20話 愚かな僕 〃
僕は失敗してしまった。
陽のあんな悲しそうな表情を僕は見たことがない。そして、それを引き起こしてしまったのは他ならぬ僕自身だ。僕が不注意な言葉を投げ掛けてしまったから、陽は気を落としてしまった。
でも、最も悪いのは僕の愚かさである。だって、僕には何故陽がそんなに悲しんだのか分からないんだ。陽が家族というものに憧れを抱いている点を、追求したのは悪くない……と思う。ならなんで『直ぐに恋人が出来る』発言で、陽は悲しんだのだろう。
いくら考えても僕には分からない。そして、そのこと自体が僕を苦しめる。
何故、僕はいつもこうなんだろう。他人の気持ちなんて分からなくて、踏み込んで。そして悲しませる、怒らせる。
昔なら違ったのかな。昔の、愚かでない僕なら、陽の事が分かるのかな。
でも、そんなもしも、何て何の意味もない。だって僕は妹が好きだという思いを捨てきれないのだから。
いけない恋は、他人をも傷つける。
もしかして、真に愚かなのは、陽の思いが解らない事ではなく、妹が好きという恋心かもしれない。そしてそうと分かっていながら諦めきれない往生際の悪さも同じくらい、愚かなのだろう。
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午後の陽は、ランチの件が無かったように、元気だった。午後になり強く感じられる日差しの中を、何事もないように、微笑を携え彼女は歩いていく。
そんな陽に、僕は調子を合わせる。内面を隠し、外面を合わせていく。アトラクションの待ち時間で何気ない雑談をし、アトラクションに乗ったあとでは、互いに面白かったなどと言った簡単な言葉を交わし、パレードでは一緒に見て楽しんだりした。
傍目から見れば、僕らは仲のよい友人に見えただろう。実際その通りだ。僕と陽は仲が良い。でもこの時だけは仮初めの仲。
僕らは意識していつも通りの僕らを演じている。少なくとも僕にはそう感じられた。
その間、陽の手はフリーだった。彼女はトートバックを肩にかけていた為、両の手はブラブラと宙をさまよっている。
そんな彼女の手を掴んだのなら、午前中の時のように、外面を気にせず、僕なりの行動で彼女に近づけたなら、分かるかもしれない、彼女がどうして悲しみを感じたのか。
でも、ランチにて陽は、午前中の僕の行動を嬉しがると共に、否定した。広にも楽しんでほしいと言って。
そんな言葉を言われたら、掴めない。もしかしたら、手を繋ぐことで、助けられていたのは、陽ではなく、僕だったかもしれない。
結局のところ、時間的なゆとりもあってか僕らは午前中よりも多くのアトラクションやパレードを見た。しかし、午前中の頃の時のように僕は楽しむ事が出来なかった。
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夏になり、日が沈むのが遅くなる。
冬は日が沈むのが早いから、沈んだ後でもまだ続きがあるという感じだ。でも夏だと日が沈むのが遅い分、沈んだらその日が終わってしまったような、そんな気分になる。
そしてそれは遊園地という特異な空間に居ても同じだった。
日が沈み、代わりに月やら星が出始めた頃、僕らは出入り口近くにある、あのストリートの所にいた。お土産を買うためである。そしてそれは帰る為の準備だとも言えた。
どちらが、先に帰ろうと言い出したのか僕は覚えていない。ただ、何となくそんな空気になった事は覚えている。僕らの足は気がつけばあの、狭苦しいストリートに向かっていた。
ストリートの中は幾つもの、中世風の似たような建物が立ち並んでいるけど、そんな中から僕らはショーウィンドウ越しで一番品物が豊富そうに見えた店へと入った。
店内は広く、そして多くの品物で溢れていた。ぬいぐるみから、菓子類、陶磁器類に、学習用品など。
多くの商品棚が点在し、店内の全貌が見えない。だからこそこのお店だけで、十分だと思った。
「ここにしようか」
「うん、私もここがいいと思う」
同意を求める言葉にも、今の僕は神経を使う。そして、この時も陽は、午後から変わらぬ微笑を僕に向けるのだった。
店内には人があまりいなかった。いや、もっと厳密に言えばこの店がある出入り口近くのストリート自体、人が少なかった。それだけ、僕達が帰るのが早いということなのだろうけど、それでも構わなかった。
楽しめないところに、いつまで居たって意味がない。それにこのままここに居続けたら僕自身、陽をまた傷つけてしまうのではないかと、恐れていた。
人が少ない分、スムーズに、楽に僕らは商品を見ていく。あれが可愛い、あれが良い、あれがオシャレとか何とか、とにかく僕らは雑談を交わしていく。雑談という名のとおり、何の意味もない、うわべだけの会話を。
そんな中で、僕は家族へのお土産として、チョコクランチを。陽もまた家族へのお土産として、クッキーを手に取った。こうして、後は菓子類以外、時間がかかる物だけとなった。
でも、そこはとある一点を除いてあまり時間がかからなかった。僕はお店に入った当初から目に入っていた、ネズミランドのマスコットキャラ達がプリントされていたマグカップを欲しいと思っていたし、陽もまたノートや筆記用具類を自身の土産として特に悩むことなく選ぶ。
こうしてお土産を選び終わった僕らは二人揃ってお会計へとすす……まなかった。僕にはまだ用事があったkら。
家族への土産であるチョコクランチや自身の土産であるマグカップを手に、僕はポストカードの類いが置いてある商品棚前で頭を悩ませていた。
そんな僕の隣には陽がいる。彼女は既に会計を済ませており、お土産が入った袋を手に、僕がポストカードを選ぶのを待っていてくれていた。
「広、そんなに悩んでどうしたの」
僕の顔を覗きこみながら、隣にいる陽が尋ねてくる。この時の彼女は、午後の間、表に出していた微笑ではなく、真顔に近い顔になっていた。
真顔の彼女は、石膏模型さながらに整えられた顔立ちをしている。けどそれは彼女が何を考えているか読めづらいという欠点でもあった。それに加えランチの件で、何故陽が悲しんだのか今だ僕は分かっていない。そのようなこともあってか、今の僕は彼女の事をこれまで以上に理解出来にくくなっていた。今、陽が何を考えているか、僕には分からない。
だから、僕は素直に答えることにした。言葉通りに受け取って、そして返せば間違える事はないと思ったから。
「妹へのプレゼントを選んでいるんだ。この前の誕生日に妹からプレゼント貰ったからさ、そのお返しとして何かあげたいなと思って」
お城や、アトラクション類、マスコットキャラ等がプリントされたポストカードを見ながら、僕は返事を返す。
小学6年の誕生日以来、僕は妹と仲良くない。だから、今の妹の好みが僕には分からないけど、写真好きという点から、ポストカードがプレゼントとして最適なのではないかと考えた。
妹が写真好きということは知っている、しかしどんな写真を妹が好んでいるか僕は知らない。風景なのか人物なのか、はたまたそれ以外の何かマニアックな好みがあるのか。
妹にどんなポストカードを選んだらよいか、僕は今悩み続けている。
そんなおり、ふと僕は陽が返事を返していないことに気づいた。隣を見ると瞳を落としている彼女が目に入る。
ランチの時と同じ瞳。その瞳を見た瞬間、僕の心は凍りつく。後悔し、そして己の愚かさを嘆いた。また同じ過ちをしてしまったことに。
「陽……あの、えっと」
ポストカードから陽へと、僕は体を向ける。しかし、出てきた言葉は何の形にもなっていなかった。当たり前だ、だってどうしたら良いのか、こんな時でも愚かである僕には解らないのだから。
ただ少なくとも僕の声に、陽は反応し顔を上げてくれた。そして見慣れた微笑をここでも彼女は僕に向ける。
「そっか、添ちゃんへのプレゼントか」
「そうなんだ、添への……プレゼントを選んでいるんだ」
「その腕時計が、添ちゃんからの誕生日プレゼント?」
「うん……これがそう」
ゆっくりな止まりぎみな僕の声とは対照的に、陽の声は滞りなく流れるように紡がれていく。流れすぎているほどに。
そんな陽の言葉に答えるように、僕は腕時計がつけられた左腕を上げた。何の考えもなしに。
腕時計は貰った時と変わらず時を刻んでいる。決して逆回転しない、元には戻らない時計。
「素敵な時計だね。添ちゃんセンス良いなぁ」
「そう……だね。良いセンスしてるよ添は」
「そして、広はお返しのプレゼントを選んでいると」
「……うん、添へのお返しはポストカードが良いと思って。添は写真が好きだから」
僕は商品棚に並べられたポストカードをチラ見する。今でも何を選んでよいか、僕はまだ決めきれていない。
そんなとき、流れるように出していた陽の声が、滞り始めた。それと同時に微笑を保っていた彼女の顔も、崩れ始め、瞳も細くなっていく。
「広は、本当に……添ちゃんのこと見てるんだね」
「う、うん。妹だから……」
「そっか、そうだよね……妹だから当たり前だよね……」
「陽……」
崩れていく陽をこれ以上、僕は見ていられなかった。けど、そんな彼女を前にしても、僕は何で彼女がそんな顔をしているのか、そして彼女に何をしたらいいのか分からない。
そんな時、突然彼女は瞳を瞑り、首を小さく振り始めた。そうした一連の行動を終えた後、彼女は瞳を開けた。
「ごめん、何でもない……添ちゃんのプレゼント選ぶの手伝おうか」
そこにいたのは、瞳を瞑る前の危うい陽ではなく、午後の、微笑を携えた陽である。その一連の行動は僕から見れば、リセットしたがっているように思えた。
そんな彼女の思惑に僕は乗ってしまう。相手が作り出した流れに身を任せてしまうのが、僕のなおらない悪い癖であり、そして愚かな部分でもあった。
「いや、いいよ……多分僕が選ばなくちゃいけない事だから」
「そっか、そうだよね。うん、待ってるからゆっくり選ぶといいよ」
微笑む陽。多分いつもの僕なら彼女が無理して笑っていることぐらい気づける筈だった。でもこの時の愚かな僕は、その事に気づけなかった、いや気づきたくなかったのかもしれない。
ともわれ、僕は陽にこれ以上言葉をかけなかった。僕は陽ではなく、商品棚に置かれているポストカードへと体を向きなおす。そして、途中で止めていたポストカード選びを再開した。彼女の先ほどの異変を無視して。そうすることが彼女の意思だからと自分の中で言い訳して。
そんな僕らがいる店内は、人が少ないとは言え、0ではない。当然僕達以外の人がいるし、当然彼らは声を出す。
だから、本当に彼女がそう言ったのか僕には自信が持てない。
ただ少なくとも、ポストカードを選んでいる僕の耳に、聞き覚えのある声が届いた。柔らかくて小さくてそして……悲しい声だった。
だったら、私の事も見てよ。
僕は思わず隣を見る。けどそこにはもう、誰もいなかった。




