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29話 一人っきり(視点:高城見治)

 幼稚園、そこは多くの子供達が学び、そして遊ぶ場所。積み木や砂場遊び、鬼ごっこなど、色んな遊びで楽しむ。けどそれらの遊びにはある共通点がある。それは一人ではないということ。他の子供と笑顔を振りまき、一緒になって遊ぶ。

 だからこそ、目立つ。一人であるその子供は。

 ひとりぼっちの子供。笑顔はなく、暗い表情であるその子供は、同年代の子供がいる幼稚園の中でも、そして家族がいる外でも、ひとりぼっちだった。


 代わってここは街中にある、とある公園。多くとはいかないまでも、幾人の子供達が遊んでいる。そんな場所でもその子供は一人だった。

 ブランコを漕ぐわけでもなく、一人ただ座っているだけ。その子供はどこを見つめるわけでもなく、俯いていた。幼稚園の時よりも、固く感情を表に出さないまま。

 そんな一人ぼっちの彼の前に、別のある子供がやって来た。けど、それは一人ぼっちの彼にとっては、良くある出来事。だからこそ、一人ぼっちの彼はいつものように、俯いていた顔をあげた。


『一緒に遊ばない?』


 一人ぼっちの彼に、やって来た子供はボールを差し出す。手にはグローブをはめて。

 珍しいことにやって来た子供は笑顔だった。これまでのように大人に言われて嫌々誘っているのではない。

 けど、その子を前にしても一人ぼっちの彼は、静かに首を振る。いつものように、これまでのように他人を拒絶する。

 そんなやり取りが何回も何十回も続いてきたのだろう。誘って来た子供が差し出していた手を下げるのを見ても、ひとりぼっちの子は表情を変えない。これまでと同じようにように、堅苦しく、そしてどことなく寂しげな表情のまま。

 けど、それは長くは続かなかった。彼の手首が掴まれる、体が引っ張られる。


『いいから、一緒に遊ぼ』


 ボールをグローブへと移動させていた子供は、空いている手でブランコに座っていた彼を起き上がらせ、そのまま走り出す。

 その子供に、手首を掴まれている彼も、走り出さなければならない。しかし、彼は走るのが不慣れなのか、足が上手く動かず、転びそうになる。

 しかし、彼は転ばなかった。何とか彼は踏みとどまると、子供の後をついていく。手首を掴まれたからでは無く、彼自身の意思で。彼の表情はもう暗くはない。

 一人ぼっちだった筈の彼の表情は、前にいる子供と同じような笑顔となっていた。


ーーーーーーー

 

 音楽が聞こえる。人を落ち着かせるのでは無く、その真逆。人の神経を逆撫でするような不快な雑音にも似た音楽。

 普段なら怒るが、今は違う。今はその音楽がありがたい。起きるのに、これほど、丁度いい音楽はない。寝返りをうち、枕元にあるスマホを手に取ると、アラームを止めた。そして、そのままスマホをいじり始める。


 寝ている間、ラインが来てないことぐらい分かっていた。しかし、それでも、俺は無意味にラインのアイコンをタップして開き、広とのトーク画面を見る。

 最後のトークは俺からのもの。けど、最後だけじゃ無く、それこそここ数日間はずっと、俺からのトークのみ。広は返事をしてこない。既読、ずっとそればかり。

 それは昨日の夜も同じ。それを確認した後、俺はスマホの画面を消した。


ーーーーーーー


 夕方と昼との境目の時刻、俺は広の家の前にいた。

 広の家は、ここいらでは普通の、二階建ての一軒家だ。そしてそれは、隣家も同じ。隣家を一瞥した後、俺は広の家のインターホンを押す。

 明るく、決して不快ではない音を奏でるインターホン。その音に導かれるように、ドタドタと、家の中から誰かが、元気よく階段を降りる音が聞こえる。そしてその元気を表したように、いきよいよく玄関の扉が開かれた。


「どなた様ですか〜、って見治先輩でしたか」


 家から現れたのは、可愛らしい小顔の少女、広の妹である。幼い頃から、そして今も知っている彼女。けど、今日の彼女は何だかいつもより、輝いて見えた。


「こんにちは、添ちゃん。広はいるかい」

「兄さんですか、部屋にいますよ。どうぞ上がっていってください」


 そう言うと、添ちゃんは俺を家にあげてくれた。

 広の部屋は二階にある。そしてそれは添ちゃんも同じ。俺の前を歩く添ちゃんは鼻歌を口ずさみながら、ステップするように廊下を歩き、そしてそのまま階段を駆け上がっていく。それは先ほどの出会いよりも随分と分かりやすかった。


「何かいいことがあったのかい」

「ん、そう見えますか」


 階段を登り終わった彼女はくるりとターンをし、未だ階段を登っている俺の方へ振り向く。玄関の時と同じような晴れやかな笑みを浮かべて。


「そう見えるよ、だっていつもより綺麗だもん」

「綺麗だなんてそんな〜、見治先輩はおだてるのが上手いんだから」


 頰に両手をあて、喜び上がる添ちゃん。上機嫌なことこの上ない。やっぱり何かあったのだ。そして、そのことに少なからず、俺には心当たりがあった。


「もしかして……恋、とか」


 本来は軽く、何でもないように聞く事柄なのだろう。けど、気軽さとは無縁に、俺は重く言葉を吐く。

 そんな俺を前に、添ちゃんは微笑む。もっとも、今度の笑みは唇を歪ませ生み出されたものだった。


「ひ・み・つ、です。けど、あの時はありがとうございました、見・治・先・輩」


 表情と同じように、からかいの成分を含んだ声を出す添ちゃん。そんな彼女を見て、思い起こすのは夏休みに入る前の出来事である。

 あの日、俺は添ちゃんに恋の相談をされた、思い人へのプレゼントの件について。そしてその次の日、教助先生が新しい手帳を手にしていた。

 添ちゃんと教助先生は写真部という繋がりがある。その為、夏休みに入っても、交流する機会はあるだろう。


 もしかして……いや、それは考えすぎだ。いくら学年が違うからといって、添ちゃんが知らない筈がない。教助先生が既婚者だということぐらい。だってそれは、いけない恋……なのだから。

 

「……そうかい、それは良かった」


 お返しに、軽く微笑む俺。上手くできたつもりだった。けど、そんな俺をじっと添ちゃんは見つめる。それも笑みを引っ込めて。


「……やっぱり、何かありました、見治先輩」


 先ほどとは違い、真面目な顔つきと声になる添ちゃん。そんな彼女を前に、尚更俺は笑顔をとりつくった。


「何かって?」

「いや、何もないならいいんです。夏休み前、私が相談した時、見治先輩元気がなさそうでしたから」

「あぁあの時かい、あの日は寝不足だったから、それが出てしまったかもしれないね。結構上手く隠してたつもりだったんだけど」

「そうでしたか、私の思い過ごしで良かったです。ではごゆっくりどうぞ」


 そう言い残し、添ちゃんは二階へと消える。扉が閉まる音を聞く限り、自分の部屋に入ったのだろう。

 一人取り残された俺。思い出すのは先ほどの添ちゃんの言葉。


『元気がなさそうでしたから』


 ……いや、そんな筈がない。俺は元気だ。落ち込んでなんかいない。だって、俺は……広の親友で居続けるのだから。


ーーーーーーー


 扉には、プレートがかけられていた。

 広の部屋。

 シンプルに、マジックで書いたと思われる黒文字。昔はこうじゃなかった。小学生の時は、特撮ものの絵を背景にデカデカと、書かれていた。

 

 そんな扉を俺はノックする。礼儀正しくするつもりは無かったが、それでも気がつけば自然と3回、俺はノックしていた。


「広、入っても良いか」


 努めて平静に、だが相手へ聞こえる程度に声を張り上げる。それこそ、ゲームをしていても聞こえるぐらいの音量を出していたつもりだったが、部屋の中からは返事が帰ってこなかった。

 添ちゃんの話だと、部屋にいる筈。それでも返事が帰ってこないってことは……。


 数瞬の躊躇いの後、俺はドアノブに手をかける。そして出始めていた唾を飲み込んだ後、俺は扉を開いた。


 部屋の中は、最後に来たGWの時と同じ内装だった。学習机があり、本棚があり、ゲーム機があり、テレビがある。けど、逆に言えばそれだけ。男子高校生が共通して持っているような物でしか構成されていない部屋。そんな部屋に入る度、少し寂しくなる。

 あの頃のような元気がないと、痛感するから。


 けど、そんな部屋でもいつもと変わった所があった。最もその変化はプラス面ではなく、マイナス面である。

 部屋の中が真っ暗なのだ。それこそ光源がひとつもない。部屋の明かりは消され、唯一の窓もカーテンがきっちりと締め切られている。

 今の広の部屋は暗闇によって支配されていた。そんな部屋の出入り口である扉から、一番離れた場所にはベットがある。そしてそのベットに横たわっているものが何者か、廊下からの光を頼りに俺は見ることが出来た。

 

 ベットには、その部屋の主である、広がいた。広は布団をかけずに、片腕で目を覆いながらベットに寝転がっている。

 その姿を見た瞬間、俺はここに来て良かったと心の底から思った。親友として、為すべき事が出来ると、そう思った。


 無言のまま、俺は暗闇の部屋へ足を踏み入れる。それに合わせホコリが舞ったような気がしたが、それが錯覚なのかどうかは分からなかった。ただ、今分かっているのは自身のすべき事。

 部屋の中へ入っても、俺の足は止まらない。一歩、また一歩と進んでいき、目当ての場所へと辿り着く。

 ベット側。眼下には、広がいる。広は扉を開けた時と全く同じ姿でベットに寝転がっている。それこそ、俺が部屋の中を歩いて来ても、こうしてベットの直ぐ近くに来ても、広は瞳を覆っている片腕を退かそうともしなければ、口を開こうともしない。

 そんな彼がいる元で、俺は手を伸ばす。ゆっくりとしかし、確実に。目当てのものを掴むために。

 そして、俺はそれを掴んだ。


「広、起きろよ。もう夕方だぞ」


 優しさと、厳しさ、双方を併せ持った声を出しながら、俺は、ベットがある壁際の窓のカーテンを開ける。その窓は東側ということもあり、今の時刻ではあまり陽の光が入ってこなかったが、それでも真っ暗やみの部屋にいた広を反応させる分には十分であった。


「まぶ……て、見治か」

「見治か、じゃねぇよ。広、まだ寝てたのか?」

「寝てないよ、ただ少し……考え事してただけ」


 広の言う通りなら誰が入ってきたか、分からないほど思い悩んでいたということなのだが、あまりそうは見えない。

 部屋に反して今の広は、あまり学校の時と変わっていないように見えた。こう言っては何だが、これまでと同じぐらい覇気がなく、あまり馴れ馴れしくしない態度も代わりない。

 いつもと同じ。ラインの件は思い過ごしだったのだろうか。

 

 窓の外を、そして自身につけられた腕時計を見る広。そうした後、広は俺の顔を見てきた。


「で、何で見治がここにいるの?何か約束してたっけ」

「あぁ〜それは……」


 俺は広から瞳を逸らす。思えば衝動的にここへ来てしまったが、その理由までは考えていなかった。何か言わなければ、そう思っていた俺であったが、言うべき答えは直ぐに見つかる。

 広から瞳を逸らした先に、テレビがあった。一人部屋にあったサイズの小さなテレビ。そして、そこに繋がれたゲーム機器。それを見て、俺は理由を思いつく。親友として、相応しい理由を。


「ゲームをしに来たんだ」

「ゲーム?」

「そ、久しぶりにみんなでやりたくなってな。陽も誘って3人でやろうぜ」


 ゲーム機器を指し示しながら、俺は提案する。悪くない案だと思った。実際、これまでも俺は広の部屋でゲームをしたことが幾度もある。今回もそれまでの事、だからこそ、広の表情が曇ったのが、気になった。


「嫌……だったか?」


 卑屈になりそうにな心境を押し隠しながら、何とか言葉を出す。そんな俺の言葉に広は首を振った。

 広はすぐに返答をせず、ベットに座り直すと、窓を覗き込む。もっとも、厳密に言えば、広は隣家である陽の家を見ているようだった。


「陽は今、いないんだよ」

「いない?どこかへ出かけているのか」

「まぁ出かけてるとも言えるね、もっとも行き先は海外だけど」

「海外?」


 訝しげな声が出てしまう。それと共に表情もきっと変わってしまったのだろう。窓から俺へと視線を戻した広は、クスリと小さく笑った。


「僕だって同じ気持ちだったよ。僕だって聞かされたのは、夏休みに入ってからで、それも母さん経由で聞いたんだから。何でも急に決まったらしいよ。だから聞かされてないのは僕も同じさ」


 明るげな声を出す広。それを聞いて俺は胸を撫で下ろす。広が明るくなった事もそうだが、それと同じくらい陽の事に関しても。

 少し前まで陽に対して俺は、どうしても壁をつくりがちになってしまっていた。それこそ、彼女と二人っきりで話した事はあの時以来ない。そんなチグハグな関係が結果となり返って来てしまったのではないかと心配した。

 けど、今は違う。今の俺は陽と敵対する理由はない。それに……広と同じく陽も俺にとっては大切な存在だ。そんな彼女が、何も言わずとは言え、海外に遊び? に行ったというなら、そこは喜んであげるべきなんだろう。

 

「そうか、それならよかった」


 微笑む俺。今のは裏表ない、本心から出た表情だ。そんな笑みを保ったまま、俺は広のいるベットから離れ、テレビへと近づくと、床に無造作に置いてあったリモコンでテレビをつけた。

 二人しかいない部屋に、別の声が混じる。テレビはここではない光景を映し出す。映った番組はニュース番組であるのか、コメンテーターが真剣な口調で何かを語っていた。取り扱っている内容は……青少年の夢について。ニュース番組で取り扱うべき問題なのか、と軽く考えながら俺はゲーム画面へと切り替える。もっともゲーム機をまだ点けていないため、出ているのは真っ黒な画面だ。何も映っていない、何もない画面。

 

「陽がいないけど、二人でやろうか。何する、レースゲームか格闘ゲームか、それともパズル系?」


 何気ない会話。だからこそ、落差が大きい。テレビから目を外し、確認のため向けた先には広がいる。けど、その時の広は……。


「……ひろ?」


 何かが可笑しかった。別に顔を俯いている訳でもなければ、可笑しな態度をとっている訳でもない。先ほどと同じように窓の外を覗いているだけ。けど、幼馴染の俺には分かる。何か良くない予兆だということは、直感で。

 だからこそ、外れて欲しかった。しかし、そうは、ならなかった。


「みんな頑張っているよな、勉強に部活に、恋。皆んな何かをやっている」

「……広だって何かあるだろ」

「僕が? 何もないよ、そう本当に何も」

「そんなこと」

「そんなことだよ。皆んな僕とは違う、僕を分かってくれる人なんて誰もいない。僕はずっと一人だ」


 重々しい内容とは裏腹に、広はスラスラと言葉を出していく。それ故になおさら危うく感じる。内容と同じように、口もまた重ければ少なくとも、本人が苦しいと自覚している。けど今の広は違う、広は自覚していない。いや、自覚しすぎている……とでも言うのだろうか。

 ラインの件や入った時の部屋の様子、カーテンを開けた時の反応。いや、ずっと前から兆候はあった、それこそ誕生日の時も。あの時、俺は深く考えなかった。だって、誕生日の翌日、広は元気だったから。

 けど、元気だからといって、悩みが解決したとは言い切れない。痛みを痛いと感じなくなるほどに広は、俺が思っていた以上に、思い悩んでいたのか。


 今陽はいない、俺しかいないのだ、広を励ませる人間は。けど、どう言葉をかければいい、親友としてどう行動すればいい。

 瞳を泳がせてしまう。本当は大丈夫とか心配ないとか、強く言葉をかけてあげるべきなのだろうか。しかし、気弱な俺はそうすることが出来なかった。幾ら取り繕っても人の本質までは変わりはしない。あの頃からずっと、俺の中身は変わらない。しかし、今回はそんな本来の気質が実を結んだ。

 泳いでいた瞳は、半開きとなっていたクローゼットへと止まる。いや正確に言えば半開きとなっていたクローゼットの隙間から見える物に。

 

 その物を見つけた瞬間、親友として広に何をするべきなのか、弱気な俺は思いついた。


「広、キャッチボールしないか」

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