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3話 叶えられぬ思い 〃

 土曜の夕刻、仄かに星が瞬き始めた頃、僕はとあるスーパーの駐車場にいた。

 見治に土曜の祭りに誘われたからである。僕が住むこの街は年に二回、街外れにある丘近くの大きな神社にてお祭りをやる。

 何を祝うお祭りかは知らないけど、僕ら学生にとっては、屋台が立ち並び、花火が上がれば、お祭りの意味なんてどうでもよかった。

 けど、そんなお祭りにて、僕は気にくわない事が一つあった。それは、夏にやらないという点だ。普通祭りといったら夏祭りと相場が決まっている。だが、この街はお祭りを春と秋にやるのだ。夏祭りと言う王道をあえて避けているとしか思えない事に、昔の僕はたいそう悔しがり、今の僕は少し苛つく。


 それを、見治や陽にも話したことがある。けど、二人ともそうだねとだけ返したきりで、取り合わなかった。全く、僕が可笑しいのだろうか。この事を他の人達は不思議に思わないのだろうか。


 そんな事を思いつつ、神社近くのスーパーの駐車場から、祭りへと行く人混みをながめていたのだが、そんな人混みから外れ、こちらへやって来るものがいた。上下ともに白のジャージを来ている少しばかり場違いな男性、間違いなく彼であった。


「悪い、遅かったか?」


 こちらに来て早々彼、見治は確認を兼ねた謝罪をする。それに僕は首を振った。


「いいや遅れてない。まだ、5分ほど時間がある」

「そうか、それは、良かった」


 胸を撫で下ろし笑う見治。だが、そんな彼に僕は尋ねずにはいられなかった。


「なぁ、ジャージ以外に無かったのか?他に着るものとか」

「部活の直ぐ後に来たから、これしかないよ」

「けど、見治の家、学校からここに来る途中にあるじゃないか。着替えることも出来るだろうに」

「別にいいだろ、ジャージでも。むしろこちらの方が動きやすい」


 見治は、両腕を動かし、いかに動きやすいか分かりやすくアピールしてくる。

 実のところ、見治がジャージを着てくるのは今回が初めてではない。何時もなのだ。彼は何かとつけてジャージを着てくる。彼いわく着やすい、動きやすい、気軽の三要素が揃ったジャージを着ない皆が可笑しいという。

 何でも揃っている完璧に近い彼だが、ファッションに関しては最低点であり、彼女ができないのも、彼が彼女を作りたがらないのと同じくらいに、学校外で彼とデートなどで隣に並びたくないというのが、主な理由として挙げられる程である。

 と言っても、そう言う僕も、グレーのパーカーにジーンズとこれまたセンスが良いとは言えない服装であり、強く言う事はできない。


 そんな男二人だからこそ、彼女はあまりにも栄えることとなった。


「広、見治待たせてごめんね」


 見治と同じように人混みを抜け、柔らかな掛け声と共に、現れた彼女、陽は目立っていた。

 紺色の生地に朝顔の花が飾られ、清涼感を与えると共に、簪によって、丸くまとまった髪が、彼女の印象を一変させる。彼女は何と浴衣であった。

 そして、当然ながら普通な僕はそんな彼女の姿に面食らう。


「……どうしたの広、固まって」


 僕らの前に立つ陽が首を傾け尋ねてくる。本来の彼女なら、そんな仕草と共に髪が揺れ動くんだろうなと僕は内心思った。


「いや、浴衣でくるなんて思わなくてさ。すこし、驚いた」

「そう?似合ってないから言わないかと思った」

「そんなことはない、似合ってるよ」


 僕は、思った事を口にした。本当に似合っていると思ったから。

 そんな僕の言葉に陽はしばし、目を丸くしたかと思うと、頬を朱し、持っている巾着をいじり始めた。

 完全に照れている。幼馴染みとは言え異性に言われれば誰だってそうなるものである。

 しかし、気まずい。照れる陽を前にして、僕はどう対応したらよいか分からなくなる。

 どうしたものか、そんな少しだけ特別な事を悩む僕を救ってくれたのはもう一人の幼馴染みだった。


「陽も来て、三人揃った事だし、早く行こうぜ。そのために来たんだろ?」

「そう……だね、行こうか」


 人混みを指差し、何事も無いように発言する見治。

 僕は見治に心の中で感謝した。こう言うとき、率先して動いてくれる見治がいると何かと助かる。彼にはいつも助けられてばかりだ。

 平常の見治、安堵の僕、非日常の陽。

 そんな僕らは、屋台が立ち並ぶ神社へと行く人混みの中へと入っていった。


ーーーーーーー


 お祭りは、人の波で溢れかえっていると思いきやそうでもなく、むしろ空いているほどであった。

 もうすぐお祭りのメインイベントである花火大会が始まるからこそ、皆神社近くの見通しがよい丘の方へと行ったのだろう。人混みは神社を通り抜け丘へと行く人達の群れだったのだ。


 その為神社内、屋台が立ち並ぶ通りは人があまりおらず、そのお陰で僕らは気楽に色んな屋台を回ることができた。射撃屋に、たこ焼き、焼きそばに、りんごアメに、少し早いけどかき氷も。

 子供の頃はそこに金魚すくいも加わったけど今の、高校生になった僕らはやらなかった。子供の頃とは違い、今の僕らは取った後の事を考えてしまう。

 でもそれ以外の種類の屋台は三人で、無駄話を織り混ぜつつ遊び回った。


 率直に言ってこの時、僕は楽しんでいた。中学以来、高校に入って初めての、久しぶりの祭りであったが、これ程楽しいとは思いもしなかった。

 きっと、三人で来たからであろう。見治と陽。二人とも僕が心を開ける数少ない友人、いや親友である。


 でも、親友と言っても言えないことはある。

 僕の場合、この胸の奥にあるものは誰にも言えない代物だ。しかし、今に限って言えば、無視できるもの。この時間を楽しむのに、邪魔なもの。意識することなど無かったもの。

 けど、その代物は僕の中から無くなった訳ではない。


「あれ、添ちゃんお久しぶり、来てたんだ」


 三人で屋台をまわっていた僕達。

 しかし、唐突に。そうそれこそいきなり見治が在らぬ四人目の名前を言う。

 そして、その名を耳にした瞬間、僕の中にある秘密が蠢く、胎動する。それに合わせるように鼓動が早くなった。

 落ち着け、落ち着けと。必死に僕は自分に言い聞かせる。しかし、それでも体が自由に動かせない。屋台の方へと向いている体を、見治の声の先へと向ける事が出来ない。

 家の中なら出来るのに、今はそれが出来ない。何故だ、外だからか。それとも、見治や陽がいるからなのか。


 気がつけば、隣で一緒に楽しんでいた筈の見治や陽の姿はなく、代わりに彼らが妹と話している声が耳へと入ってきた。

 しかし、その声は、そこいらに転がる雑音のように脳へ留まることなく通りすぎていく。

 僕と関係ある声なのに。気になる声なのに。僕の体は受け付けない。

 そして、しばらく経った後、気づけば既に妹の声はなく、代わりに見治単独の声が僕の頭に響いてきた。


「広、やっぱり添ちゃんとケンカでもしてるのか?何も話して無かったじゃないか」


 妹はきっともういないのだろう。屋台前から動かなかった僕と、動いた二人。

 二人は妹から離れ僕の隣へとやってくると、声をかけてきた。

 

 今の僕はきっと情けない姿をしているのだろう。妹に背を向け、無視するかのように立ち振舞う兄。

 そして、それを誤魔化してしまうのが今の僕の、救いがたい点でもあった。


「いや、こういった外でお互い友達と遊んでるときに、兄妹と会うとくすぐったいもんなんだよ。だからあぁやって見ず知らずを演じるんだ」

「うぅん、そう言うもんなのか?俺には兄弟がいないから分からないけど……」


 肯定も否定もしない見治。

 そんな彼をありがたく思う。こう言う時、兄弟がいるのが、僕だけと言うのが強みだ。

 でも、見治と同じ一人っ子であるはずの陽が、何の反応も示さないのが、僕には少しだけ気がかりだった。


ーーーーーーー


 星空瞬く空のもと、妹との出会いを中途半端に済ませた僕は、見治や陽と共に神社を抜け、近くにある花火を見れる丘へと行くことにした。

 先程僕以外の二人は妹と雑談していたけど、そこで花火に関しての話題が上がったらしい。それに感化された二人が花火を見に行こうというので、僕もそれに賛同した、という流れである。

 でも、いかんせん行くのが遅すぎた。好立地な場所は、本来なら緑色であるはずの芝生を、様々な色で彩られていた。大勢の人がレジャーシートをひいて場所を確保しているのだ。そして、そこから外れた場所も大勢の立ち見客でごった返している。

 これじゃあ満足に花火を見ることもできやしない。見治を先頭に人混みをしばらくの間掻き分けていった僕らは、漸く人があまりいない場所を見つける事ができた。

 そこは人がいる場所からずいぶん離れた場所で、急斜面だったけど、静かな分ましと言うものである。


「ここにするか、少し離れてしまったけどここでも花火を見れるだろ」

「そうだね、人もいないし……あれ、陽どうした?」


 周りを見渡す見治。それに合わせて僕も周りを、そして後ろを見た。そこで僕は陽の異変に気づく。

 陽は膝に手をつき、息を切らしていた。


「ごめん、ちょっと疲れちゃって」


 息を吸っては吐き、吸っては吐きの行動の中、陽は苦し紛れの笑顔を僕らに向ける。

 しかし、そんな彼女の姿、笑みを見た僕の心中は穏やかでない。むしろ、僕は僕自身を責めると共に失望した。

 何てことだ、忘れてしまうなんて。いくら人混みに気をとられていたとは言え、彼女が体が弱かったということを忘れてしまうものなのか。

 

「ごめん……気づかなかった」


 自責の念に押し潰されながらそれでも、僕は陽に手を差し伸べる。それぐらいは今の僕にも出来る。

 けど、陽は差し伸べられた僕の手を取らなかった。僕の手を見て、そして僕の顔を見て、また僕の手を見る。

 嫌……なのかな、そう思い、僕は手を引っ込めようとする。しかし、それを阻止するように彼女の手が、差し出していた僕の手に触れてきた。


「ありがとう」


 細い小さな掌と同じようにか細い声。彼女は女の子なんだと再認識させられる。

 そんな陽の手をリードし、僕は彼女を芝生の上へと座らせた。


「何か飲み物買ってくるよ」


 座ってもまだ息を切らしている彼女を見て、僕は提案する。

 陽の体の弱さは昔からである。だからこそ、一緒に遊ぶときはいつも気を付けていた。それが今日はどうだ、人混みに、いや祭りに行った当初から僕は忘れていた。久しぶりの3人でのお祭りに、僕は舞い上がっていた。そして、あの人混みの中を掻き分け続ける苦行を彼女に課してしまった。

 己の行いを償うためには、これくらいじゃ軽すぎるかもしれない。けど、それでも今の僕に出来ることと言えばこれくらいしか思い付かなかった。

 見治に、陽の世話を頼むと、僕は彼らから離れ喧騒ある場所へと赴いた。


ーーーーーーー


 ペットボトル三本を手に戻ったとき、見治は人一人分空け陽の隣に座っていた。

 内容は聞き取れないが、二人は何やら話していた。学校の事など話していたのだろう。

 ハキハキと要領よく話す見治。そして、小さな声だが、それでも滞りなく話す陽。

 陽の容態が良くなったのだ。安堵した僕は駆け足で二人の元へと行った。


「陽、もう大丈夫?」

「あっ、広。うん、もう大丈夫。良くなった」

「そう、それは良かった、はいこれ飲み物。見治の分も」

「俺の分も買ってきてくれたのか、サンキューな」


 僕は陽と見治に持っていた飲み物をそれぞれ渡す。

 見治はもちろんだが、陽が息切れすることなく、真っ直ぐに飲み物を受けとるのを見て、本当に元気になったのだと、僕は安心した。

 飲み物を渡した僕はそのまま空いているスペースである見治と陽の間に座る。

 右隣にいる見治を見ると、彼はもう僕が渡したソーダを開けて飲んでいた。ごくごくと喉をならして旨そうに飲んでいる。

 それにつられるように、僕も持っていたお茶のペットボトルの開けると、お茶を口に流し込む。喉が乾いた訳ではないけど、それでも人混みを掻き分け取ってきたお茶は美味しく感じられた。

 けど、お茶を飲んでいる最中、僕は気がつく。横にいる陽が渡された飲み物を飲まずに、じっとペットボトルのラベルを眺めていることに。


「飲まないの陽?」


 ペットボトルから口を離した僕は、相も変わらず、ラベルを見つめる左隣に座る陽に尋ねた。

 それを受け陽は目をつぶると、ゆっくりと首を振った。


「いや、覚えててくれたんだなって。私がこれが好きだってこと」


 目を開けた陽は隣にいる僕の方へ向くと、優しく微笑んだ。

 陽の好きな飲み物は、彼女の雰囲気、文学少女らしくない少し変わった味がするコーラである。

 何でそんなものが好きなのか、昔尋ねたことがある。その時、陽はこう答えた。変わっているから好きなのと。

 そんなクラスの皆が知らない、知ったら驚くであろう、彼女の好みを幼馴染みの僕は知っている。


「覚えてるよ、印象に残ってるから」

「けど、私が広の前でこれ飲んだの小学生の時以来無かったような」

「それぐらいなら覚えてる。それに小学生の頃は僕にとっては最も楽しかった頃だからね」

「今は違うの?」


 瞳を細め尋ねてくる陽。

 月明かりに照らされる和服姿の美少女、そんな彼女に問われれば、殆どの人が言い淀むであろう。けど、僕は不安げな彼女を前に言い切った、自身の思いを。


「違うよ、昔のように三人で遊ぶ機会が減ったし、それに……昔ほど単純では無くなった」

「……」

「そうだな、今みたく三人で集まることは少なくなったな」


 陽は無言、見治は同意する。彼自身、部活が忙しくなり、昔のように遊べなくなった自覚があるのだろう。

 逆に言えば、僕と陽の生活習慣はあの頃からあまり変わらない。変わったのは、僕の方だ。


 その時、赤色の光が夜空を瞬いた。そして少し遅れて音が追従する。花火が打ち上がったのだ。

 僕らは空へと視線を移す。既に空は白色の光を届ける星や月の独壇場ではなくなっていた。

 僕らの瞳に、いくつもの色が入ってくる。赤に緑に青に、黄色にオレンジに。空に瞬く点ではない幾つもの花は、美しい彩りの光を届けてくれる。


 それに合わせるように両側の二人は各々感嘆の声を上げる。そして僕も二人につられるように、声をあげる。

 綺麗とか、凄いとか、そんなありきたりなもの、けど、思いが籠っているであろう言葉を。


 けど、実のところ僕の出す言葉には、思いなんてこれっぽっちもつまっていなかった。綺麗とか、凄いとかそんな思いを、空に瞬く花火に僕は抱く事が出来ない。

 別に汚いとか稚拙とか感じてるんじゃない。ただ、本気でそう思えない。例えるなら、名の知れた芸術家が描いた意味がわからない絵をひたすら眺めているような、そんな感覚。

 どんなに凄いことでも、どんなに驚きのものでも、どんなに綺麗なものでも、僕の心は動かない、躍らない、震えない。何故なら僕の心は既に別の思いに捉えられているから。

 これは呪いだ。人の心を捉え離さない呪い。そんな無慈悲な呪いがこの世には存在する。けど、解く方法はある。それは願いを叶えること。

 けど、僕は運の悪いことに叶うことのない相手に、この思いを抱いてしまった。だから僕の、この呪いは解けない。ずっとあの時から僕を縛り付ける。


 妹が好き。

 そんな叶わぬ願いが、あの頃から僕を縛り続けている。

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