30話 やり取り 〃
「うわっ、流石にきっちーなぁ。小さいし、それに固い」
わざとらしい大声を出しつつ、グローブを閉じたり開いたりして、俺は感触を確かめていく。一方、広はと言えば。
「やっぱり帰ろう。そもそも何でキャッチボール?」
首を傾げず、瞳を細めて抗議してきていた。
今、俺達は街中にある公園に来ていた。ブランコに滑り台にジャングルジムに砂場と、子供が遊ぶための要素を一通り満たしている公園。だからこそ、いつもなら子供達で溢れているはずのだが、流石にこの時間帯となると子供達は姿を消していた。
夕焼けに染まった誰もいない公園。だからこそ、昨今のうるさい事情に捉われることなくキャッチボールが出来る。
けど、広は違うらしい。もっとも、俺が強引に外へ連れ出したのだから、無理もないのだが。
「そんなに嫌か、キャッチボールが」
一応聞くが譲る気はないと、態度から分かるように、俺は肩を竦めながら尋ねた。それが伝わったのか、それとも体調からなのか、同じく小さめなグローブをはめている広は覇気のない返事を返してくる。
「嫌というのもあるけどさ、何でこんな時間に外へ出て、しかもやることがキャッチボールなのかということだよ。僕が不満に思っていることはさ」
「キャッチボールの理由?それならあるさ」
「どんな理由なのさ」
「対話をするときはキャッチボールだって相場が決まってる」
バシッ、とわざとらしく音を立て、右手で握っていた野球ボールを左手のグローブに投げた後、俺は分かりやすい笑みを作った。もっとも音の方に関しては、小学生がお遊びで使うようなスポンジ状の柔らかい野球ボールのためか、硬球のような良い音は出なかったが。
それでも広の意思を挫くには十分であったらしい。
はぁ、とグローブをはめた手を腰に、もう片方の手をおでこにつけながら、広はため息をついた。
「どんな相場だよ」
「けど、悪くないだろ。こうやって体を動かすのも、さっ」
言葉尻最後に、俺は広に向かってボールを投げる。予告なしの投球、当然の事ながら広は慌てた。それこそ初めてキャッチボールをする子供のように。だが、それでも広は不器用ながらに俺からのボールを受け止めた。
「上手いじゃん。久しぶりにやったにしては」
「上手いじゃん、じゃないよ。取れたことに僕自身が一番驚いてるよ。あんな、いきなり投げてきて」
「悪かったよ、お詫びと言ったら何だけど、本気で投げてきて良いからさ」
「……それって舐めてない、僕のこと」
「舐めてないよ、ただ今の広の本気がどれくらいか気になってさ」
「ほら、舐めてる。良いよそこまで言うなら。本気、見せてやろうじゃないか」
「いいだろ、こい」
俺から、広へと渡ったボール。それが今度はいきよいを増し、俺へと帰ってきた。
「速っ、取れないんじゃないかと思ったわ」
「そういう割には、焦ってなかったけど」
「運動部だからな、こう言うのは慣れてるんだよ」
「サッカー部、なのに?」
「サッカー部でもキャッチボールしたくなるのさっ」
再度ボールが、俺の手から離れる。空をきり、ボールは広のグローブへと吸い込まれる。
「肩強いなぁ、野球部でもいけてたんじゃないの」
「いけてないよ、これくらいじゃ。それよりも広、随分と投げ慣れているぽいけど、練習でもしてたのか」
「一人で壁当てでもして?恥ずかしすぎるだろ、それは」
ボールが再度、俺の手元へと戻る、確かな手応えを持って。
「1年生の球技大会で、ソフト選んだんだよ、僕は。覚えてない?」
「あぁそうそうソフトだったな広は。そうかそれでか」
「まぁソフトボールと野球ボールじゃ大きさも違えば投げ心地も違うけどね。野球ボールを使ったキャッチボールは確か……」
「小学生の時以来じゃないか」
「そうそう、小学生で今みたいに見治と投げ合った時以来だ。付け加えるなら、見治と始めて遊んだのもキャッチボールだったね」
「覚えてたのか」
「覚えてるさ、大事なことだから」
ボールと共に、自然と会話がやり取りされる。
正直な所嬉しかった。広が覚えててくれた事に。あの時の事は今でも大切な思い出だ。それこそ、夢を見るほどに。
広が俺を救ってくれた、あの孤独から。だから今度は俺が広を救う番。
そして、それは今の所上手く行っていた。現に今、広や、そして俺も口と体、そして、心が動き続けている。邪険な雰囲気など、もうここにはない。
「小学生の時はアニメの真似とかしてたよな」
「そうそう、してたしてた。見治出来やしないのにアンダースローとかしてね」
「やって見るか、高校生になった今なら出来るかもしれないしな」
「はっ? 本気」
「マジの本気。良いから受け取れよ」
「いや、ちょっとまっ」
「あっぶねぇなぁ、ジャンプしなければ今の取れなかったじゃないか」
「悪い悪い、力みすぎてた」
「力みすぎた、じゃないよ。お返しにこれでもくらえっ、いけっナックルボール!!」
「うおお、お? て、ただのスローボールじゃないか……ハエが止まるほどゆっくりに見えたぜ」
「何カッコつけてんだよ、見治」
「ホントにな、広」
くだらぬ会話、くだらぬキャッチボール。けど、今の俺たちには必要だ。幼馴染として親友として、こうした会話が、俺たちの関係性を、そして俺たち自身を癒していく。
時が経つのを忘れ、俺たちは久しぶりのキャッチボールを楽しんだ。それこそ、気づいた時には日が暮れ、街灯だけが公園を照らしているほどに、時間が経っていた。
「ハハッ、楽しかったぁ。誘ってくれてありがとな」
街灯による光の中、笑みを浮かべながら、広はグローブを外す。そんな笑顔である広を見ていると、本当に無理やりにでもキャッチボールを誘って良かったと俺は思った。
「元気になったか」
「うん、おかげで元気になった……聞かないの、何で僕が落ち込んでいたのか」
「聞いたら、広は答えるのか?」
同じくグローブを外しながら、わざとらしく、明るげな声を俺は出す。そんな俺の問いに広は首を振った。
「答えられない、これは僕の問題だから」
「それで良いんだよ。俺の目的は広を元気つかせることなんだから。それに、誰だって隠し事の1つや2つはある」
「見治にも?」
「もちろんあったよ。隠し事ぐらい」
何でもないように俺は答えた。
本音を言えば、気になっている。どうして広があそこまで思いつめていたか。けどいくら幼馴染とはいえ、超えてはならない一線がある。それを俺は陽の一件で知った。だから、問いただせない。分からない。
広が自ら話してくれる、その時まで。
「そうか、皆んなあるんだな」
そう言い広は辺りを見回した。夜のこの時刻、辺りの家には明かりが灯っている。そして灯りがついているという事は、そこには人が住んでいる。静かだけど、間違いなく俺たち以外にも人はいるのだ。
そうして、一通り辺りを見渡した後、広は俺に顔を向けてきた。家の時は違い、生気ある瞳を携えて。そして、そんな広を見ていると、本当に良かったと俺は思えるのだ。
「僕は……一人じゃない」
「そう、一人じゃない」
頷く俺。そう、広の周りには皆がいる、一人じゃない。俺もいるしそれに、陽だっている。
この日、俺は親友として広の手助けをした。それは俺が望んでいたこと。
だからこそ、それが叶った今、久しぶりに良い夜を迎えられる……筈だった。
「やっぱり、見治は僕の親友だ」
最後、言葉と共に広はカラリと爽やかな笑みを浮かべた。
それは俺が待ち望んでいた言葉、俺自身が選んだ選択だった。だからこそ、嬉しがるのが普通。
でも、それなのに何故だろう。広の言葉を聞いたその時、胸が、痛かった。
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