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32話 解離(視点:四条結)

 今、私は図書館に来ていた。


 ひんやりとした室内に、落ち着き払った空間。クーラーがなく、騒がしい家とは大違い。

 もっとも、ここに来た理由は、リラックスする為でも、小説を借りにきた訳でもない。もっと別の理由。

 修学旅行のためだ。


 真中高校では、高2の2学期に、修学旅行として京都に行くことになっている。

 別に京都に対して、然したる思いを私は抱いていないけど、修学旅行という響きは、どうしようもないほどに、気分を高揚させてくれる。静かにありたい、そう願い始まった高校生活だけど、今となってはその思いは薄れ、こういう楽しみ事に心踊らすようになっていた。


 そして、十分に楽しむためには、準備が必要というもの。だからこそ、夏休みに入った今、私は図書館にいる。修学旅行先である京都を調べるために。

 けど、これまで図書館を利用してきたのは小説を借りるためである。それもあってか、小説があるコーナー以外の場所に、私は行ったことがなかった。

 その為、観光案内に関する本が何処にあるのか、分からない私は、館内を歩き回る事となる。


 特に館内の奥は、私の知らない領域だった。何だか良く分からない小難しい分野の本に、何だか良く分からない参考本、そして難しそうな哲学書、と私には縁がないような本が、本棚にぎっしりと埋まっている。

 そんな本棚たちを私は歩きながら覗いていく。観光案内に関する本がないか、探すために。


 そうして、探し歩いていたとき、珍しく私は知人に会った。知人と言っても友達のような間柄ではない。

 教助先生。彼が国際関連の本棚を前に、立ったまま本を読んでいた。

 

 教助先生は、2年1組の担任であると同時に生徒から絶大なる人気を誇っている先生だ。かくいう私も他の人と同様に教助先生の事は好きだった。2年になった今では、教助先生の授業は受けてないけど、1年生の頃、現国の担当は教助先生だった。

 他の教師のようにむやみに生徒を威圧せず、生徒の目線で、寄り添った授業。それは分かりやすくもあり、同時に授業だというのに受けていて苦ではなかった。

 だからこそ、2年になり現国の担当が変わったとき、私は心底落ち込んだ。それは私がいる2年4組全体の認識でもあった。

 

 けど、逆に言えば、私と教助先生との間柄はその程度のもの。陽のように担任でもなければ、川瀬君の妹さんのように部活の顧問という訳でもない。

 もしかして教助先生なら、私程度のような間柄の生徒の事をも覚えているかもしれない。けど、だからと言って本を読んでいる先生に話しかけるのは気が退けた。

 スルーすべきと、そう思った。現に教助先生は本に夢中なためか近くにいる私に気がついていない。

 けど、同時に私はこうも思ってしまった。教助先生は一体どんな本を読んでいるんだろうと。


 興味があった、生徒に好かれていている教助先生は、どんな本を読むのか。

 そして、興味深いものに惹かれるのが私という人間。マナー違反だと、分かりながら、それでも私は惹かれてしまった。

 バレないように本棚の物陰から、盗み見るように先生を覗きこむ。厳密に言えば先生の読んでいる本を。

 

 さすがに覗き見だと、ページの文字までは読めなかった。だけど、先生が見つめる本のページに、写真が載っていることは分かった。大勢の人が、集まって笑っている写真。

 何の写真なのだろう。そう思った私は思わず隠れていた本棚から体を乗り出してしまう。


 その瞬間、先生が本から顔を上げた。そして辺りをキョロキョロと見渡し始める。

 まずい、咄嗟にそう思った私は直ぐに体を、先生から見えないように本棚の物影に隠す。

 良く考えてみると、別に隠れる必要なんて無かったのだろうけど、それでも、隠れた方が良いような気がした。


 そうして、隠れてから暫く経った後、私はゆっくりと慎重に顔だけを出し、先生がいた場所を様子見する。しかし、既に先生は居らず、誰も居ない本棚だけがそこにはあった。

 安堵する私。そしてそのまま体を出すと、そのまま教助先生がいた場所へと移動する。先生が先程までいた本棚には、国外の紛争や食事情などが書かれた本が並べられていた。

 

 教助先生を盗み見ていた私は、同時に、先生の前にあった抜き取られていた場所もまた覚えていた。そして今、その場所には空白ではなく、一冊の本によって埋められている。

 その本を私は手に取った。


 本のタイトルは、世界の結婚事情。

 表紙を一瞥した後、ページをパラパラと私は捲っていった。中は本のタイトル通り、世界にある色んな結婚について取り上げた内容である。


 既婚者である教助先生は、結婚について何か気になる事でもあったのかな。

 そう軽く思いつつ、私は更にページを捲っていく。先ほど見た写真が載ってあるページを探すために。

 そのページはさして苦労もせずに見つけることができた。


 大勢の人が写った写真。子供も大人も含めて皆、仲が良いように見える。微笑ましいな、そんな思いで私はそのページに書いてある文字に目を落とした。


『重婚の幸せ』


 デカデカと書かれた大きな文字。

 その文字を見た私は、再度同ページにある写真を見る。一人の男性を取り囲むように立ち並ぶ女性と子供たち。笑顔な事には変わりない。けど、その写真を先程のような純粋な気持ちで、私はもう見る事が出来なかった。


ーーーーーーー


 夜、自室……といっても、姉との共同部屋だけど、そんな自室にある二段ベットの、下のベットに、今私は寝転がっていた。

 視界に入るのは、天井ではなく、上のベットの底である。茶色の木材の床板。中学生の頃は良く夜中に、上のベットにいる姉と雑談していた。部活動の事とか、勉強の事とか、恋の事とか。姉は俗に言う恋愛脳だった。いつも彼氏を欲していたし、彼氏が出来たら惚気け話を耳にタコが出来るほど聞かせてきた。

 けど、姉が大学に入ってからは、そんな日常は珍しくなった。姉は彼氏とそれこそ一日中一緒にいて、夜中遅くに帰ってくるか、家に帰ってこない日が殆どになった。そして、今も夜だというのに姉は上のベットに居ない。何でも彼氏と遊んでくるから、帰ってくるのは遅くなるという。


 つい一ヶ月前に彼氏と別れたばかりなのに、姉はもう別の男性と付き合っていた。それはもう恋愛脳を通り越して不埒……と、いつもの私ならそんな風に影口を叩くだろう。けど、今の私はそんな気分にはなれなかった。

 

 モヤモヤしたこの思い。それを誰かに伝えずにはいられなかった。

 独りでに私はため息をつくとスマホを弄り始める。そして、目当ての人物に、ラインで次の言葉を送った。


『起きてる?』


 それは会話を作るためのきっかけ。けど、私としては返事は直ぐでなくても良かった。発作的に送った事だけど、それ故に、遠慮もまた感じてしまう。

 だから彼女、陽の既読がついたと同時に、返事が返ってきたのは嬉しくなると同時に、少し申し訳ない気持ちにもなった。


『起きてるよ』

『何かあったの?』


『あった』

『けど、今いいの?』

『アメリカって、今は朝なんじゃ』


『朝だけど、もう朝御飯を食べ終わって』

『ゆっくりしている時間だから、問題ないよ』


 ライン越しに交わされる会話。アメリカと日本という垣根を感じさせない。

 こっちは日常、そして向こうは非日常。旅行で、アメリカに行った陽に、これから告げる事を考えると気が退けた。けど、それと同じぐらい、やっぱり一人で抱え込むには、今日の出来事は大きすぎた。


『今日ね、図書館で教助先生に会ったんだけど』

『教助先生が読んでた本がね、重婚についての本だったの』

『既婚者である先生が、それを読むってどう思う?』


 少し長くなってしまった文を、私は送信する。けど、送信し終わった後、私は気がついた、別に可笑しくないじゃんと。文に起こしてみると、その内容は様変わりしていた。


 ラインの文だけ見ると、何も可笑しくはなかった。既婚者である人が、重婚について記された本を読んだからって何だって言うのだろう。その理論だと男性の方が、同性婚の本を読んでいたら、ホモとでも言うのか。いや、違う。


 知りたかったから、話題になったから、目についたから。

 理由は何だってある。それは重婚だって同じ。文だけ見れば、何らおかしい所はない。


 けど、文ではなく、真実を知っている私は違う。

 先生のあの熱心さ。そして、夏休み前に先生が女子生徒からプレゼントを貰ったという事実。

 それに付け加え、川瀬君の、あの疑い。それもあったからこそ、あり得るかもと思ってしまう。

 

 けど、それは考えすぎというもの。だって先生は生徒からプレゼントを貰っただけだし、それに川瀬君が()()インモラルな思いを抱いていたとしても、先生には関係のない話なのだから。

 

 だから、多分この時の私の思いとしては、否定されて欲しかったんだと思う。

 文だと内容が十分に伝わってないと知りながらも、それでも何も可笑しい所なんてないよって、陽に言ってほしかった、否定して欲しかった、考え過ぎだと思いたかった。


 そして、そんな自覚なんてしていなかったその思いは、陽によって肯定される。


『別に可笑しくはないよ』


 トーク画面に出た陽の返事。それを見て思わず私は頬を緩ます。

 そう、なんも可笑しいところなんてないよね。私の考えすぎだったよねと。

 こうして、思い残しがなくなったその日の夜は安眠確定、眠り放題……となる筈だった。しかし、そう楽に事は運ばない。

 終わったと思っていたトーク画面が更新される。


『だって、しかたがないもん』

「……えっ」


 続いた内容は。


『奥さん以外に、好きな人が出来てしまったのなら』


 衝撃的な内容だった。

 そして、そんな彼女に返す言葉を、私は持ち合わせていなかった。

次は川瀬添視点となります。

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