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5話 疑惑 〃

 私は写真部に所属している。

 私が通う真中高校の写真部では、毎回自分がこれだと思うベストショットを撮ってきて、部活の最後にそれぞれ撮ってきた写真の評論会をやるのだけど、先生が来たときは違う。


 先生が部活に顔を出した時は、テーマがあるのだ。春らしい写真とか、青春を感じさせる一枚とか、そんなテーマを先生が出す。そして、それぞれが撮ってきた写真の中で、部員皆で話し合って一番を決める。

 当然こうして一番に選ばれた写真は、先生に誉められる。他の人にとっては一番に選ばれるということが重要なのだろうけど、私にとっては先生に誉められるということの方が重要だ。


 だからこそ、先生が来たとき本気を出す。別に先生が来ていない時、部活に手を抜いてるわけじゃないけど。でも、やっぱり先生がいるときといない時じゃ、モチベーションが違う。メラメラと内から火が湧いてくる。

 だからこそあのとき、笑顔という題材で見治先輩を撮った時、先生に誉められた事が何よりも嬉しかった。それこそ、この高校に受かった事以上に嬉しかった。残念ながらその写真は一番にはなれなかったけど、先生に誉められたのだから、私にとっては満足のいく結果だ。


 今の私にとって、先生は一番。

 だからこそ、先生のいない部活の日は残念に思う。

 その日、先生は部活に来なかった。そもそも、先生が部活に来る方が珍しいのだから、仕方ないと割りきるしかないのだけれど、それでもお祭りで会ってから、ここ数日一回も先生が部活に顔を見せてくれないのは、私にとって辛い出来事。

 先生の受け持つクラスは2年生の教室。だから1年生である私には、部活しか先生と話せる機会がない。


 だからこそ、あの時兄が、先生の悪口を言ったのが許せなかった。私よりずっと先生と身近にいるのに、先生の事を理解しようとしない兄が。

 だから、私は言ってしまった。自身の思いを。

 あの時、兄は戸惑い否定しようとしたが、私はそれを一蹴した。好きで何が悪いのと。

 今もその思いは変わらない。だってこの思いは本物だから。偽物じゃないから。

 だからこそ、先生のいない部活がずっと長く感じる。


 先生のいない部活にて、私達写真部は写真を撮り、そして評論しあう。そうして、日が沈みかけた頃部活は終わる。

 今日もまた先生に会えなかった。

 お祭りというイベントをこの前の土曜日に経験した分、ここ最近の日常がつまらなく感じる。学校では、花や戸塚達とお喋りし、家では、雑誌を読んどり、テレビを見たりする。そんなありきたりな日々。

 先生と会えれば、こんな日常も吹き飛ぶんだろうな。そんな叶わなかった思いを今日も家に持ち帰る。

 けど、そう思っていた矢先、少しだけ特別な事が起こった。


 部活が終わった後、一階の一棟と二棟の渡り廊下にある昇降口へと行き、そこにある下駄箱で私は靴を履き替え、校舎を出る。けど、そこで意外な人物に私は会ったのだ。


「あれ、添ちゃんも今帰り?」


 優しげな声を投げかれられた私はその方向へと向く。そこには調度靴を履き替えたばかりの陽先輩が立っていた。


 私が通う真中高校は、普通科と商業科があるけど、それぞれの学科の昇降口は学年関係なく同じ場所にある。だからこのように先輩達と鉢合わせするのは珍しくない。けど、今まで高校に入って2ヶ月近く私は陽先輩と鉢合わせしたことがない。

 だからこそ、慢心していた。きっと蜂合うことばないだろうと。

 けど、会ってしまった。

 あまりにも咄嗟、それ故に、本心が出てしまう。

 多分陽先輩へと認識した直後、私は眉をひそめてしまった。直ぐに元の何の取り柄もない普通の女子高生の顔へと戻したけど、流石に今回ばかりは露骨だった。


「そんなに嫌な顔しないで、話したいだけだから」

「別に嫌な顔なんか……」

「そう?なら、私と一緒にいるのは嫌じゃない?」

「嫌じゃないです。ほんとです」


 形だけの言葉を返す。それしか言いようがない。例え本心が違えど。

 けど、そんな形だけのやり取りが、失態を招く時だってある。


「なら、今日一緒に帰らない?久しぶりに添ちゃんと二人きりで話したいし」 


 陽先輩は長い髪を携え、思わず看取れてしまいそうになるほど綺麗な姿勢で歩き、私の隣へとやって来た陽先輩はそう告げてくる。私にとって美しさとは無縁の言葉を。

 

「け、けど、私はほら、陽先輩とは違い自転車通学ですし」

「歩いて十分くらいだから、押し歩いて行けるよ。見治も広も帰るときはそうしてるし」

「それは……そうですけど」

「添ちゃん、お願い。私も一人で帰るのは寂しいの。だから、たまには一緒に帰ろう?」

 

 微笑むように、笑みを向けてくる陽先輩。

 きっと陽先輩は、私が彼女の事を避けているのが分かっているだろう。お祭りの時といい、今回の事といい、こうも立て続けにやられては気づかない方が可笑しい。


 陽先輩はきっと他の人と同じように本音と建前を少しくらい使い分けている。

 でも私にとって彼女はいつも優しく、見守っていてくれる存在だった。そんな彼女を私は、自分の都合で距離を置いている。

 悪いのは私の方だ。陽先輩は悪くない。だからそんな陽先輩を私は無下には出来なかった。


「分かりました、一緒に帰りましょうか」


 嫌な顔をしないよう努めながら私は、返事を返す。そんな私の返事に陽先輩は、大きな瞳を輝かした。


「ほんとにっ?」

「本当ですよ、嘘なんかつきません」

「やったっ、久しぶりに添ちゃんと話せる」


 無邪気に騒ぐ陽先輩。そんな彼女を見ると改めて私と同じ高校生なんだと自覚する。

 そして、そんな陽先輩を見てると少しだけ、こういうのも悪くないかなと私は思うのだった。


ーーーーーーー


 流れ行く街灯、住宅街。いつもより早く感じる車の速度。そして人の視線。

 自転車で通いなれた道を、歩いて帰るというものまた一興ではある。

 見慣れた景色もまた、違ったものへと見える。けど、それは通行手段の変化もあるけど、それ以上に隣にいる人の存在が大きかった。

 愛梨陽。この人はやっぱり華がある。その証拠に、大勢の下校中の生徒や通行人たちが、私達を見てきた。といっても、私じゃなく陽先輩に。綺麗だとか、そんな彼女への賛辞も聞こえてくる。

 だからこそ、自分と比較してしまう。普通な私と、美人な陽先輩。

 きっと、陽先輩だったら、男なんて引く手数多に違いない。それこそ彼女が望んだら、先生だって……。

 私は頭を振り、考えを外へと追いやる。そこまでいったら尚更自分が情けなくなる。好きな相手に、相手してもらえない自分が。

 

 頭を突如として振った私は、目立っていたのだろう。隣にいる陽先輩が声をかけてきた。


「添ちゃん、何か悩み事でもあるの」

「いえ、特にありません。ただ羽虫が少しいたもんですから」

「羽虫?確かに、この時刻になると出やすいからね」


 私が咄嗟についた嘘を、陽先輩は鵜呑みにした。最も私の嘘に付き合っただけかもしれないけど。

 日が沈みかけている時刻、辺りももう暗くなり始めている。

 

 そんな時刻に私が学校を出たのは、部活があったからだ。そして、陽先輩は確か……。


「そういえば、陽先輩って、部活に入ってたんでしたっけ?」


 嘘をついた直後に、話題を変えるように、私もまた知らず知らずのうちにその法則に乗っていた。


「うん、読書部に入ってる」

「読書部ですか?読書部なんて部活うちの学校にありましたっけ」

「あるよ、といっても添ちゃんが知らないのも無理ないよ。だって部員が私とあともう一人しかいないから」


 陽先輩が話に乗ってきた。

 私としても、会話は合ったほうがありがたい。無言のまま陽先輩と帰るなんてそれこそ罰ゲームみたいなもんだ。


「二人だけですか、それは大変じゃないですか」

「大変?どうして」

「どうしてってそれは……」


 陽先輩と一緒にいなくてはならないから。

 と、言えるはずもない。

 

「二人きりだと気まずくないですか、だってその人って見治先輩や兄じゃないですよね」

「うん、同学年の別のクラスの女の子。けどね、とっても好い人なの」

「好い人?」

「うん、とっても。私と同じくらいに本が好きだし、それにお話もとっても面白くて。それとね、とにかくカッコいいの。それこそ、ずばすばって、自分の思ってることを口にだして。だから、あまり気まずいった気持ちにはならないかな、私は」


 珍しく長話となる陽先輩。私がここ最近彼女と話してないから、あまり断言できないけど、陽先輩がこんなに楽しげに兄や見治先輩以外の話をするのは初めて見た気がする。

 陽先輩は優しいけど、あまり人付き合いは昔から上手くなかった。それこそいつも一緒にいるのは、幼馴染みである見治先輩や兄くらい。

 だからこそ、少しばかり陽先輩が話すその子の事が気になった。と言っても、陽先輩の部活仲間なんて距離がありすぎて、私には何の関係もないんだろうけど。

 

 いつも乗っているはずの自転車を引きながらの会話。カラカラと音が鳴る中、次に来たのは私の事に関してだった。


「添ちゃんの部活は写真部だったよね」

「はい、写真が好きなので」

「昔から添ちゃんは写真が好きだったよね。それこそ、小学生や中学生の頃はよく被写体になったよ」

「あの時はありがとうございました」

 

 ペコリと頭を下げる私。私としてもあの頃の陽先輩を撮れたのは良かった、今の変わった彼女を見てそう思う。

 私の礼を受け取った陽先輩は、手を軽く振る。

 

「いいよ、別に楽しかったし。けど、我が儘をいうなら今の私も撮ってもらってもいいかな」

「今の先輩を……ですか」

「うん、今の私」


 はにかむ陽先輩。きっと絵になる写真が撮れるだろう。

 それに、今の彼女を撮っておきたいという思いもまた、私にはあった。


「良いですよ、ちょっと待ってください」


 私はカバンから、黄緑色のミラーレスカメラを取り出す。高校の入学祝いに父から買ってもらったもので、いつも持ち歩いていた。といっても、お祭りの日は忘れてしまったけど。


 そんなカメラを携え、自転車を道端に止めた私は陽先輩の前に立つ。

 この時既に私達は、自宅がある住宅街に入っていたため、車が少なく、カメラに集中する事が出来た。

 また夕方ということもあり、辺りは薄暗かったけど、その分陽先輩の、人を寄せ付けつつも奥底には触れさせない、そんな神秘性が際立っているように思えた。

 

 やっぱり陽先輩は絵になる、そんな感嘆や嫉妬にも似た感情を抱きつつ私は、鞄を体前で両手持ちしている陽先輩を撮った。


「こんな感じですけど……どうですか」


 私は撮った写真を、カメラの画面に映し、陽先輩に見せる。

 それをさもこういったカメラを見るのが初めてのように、陽先輩はじっくりと見てきた。


「これが私?凄い良く撮れてる!」

「い、いやそんなことないですよ」

「ううん、そんなことある。だって鏡で見る私より何倍も綺麗だもん」


 無邪気に喜ぶ陽先輩。そこには写真の中にある神秘性や美しさといった要素とは無縁の彼女がいる。

 そんな彼女に素直に誉められて、私は悪い気分じゃなかった。


「そうですか、それなら良かったです」

「うん、私も添ちゃんに撮ってもらって良かった。写真部でもきっと誉められてたりするんでしょ?」

「良い写真を撮ってもらった時には……ですね」

「先輩とかに?」

「先輩とか、同級生とかそれと……」

「教助先生」


 トクンッ、と心臓が微かにはね上がる。

 唐突に告げられたその名前に、カメラを持つ私の体は固くなる。

 近くにいる陽先輩から、離れたいと思ってしまう。


「私達の担任、教助先生なんだけど、写真部の顧問……だったよね」

「そうですけど……」

「教助先生って、写真部ではどうなの」

「その、慕われて……ます、よ」


 言葉が上手く出ない。

 思ってしまう、知っているのかと。知っていたとしたら、私から何を聞き出したいのと。


 陽先輩はもしかして、兄から聞いたのだろうか。いや、それはない。兄と陽先輩の仲だとしても、兄が話すとは思えない。


 なら、知らない?聞いているのはただの偶然?

 そんな私の思いとは裏腹に、陽先輩は次の一言を発した。


「慕われているって、添ちゃんも?」


 その一言は、私を凍りつかせる。陽先輩がこれほどまでに冷たい声を出せるのかと思えるほどに。


 間違いない、私が先生を好きだということを陽先輩は知っている。知っていて試すような発言をしているのだ。

 それを自覚した時、胸の内から湧いてきたのは怒りだった。

 体や唇の硬直を溶かすほどの怒り、兄に恋心を言ってしまった時のような怒り。この時の私は後先を考える余裕はなかった。


「陽先輩は兄の事、好きなんですよね」


 陽先輩の顔を、避けることなく捉え、私は言葉をぶつけた。

 以前から抱いていた疑問。けど、口にはしなかった問い。


 陽先輩はモテる。学年が違う私でも分かるほどに。そんな彼女には何故、彼氏がいないのか。

 それに関しては多くの噂がある。その中でも特に有力なのが

見治先輩と密かに付き合っているからというもの。けど、そんなのは私から言わせれば嘘っぱちだ。

 陽先輩は見治先輩じゃなく、兄が好きなのだ。

 

 別に昔の兄を好きになるのは分かる。昔の兄はそれはそれは、皆の憧れの少年だった。

 けど、そんな昔の面影を失った今の兄でも、陽先輩の態度は変わらない。()()()()()()

 だからこそ、これは陽先輩へのカウンターと共に、今の私が彼女へ抱く疑問でもあった。()()()()()()()()()()()()()()

 

 この会話の流れを唐突に変えた、答えづらいであろう質問。

 けど、そんな私の質問を、陽先輩は時間を取らずに即答した。


「好きよ幼馴染み、親友としてね」


 微笑む陽先輩。睨み付けるような顔をしてる私とは違う、表情。

 

「親友として?」

「そう、私は親友として貴方の兄が好き」

 

 はっきりと告げられた、揺るぎのない言葉。

 そんな陽先輩を前にして、私はこれ以上言葉を続けることが出来なかった。

 

  


次回は別人物の視点となります。

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