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4話 恋をした少女(視点:川瀬添)

今回の話と次回は、1〜3話の主役であった川瀬広の妹、川瀬添の話となります。このように、この小説はいろんな登場人物の視点から恋に関しての物語を見ていく形式となっています。

なお1回その人物の視点で描いたからといって、その人物視点の話が二度とこない、ということはないのでご安心ください(例として、次に川瀬広視点の話が来るのは8話となります)


 身近な人、けど幼い頃の私に取ってはそれ以上だった。

 いつも、後を追いかけたし、いつまでも一緒にいたいと思った。

 けど、永遠には続かない。

 兄は、変わってしまった。以前の兄とは似てもにつかぬものへと変貌した。

 そしてそんな兄に対して、私は何もしなかった。


ーーーーーーー


 夕日の空のもと、遠くまで響く空砲の音。ある一点に導かれるように続く人の波。雑多な歓声。

 そこは、いつも変わらぬ光景だった。私が物心ついた頃から、そして高校生になっても変わらない光景。

 そんなお祭りが開かれている神社の境内の入り口脇で、私は友達を待っている。

 

 けど、私は一刻も早くここから離れたかった。何故ってそれは、ここが、お祭りの入り口で大勢の人が行き交うから。

 それに、何だが見られている気がする。気がするだけで、本当はこんな私に誰も気にはとめてないんだろうけど、それでもやっぱり人の視線を感じる。


 やっぱり可笑しいのかな、いつもの服にしとくべきだったのかな。

 前へと目を向けられず、私は地面へと、祭りへ行く人の波から、目線を外してしまう。友達を待っている筈なのに。

 服の裾を握る私。でも、それで気分が落ち着く訳でもない。長く、それこそ時間が何十倍にも感じる。だから本当はそれほど経っていないのだろうけど、何時間も待っているように私が感じた時、声が聞こえた、聞き覚えのある声が。


「おっ、いたいた添、待ったか?」

「ごめんね、ちょっと家出るのが遅くなっちゃって」


 友人の声。これほど、友人の声で安心したことはない。私は地面から、前に流れている人の波へと顔を上げた。


「……花、戸塚ぁ」


 そこには私が待ち望んだ友人たちがいた。ゆるふわな雰囲気の花に、ヤンキーまがいの花。人の波の中にいる二人を私は直ぐに見つけることが出来た。

 私は安堵する、一人じゃなくなったことに。でも、二人にとっては違っていた。


「ちょっ添、どうしたんだよ顔真っ赤だぞ」

「そうですよ、今にも鼻水出そうですよ添さん」


 私の姿に驚いたのか、早足で二人とも近づいていきた。そうして近くへ来た中で花が、来て早々私にポケットティッシュを差し出す。

 こういう、些細な心遣いが花にはある。けど、戸塚は……


「何だ添、そんなに一人が寂しかったのか、だったら現地集合じゃなく家まで迎えに言ったのになぁ」


 と、カラカラと笑い声をたて、鼻をかむ私を小バカにしてきた。そんな彼女に、未だ顔が赤い私は声をたて反論する。


「寂しかったんじゃないっ」

「じゃあ何だ、何でそんな顔してんだ」

「それは……」


 鼻を噛み終わった私は、その後を言えなかった。友達と言えど、改まってこの事を言うのは恥ずかしい。

 けど、そんな風に、言えずもじもじしている私を見て、花が気づいた。


「あれ、添さん服が……」

「服?あれ……確かに」


 花が全体を見るように、また戸塚が細部を見るように見てくる。

 友人二人に熱心に見つめられ、私は身をよじった。顔をさっきよりも赤くして。


「分かってるよ、似合ってない事ぐらい。ワンピースなんか着てきたんだから」


 そう、私は今日ワンピースを来ている。薄ピンク色の春らしさを感じる服装……という店の謳い文句の服を。

 けど、いつもの私はこんな格好したことがない。こんなオシャレ?な格好を。今まで私は服には興味がなかったから。だからこそ恥ずかしい、友達にこんな格好をしている所を見られるのが。

 友達から視線をずらす私。けど、いつまでもそうしてる訳にはいかない。ちらりと友人を垣間見る私であるが、そんなとき戸塚がため息をついているのが、目に入った。


「そんなことかよ。服なんか気にしねぇって」

「気にしないってそんなこと」

「そんなことないですよ戸塚さん!」


 戸塚の意見に反論しようとした私。しかし途中で花が乱入してきた。


「私には分かります、分かりますよ添さん!」

「花……」

「ナンパ目当てですねっ」

「はっ?」


 やけにキラキラした瞳で、迫ってくる花に、私は足を半歩後ろへと下げてしまう。そんな私にさらに半歩、花は詰め寄ってきた。


「ここはお祭り、他校の生徒が沢山来ます。そんな人達と今日ここで契りうぉっ!?」


 花が若干の暴走をし始めた時、戸塚が彼女の頭を叩いた。全く花ときたら、おかげで私たちを通り越し境内へと入る人たちの幾人かは、こちらを見てくる。


「そんなこと考えるのは、お前ぐらいだっちゅうの」

「えぇ、だって祭りと言えば男女の交わりじゃないですか。どうして女同士で」

「私は皆といるのが楽しいから良いんだよ」


 口走る戸塚、その事に気づき僅かに彼女は頬を染める。こういう素直さを見せる部分がある彼女のことが、私は好きだ。

 戸塚は顔をそらして咳払いし、頰をいつもの色合いへと戻す。そして私たちに向き直った。


「じゃあ行こうか、早くしないとりんご飴なくなっちゃうからな」

「それに早くしないと素敵な男子を逃すかも知れないし」

「えぇっと、それはどうか……な?」


 戸惑いの返事を携えつつ、私は友達と共に屋台広がる境内へと入った。

 花と同じような邪な思いを胸に抱いて。

 

ーーーーーーー


 屋台を巡っていく私達。射的に、金魚すくい、焼きそば、リンゴ飴、たい焼きに、かき氷etc

とにかく私達は楽しんだ、他の人達よりもずっと長く、それこそ陽が完全に地平線に沈んだ後も。

 高校入って初めてのお祭りということもあり、花や戸塚は特に楽しんでいた。騒ぎすぎだなと思うくらいに。一方の私と言えば、スマホのカメラを手に祭りの風景を撮っている、それこそずっと。

 でも、いつまでもそうしているのは不自然と言うものだ。


「添、どうしたんだお前」


 夕日が消え代わりに星が瞬いていた頃、りんご飴を口に入れながら、隣にいる戸塚が聞いてきた。その時、私はスマホのカメラで祭りを見ている。

 だから私としたら、当然スマホの事を聞かれたと思った。


「ん、いや高校初めての祭りを撮ろうかなって……」

「いや、違う違う、それはいつもだからいいの」


 あっさりと切り捨てられた。いつもだからって、それって……


「私をそんな写真バカな感じだとおもってたんですか」

「自覚してたんだ」

「自覚してないですぅ。なら何が聞きたかったの戸塚は」


 口を尖らせ聞く私。一方戸塚は私の持っていたスマホを指差した。


「いや、いつも持っているカメラはどうしたのかって」

「あぁそれ、私も気になってました」


 りんご飴を口にいれながらの戸塚の意見に、彼女を挟んで向かい側にいる花が賛同する。この時、彼女は水ヨーヨーをポンポンと弾ませ楽しんでいる。

 そしてスマホ以外手にしていない私。そんな私は溜めることなく発言した。


「家に忘れた」


 気兼ねなく言ったつもりだった。それこそ何事もないように。けど、二人に取ってはそうではなかったらしい。花は水ヨーヨーを弾ませる止め、戸塚にいたってはりんご飴を落としそうになっている。

 

「ど、どうしたの二人とも……」

「ごめん、気づかなかった」

「は?」

「私もそんなに、添さんにカメラを忘れるほどの悩みがあるなんて……」

「ちょっ花まで、別に悩みとかそんなのは」


 スマホを持っていない手を振り、私は否定する。しかし、そんな私を無視し、隣にいる戸塚がりんご飴を器用に持ちながら両肩を掴んでくる。そして逃れようのないつり目な彼女の瞳が私を捉えた。


「いい、いいんだよ添」

「いや……いいって何が」

「言わなくていい、そんなお前がカメラを忘れるほどの悩みを持っていることに気づかなかった私達が悪かったんだ」

「私も気づかなくてごめんね」


 深刻そうな顔をする二人。

 何でか分からないけど、二人とも私に同情している。

 今の時刻人が少なくなっているとは言え、それでも目立つことに変わりはない。当然、私は恥ずかしかった。だから私は一刻も早く、この状況から抜け出したかった。


「ほんとに悩みなんてないって、ただ新しい服に手間取っちゃて、それで忘れただけなの」

「けど、お前がカメラを忘れるなんて、今までなかったぞ」

「そんなことは……確かにそうだけど、けど私にだって忘れるくらいあるの」


 肩に乗っている戸塚の手を払う。

 払われた戸塚は、少し狼狽えてたけど、渋々手を下ろしてくれた。


「ほんとに、悩みとかないのか」

「ないよ、どれだけ私の事を写真バカだと思ってたの」

「写真撮らないと死んじゃうくらい」

「死なないよそれくらいで」

「けど、戸塚の心配も分かるよ、私だって何かあったのかなって心配したし」


 戸塚を挟み向かう側にいた花は、私の顔を覗き混むような姿勢を取る。彼女の表情は、本気で心配しているものだった。


「本当に、何でもない?」

「……何でもないよ。本当に」

「そう、けど何かあったら相談してね」

「私達が力になるからよ!」


 戸塚が花の肩を組んで、ニンマリと自信ありげに笑う。

 裏表ない戸塚に、気遣いある花。やっぱりこの二人といるときは楽しい。

 私は肩を組んで笑顔を向けてくる二人を写真に納めようとスマホのカメラを向けた。このまま消えてしまうのは惜しいと思ったから。

 けどその時、二人の後方にいる人が私の視界に入る。そして私はスマホのシャッターを切るのを忘れてしまった。


 服装も体格も髪も普通、それこそ人混みに紛れたら間違いなく見失う個性のなさ。その上後ろ姿だから、まず印象には残らない筈の人物。

 けど、私には分かってしまう。本能とも言えるものが彼の正体を告げてくる。だって彼と私は兄妹なのだから。


「あれ、添ちゃん、久しぶり。来てたんだ」


 見治先輩がこちらに気づき喋りかけてくる。

 兄いるところに彼あり。物心ついた頃から兄は見治先輩と一緒だった。それに彼女も。


「添ちゃん、こんにちわ」


 見治先輩の後ろから、黒髪ロングの女性が現れた。陽先輩である。

 けど、今日の彼女は少し違っていた。アサガオの着物を身に纏っていたのだ。それに、ワンポイントアクセントとして、小さな巾着を手にもっている。

 だからこそ、少し反応が遅れる。しばし彼女に看取れていた私だけど、友人達が自分を見ていることに気づいた。


「ごめん、ちょっと行くね」


 結局写真を取らずにスマホをしまう。そして友人たちに声をかけると、私は彼らの元へ向かった。


ーーーーーーー


 兄はこっちを見なかった。見治先輩や陽先輩が私を迎えるなか、兄だけは屋台の方ばかりを見ている。

 意識して避けている、兄はいつもそうだ。外で会うときは私と出会わないようにしているし、もし万が一会っても今のように無視する。兄妹なのだから少しくらい話してくれたっていいのに。

 そんな兄だからこそ、私もまた無視する。それが今の私達兄妹の関係性。


「見治先輩、久しぶり……でもないですね、グラウンドでよく会いますか」

「そうだろうけど、今日は会っていないだろ?それに、学校外で会うのは本当に久しぶりだ」

「確かに、そうですね。陽先輩もそう言う意味ではお久しぶりです」

「添ちゃん、そんなにかしこまらなくてもいいのに。昔みたいに、陽お姉ちゃんって読んでいいんだよ」

「いや、流石に高校生になってそれは……」


 兄を無視しての会話。二人とも察して私達に合わせてくれるのだ。兄と私との不仲を。


 兄には今私が話している二人の友達がいる。見治先輩に陽先輩。二人とも私が物心ついた頃からいる。けど、二人とも昔と変わった。

 今の見治先輩は、何でもできる完璧超人みたいな感じの人だ。勉強もでき、運動もでき、おまけにリーダーシップもある。そして中身だけでなく、外も清潔感ある顔立ちのイケメンであることに加え高身長と逆に欠点を教えてくれと思えるほどの完璧さだ。けど、昔はそうじゃなかった。昔はどっちかというと気弱な、おとなしい人だった。


 陽先輩もそうだ。昔の陽先輩はこう言うのも何だけど地味な女の子だった。それが今はどうだ、白い肌に長い黒髪。人形のような美しさを持ちつつ、それでも生気ある人だと分かるような慈愛ある顔立ち。スタイルもよく、その上性格も人優しく柔らか。欠点はあまり人付き合いしないところだけど、それが陽先輩だと更なる魅力へと変貌する。

 

 一方の私はと言えば、秀でたものなど何もない一介のただの女子高生。

 だからこそ、劣等感を感じる。特に陽先輩には同じ女子として。だから、私は昔ほど陽先輩になつかなくなった。


「見治先輩達は、いつからお祭りに来てるんですか?」

「一時間ほど前だよ。添ちゃんは?」

「三時間ほどです」

「三時間かぁ、じゃあもうほとんどまわったか」

「はい、ですけど回り足りない所があるのでもう少しいます」


 陽先輩に意識して目線を合わせない私。女子として完璧な彼女に目を合わす勇気が私にはないから。

 けど、そんな私の気持ちに気づいているのか陽先輩は、最初の一言より後は何も言わなかった。

 

 その後、話題は花火へと移り変わった。私は見治先輩から一緒に花火を見に行かないかと誘われたけど、断った。別に兄や陽先輩と一緒に行きたくないからじゃない。まだ、私にはここにいなければならない理由があるから。


 私は見治先輩達と別れた。けど、友人達の元へ戻る途中、私は一回後ろへと振り向き見治先輩達の方を見る。そんな私の目に入ったのは、兄が見治先輩や陽先輩と仲良く話している姿、久しく見ていない兄の姿だった。


ーーーーーーー


「高城先輩カッコ良かったぁ、あれで彼女がいないのが信じられないくらい」


 友人達の元に戻って早々、返ってきたのは恋愛脳とも言える花の見治先輩への賛辞であった。

 そんな通常運転の彼女を前にすると、先程までの思いが吹き飛ぶ。自然と私は笑みとなった。


「だったら付き合えばいいじゃない。見治先輩フリーなんだから」

「駄目だよ~。私なんかが高城先輩となんか付き合ったら、先輩達から袋叩きにされちゃう」

「自分には不釣り合いとか思わないんだな」


 見治先輩に、惚れ込む花。けど、戸塚はあまり見治先輩に惹かれていないように思えた。


「戸塚は花みたいに見治先輩に惹かれないの?」


 そう、私が問いかけると、戸塚は首を振った。


「あまり。それよりも私は愛梨先輩の方が憧れるよ」

「愛梨先輩にぃ?あんたが」


 花の小バカにしたような声に、戸塚は持ち前の鋭い目付きで花を睨みつける。こうして花を黙らせた後、続きを話し始めた。


「愛梨先輩みたいになりたいんじゃなくて、あの生きざまにね」

「生きざま?」

「そう、自分はこうやって生きていくという揺るぎない信念を感じるよ」


 戸塚は、既に小さくなっている見治先輩達の背中を見つめている。

 はっきりいって私には戸塚の言いたいことが分からなかった。ただ、彼女の言う信念が陽先輩を今のように綺麗にしたのかなと、うわべだけの考察しか出来ない。


「で、これからどうする?花火を見に行くか」


 そんな物思いに耽っていた私や、黙っていた花に見治先輩達から視線を外した戸塚が尋ねてくる。

 確かにもうすぐ花火が始まる時間だし、それに見治先輩達も行くと言っていた。

 けど、見治先輩に言ったように私にはまだ、心残りがある。だからまだ花火へは行きたくはなかった。


「もう少し回っていかない。まだ撮り足りなくて」

「まだ撮り足りないって、やっぱり写真バカじゃないか」

「いやぁごめんごめん。ほんとごめん」

「私は良いよ。私もまだ男子を物色しきれてないし、花火を見に行ったら男子を見る余裕なんてなくなっちゃうから」


 花も私の提案に乗ってくれた。

 2対1こちら側が過半数である。それを分かっているがゆえ、戸塚も渋々ながらも私達の屋台巡りに付き合ってくれた。


 けど、実のところ私が写真を撮り足りないという理由は嘘だ。いや、そもそも私は写真にすべてを打ち込めるほどのめり込んでない。

 だって、今私がスマホのカメラでお祭りを見るのは、撮るのとは別の理由があるから。その理由はこうして写真を撮れば回りをキョロキョロ見ても怪しまれないという不純なもの。

 不純と言えば、友達に嘘をついていることもだ。私には悩みがある。友達には言えない悩みが。そして、その悩みのせいで新しい服を着て、カメラを忘れるという事態を起こした。私らしくないミスを。

 けど、そうまでする目的がここにはある。だからこそ、退くわけにはいかない。その目的を果たすまで。


 だからこそ、その目的が達せられた時私は、私らしくはいられない。


「あれ、川瀬さんじゃないですか」


 見治先輩たちと離れてから何分か経った後、声をかけられた。

 スマホのカメラを向けていた方向の逆側から響いたのは、心を包み込むような優しげな声である。けど、それは私にとっては逆に驚かせる声でもあった。


「せ、先生っ」


 スマホから目を外し、私は体を声の方向へと向ける。そこには私の予想通りの人が立っていた。

 ワックスで緩く纏めた髪に、メガネをかけている塩顔の、常に優しげな表情の彼、教助先生である。

 教助先生は二年生の兄のクラスを担当しているから、一年生の私とは普通は接点はない。でも、部活つながりで私は先生と接点を持っている。先生は私が入っている写真部の顧問だ。

 しかも、この時の先生は、いつものスーツ姿ではなく、私服だった。7分袖の黒ジャケットを羽織る先生は、スーツの時のような堅苦しさはなく、そのギャップが余計に私の心をかき乱す。


 そんな先生は私の直ぐ近くまで来ていた。眼鏡の奥にある優しげな瞳から逃れるように、鼓動が高鳴っている私はスマホを握った手を背中へと隠す。けど、そんな事は先生には当然お見通しだった。


「スマホで写真を撮っていたんですか」

「えっ、は、はい。その……カメラを忘れてしまって」

「良いですよ、今は部活動中じゃないですから。それに逆に誉めたいくらいです」

「誉める……ですか」

「はい、部活以外でも写真を撮ることに夢中だなんて、実に熱心な生徒だと私は思いますよ」

「い、いやそんなことは」


 照れてしまう。きっと今の私の顔は赤い。ごまかしが効かないほどに。

 退かないかなこんな私を。心に留めてくれるかなこんな私を。

 そんな思いが心の中をかけ巡る。

 だから、その先の事はあまり覚えていない。記憶の断片としてあるのは、写真を撮る注意として、おおっぴらに人を撮らないよう言われたことくらい。けど、そんな注意の仕方すら優しく諭してくれるような感じだった事は覚えてる。


 先生に夢中だった私。

 そんな調子に陥っていたから、先生が立ち去った後、隣で立ち見の格好を取っていた友人達が放っておくはずがない。


「ちょっと添、何照れちゃってるの~」


 ニヤニヤした顔で戸塚が私を見てくる。

 一方、花と言えば、うんうんと頷いていた。


「分かります、分かりますよ添さん。私だってあんなに親身に迫られたらその気がなくても照れちゃいます」

「あんたはいつも発情期だからね。そうなるだろうよ」

「発情期、それで結構です。それで恋人が出来るなら」

「もう、花ったらポジティブなんだから」

 

 私は笑った。花の言動が可笑しかったから。

 けど、それはあくまで表面、奥は違う。

 花と戸塚は私の友達だ、いや親友といってもいいかもしれない。けど、そんな彼女らに明かせないことがある。イメチェンした理由、カメラを忘れるほど動揺した理由、スマホのカメラで写真を撮り続けた理由。花火を見にいくのを躊躇った理由。


 全部、お祭りで先生に会えるかもしれなかったから。先生がお祭りの巡回をすると話に聞いたから。だからいつも着ないオシャレな服を着て。期待に胸を高鳴らせカメラを忘れ。スマホのカメラを使って周囲を見渡して。まだ会えるかもしれないと少ない可能性にかけた。全部、先生に会うため。

 

 私は先生に恋をしている。

 そしてその事を友達に、私は言えていなかった。

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