53話 僕らの答え 〃
夜の病院。
隠れて入った、病院の中は光源が乏しかった。
それこそ、非常口を示すランプぐらいだ。だが月が良く出ているとあってか、そこまで暗くなく不気味さも無かった。だからこそ、隠れながら目的地にたどり着くのにそれほど苦労はしなかった。
502号室 愛梨陽
壁に貼られたプレート。それを見て僕は息を整える。肺の中に、冷たい空気が入る。それに伴い、頭が冷静になる。
そして僕は今からすることを意識する。前の僕には出来なかったことを、僕と彼女の関係を変える行動を、そして……これからのことを。
プレート近くにあるドアを僕は開ける。中の部屋は、廊下と同じく照明は消えており、月明かりのみで照らされていた。白色で統一された、飾り気のない堅苦しさを感じる部屋。そんな中に彼女はいる。
小さく開けられた窓の近く、ホテルのように厚みがある訳ではないベットに彼女は佇んでいた。学校の時のように、制服でもなければ、私服でもない。何の飾り気もない、質素な入院着。
華のある彼女には似合う筈のない服。でも、今の彼女には合っているように見えた。
僕がドアを開けたとき、彼女は半身を起こし、近くの窓へと顔を向けていた。
そして、それは今も変わらない。ドアを開けたから、誰かが部屋に入ってきたと音で気づいている筈なのに、彼女は僕の方を見ない。彼女は僕がドアを開けた時から、ずっと窓の先、外の景色を見ていた。
そして、そんな彼女の姿は、入院着や月明かりに照らされているせいかもしれないけど、お見舞いで見る時とは違いひどく……脆く見えた。
「ねぇ、残酷だと思わない」
唐突に開かれた彼女の言葉。
主語がないその言葉に、少なからず驚く場面なのだろう。けど、不思議と今の僕は、その類の疑問は湧かなかった。
ただ、今の僕は、変わらず窓を見つめている彼女と話してみたかった。
「何を」
答えは分かっている。けど、僕は疑問系で返す。そして、そんな僕の言葉に、彼女は先程と同じような、哀しげな声で返してきた。
「運命……うぅん、違う。運命とかじゃなくて、この世界」
続けて彼女は口を開く。
「どうして……人は一人じゃ居られないんだろう。どうして……一人で生きていけるようにしなかったんだろう。どうして……人を愛するようにしたんだろう」
「陽……」
変わらず、彼女は窓を、そこから見える景色を、街を見続ける。
「私……死ぬのはそんなに怖くはなかったの。全く怖くないと言えば嘘になるけど……でも小説やノンフィクション物の中にあったような怖さを、感じなかったの」
変わらず、紡がれていく彼女の言葉。けど……今の彼女は僕の知っている彼女の声とは似ても似つかない程、重く……暗い。
「でも、それは昔の話。今は……怖い。酷く、それこそ眠れないくらいに」
彼女の話は続く。
「みんなに出会ったから……添ちゃんや見治や結や……広と出会ったから。そして……恋をしたから」
「……」
僕は言葉を返さなかった。変わらず彼女に近づくことなく病室と廊下の境目に立ち続ける。
そして、彼女もまた僕の方を見ずに、言葉を続けていく。
「どうして好きになっちゃったんだろう……どうして……告白なんてしちゃったんだろう。どうして……こんな想いを私がしなくちゃいけないんだろう」
「……後悔してる?」
僕は質問する。そして、その言葉に、彼女は首を振った。
「うぅん、後悔してない。それが余計に残酷」
「僕もそうだと思う」
その言葉を皮切りに、僕は足を出す。一歩一歩、確実に。けど、それで十分だった。病室に入り、そして、彼女の元に行くのは。
ベットに佇む彼女を見下ろす格好となる僕。でも、変わらず彼女は外の景色を、世界を見続ける。
窓の外に広がるは、月明かりによって照らされた街並みだ。コンビニやスーパーなどのチェーン店や学校や公民館、マンションなどありきたりで雑種なものが窓枠内に散りばめられている。
そして、それが僕らが住んでいる街だった。僕らが囚われてる世界だった。
「僕もこの世界は残酷だと思うよ」
僕は口を開く。そして、出した言葉に彼女が僅かに体を動かし、反応した事に、僕は気づく。その上で再度口を開いた。
「平等なんかじゃない。普通なんてものに縛られて……傷ついて……苦しんで」
言葉を出しながら、僕は思い出す。
普通じゃない恋に苦しんで、そして誰にも話すことが出来なくて、ずっと胸の奥にしまい込んで、その思いに囚われ続けた日々を。
解放されぬ思い。そんな思いを懐きながら過ごした日々がそこにはあった。
「僕だってこの世界を、この状況を憎んだよ。どうしてこんな残酷な事を、神様は僕にあたえるんだろうって」
誕生日から始まった、苦痛。理解されない、普通ではない恋。
……でも、恋には違いない。この思いは幻なんかじゃない……幻には、したくない。
「でも……僕も後悔してないんだ。僕はどうしようもなく彼女の事が好きだから。どんな関係であろうと彼女と一緒に居られて、出会えて良かったって、そう思うから」
「それって」
「うん、これが僕の答え……ごめん、陽の思いには答えられない」
僕は言った、彼女に対する答えを。
そして、同時に僕に中にある答えにも……。
そして、僕の答えに彼女は反応する。
「ほら……やっぱり世界は残酷だね……」
そう言って振り向いた彼女。そして、僕は気づく。彼女が、僕の送った髪留めをこの時着けていないことに。
でも、その考えは直ぐに霧散する。
彼女の瞳には一筋の涙が流れていた。小さく、でも無視できない程に。
それを見て、僕は思わず口を開いた。
「ごめん……」
「謝らないで……広は悪い事した訳じゃないんだから。恋をした相手が私じゃないって、だけだから」
「それで……納得できるもんなの」
「するしかないじゃない。こんな世界、思い通りにならないんだから」
涙ながらに、訴えかける彼女。
悲観している彼女だけど、それでもこの世の全てを悲しんでいるようには僕には見えなかった。
「でも、良い事もあるよ。それこそ、今日の四条さんの言葉を少し変えるなら……一緒に過ごした日々は消えないから」
「……私も好きよ。広や……見治や結や添ちゃんと一緒に過ごした日々は。病気で、孤独で死のうとしていた私の生活に彩りを与えてくれた……今の私があるのは貴方達がいたから」
そう言って彼女は笑う。
学校の時のような、人のよい笑みではなかったけど、綺麗な笑顔だと、これまでの彼女を見てきた僕は思った。
だからこそ思う、彼女と関わらなければいいなんて、死ぬからといって触れ合わなければいいなんて、思う筈がないと。
「うん、全部が全部、自分の思い通りになるわけじゃない。けど、だからといって全部を否定する必要はないんだ。そこには本物があった筈だから……それを、僕は大切にしていきたい」
僕は言葉を紡ぐ。
そして、そんな僕を彼女は見つめてくる。涙の跡が残る目で、じっと、僕の心を覗き混むように。
「決めたのね、広」
「うん、告白するよ。妹に……添に」
僕は口にする。自分から、妹の名を、聞かれてもいないのに。
そして、そんな僕の答えに、彼女は小さく首肯した。
「それがいいと思う。結果がどうなろうと、きっと……好きだと言う思いは本物だから……消したら、勿体ないから」
「……気づいてたんだ。僕が妹を好きな事」
「うん、わりと最初から……多分、広が自覚してない時から」
「そっか……それは、恥ずかしいな」
恥ずかしさから、僕は頬をかく。そして、そんな僕の行動にベットに佇む彼女は小さく笑った。
「恥ずかしがることないよ。それに……私から見た広はいつも、かっこよかったよ。頑張る姿も、悩んでいる姿も、両方とも」
「恥ずかしいよ、そう……顔を見て言われると」
「ふふ、だってもう隠す必要もないんだもん。なら、楽しまないとね」
笑顔となる彼女。その顔には暗い色は見えない。
彼女の病気は消えた訳じゃない。彼女の運命は変わった訳でもない。でも、それでも今の彼女を僕は見ていたかった。
「図太くなったね、陽は」
「そうでしょ? これが振られた女の楽しみかたってものよ」
「はは、なら僕も楽しもうかな」
僕はベットの近くにあった丸椅子を、彼女の側まで引っ張ると、そこに座った。
彼女と、僕。二人の、ずれあっていた視線が合う。
そして、僕は口を開いた。
「話をしよう。陽」
次は別視点です。




