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23話 プレゼント(視点:川瀬添)

 私は特段早寝ではない。けど、だからと言って遅寝でもない。日付が変わろうとしている真夜中、普段ならこの時刻寝ている私だけど、この日に限ってはまだ起きていた。

 寝るわけでもないのに、無意味にベットに寝転がっている私は、今一枚の紙切れを手にしている。


 インクで一面印刷された固い長方形の紙。

 紙に印刷された絵は、私にとって見覚えのある白い城だった。

 澄みわたる綺麗な青空の中で、そりたつ夢のお城。それを見ていると、小学生の時、家族で遊びに行った事を思い出す。

 もう何年も行ってないし、それに、あの時幼かったから、はっきりとはもう思い出せない。

 でも、それを全部、完全に忘れる事はきっと無いだろう。だって、あの時の思い出は、私の大切なものだから。


 顔を傾け、枕元に視線をやる。そこには私が今握って見ているのとは違う絵が印刷されたポストカードが、何枚も散らばっていた。

 マスコットキャラから、バロック調の建物、ジャングル、アトラクションetc……。


 全く、兄ときたら。一枚とは決めず何枚も買ってくるなんて……けど、そんな所が兄らしい。

 思わず口元が綻ぶ。そんなおり壁にかかっている時計が目に入った。

 12時。


 長針も短針も、揃って同じ数字を示している。既に日付は明日へと移り変わっていた。

 それを見た時、先程まで綻んでいた口が、堅苦しいものへと変わる。


 ため息も出た。ハァと、寂しい声が部屋の中に溶け込む。

 ポストカードから時計、そして次に視線が向かうのは、自身の学習机。

 寝転がったまま体勢を変え、私は学習机の上に置いてある卓上カレンダーを見る。

 何の記号も記されていない日曜日、今日ではなく昨日の日付。そして赤いペンでぐるぐると囲ってある月曜日、明日ではなく今日の日付。


 最初の頃は、そのマークを見るたびにワクワクした。あと何日と、楽しみに日付を数えて。

 でも、最近は違う。そのマークを見るたびに気が滅入った。あと何日しかないと、気落ちしながら日付を数えて。


 先生の誕生日。

 それがもう来てしまった。胸が高鳴る。興奮からじゃない。緊張からだ。


 寝て、起きて、学校へ行って、放課後になって、そして……。

 その時まであと十数時間。準備はした。あとはその時を待って、決行するだけ。

 するだけなんだ。でも……出来るのかな。私は先生を前に、渡すことが出来る……の。

 

 考えたく無かった。考えたらその分だけ、気が重くなる。

 仰向けになった私は、腕を目に覆い被せる。さながら現実逃避する人みたいに、私は寝ようとする。でも、照明がついたままの部屋で、寝れる筈なんてなかった。

 

ーーーーーーー


 うまく寝れなかった。そして、そういう日に限って早く目が覚めてしまう。

 洗面台に立つ私。鏡に映る姿はそれは酷いものだった。髪が静電気を纏っているかの如く飛びはね、目が死んだ魚のように虚ろとなっている。

 

 一先ず歯磨きして、顔を洗って、髪を整える。くまが出来てないのは良かったけど、それでも、いつもの私じゃない気がする。いつもならもっとこう……肌が荒れてない気がする。

 いや、きっと違う。いつもと同じだ。違うと、そう思うのはきっと今日という日が特別だから。失敗できない、大事な日。

 

 鏡の私に、私は手を合わせる。

 そこには誰もいない。励ましてくれる人なんて。でも、だからって、この不安な気持ちのまま、私はこの日をスタートしたくは無かった。

 周りには誰もいない、私一人。だからこそ、言える。なけなしの元気を振り絞って、私は言葉を口にした。


「頑張れ、私」


 空元気の笑みを顔に張り付けながら、小さな声で、私は私自身にエールを送った。


 一階へと降りると、両親が朝食を取っていた。両親は朝早く起きてきた私に、当然ながら驚いた。どうしたのか、気分でも悪いのかとか。色々尋ねられた。

 それに、よく寝れなかったとぶっきらぼうに答えた私は朝食を食べ始める。


 兄が一階へと降りて来たのは、私が朝食を食べ終わった頃だった。どうやら寝過ぎてしまったらしい。

 もっとも、昨日ネズミランドまで遊びに行ったのだから、寝過ぎてしまうのは、これといって可笑しくはない。

 だから、私はおはようと、挨拶だけを交わすと、兄と入れ替わるようにリビングを、そして玄関から外へと出た。


 外は日差しが強かった。ジリジリと周りを焼き尽くすがごとく、太陽が空から辺りを照らしつける。

 出て早々、汗が吹き出てしまいそうになる暑さ。そんな中で、彼女は汗一つかいていなかった。


 歩道と、私達の家の敷地境界線上に彼女、陽先輩は立っていた。手をうちわ代わりに扇ぐ私とは違い、陽先輩の立ち姿は今日も乱れない。

 日差しの中で、汗一つかいていない陽先輩は、まるでお人形さんのよう。そんな陽先輩に悩み事なんてあるのかな。


 今だ、心に渦巻く物体を対処しきれない私。そんな私は陽先輩を羨ましくも思う。陽先輩は私のような悩みなんて抱かないに違いない。だって、彼女は特別だから。普通な私とは違って。


 昨日だって、特に悩んだりせず、当たり前のように、兄と遊びに行ったに違いない。

 でも、結局の所どうなんだろう、陽先輩は兄の事が好き……なのかな?解決しきれていない疑問。それを思い出した時、私は気づく、陽先輩の変化に。


「おはよう、添ちゃん」

「おはようございます、陽先輩……買ったんですかそれ?」


 陽先輩の近くへと行き、挨拶を交わす。それと同時に、私は自身の左こめかみを指で叩いた。その意図が分からない陽先輩ではない。

 陽先輩は自身の左こめかみに付けられているヘアピンに、手を触れる。それと同時に陽先輩の瞳が揺れる。それは私から見れば、恋心によって揺れているように思えた。


「大事な物なんですね……それ」


 気づけば、私は口に出していた。先程の質問にまだ陽先輩は答えていないのに。

 何故、口にしたのか、私でも分からない。私には無い物を持っている陽先輩を、私は羨ましく思ったのかな。


 質問に質問を重ねる失礼。でも、それで気分を害す陽先輩じゃ無かった。


「うん、大切なものなの。広にプレゼントされたから」


 照れくさそうに笑う陽先輩。

 お人形さんみたいな澄ました顔から一転、女子高生らしく、そして陽先輩があまりしてこなかった表情へと変わる。普段の私なら、そんな陽先輩をまじまじと、物珍しそうに見たに違いない。

 けどこの時、私は陽先輩の表情の変化を気に止めなかった。私が気にしたのは陽先輩の言葉。


 唐突に出された兄の名前。当然私は面食らった。

 今の兄が私達()()()()に、幼馴染とは言え異性である陽先輩にプレゼントを渡すなんて、信じられなかった。

 陽先輩の長い黒髪に、唯一付けられたへアピン。これまで学校の時、髪をいじって来なかった陽先輩が気に入り、付けようとしたほどの代物。

 私はポストカードなのに、陽先輩に対しては女の子らしいプレゼント。


 ……なんだろう、この気持ちは。

 ポストカードでも悪くはない。寧ろ私はあのお土産を気に入っていた。

 でも、それでも陽先輩の髪に付けられた髪留めを見ていると心がざわめく。ざわめきの理由、そしてこの気持ちについて、私は名前をつける事が出来ない。無理をすればつけられたのかもしれないけど、そんな事はしたいとは、何故だが思えなかった。


 それが顔に出ていたのだろうか。陽先輩は、からかうような表情で、目の前に立つ私の顔を覗きこむ。


「羨ましい?」

「う、羨ましくなんかありませんっ」


 心情が現れた声を吐きつつ、私はそっぽを向く。そして、そのまま私は陽先輩を無視し、学校へ向け歩きだした。

 失礼とは承知の上だ。けど、その上で一先ずは、陽先輩の前から早く消えたかった。陽先輩の、あの姿を見たくはなかった。


 通学路を歩く私。自転車を忘れていたけど、戻ろうとは思わない。

 相も変わらずこの思いが何なのか、正確には分からなかった。


ーーーーーーー


 どうしよう、どうしよう。もう、あと3時間しかない。5限目と6限目があって、そうしたらもう放課後。

 寝る前はあと十数時間もあると思っていたのに。気がつけばもう、こんな時間だ。

 朝の出来事があったせいで、せっかく出来上がっていた覚悟が飛んでしまった。そのせいで消えかけていた不安と緊張が押し寄せてきて満足に授業も受けられなかった。そして、それは今も続いている。

 渡さなきゃ、逃げちゃ駄目だ。でも、どうやって?どうやって渡せば良いんだろう。

 

「添」


 部活に先生が出てくれるのが、一番楽。だって、この前、見治先輩の写真を撮った時みたいに、二人っきりになれる機会があるから。

 でも、部活に出なかったら、私は職員室に行って先生を呼び出さなくちゃいけなくなる。

 だって、先生はこう言っていたから『本当はそう言うのは良くないんだろうけど』って。先生に迷惑はかけられない。だから、私は先生を職員室から引っ張り出して、私と先生二人きりのシチュエーションを作らなくちゃいけない。

 でも、どうやって引っ張り出せば良いんだろう。やっぱり王道として、渡したい物があるからって言ったほうが良いのかな。

 けど、私はそれをしたくはない。だって、そう言ったら期待させてしまうから。どんな物なんだろうって。そんな先生の期待を裏切ってしまうことになる、こんな物を渡したら。


「添っ」


 背伸びしてでも兄の時のように高いのを買うべきだったのかな。高いのを渡したら逆に迷惑するとあの時思ったけど、でも、安いものを買うよりは良かったかもしれない。

 喜ぶ筈がない。こんな、コンビニで買えそうな物を渡されたって。


 でも、渡す事ができなければ、私は進めない。先生は優しい。それこそ生徒たち皆を見てる。誰一人()()()せずに。

 でも私は、先生に特別に見てほしい、先生の特別になりたい。だから、渡さなくちゃ。じゃなかったら私は今の、只の生徒のままだ。


 渡さなくちゃ、渡さなくちゃ、渡さなくちゃ。そんなワードが頭のなかを延々と駆け巡る、そんな時だった。


「添っ!」


 耳をつんざく声。そこでようやく私は、自身が呼ばれている事に気がついた。

 俯かせていた顔を上げ、前を見るとそこには、仏頂面となっている戸塚がいた。


 今は昼休み。私は友達の戸塚や花と机を合わせて昼御飯を食べている。私は母さんが作ってくれたお弁当を。女子力の高い花は自分で作ったお弁当を。そして戸塚は売店で買ったサンドイッチとパック牛乳を。

 既製品であるその二つを両手にしている彼女は、口を尖らせた。


「ようやく、気づいたか。さっきから何考えてたんだ」

「そうですよ添さん。心ここにあらずって感じでした」


 左前へ向くと、そこには戸塚ほどではないにしろ、不安げな表情をした花がいた。

 怒り気味な戸塚と、心配そうな花。そんな二人を見ると申し訳ない気持ちになる。悪いのは私だ。


「ごめん……少し考えごとしてた」


 儚げな笑顔を浮かべ、私は謝罪する。

 先程までの物思いで私の心は弱りきっていた。そしてそんな私を心配してくれた友達。

 だからだろうか、二人が何か言う前に、私は再度口を開いていた。


「プレゼントって、どう渡したら良いかな」


 言ってしまった言葉。気づき、後悔した時にはもう遅かった。


「それってどう言うことですか!」


 立ち上がり、机に手をついて体をこちらに乗り出す花。彼女が、こういった話題を聞き逃す筈がなかった。

 そんな彼女を前に、私は顔を真っ赤にしながら、両手をわちゃわちゃと動かす。

 やってしまったという思いと共に。


「違う違う違うっ、そう言う意味じゃなくて」

「じゃあどういう意味ですか」

「とにかく、好きな人とかそう言う意味じゃないの。ただお世話になったから、渡したいだけ」


 何とか思い付いた言い訳を口にする。


 どうかしてた、口を滑らせてしまうなんて。

 好きな人がいる、それを私は二人に悟られたくなかった。けど、それは二人を大切に思ってないからじゃない、寧ろその逆。二人を大切に思っているから、言えない。先生を好きだなんて、軽蔑されるに決まってる。

 だから私は二人に嘘を吐き続ける。兄には言ったこの思いを。


 必死に否定した私。それが実ったのか、花は浮かしていた腰を下ろした。


「つまらないです。せっかく恋愛事なら助けてあげようと思ったのに……」

「そう言って楽しみたいだけでしょ、花は」


 牛乳パックをストローで飲みつつ、戸塚が一言入れる。少し、ぶっきらぼうな感じで。それが許せなかったのだろうか。花は今度は戸塚に突っかかった。


「そんなわけないじゃないですか。私は添さんの事を思っています」

「……なら、お世話になった人にどうプレゼントを渡したらいいか、答えてあげなよ」

「答えてあげますとも、もちろん」


 花とは違い無愛想な戸塚。彼女はあまり他人に興味が無く、基本周りに冷たい。けど中身はそうではなくて、いつも私たちのことを思ってくれている優しい人だ。けどなんだろう、今日の戸塚はいつもより、冷たい感じがした。

 浮かんだ疑問、けどそれは直ぐに消えることとなる。花が私に向き直ったからだ。彼女の表情はいつにもまして真剣である。

 そんな彼女に、私は密かに期待した。お世話になった人という違いこそあれど、恋愛事に精通している彼女なら、役立つ話が聞けると思ったから。

 聞き逃すまいと私は姿勢を伸ばす。そんな私を前に花の口が開いた。


「私なら、先ずは相手の事を知りますね。だって相手をまず知らなくちゃ、相手の好みなんて分かる筈がありませんから。人柄はもちろん、それ以外にも相手の家族構成、経歴、血液型、誕生日、趣味、友人関係、恋愛経験、外出の頻度、睡眠時間と、それ以外にもありますがとにかく調べ尽くします。そして、調べ終わったなら、その人に成りきるんです。その時点で得られた情報が多ければ多いほど、正確にその人に成りきれ、好みを推定することが出来ます。重要なのは、良いですか添さん。絶対に相手の情報を調べるとき聞こうだなんて思わないことです。友人に聞くのもアウトです。人というとはどんな所で繋がりかあるか分かりませんからね。相手に悟られず、好みを正確に推定して、渡す。それこそが大切であり、そうすれば最大限の効力を発揮します」


 マシンガントークの花。けど、熱弁する彼女には悪いけど、私は冷めた目となっていた。そしてそれは戸塚も同じ。


「花に恋人が出来ない理由が分かった気がするよ」

「うん、私も」


 戸塚と一緒に私は頷く。

 全く、花ときたら。ぶれない所は良いことだけど、でも、やっぱり少しくらい恋に向ける衝動を押さえた方がいいと思う。

 けど、そんな恋に一直線な彼女の事を、私は少しだけ羨ましくも思った。

 一方、そんな恋に一直線な花は戸塚とまたなにやら言い争いをしている。


「だったら、戸塚さんはどうなんですか」

「私?」

「そうです、貴方です。否定するんだったら、何か良い考えでもあるんですよね」


 戸塚に花は指をさす。まぁ厳密に言えば、戸塚は否定なんてしてないんだけど……。でも、そんな花を私は止めなかった。私だって戸塚の意見を聞きたかったから。

 戸塚は、頬を掻き黙っている。花の質問に答えるつもりらしい。

 花と戸塚、そんな友人二人のやり取りを私は見つめる。傍観者でもないのに。


「やっぱり……思いが籠ってるっつうのが、大事なんじゃないのか。それこそ手作り……とか。あぁもう恥ずかしいっ!何言わしてんだよ花」


 顔を真っ赤にし、花に突っかかる戸塚。こういう素直な所もまた彼女らしい。そんな戸塚を花は笑う。戸塚さん可愛い、とか言って。

 

 私もそんな花と一緒に笑いたかった。そうすれば抱いているこの思いを、少なくとも今は忘れる事が出来るから。

 でも、そうすることは出来ない。戸塚の言葉が胸に引っ掛かる。


『手作りなら』


 私が持っているのは、既製品の安物。そこにどんな思いを籠められるだろう。

 

 盛り上がる二人。そんな彼女らを前に私は薄笑いしか出来なかった。

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