
「うん、とっても。久しぶりにじっくり話したから」
そして、私は結に笑顔を……向けた。
そんな私を見て、彼女はすぐに返事を返さなかった。ただ彼女は私を暫く見つめた後、止めていた足を進め、ベット上にいる私へと近づいてきた。そして、先程広が座っていた丸椅子に、彼女は座り込んだ。
「ねぇ、陽。川瀬君と何を話したか聞いてもいい」
神妙でありながら柔らかい笑みを、結は私に向けてくる。
そして、私はそんな彼女の表情と……言葉に首肯した。
「いいよ、えっと、最初は昔の事話してたの。それこそ、最初は小学一年生の話から。聞いてよあの頃の広可笑しかったんだよ。いきなり変顔して私に話しかけてきてさ。私、思いっきり笑っちゃったもん」
「うん」
「けどね、広が言うには私の方がもっと可笑しかったって。それこそ、幽霊みたいだったって。酷くない? そんな風に思ってたなんて初めて知ったよ」
「そうなんだ」
「そして、次は……そうそう、中学の話もしたの。広ったら、入学した頃私の事を心配してたんだって。クラスに馴染めるかどうか気がかりだったって。全く失礼しちゃうよね」
「うん……そうだね」
「後は……えっと……高校の頃の話もしたの。私、広を読書部に誘った時、断られたんだけど、内心は入りたかったんだって。それも断った理由が、恥ずかしかったからって言うのよ。全く恥ずかしいのはこっちだって言うのに……」
「……」
「後は……確か……えっと……あっ、そうそう、髪の話もしたの。私、昔はここまで長くは無かったの。けど、一度は腰に届くまで長くしたくって……だから伸ばしたの。広、私の髪型については、特にこれまで何も言って無かったんだけど……ほんとは褒めたかったんだって、似合ってるって。ほんと、広は奥手なんだから、早くいって欲しかったよ。早く言ってくれたら……そしたら……」
「こんな思いを今せずに済んだのに」
……我慢してたのに、でも結局は止められなくて……。
私は目元を拭う。でも、それでも涙は止められない。私は何回も拭う。何回も何回も何回も。
それでも止まらない。ずっと……苦しい。
そんな時、ふっ、と少し気が楽になった。結が私の背中に触れてくれていたと気づいたのは後のこと。この時の私はその事に気づかなかった。
「いいんだよ、我慢しなくて……そんな必要、ないんだよ」
近くで語られる言葉。
その言葉で、ダムが決壊するように、私の心にかけられた枷が外れた。
私は泣いた。いっぱい、それこそ、止められないくらいに。声をあげて泣いた。
いっぱい、いっぱい、後先考えず、私は泣き続けた。
ーーーーーーー
「えへへ、ここ最近泣きっぱなしだね私」
ようやく止まった涙を拭いながら、私は声を出す。
ここで、私は漸く結の顔を見る事ができた。彼女は、真面目な顔つきで首を振っていた。
「泣くのは悪くないよ。きっと、泣かない方がずっと……悪い」
「うん……そうだね、多分……いや、きっと無理してたんだと思う」
私は近くにいる彼女の肩に触れる。大丈夫って伝える為に。
それを受け彼女は、私の背中から手を話すと中腰の状態から、近くにある丸椅子へと座り直した。
それを確認した後、私は視線を変える。彼女から窓へ、窓から外へ、そして、私たちの街を照らす月へと。
「病気のこと、恋のこと……ずっと、ずっとバレないように気を張って……我慢してて」
「うん……」
「だから、打ち明けた時、楽になったの。病気の事、そして……広に告白したことも」
「……辛く無かったの」
「……辛かったよ。でもね、後悔はしてないの。だって……」
そこで私は言葉を一旦区切り、再度月から結へと視線を合わせる。そして私は、今度は自分自身ではなく、彼女に伝える為の言葉を口にした。
「そこには、確かに幸せがあったから」
広と話した際、感じたこの想いは偽りのものじゃない。私にとって大切なもの。だから……
「私は、死ぬよ」
後悔なんて、ない。
最善じゃないけど……でも私は少なくとも幸せだった。今はそう思える。
だって、私には幼馴染や……親友がいるから。だから、そう言える。
けど……そんな私の言葉を聞いて結が少し、悲しそうな表情となった。
「……ごめんね」
「……何が?」
「気づかなくてごめん……陽の、気持ちを無視しててごめん」
唇をかみ、涙を滲ませる彼女。
そんな、彼女を見てるとこっちだって泣きたくなった……もう、悲しい思いなんて、したくないのに。
泣かないよう我慢しながら、私はたどたどしく言葉を吐いた。
「そんな事言わないで……私は幸せだったよ。結といられて楽しかったよ」
「陽……そうだね、ごめんね。こんなの私らしくないよね」
目元を拭い、笑う結。
そのほうが彼女らしい。彼女にはいつまでも……笑っていてほしかった。
「そうそう、結らしくないよ。結はもっと元気じゃないと」
「なに〜陽、私が単純だって言いたいの〜」
「そうじゃないって」
私達は、笑い合う。心の底から、何の負い目も、隠し事もなく。
元気に明るく、笑い合う。笑い声が病室に、窓から夜の街へ溢れ出す。
そして……私たちは見つめ合う。まっさらの状態で、初めて出会った時のように、見つめ合う。
「ねぇ、結……一つお願いしていい」
私は手を伸ばす。彼女に向かって、真っ直ぐに。
「これは、わがままなの。結に辛い思いをさせるかもしれない。けど……それでも、願いたいの」
「……何を」
「最後まで一緒にいてくれない」
願いを口にする。残酷とも言える願いを、自分勝手な願いを、彼女の笑顔を奪うかもしれない願いを。
恐る恐る言った私の言葉。
そんな私の言葉を受け、結は動く。口ではなく手を、動かす。
彼女は私の手を、両の掌で包み込んだ。
「……いるよ。ずっとずっと、いるよ。最後の時までずっと……」
……熱が伝わってくる。握られた手から、私の体へ。
人の暖かさ。ずっと、私には無かったもの。そして、多分……私が本当の意味で手に入らないもの。
「ねぇ、暫くこのままでいてくれない」
「いいよ……ずっと……いるよ」
街の中央にある病院。
私はここで最後を迎える。道は途絶えたまま、汚れているキャンパスのまま、幼少の頃から分かっていた運命を変えられずに、大人になることも、愛し愛される人を持つ事が出来ずに私は終わる。
でも、今は怖くはない。人の温もりを知ることが出来たから。
それが今の私には……嬉しかった。
(愛梨陽視点:完)
恋をする。そんな当たり前の、可能性の未来を持てなかった彼女。
そんな彼女の恋の結末を見届けて下さりありがとうございました。
陽視点の話は今回で最終回ですが、陽本人は別視点で今後も登場しますのでご期待下さい。
次は別視点となります。宜しくお願い致します。




